第32話 湖の洞窟と水オオトカゲの皮

「すみません、忘れました。思い出したら言いますね」

「別に思い出さなくてもいいですよ。理髪店はそんな多くないですから」

「あっははは」

「うっふふふ」


 当然、三つ編みにされたのに忘れているはずがない。

 それはリディアも分かっているようだ。

 微笑んで自分で調べると言ってきた。

 きっと調べ出して、逆に店の名前を教えてくれるだろう。


「はぁ……私達はいつまでお芝居を見ていればいいんですか? その人、9級冒険者じゃないですよね?」

「えっ? いえ、9級ですよ。カードは持ってないから見せられないですけど」

「フッ。嘘を吐いても分かります。どんなに隠しても、あなたの実力はバレバレですよ」

「はい?」


 薄緑色のロングコートを着た茶色い髪の眼鏡をかけた男が、ため息を吐きながら言ってきた。

 全然自己紹介しないから、無口な人だと思っていたけど、様子を見ていただけみたいだ。

 もしかすると、昇級審査はとっくに始まっていたのかもしれない。


「ん? どういう事なんだ?」

「分からないんですか? 昇級審査を受けているのは私達三人の方なんですよ。そうですよね?」


 赤髪の男が首を傾げて、眼鏡の男に聞いている。

 眼鏡の男は眼鏡を指で押し上げると、知的な声でおかしな事を言っている。

 そして、まるで正解を確認するように、リディアの方をスッーと見て聞いた。


「えっ? いえ、違います。本当にこの人の昇級審査を三人にお願いしているんです。先程、説明した通りで間違いないです」


 眼鏡の男に見つめながらも、リディアは普通に否定している。

 俺も三人を審査してほしいなんてお願いされてない。

 明らかに勘違いだ。


「フッ。別に本当の事を教えてくれるとは思ってないです。秘密なんですよね?」

「いえいえ、本当に違います! 三人の昇級審査ではないです!」

「おい、ローワン。困っているじゃないか。笑えないから、やめろよ」


 否定されたのに、眼鏡の男は分かっていますよ、といった感じに微笑んで、また確認している。

 リディアがまた否定すると、眼鏡の男は赤髪の男に叱られてしまった。

 かなり思い込みが激しい人みたいだ。


「やれやれ、笑えないのはこっちの方です。ルディと言う名前に聞き覚えがないですか? スライム洞窟で行方不明になった冒険者の名前ですよ。明らかに偽名じゃないですか」

「んっ……おっ! 本当だ‼︎ 完璧に偽名だよ!」

「フッフ。やっと気づきましたか。まずは一ポイント先取ですね」

「くぅぅ~! ボーナスポイントを見逃しちまったぜぇ!」


 ポイント? 何を言っているのか分からない。

 赤髪と眼鏡がポイントで盛り上がっているけど、眼鏡はただの賢そうな馬鹿だ。

 こんなお馬鹿な人達に昇級審査されるなんて、運が悪いとしか思えない。

 いや、馬鹿な人達だから、俺の審査員に選んだのかもしれない。


「フッフフ。バレてしまったら仕方ないですね。そうです、三人の昇級審査です。このルディさんを正確に審査してみてください。出来ますか?」

「フッ。余裕です」

「おう! 当たり前だ!」

「では、クエストを始めてください。もう審査は始まっていますよ」


 否定しても無駄だと分かったのか、リディアは赤髪と眼鏡の思い込みを利用するようだ。

 よく分からないけど、結局、俺の昇級審査はするみたいだ。

 もう審査されればいいのか、審査すればいいのか分からないけど、普段通りにやってみよう。


 ♢


 今日やるクエストは『水オオトカゲの皮集め』だ。

 その為に、まずは街を南に進んで、湖に浮かべられている船に乗る事になった。

 受付のリディアが同行するので、当然、日帰りで行き来できる近場のクエストになる。

 その結果、湖を南東に進んだ先にある、山壁に空いた洞窟に行く事になったらしい。


 船は木製の左右対称の白い船で船首と船尾が丸く尖っている。

 大きさは縦三メートル五十センチ、横一メートル三十センチ程の三人乗りの船だ。

 船の真ん中にあるオールと呼ばれる木の板を両手で握って、それを動かして進むそうだ。

 船初体験という事で真ん中の席に座って、船を漕がせてもらう事になった。


「俺は盾で仲間を守りながら、棍棒で魔物を倒していく。攻撃と防御、どっちも得意だ!」

「私は弓と槍が得意です。空を飛んでいる鳥も弓矢で落とす事が出来ます。あとは人よりも洞察力と分析力が少し優れているぐらいですね」

「だったら俺は人よりも行動力と決断力に優れているぜ!」


 一緒の船に乗っている赤髪と眼鏡の二人が常に話しかけてくる。

 俺は二人の間に座って、二本のオールで船を漕ぎ続けている。

 船初体験だったけど、思ったよりは前に進まないし、飽きてきた。


(あっちの船に乗りたかった)


 こっちの船に少し遅れて付いて来る、もう一隻の船には、リディアとマイクが乗っている。

 あっちは船上デートみたいで羨ましい。


「それでルディさんはどんな武器が得意なんですか?」

「ああ、爪です」

「爪ですか?」


 眼鏡が聞いてきたので船を漕ぐのをやめて、右手袋を取って、爪を五本伸ばしていく。

 実際には爪というよりも牙に近いみたいだ。

 二人は伸びていく爪を興味深そうに見ている。


「ちょっと触ってもいいですか?」


 眼鏡が眼鏡を指で押し上げて聞いてきた。

 別に触られて困るようなものじゃない。


「いいですけど、手を切らないように注意してくださいね」

「大丈夫です。なるほど、滑らかで硬いですね。土魔法ですか?」

「いえ、違います」

「そ、そうですか……」


 爪を撫でながら眼鏡が聞いてきたので本当の事を教えてあげた。

 そしたら、眼鏡が不正解に落ち込んでしまった。

 まあ、静かになったからいい。


「馬鹿だな、ローワン。本当の事を教えてくれるはずないだろう」

「なるほど。そういう手ですか。ちなみにマイクは風魔法を使えます。まあ、知っているとは思いますけどね」

「いえ、全然知りません」


 赤髪の所為で、また眼鏡が復活してしまった。

 もう本当の事を教えても落ち込みそうにない。


「フッ。知らない振りですか。私達の個人情報はとっくに知っているんでしょう?」

「いえ、本当に知りません」

「なるほど。紙の情報では判断しないという訳ですか。口ではなく、行動で実力は示せという訳ですね」


 ああ、うるさい。眼鏡の質問責めには疲れてしまう。

 もっと楽しいお喋りが出来ると思ったのに、これなら一人の方が楽だ。


「眼鏡は人の話を全然聞かないから、マイナス一ポイント」

「えっ⁉︎ マイナス⁉︎」


 半分冗談のつもりで言ったけど、眼鏡が明らかにショックを受けている。

 黙らせたい時はマイナスポイントを与えるのが効果的みたいだ。


「あっはははは! 失敗したな、ローワン。これは抜き打ち審査なんだぜ。ルディはただの冒険者だと思って、普段通りにやらないと駄目なんだよ」

「レーガンに一ポイント」

「ハッ! くぅぅぅ~!」


 なるほど。これがポイントの力みたいだ。

 赤髪にポイントを与えると、眼鏡が悔しそうな顔をしている。

 とりあえず眼鏡はポイントに敏感だから、ポイントで操れそうだ。

 偽の審査員だとバレた時はブチ切れそうだけど。


「ルディ、そろそろ漕ぐのを交代しようぜ。疲れただろう?」

「ありがとう。実はちょっと疲れていたんだよ。レーガンは気が効くんだな」

「ハッハ。こんなの仲間同士なら当たり前だろう。さてと、飛ばすぜぇ!」


 船がひっくり返らないように慎重に交代する。

 船を漕いだ事がなかったから、やっぱり物凄く遅かったみたいだ。

 その証拠にレーガンはスイスイと船を漕いでいく。

 デート中の船がどんどん引き離されていく。


「レーガン、ちょっと飛ばし過ぎなんじゃないですか? マイクの船が見えなくなりましたよ。マイナスじゃないですか」

「そうか? いつもと一緒ぐらいだぜ」

「いえ、いつもよりも四倍は速い気がします。普段通りにした方がいいですよ」


 それは流石に有り得ない。眼鏡は更にマイナス一ポイント。

 仲間の足を引っ張る奴は昇級させられない。


「フゥッ、フゥッ、これが俺のいつも通りだよ。そろそろ洞窟が見えて来るんじゃないのか?」


 赤髪が額から汗を飛ばしながら聞いてきた。

 赤髪に言われて、湖に面した垂直の黒い岩壁を見ると、ポッカリと穴が開いていた。

 縦二メートル二十センチ、横一メートル七十センチ程の思ったよりは広い入り口だ。


 そして、洞窟の入り口付近の水面には、恒例の看板が付いた橙色のボールが浮いていた。

 看板には『超危険! 体長二メートル超えのオオトカゲがいるよ。水中に引き込まれる前に帰ろう』と書かれている。


 普通は警告通りに帰った方がいいけど、化け猫、化け犬、化け馬と二メートル超えは倒している。

 前はスライムの看板も怖かったけど、今は全然怖くない。

 スッカリと魔物狩りに慣れてしまっている。


「ルディさん、頭を打つけないように気をつけてくださいね」

「分かった」


 眼鏡が薄緑色のコートの中からランプを取り出して、暗い洞窟の中を明るく照らす。

 俺の目にはランプは必要ないぐらいにハッキリと見えている。

 船が不気味な洞窟の中を、船体を壁に打つけないように進んでいく。

 洞窟の中は外よりも気温が低いみたいだ。

 もう一枚上から何か着た方が良さそうだ。


「着いたぜ。船はここまでだ」

「ルディさん、滑りやすいので気をつけてくださいね」

「ああ、ありがとう」


 洞窟の奥に到着したようだ。水面が岩の地面に切り替わった。

 ここからは船から降りて、自分の足で進まないといけないらしい。

 リディアとマイクの船も気になるけど、先にクエストを始めても問題ないだろう。


 ♢

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