第56話 殴られるだけの魔法習得訓練

 カウンターの前で苦しんでいる赤ちゃん眼鏡はレーガンによって、建物の端に引き摺られていった。

 邪魔な眼鏡が排除されたので、エイミーがクエストの報告と報酬を受け取っている。

 当然、昇級という言葉は一切聞こえて来ない。


(3級になれば、受付を口説いていいんだ。誰にしよう?)


 受付のミシェルが言ったから、間違いないと思う。

 チラッとカウンターに座っている四人の女性を見てみた。

 顔だけで選ばれたような綺麗な女性が並んでいるけど、選べるなら歳下が良い。


 ミシェルとリディアの二人を除外すると、長い銀髪のクールな二十七歳ぐらいのお姉さんと、短い赤茶髪の小柄な十八歳ぐらいのお姉さんがいる。

 この中なら赤茶髪だけど、今日は選べる人数が少ないから、また今度選ぶとしよう。


「報酬貰って来たよ。ちょうど三万ギルだったから、三人で分けられるね」


 俺の結論が出ると、ちょうどエイミーも終わったようだ。

 蜂蜜一キロ三千ギルで買取りだったから、十キロ以上あったようだ。

 レーガンと眼鏡の所ではなく、俺の所に向かってきた。


「駄目だ。回復薬を飲ませたけど、しばらく動けそうにない。放って置こうぜ」


 眼鏡の手当てを終えたレーガンも俺の所にやって来た。

 俺は自然回復だったけど、回復するのに結構時間がかかった。

 眼鏡ならもっと時間がかかるだろう。


 そして、失った人望を回復するのは絶対に無理そうだ。

 皆んなが眼鏡から離れていく。


「そんなに動けなくなるぐらいに痛いの? ちょっと大袈裟なんじゃない?」


 エイミーがチラッと眼鏡を見た後に、そんな酷い事を言った。

 眼鏡が犯人の協力者だから扱いが冷たい。

 そんなエイミーに向かって、レーガンが眼鏡に代わって、痛みの説明を始めた。


「ちっちっち。女にはあの痛みは分からねぇだろうな。まあ、例えるなら、足の小指をハンマーで本気で叩かれたような痛みだな。しかも、二回も叩かれたんだ。とても我慢できる痛みじゃないぜ」

「へぇー、そんなに痛いんだ。だったら骨折しているんだね。牛乳飲んで早く治さないと」

「「ん?」」


 いや、オチンチンに骨は無いから骨折しないでしょう。

 エイミーは何も分かってないというよりも、男を知らないようだ。

 まだまだ子供みたいだ。


「ぐっぬぬぬ、はぁ、はぁ、骨折はしていません。犬、猫ならあそこに骨はありますが、人間は無いから大丈夫です。私の報酬をいただきましょうか」

「へぇー、そうだったですね。知りませんでした。はい、どうぞ」


 歩ける程度に回復したのだろう、眼鏡が左足を引き摺りながらやって来た。

 それとも、自分の変態知識を披露したかったのかもしれない。

 エイミーから報酬を受け取っている。

 

「おい、動いて大丈夫なのかよ?」

「平気です。今日は疲れたので明日は休みます。お疲れ様でした」


 とても平気そうには見えないけど、眼鏡はフラつきながら、ギルドから出て行った。

 明日休んで、何をするか分からないので、ちょっと警戒しないといけない。


「ありゃー、駄目だな。ルディが昇級したから、明日は俺とエイミーの二人だな。どうする? 俺達も休むか?」

「えっーと……」


 休むか聞かれて、エイミーが悩んでいたから小さく頷いた。

 どうやら伝わったようだ、「そうだね。休んだ方がいいかも」とエイミーは答えた。


「じゃあ、そうするか。俺は一人でも出来そうなクエストをやってみるよ。単独の方が実力を評価されやすそうだからな」

「うん、頑張って。俺達は帰るよ」

「おう、じゃあな」


 これから一人でクエストを選ぶみたいだ。

 レーガンは8級クエストの掲示板に向かっていった。

 眼鏡と違って努力家だから、そのうちに自力で7級に昇級できそうだ。

 俺達は悪い友達をしっかりと排除しよう。


 ♢


 眼鏡が復活したので、しばらくエイミー達は8級クエストをやって過ごしていた。

 俺の方はクエストをせずに、ベアーズとリックの二匹と戦わされていた。

 そろそろ指名クエストがやって来そうなので、戦闘技術を磨いた方がいいそうだ。

 毎日、ボコボコに殴られて、刺されて強くなれるのか分からないけど、避けるのは上手くなったと思う。


「ぐわあ!」

「そこまでだ」

「ガァル」


 いつも思うけど、お父さんは止めるのが遅すぎると思う。

 ほら、押し倒された後にすぐに止めないから、左腕に槍が突き刺さっている。


「ルディ。リックが殺すつもりなら、お前はもう死んでいるぞ」

「痛たたたた……そんな事言っても、勝てない相手には勝てませんよ。だから、鍛えているんじゃないですか」


 左腕から三つ叉の槍が抜かれたので、立ち上がって、お父さんに抗議した。

 それと早く回復薬を飲まないと痛いので、さっさと飲ませてほしい。

 でも、お前はもう死んでいる、からのお説教が長い。

 血をポタポタと左腕から流して、緑の芝生に水分補給させる。

 

「それだと、強い相手には勝てないから、負けても仕方ないと言っているのと一緒だぞ。強ければ何でも許される訳じゃないだろう。諦めて、また全てを奪われてもいいと思っているのか?」


 確かに俺が弱いから、洞窟で倒されて犬にされたし、マイクも連れ去られてしまった。

 だからといって、今度の指名クエストで始末されて良いと思うはずがない。

 

「そんな訳ないです。その前に短期間で強くなれないんだから、1級冒険者とか用意して、俺を保護してくださいよ」

「それは無理だ。自分の身は自分で守る。自分の大切なものも自分で守る。これが常識だ」

「そんなのお父さんだけの常識ですよ。俺にとっては非常識ですよ」


 もう戦闘訓練に飽きたから人任せにしたい。

 奴らの仲間が強い冒険者の中にいるかもしれないけど、信用できる人が一人か二人はいるはずだ。

 その人に全部お任せしたい。


「ふぅ……いいか、相手は非常識な手段を使う相手だ。予想外の事態に対応できるようにルディが強くなって、皆んなを守らないといけない。そして、短期間で強くなる可能性があるのは、ルディだけだ」

「うぅ、それはもう分かりましたよ。でも、全然何も変わらないじゃないですか」


 俺、エイミー、レーガンの三人の中で、一番短期間で強くなれる可能性があるのは、俺だ。

 身体能力に戦闘技術を少し合わせるだけで、今の数倍は簡単に強くなれると思う。

 それは分かっているけど、毎日、毎日、殴られるのは嫌だ。


 せめて、エイミーかお母さんと一緒にお風呂に入るとか、ご褒美が欲しい。

 もちろん、それをお父さんに言ったら、「もうお前は死んでいる」と本当に殺されるから言わない。


「確かに戦闘技術はそう簡単には上がらないな。だが、本当に鍛えていたのはそこじゃない。実はルディには魔法を習得させようとしていた」

「えっ、魔法……?」


 戦闘訓練を受けていると思っていたら、魔法訓練を受けていたみたいだ。

 でも、効果は実感できない。もしかすると、もう使えるとか?


「そうだ。キールという男が使ったのは雷魔法だろう。走攻守に優れた魔法だ。雷を纏えば身体能力が上がり、攻撃した相手の身体を痺れさせる。身体に触れるだけでも、ダメージを受けるはずだ」

「えっーと……それだと弓矢とかで攻撃しないと駄目って事ですか?」


 お父さんの話を聞きながら、右手の手の平から、火、水、風、雷が出ないか試してみた。

 何も反応は無かった。

 どうやら、これ以外の魔法が使えるみたいだ。それか使えないだけだ。


「それなら、最初から弓矢の練習をさせている」


 確かにその通りだ。それに弓矢はやった事がないから、多分、得意じゃない。


「まぁ、そうですね。それで俺はどんな魔法が使えるんですか? 火、水、風、雷は違うみたいです」


 お父さんの説明は眼鏡並みに長い時があるから、さっさと結果だけ教えてもらおう。


「それを今調べている。魔法を使える条件は身体の中の魔素量で決まる。魔素は魔物を倒す事で徐々に増えていく。だいたい6級冒険者ぐらいから魔法を使える者が増えていく。そして、昇級する条件の一つに魔素量がある。ルディは魔物だから、その魔素量が人よりも高いから昇級しやすい」

「あぁ、なるほど。確かに俺、人間じゃなくて魔物でしたよね」


 結局、魔法が使えるかは調査中みたいだ。

 それに二度目の冒険者登録で、人型魔物とか暗殺者とか言われていた。

 身体の中の魔素量は、十分に魔法が使えるぐらいはあるみたいだ。


「そうだな。鑑定用の水晶で才能やスキルが赤文字で表示されるようになれば、6級相当の魔素量を持っていると言われている。だから、あとは刺激を与えるだけなんだが……この程度では足りないようだ」


 足りないとは、もちろん、この程度の暴行では足りないという意味だ。

 そもそも、お父さんは魔法が使えるのか? 使っているところを一度も見た事ない。

 もっと瀕死の暴行を加えるか考える前に、自分の教え方が悪いんじゃないとか考えてほしい。


「……お父さん、こんなこと言いたくないんですけど、お父さんは魔法を使えるんですか? 5級冒険者なら使えるんですよね?」

「ん? ああ、使えるぞ。時空魔法の【スロウ】と【ヘイスト】の二つが使える。スロウは動きを遅くする魔法で、ヘイストは動きを速くする魔法だ」

「へぇー、二つも使えるんですね……」


 使えないと思って期待して聞いたのに、普通に使えると言ってきた。

 これだと、暴行されたら魔法が習得できる事になってしまう。


 だから、最後の抵抗を試みた。

 このまま黙って指名クエストまで殴られるつもりはない。


「あっ、でも、俺。まだ7級だからちょっと早いかもしれないです」

「問題ない。8級でも才能がある者は使えている。俺はルディの才能を信じている。さあ、やるぞ。今度はルディにスロウを掛けて、リックにヘイストを掛ける。これで魔法耐性も鍛えられるな」

「あっは、はは、そうですね……」


 やっぱり駄目だった。

 お父さんと違って、俺は自分の才能なんて信じてないけど、覚えるまでは逃げられそうにない。

 回復薬を飲み終わると、重くなった身体を動かして、殴られるだけの特訓が再開された。


 ♢

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