第55話 眼鏡の罰ゲームは受付嬢への告白

「おい、どういう事だ? 彼氏じゃないみたいだぞ?」

「知らねぇよ。だいたい筋肉の鍛えた方が足りないから、おかしいと思ったんだよ」

「確かに、顔はそこそこ良いぐらいだからな。俺が女でも、あれには夢中にならねぇよ」

「あっははは! 確かに昇級させても9級までだな!」


 人垣を作っていた男冒険者達が一人、また一人と好き勝手な事を言って立ち去っていく。

 出来れば謝ってから、立ち去ってほしいけど、眼鏡に騙されたみたいだから許してあげる。


(誰でもいいので、性格最悪の女と付き合って、お金を騙し取られますように)


 とりあえず可哀想な人達だから、早く彼女が出来るようにお祈りしておいた。


「やれやれ、男の嫉妬は見苦しいですね。まぁ、私には関係ない話ですけどね」

「ああ、確かにお前もモテないから関係ないな。嫉妬される方より嫉妬する方だろ?」

「フッ。酒場の女性店員全員に振られた、あなたには言われたくないですね」

「振られてねぇよ。忙しくて都合が悪いって断られているだけだ」

「それを世間一般的には振られていると言うんですよ」


 レーガンと眼鏡がどっちがモテるか言い争っているけど、そんなのどうでもいい。

 

(今、眼鏡が額に十字傷がある男と目配せしなかったか?)


 気の所為かもしれないけど、二人の目が合った瞬間、笑ったように見えた。

 もしかすると、あの男も眼鏡の仲間かもしれない。

 最初に話しかけて来たし、怪しいと言えば怪しい。

 あとでミシェルかリディアに聞きたいけど、今はちょっとマズイ。

 聞くならお父さんだな。


「大丈夫、ルディ? 殴られたりしなかった?」

「う、うん、大丈夫だよ。皆んな優しい人達だったから……」

「チッ……イチャイチャしやがって、闇討ちしてやろうか」


 優しいエイミーが怪我がないか心配してくれているけど、人垣を作っていた男達の視線が痛い。

 あの人達の目には、女の子と話しているだけでイチャイチャしているように見えているらしい。

 そして、新たな敵を作ってしまったようだ。夜は一人で出歩かないように注意しよう。


「あなたがここに居るという事は負けてしまったようですね。それとも崖を見て、無理だと引き返して来たんですか?」

「残念だけど、五十個集めて戻って来ただけだよ。ま、当たり前だけどね。ついでに昇級もしたよ」

「だと思いましたよ。それに昇級ですか……」


 レーガンとの醜い言い争いを中断して、眼鏡が聞いてきたので正直に教えてあげた。

 昇級の事は隠しておきたいけど、7級クエストを見ていたから、十字傷の男が教えるかもしれない。

 それに人伝に知られるよりは、自分から話した方が、エイミーのショックも小さくなると思いたい。


「おいおい、またかよ。やっぱり受付と付き合ってるんじゃねぇのか?」

「違いますよ。それにそんな不正行為してたら、受付どころか、ギルドをクビになりますよ」

「まぁ、確かにそうだな。二人一緒にクビになるか……」


 レーガンが昇級した事を疑ってきたけど、正常な判断能力がある人は有り得ない事だと分かる。

 酒場の女性に振られたと素直に認めて、レーガンも早く正常に戻った方がいい。


「なるほど。私の完敗ですね。街中を裸で歩けばいいんですか? それとも、指を全部切り落とせばいいんでしょうか?」


 悔しそうな顔一つ見せずに眼鏡が負けを認めてきた。

 しかも、自分から残忍な罰ゲームをやりたいようだ。


「そんな事しなくていいよ。というより、言ったらやるの?」

「やれと言われたらやりますよ。やれと言われたらですけどね」

「ふぅーん」


 聞いたら、眼鏡は小さく笑いながらやると言ってきた。

 嫉妬に狂う冒険者達の目の前で、俺が言える訳ないと思っているからだ。


 そして、言わなくても眼鏡が勝手に裸で街中を歩いていたら、俺がやれと言った事にされる。

 もしかしたら、俺に言われたとか言って、自分の欲望のままに変な事をやるかもしれない。

 通りすがりの女の子に抱き着いて、キスするなんて、なんて恐ろしい眼鏡なんだ。

 

「さあ、私達も報告しましょう。もしかすると昇級できるかもしれません」

「いやいや、それはねぇって」

「そうだよね。私、まだ二つしかクエスト達成してないから無理だよね」

「それが当然なんですよ。クエスト一つで昇級する方が異常なんです。我々、凡人は地道な努力を続けましょう」


 さっさとクエストの報告をすればいいのに、眼鏡はいちいち俺が悪いみたいに話そうとする。

 小さな声で言えば問題ないけど、わざわざ周囲に聞こえるように話すからタチが悪い。


「やっぱり不正しているんじゃねぇのか?」

「だよなぁ。いくらなんでも昇級審査が甘過ぎだろ」


 眼鏡は言葉巧みに冒険者達を刺激して、俺を嫌われ者にしようとしている。

 このままだと駄目だ。全然勝った気分になれない。


「ちょっと待って!」

「はい? 何ですか?」


 達成カウンターに向かって行く、三人を、眼鏡を呼び止めた。

 眼鏡が振り返って聞いてきたので、勝った報酬をもらう事にした。


「言われた事は何でもやるんだよね?」

「えぇ、そうですね。死ぬ以外の事で出来る事ならやりますよ。やってほしい事であるんですか?」

「じゃあ、達成カウンターの受付女性を本気で口説いてよ」

「……はい?」


 どうやら眼鏡は聞こえなかったようだから、もう一度言った。


「あそこのカウンターに座っている女性を本気で口説いてって言ったんだよ。出来る事だよね?」

「い、いや、暗黙の了解が……」

「やれって言ったんだから、さっさとやればいいんだよ!」

「うぐっ!」


 動揺している眼鏡が聞こえているのは最初から分かっている。

 眼鏡どころか、冒険者達にも聞こえるように声を荒げて言ってやった。

 そんな暗黙の了解なんて知らない。嫌われ者の仲間に引き摺り込んでやる。


「くっ、正気ですか……⁉︎」

「正気だよ。だから、一人だけ口説くだけで許してやってるんだよ。早くしないと全員口説かせるよ」


『やぁーれ、やぁーれ、やぁーれ』という冒険者達の心の声と視線が眼鏡に集まっている。

 口説くのが成功しても、失敗しても、眼鏡の地獄行きは確定だ。

 特に成功した時は恐ろしい目に遭うだろう。


「うぐっ、分かりました。ただし、好きでもない女性とは付き合えません。気が合わなければ、すぐに別れますからね」

「大丈夫。上手くいっても、別れろと言うつもりはないから。さあ、早く口説いてきて。皆んな待っているから」


 眼鏡が必死に時間稼ぎして、口説き文句を考えているようだけど、誰もお前の成功を望んでいない。

 クエスト達成カウンターに並んでいた冒険者達も列を開けて、眼鏡の為に道を作っている。

 だから、さっさと行け。


「クエスト報告に来ました。ハニービーの蜂蜜です」

「はい、確かに。容器の代金は報酬に含まれていますが、こちらでも代わりの容器を用意できます。その場合は報酬から二百ギル引かれますが、如何しますか?」


 冒険者達の心の声援を借りて、眼鏡は勇気を出して達成カウンターに向かった。

 受付に座っている女性は、金髪を馬の尻尾にしている強敵ミシェルだ。

 今は笑顔で対応しているけど、怒らせると酷い目に遭うのは知っている。


「いえ、結構です。その容器を使ってください。それと……もし、よろしかったら、今晩。私とお食事しませんか?」


 本当に口説くとは思わなかった。

 眼鏡はミシェルを食事に誘った。


「はい? お食事ですか? それは何かクエストと関係ある事なんですか?」

「そういう訳ではないんですが……前々から貴女の事が気になっていたというか、その、良ければ何ですが、一度ゆっくりお食事しながら、話をと……」


 クエストの事はハキハキ喋っていたのに、デートに誘おうとした途端に言葉を詰まらせている。

 明らかに口説き慣れていないのは見ていれば分かる。

 ある意味、誠実さは伝わるけど、俺は眼鏡の腹黒さを知っているので騙されない。

 それは眼鏡の正体を知っているミシェルも同じはずだ。


「あぁ、そういう事ですか。少々お待ち下さい」


 ミシェルが軽く微笑むと椅子から立ち上がって、カウンター横の扉に向かっている。

 眼鏡が口説こうとしていたのは、最初から知っているはずだけど、惚けて対応していた。


(もしかすると眼鏡を調べる為に、付き合うんじゃないのか?)


 ミシェルならやりそうな気もする。

 眼鏡を誘惑して骨抜きにして、洗いざらい知っている事を聞き出すかもしれない。

 それはそれで有りかもしれない。

 ちょっと期待しながら、眼鏡に近づいていく、ミシェルを見守った。

 

「大変嬉しい誘いです。あなたじゃなければ」

「はい?」


 ミシェルは眼鏡の目の前で立ち止まって、笑顔でそう言うと、眼鏡の両手を握った。

 眼鏡は手を握られて、嬉しそうに顔を綻ばせたけど、次の瞬間、強烈な右膝蹴りを股間に喰らった。


「おぎゃああっ‼︎ おぎゃ、おぎゃ、ひゃひゃひゃ、ひぎゃぁ!」


 眼鏡は強烈な膝蹴りを喰らった瞬間、赤ちゃんみたいに叫んで飛び跳ねた。

 そして、床に顔面から崩れ落ちると、股間を押さえて泣きじゃくり、ヨダレを垂らして叫んでいる。

 その姿はママを呼んでいる赤ちゃんそのものだ。


「ありゃー、完全に死んだな」

「もう一生使いものにならないな」


 冒険者達が気の毒そうに眼鏡を見ている。

 受付を口説いたのに怒られずに同情されている。


「8級程度で口説いてんじゃないわよ、この貧乏冒険者が! 3級になってから出直して来な!」

「ぴぃぎやああ‼︎」


 横向きに倒れている眼鏡に更に追加の一撃が飛んできた。

 眼鏡は両手でしっかりと股間を防御していたけど、ミシェルは右足を振り上げると爪先で蹴り飛ばした。

 防御を突き破って、右足が眼鏡の股間を破壊した。


(あれは間違いなく、不正行為をした罰だな。うん、当然の罰だ)


 二発打ち込んで、スッキリしたようだ。

 ミシェルは眼鏡を放置して、カウンター横の扉に入って、カウンターに座り直した。

 説教部屋は免除されたみたいだ。軽い罰で済んで良かったな。


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