第31話 8級昇級審査と顔見知りの冒険者

 エイミーの家に着いたけど、玄関の扉は閉まっていた。

 仕方ないので、リックの部屋の窓を叩いて起こして、そこから家の中に入った。

 ベアーズの部屋の窓を叩いたら、襲い掛かってくるから絶対に叩かない。


「お腹空いた……何かあるかも」


 お腹を押さえて、リビングを通り、台所に入る。

 リビングのテーブルにも、台所にも夕食は残っていなかった。

 仕方ないので、台所にお土産のトゲトゲ四十九個を置いて寝る事にした。

 お風呂は明日の朝稽古の後でいい。どうせ、汗をかくのは分かっている。


(あぁ、疲れた……でも、明日はちょっと楽しみかも)


 自分の部屋の床に寝転んだ。

 疲れが身体から溶け出していくようだ。

 それと同時に眠気が襲ってくる。

 

 でも、明日は寝坊する事は出来ない。

 監視かもしれないけど、やっと他の冒険者と一緒に冒険が出来る。

 楽しく仲良くお喋りしながら冒険が出来るかもしれない。

 まあ、お兄さん冒険者だろうけど。


 ♢


「うぅっ、もう駄目だ。完全に嫌われた」


 冒険者ギルドへの道を落ち込んだ気分で歩いていく。

 朝稽古が終わり、リビングで朝ご飯を食べていた。

 ベアーズにはボコボコにされたけど、晩ご飯を食べてないと伝えたら、何とか許してもらえた。


 そう、そこまではよかった。

 お母さんが台所に置いていたトゲトゲを持って来て、どう料理するか聞くまでは……。


「これ、チャロちゃんが取って来たの?」

「ええ、お土産です。好きに使ってください」

「ロッホロッホのトゲトゲだな。ルディはもう9級に昇級したんだな」

「9級……」

「ハッ‼︎」


 お父さんの昇級という言葉を聞いた瞬間、ジャムをパンに塗るエイミーの手が止まった。

 俺の余計なお土産の所為で、家族の温かい食卓が一瞬で凍り付いてしまった……。


「はぁ……今日は休みたい」


 朝ご飯の出来事を思い出しながら、冒険者ギルドの前に到着した。

 今日はやる気がないというか、しばらく何もやりたくない。


 でも、やらなければならない時がある。

 それにいつかはバレる。それが今日の朝だっただけだ。

 むしろ、早めにバレて運が良かったと思うべきだ。

 よし、元気を出して頑張ろう!


 ……みたいな感じで、いつもよりも重い扉を開けて中に入った。

 当然、元気もやる気もほとんどない。

 心が痛い。今すぐに村に帰りたい。


「さてと、約束の時間よりは早いけど」


 時刻は午前八時三十分、冒険者ギルドは二十四時間開いている。

 昨日の茶色い髪を馬の尻尾にしている受付女性を探してみた。

 達成カウンターには座ってない。他のカウンターにも座ってない。


(もしかすると、約束を忘れて帰ったのかも)

 

 その場合は家まで行って、冒険者手帳とカードを取り返したいけど、それはない。

 あの受付女性はとても執念深そうだ。忘れるとは思えない。


 とりあえずやる事がないので、五人程の冒険者が見ている8級のクエスト掲示板を見に向かった。

 このクエストの中から選んで、それを達成したら不正疑惑は晴れるはずだ。


(あれ? でも、その場合は8級に昇級できるのかな?)


 不正疑惑が晴れたら、9級のままなのか、8級に昇級するのか、そこはちょっと気になる。

 受付女性が現れたら、聞いた方がよさそうだ。

 昇級したら、エイミーから更に嫉妬されて嫌われるけど。


「予定よりも早いですね。下見ですか?」

「ん?」


 クエスト用紙を手に持って、内容を読んでいると、声をかけられた。

 女性の声だったけど、昨日の女性は槍で突くような鋭い感じだった。

 この声は枕で殴るような感じだ。

 後ろを振り返って、右後ろに立っていた女性を見たけど、やっぱり違っていた。


 サラサラの茶色っぽい金色の髪の左右を紐で結んで、鎖骨よりも下に垂らしている。

 年齢十八歳ぐらい。少し日に焼けた肌、身長百六十二センチ、細身の身体に小振りな胸元だ。


 白い袖無しの厚手のシャツを着て、その上に薄茶色の胸当てを付けている。

 下の方は太腿が見える程の濃茶の短いズボン、足首より八センチ程上の茶色のブーツを履いている。

 両膝に真っ黒な膝当てを付けて、腰ベルトの茶色い鞘に六十センチ程の短剣が見える。


 間違いないと思う。今日、俺を監視する冒険者だ。

 こんなに可愛い女性冒険者に一日中監視されるなら、お金を払ってもいいかも。


「もしかすると、今日、監視する8級冒険者の人ですか?」


 少し近づいてから聞いてみた。

 すると、少し嫌そうに顔をしかめて言ってきた。

 

「何を言ってるんですか? 私は冒険者ギルドの受付でリディアと言います。会うのは三回目ですよ。覚えてないんですか?」

「えっ……あっ! あの時の‼︎」


 聞き覚えのある声とリディアという名前で思い出した。

 いつもの胸開きドレスじゃないから分からなかった。

 俺をスライム洞窟で死んだルディと関係があるか、本人だと思っている受付女性だ。

 勝手に筆跡鑑定、指紋、細胞、魂まで調べられた。


「思い出したようですね。ミシェルに怪しい男がいるから監視してほしいと頼まれたんです。非番だったんですけど、名前を聞いたら、私も怪しいと思っていたので引き受ける事にしました」


 お休みなら断って休んだ方がいい。

 この人だと、他の受付女性よりも厳しい監視になってしまう。

 説得して、お家のベッドに帰ってもらおう。


「危ないからやめた方がいいですよ。大怪我しますよ!」

「大丈夫です。8級冒険者が三人付いているので、問題ないです。あそこにいるのが、今日、あなたと一緒にクエストをする三人ですよ」


 リディアが指を指した建物の左隅の方向には、三人組の冒険者が立っていた。

 そのうちの黒いサングラスをかけた、短い赤髪の凄い筋肉の大男が手を振っている。

 予想した通り、全員が男だった。


 ♢


「紹介します。さあ、行きますよ」


 リディアに言われて黙って付いて行く。

 男三人、女一人に監視されながら、クエストをする事になった。

 緊張してきた。出来れば分からないように隠れて監視してほしい。


「急なお願いで申し訳ないです。こちらが昇級審査してほしい、ルディさんです」

「ルディです。よろしくお願いします」


 リディアは三人の前で立ち止まって、軽くお辞儀すると、右手で俺を指して紹介した。

 彼女の右隣に立っている俺も同じようにお辞儀して、名前を言った。


「ん? それだけか? 年齢とか好きな食べ物も教えてくれよ」

「あっ、はい、年齢は——」


 赤髪の大男がサングラスを外して聞いてきたので、言おうとしていた。

 でも、赤髪の大男が先に色々と言い出して、何も言えなくなった。


「俺の名前はレーガン。歳は二十。身長は百八十四センチだ。俺と同じぐらいはありそうだな。よろしくな!」

「よろしくお願いします」


 ちょっとモヤとした気持ちになったけど、レーガンが右手を差し出した来たので握手した。

 隣の受付女性と違って、目の敵にされてないみたいだから、仲良くなれそうだ。


 赤髪の元気な男は、頭の両サイドの髪を短く切って、頭頂部の周囲を少し長めに切っている。

 まるで、頭の天辺で赤い炎が燃えているように見える。

 黒い革の長袖ジャケットを着て、膝部分が破れた黒っぽい青色の長ズボンを履いている。


 他の二人よりも身長も身体も大きく、明らかに力自慢なのは見れば分かる。

 そして、何故だが、大きなスプーンの持ち手に穴を開けて、紐を通して首にかけている。


「ほらほら、お前達もなんか言ったらどうだ? 名前も知らないと何も出来ないぞ」

「それじゃあ、俺から。お久し振りです、マイクです。まさか、9級冒険者の方だとは思いませんでした」

「えっーと……?」


 赤髪の男に急かされて、黒髪の身綺麗な男が近づいてきて、握手を求めてきた。

 初対面だと思っていたけど、言われてみたら、芝生のような綺麗な坊主頭には見覚えがある。

 最近、どこかで会ったような気がする。


「何だ、マイクの知り合いなのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど。ほら、話したじゃないですか? 屋敷のパーティーで凄い4級冒険者に会ったって。この人がその凄い人なんですよ」

「ああ、そういえば、お前と同じ名前の凄い冒険者がいるとか噂になってたな」

「そう、その人なんですよ!」


(あっ、思い出した。あの時の護衛冒険者だ)


 赤髪の男に聞かれて、マイクが興奮しながら答えている。

 パーティー、護衛、4級冒険者という言葉を聞いて思い出した。

 屋敷の主人の近くに立っていた護衛冒険者だ。

 奥さんの部屋を一緒に探して、ついでに名前を偽名で使わせてもらった相手だ。


「凄い偶然ですね。二人が知り合いだったなんて知りませんでした。その凄い4級冒険者は本当にルディさんなんですか?」


 リディアが手を合わせて、俺とマイクの間に立って驚いた顔をしている。

 絶対に偶然じゃない。絶対に調べてから会わせている。


「はい、間違いないと思います。髪は短いですけど、命の恩人の顔を忘れる訳ないです。そうですよね、ルディさん?」

「いえ、人違いだと思います。髪を伸ばした事は一度もないから間違いないです」

「えっ、でも……」


 ハッキリと否定した。マイクは否定されて困った顔をしている。

 悪いけど、これは皆んなの為でもある。俺は嘘を突き通すと決めている。

 俺の正体を知っても、何の得もない。むしろ、危ない目に遭うかもしれない。


「ほら、やっぱり人違いだ。髪の色が似ているから、そう思い込んでいるんだよ」

「ああ、なるほど。最近、理髪店でカッコいい髪型に切ってくださいとお願いしたんですよ。だから、こんな髪の色にされたんですね」

「ハッハハ。何だよ、そういう事かよ! マイク、人違いの謎は解けたな」

「ちょ、ちょっと、痛いですよ!」


 赤髪の男は信じてくれた。マイクの背中を笑いながら叩いている。


「へぇー、それで何て言う名前の理髪店なんですか?」


 だけど、リディアは無理そうだ。まったく笑わずに聞いてきた。

 最初から俺の言う事は信じないと決めているらしい。

 店の名前や場所を教えたら、絶対に調べに行く。


 ♢

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