第57話 指名クエスト到着と草原の森の中

「おはようございます」「おはようございます」

「ああ、おはよう。どうしたんだ、二人とも朝早くから?」


 朝稽古をやらされていると、眼鏡とレーガンがやって来た。

 お父さんと挨拶しているから、朝稽古でもしたいのかもしれない。


 でも、やめた方がいい。

 二日前から魔法を使われているから、もう人間が耐えられる限界を超えている。


「グマ、グマ、グマ!」

「ごふっ、ごふっ、ぐふっ!」


 ほら、見て分かるように熊に左腕を掴まれて、正面から腹を殴られるだけだ。

 この家では動物じゃなくて、人間を動物が虐待するのが日常になっている。

 もしかすると、俺が人間扱いされてないだけかもしれないけど。


「実は私宛てに指名クエストが来たのですが、一人でやる自信が無くて、ルディとエイミーを借りられないかと、お願いに来たんです」


 お父さんにやって来た理由を聞かれると、チラッと俺の方を見てから、眼鏡が答えた。

 俺も殴られながら聞いていたけど、つまり、待ちに待った指名クエストがやって来たという訳だ。

 これでもう殴られずに済む。


「セィッ、ハァッ!」

「グ、グマッ……!」


 真っ直ぐに腹に飛んで来るベアーズの左拳を右手で受け止めると、毛むくじゃらの腹を右足で蹴り飛ばした。

 軽い呻き声を上げて、ベアーズが掴んでいた俺の腕を離して、後ろに後退りする。

 もう訓練は終わりだ。熊の反撃が来る前にお父さんの所に走って逃げた。

 

「ほぉ……どんなクエストなんだ?」

「これです。近場のクエストなので、運が良ければすぐに終わるかもしれません」


 お父さんに言われて、眼鏡は薄緑色のロングコートの中から冒険者手帳を取り出している。

 そして、その手帳をパラパラと捲って、クエストが記録されたページで止めて、お父さんに手渡した。


「ベノムスネーク(猛毒大蛇)か……この辺には生息していない魔物だな。本当に出たのか?」


 お父さんはクエストの内容を読みながら、疑っている感じに眼鏡に確認した。


 ま、絶対に嘘だというのは分かっている。

 それでも、『はい、そうですか』と簡単に俺達を連れて行かせる訳にはいかない。

 ちょっとぐらいは怪しまないと、不自然に見えてしまうと思う。


「それがハッキリと分からないみたいなんです。うちの両親の知り合いの農家の人が、農作業中に草むらの中に見たと言っているんです。噛まれたくないから、本当にいないか確かめてほしいそうです」


 眼鏡はお父さんに聞かれると、スラスラと準備していただろう答えを答えていく。

 これだと、本当に指名クエストが来たんじゃないかと思ってしまうぐらいだ。

 なので、俺も駄目だと思いながらも質問してみた。


「そのベノムスネークって、強いの?」

「そうですね。体型は蛇というよりも、ナメクジに近いらしいです。身体の色は濃い目の茶色で、岩や砂に擬態して、近づくものに噛み付くそうですよ。長さ二メートル程の太い丸太とでも思ってください」


 すると、眼鏡がスラスラと答えてくれた。

 聞かれないかもしれないのに、これを全部暗記しているとしたら、ある意味凄い努力だ。

 明らかに間違った努力の使い方としか思えないけど。


「なるほど、動く丸太なんだ」

「まあ、厄介なのは毒だけです。クエストの難易度は7級相当です。私達四人でも十分に達成できますよ」

「7級なら、確かに俺達でもやれそうだな」


 ヤバイ。どこまで眼鏡が嘘を吐けるのか試したくなってしまう。


 もちろん、そんな馬鹿な事はしない。質問は一回だけで終わらせよう。

 眼鏡に警戒されて計画を中止されると、今日までの準備が全て台無しになってしまう。

 特にボコボコにされた俺の痛みが無駄になるのは、絶対に嫌だ。


「ハッキリと分からないか……なるほど、ベノムスネークは普段は遺跡に生息しているが、水棲の魔物でもあるからな。川の近くの畑に現れても不思議ではない。毒消し薬は準備しているのか?」

「それは大丈夫です。念の為に八本用意しました」


 お父さんは少し考えてから、毒消し薬を持っているか聞いてきた。

 眼鏡は聞かれて、サッとコートの中から紫色の液体が入った小瓶を取り出した。

 居もしない魔物を居ると見せかける為に、ここまでするか、とある意味、眼鏡に感心してしまう。


「準備万端という訳か。では、俺も一緒に行こう。人数は多い方がいいからな」

「えっ?」


 毒消し薬を持って、得意げな表情を浮かべていた眼鏡は、お父さんの行きます発言を聞いて、硬直してしまった。

 それは俺も一緒だ。てっきり俺に全て任せるつもりだと思っていた。

 

「本当にいいんですか! やったな、ローワン! 今日はツイているぞ!」

「いや、でも……満足な報酬は出せませんよ? 発見できなかった場合は一万ギル、発見できた場合で二万ギルです。倒した場合でも三万ギルしか報酬は出ません」

「構わない。娘の仕事ぶりを見たいだけだから、タダでいい。それとも、俺が付いて行くと迷惑なのか?」


 お父さんが付いて行くと聞いて、レーガンは喜んでいるのに、眼鏡は戸惑っている。

 報酬が払えないと断ろうとしているけど、タダで良いと言われたら、もう断れない。


「いえ、そんな事ないです。捜索範囲が広いので助かります。では、ウォーカーさんはエイミーと、私はレーガンとルディと組んで別々に探すとしましょう。その方が早く見つかるはずです」


 お父さんが付いて来るのは避けられないと判断すると、眼鏡はチーム分けを提案した。

 どうしても始末したいのは、やっぱり俺とレーガンの二人だけのようだ。

 エイミーはついでに狙ってみただけで、別にいいみたいだ。

 

「確かに、その方が戦力的なバランスも取れているな。少し待っててくれ。すぐに準備を済ませて、エイミーを連れて来る。ルディも急いで朝食を済ませるんだな」


 そう言って、お父さんは家ではなく、走り込みに行ったエイミーを探しに行った。

 走る場所はいつも一緒なので、すぐに見つけて連れて来るだろう。

 俺はその間に食事と回復薬だな。


「ごめん。十五分以内に準備するから待っててよ」

「構いませんよ。ゆっくり食べてきてください」


 二人に謝ると眼鏡が微笑みながら言ってきた。

 俺の最後の朝食だと思っているなら、残念だけど、それは間違いだ。


「そう。だったら、ゆっくり食べて来るよ。見つからなかったら長くなりそうだからね」


 今日、最後なのは、お前が悪さをする最後の日だ。


 ♢


 家に居るエイミーのお母さんの護衛は、ベアーズとリックに任せて、俺達は街を東に進んだ。

 捜索範囲は街を出て、街の外側に向かって、くの字型の曲線を描く川を越えた先にある草原地帯だ。

 草の高さは足首程度しかないので、ベノムスネークが居れば、見つける事は簡単だ。


 エイミー達は川沿いに北上して調べて、俺達はそこから東に離れた地点で、同じように北上して調べる事になった。

 眼鏡の指示は絶対なので、逆らう事は出来ない。


 そして、ここから更に東に進めば、騎士団の建物がある。

 お父さんが言うには、ベノムスネークが本当に現れたのならば、わざわざ農家の人が報酬を出さなくても、騎士団に頼めば無料で退治を引き受けてくれるそうだ。

 まぁ、そう出来ない理由は知っているので、しつこく眼鏡に聞くつもりはない。


 それに眼鏡の両親の知り合いも、見間違いで騎士団を動かしたくないとも言っているらしい。

 どこまで、眼鏡がつじつま合わせの嘘を用意しているのか、かなり気になる。


 この辺には畑は無いけど、捜索範囲を超えて、北上して行けば、畑や民家があるはずだ。

 農家の人達に猛毒大蛇を見てないか聞き込めば、眼鏡の嘘が明らかになるだろう。

 おそらく、その前に襲って来るとは思うけど……。


「なぁ、ベノムスネークは何を食うんだ? 野菜なんて食わないだろう?」


 草原を右に左に見回しながら、レーガンが眼鏡に聞いた。

 俺は居ないと思っているから、幻のベノムスネークを本気で探すつもりはない。


「おそらく水棲でもあるので、主食は魚だと思います。でも、この先に森があるので、私達はそこを重点的に探しましょうか」

「なるほどな。了解だ」


 レーガンの質問に眼鏡がスラスラと答えると、北上した先に見える森を指差した。

 ほとんど行き先が分かっているように、眼鏡は迷わずに進み続ける。


 つまり、森の中で俺達を襲おうとしていると思って間違いない。

 走れば数十分の距離に騎士団の建物があるのに、逃がさない自信があるようだ。

 それとも、森を抜けた先に農家があるから、そこに仲間が潜んでいるのだろうか?


(ま、ここまで来て逃げ出せないか)


 悪い事を考え過ぎると疲れてしまう。眼鏡の後に続いて森の中に入った。

 眼鏡の動きは騎士団が監視しているから、俺達がこの草原にいる事は騎士団の人は知っていると思う。

 人の気配はしないけど、ピンチの時は現れて助けてくれるはずだ。


「ローワン、実際にベノムスネークは何匹いるんだ? クエスト用紙には一匹みたいな感じに書かれていたけどよ」


 少し暗い森の中を進みながら、レーガンが前を歩く眼鏡に聞いた。

 眼鏡は「一匹だと思いますよ」と後ろを振り返らずに答えた。


「本当か? 一匹倒して、また現れましたとか苦情を言われるのは嫌だぜ」


 レーガンは右に左に上に首を動かして、ベノムスネークを全力で探している。

 そろそろ居ないと教えてあげたいけど、もう少しだけ眼鏡に騙されていてもらう。


「その心配はしなくていいですよ。見つけるだけでもいいんです。一匹倒せば、報酬三万ギル貰って、後の調査は騎士団にお願いするそうですよ」

「つまり、俺達は居るか、居ないか調べるだけでいいんだな」

「そういう事です。私達がやるのは本格的な調査の前の下調べです」

「かぁー! 結構面倒くさいんだな。これで湖に居たら最悪だぜ」

「フッ。そこまでする必要はないですよ」

 

 森の奥を目指しながら、眼鏡はどんどん進んでいく。

 どう見ても、レーガンのように念入りに調べている感じはしない。

 それに……。


(人の匂いがする。しかも、二人とも嗅いだ事のある匂いだ。でも、どういう事だ?)


 ♢

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