第67話 瀕死の風竜と救出活動

「ハァッッッッ!」


 風竜に向かって突撃していく。今度は腹筋を絞られる前に両手を引き抜く。

 そして、この毒壺二個を身体に突っ込めば、俺の役割は終わりだ。

 あとはクラトスが連続で盲目状態にでもして、薬の効果を観察すればいい。


「おい、それが終わっても逃げるんじゃないぞ!」


 風竜はさっきも範囲爆発ブレス後は反応が鈍くなっていた。

 それが分かっているのか、クラトスも両手に壺を持って走ってきた。

 左右とも黄色の蓋だから、睡眠薬よりも痺れ薬の方が効き目があると思っているようだ。


「それはこっちの台詞だし……」


 クラトスに聞こえないように言うと、腹の下ではなく、右腹の傷口を狙う事にした。

 腹の下の傷口はクラトスに譲って、俺の怖さを少しは実感すればいい。


 とりあえず、クラトスに先に攻撃させてから、次に俺が攻撃する。

 あの隊長とタイミングを合わせるのは難しい。


(あっ、俺が壺を入れた傷口に手を入れないかな?)


 風竜の身体の中に突っ込んだ壺は割れている。

 痺れ薬、睡眠薬、毒薬が入っている傷口にクラトスが手を入れたら、ヤバい事になりそうだ。

 風竜の前にクラトスが倒れそうだ。


 まぁ、それはそれでいいかもしれない。

 万が一にも従魔契約が可能な時は、お父さんさえいれば問題ない。


「フシュー!」

「くっ……! 近づけないか!」


 でも、心配するところはそこじゃなかった。

 風竜は目が見えていないはずなのに、接近して来るクラトスに向かって、左前足を振り回した。

 俺と違って体臭が臭いから分かるんじゃないだろうか?


「チッ! お前に残りの壺もやるから奴にブチ込め! 俺だと近づくと分かるらしい」

「えっ、嘘でしょう……」


 クラトスは風竜の前足や尻尾攻撃を走って避けながら言ってきた。

 自分で何を言っているのか分かってないと思うけど、俺に九個全部やれと言っている。

 流石にそれは駄目だ。身体を洗って、出直してくればいい。


「ほら、投げるぞ! 受け取れ!」

「ちょっと、くそぉ!」


 ほぼ強制命令だ。白いアイテムポーチに痺れ薬を仕舞うと、クラトスは投げてきた。

 飛んで来たアイテムポーチが地面に落ちないように、毒壺を持ったまま走って、両腕の中で受け取った。


 どうせなら、もう一つの茶色いアイテムポーチも投げ渡してほしい。

 そっちに財布が入っているなら、それも使ってやる。


「お前も早く壺を入れて、距離を取るんだぞ」

「なっ⁉︎」


 樹木を盾に風竜の追撃を逃れたクラトスが言ってきた。

 一個も壺を入れてない人間が言っていい台詞じゃない。

 まるで俺が一個も入れてない無能な奴みたいに聞こえる。


「くっ、特別報酬として五十万ギルぐらいは貰うからな!」


 それでもやるしかないのは分かっている。

 毒壺二個を地面に置いて、白いアイテムポーチの留め具を右腰のベルトに固定した。

 そして、地面に置いた毒壺二個持って、クラトスを見失っている風竜に向かっていった。


「治療費、靴代、黒い骨剣代も全部払って貰う!」


 口だけの騎士団には色々と言いたい事がある。

 前にネイマールの屋敷の事件を解決した時に、騎士団のオースティンが報奨金を贈ると言っていた。

 懸賞金の五十万ギルは貰ったけど、報奨金はまだ一ギルも贈られてない。

 これだけやって、無報酬なんてやってられない。絶対に何か貰ってやる。


「ラァッ!」

「グゥガアッ⁉︎」


 右腹の傷口に両手の毒壺を同時にブチ込んで、急いで両手を引き抜いた。

 これで五個目だ。そろそろ苦しむ姿とか、そんな反応が見てみたい。


(痺れ薬は前足とかの方がいいじゃないのか? 近い場所の方が効き目は早いだろうし)


 アイテムポーチから黄色い蓋の壺を二個取り出してから少し考えた。

 前足を痺れさせれば、移動できなくなる。


 まぁ、何を食べても腹の中に入れば一緒だ。どこでもいいから構わずブチ込もう。

 腹の下に潜り込むと、傷口に両手を突き上げるように痺れ薬をブチ込んだ。


「喰らえ! くぅっ……!」

「グゥルルラァ‼︎  ガァフゥッ、ガァ、ルル……」


 両手を突っ込んだ瞬間に大量の血の雨が降って来た。

 反射的に目を閉じて、頭にかからないように避けながら、両手を引き抜いた。

 よく考えたら、三種類の劇薬が混じっている血だ。

 目に入るのも、口に入るのも、身体に浴びるだけでも身体に悪影響があると思う。


 でも、既に服にも身体にも結構かかって、風竜の臭い匂いがするから遅いかもしれない。

 さっさと睡眠薬もブチ込んで、解毒薬を飲むしかない。


(まさか、解毒薬がないとか言わないよな?)

 

 不吉な予感が頭に過ぎったけど、流石に解毒薬なしで毒薬は使わない。

 風竜の反撃がないので、睡眠薬を急いで二個取り出すと、毒壺とは別の傷口にねじ込んだ。

 これで全ての壺を使い切った。あとは結果を確かめるだけだ。


「ガァグゥッ、グゥゲェ、グググッ~~!」

「ん?」


 腹の下から出ると、既に風竜の身体に悪影響が出始めていた。

 風竜は咳き込み、足の膝が小刻みに震えている。

 どの薬の効果は分からないけど、無駄な攻撃ではなかったようだ。


「やれやれ、人間ならスプーン一杯で即死の量だが流石は竜だな。まだ立っている」


 風竜から十二メートル程離れて様子を見ていると、俺の後ろから、クラトスが現れた。

 結局、この隊長が役に立ったのは目眩しだけだった。

 とりあえず、もう一回だけ役に立ってもらいたいから、解毒薬があるのか聞いてみた。


「それよりも解毒薬はないんですか? 俺もその即死する薬を身体に浴びているんですけど」

「あぁ、そのアイテムポーチに入っている。ガラス瓶に入っている赤色の飲み薬だ」


 クラトスは、解毒薬は投げ渡された白いアイテムポーチの中にあると答えてくれた。

 自分で探すと時間が掛かりそうだからやりたくない。


 アイテムポーチに入れた物を取り出す方法は三つしかない。

 手探りで探す、頭の中で思い浮かべて探す、中身を全部外にぶち撒けて探す、がある。

 見た事もない解毒薬を思い浮かべるのは難しいので、アイテムポーチをクラトスに投げ渡した。


「分からないから取り出してください」

「面倒くさい奴だな。このぐらい自分でやれ。ほら、苦くても全部飲むんだぞ」

「くっ……あ、ありがとうございます」


 受け取ったアイテムポーチから、クラトスは本当に面倒そうな顔で解毒薬を探している。

 そして、見つけた解毒薬を薬嫌いの子供に渡すように差し出した。

 何とか頭突きしたい気持ちを抑えて、赤色の液体を感謝の言葉を言ってから受け取った。


(このぐらいって言うけど、お前はこのぐらいしか役に立ってないんだからな!)


 本当に言いたい言葉は我慢して、解毒薬を飲んでいく。

 もしかすると、クラトスは俺の命の恩人かもしれない。

 この解毒薬が見つからずに、俺は死んでいたかもしれない。

 そう思えば、何とか我慢できると思う。


「それよりも、ウォーカーを連れて来なくていいのか? このまま殺すつもりなら必要ないが、従魔にするなら死ぬ前にやった方がいいぞ。この苦しみ具合だと保って十五分だ」

「はい?」


 二人で血を吐いて苦しんでいる風竜を見ていると、平然とクラトスが言ってきた。

 何を言っているのか一瞬理解できなかったけど、理解すると本当の目的を思い出した。

 

「ハッ! そういう大事な事は早く言ってくださいよ! すぐに連れて来ます!」

「まぁ、その前に解毒薬が足りないだろうがな」


 お父さんを連れて来ようとしたら、さらにクラトスが大事な事を言ってきた。

 解毒薬が足りないなら、最初からマイクを助けるつもりがなかったという事だ。


「だったら、解毒薬を急いで、有りったけ持って来ればいいでしょう!」


 クラトスに怒鳴ると返事は聞かずに、お父さんの所に急いだ。

 巫山戯るな。殺すつもりで大人しくさせるのと、殺すつもりは全然違う。

 まだ助けられるチャンスが残っているなら、俺は最後まで絶対に諦めない。


「ハァ、ハァ、くそぉ……回復薬もそんなにないぞ!」


 走りながらも解毒薬の代わりになりそうなものを考える。

 回復薬は残り二本しかない。この森の中には薬草の匂いはしない。

 お父さんのアイテムポーチに解毒薬があると期待するしかない。


「お父さん、出番です! マイクを助けてください!」

「ぐっ、そうか……」


 地面に寝っ転がっているお父さんを見つけると、痛がるお父さんを王子様抱っこした。

 痛いかもしれないけど、今は緊急事態だ。少しだけ我慢してもらう。


「風竜は毒で死にかけています。クラトスの予想では残り十二分で手遅れになるそうです。解毒薬はありますか?」


 走りながら事情を説明する。これで無理だと言われたらどうする事も出来ない。


「解毒薬なら数本あるが、おそらく足りないだろう。だが、スロウで毒の巡りを遅くする事は出来る。多少の時間稼ぎは出来るはずだ」

「だったら大丈夫かもしれないです。クラトスに解毒薬を持って来るように頼みました」


 これで何とか助けられる希望が見えてきた。

 スロウを使えば二倍ぐらいは時間が伸びるはずだ。

 二十分もあれば、森を出て兵士達と合流して、戻って来るだけの時間はギリギリある。


「そうか……だが、その解毒薬を使うのは従魔契約できた時だけだ」

「えっ?」

「契約するのが無理な時は殺すしかない。街の安全の為に理解してくれ」


 でも、まだ安心するのは早すぎるようだ。

 風竜の命を助ける事は出来ても、契約できなければ殺さなくてはいけない。

 確かに契約できずに助けたら、また暴れ出すに決まっている。

 また、振り出しに戻す事は出来ない。覚悟を決めないといけない。

 

「……分かりました。その時は俺が楽にします」

「済まないな。俺も全力を出す。まだ諦めるのは早いぞ」

「そうですね。頑張りましょう」


 お父さんの言う通りだ。諦めるのはまだ早すぎる。

 俺達しか助けられる人はいないんだ。俺達が諦めた瞬間にマイクは助からない。

 最後の瞬間まで助ける事を諦めたら絶対に駄目だ。

 

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