第33話 釣り対決。釣り竿対素潜り

 赤髪が船から降りると、洞窟の壁に埋め込まれている鉄の輪っかに、船のロープを通している。

 ロープをよく分からない複雑な結び方で、しっかりと結んでいる。

 これで誰かがロープを切らなければ、泳いで帰らなくて済む。


「よし! いいぜ!」

「では、行きましょうか」


 赤髪がロープを引っ張って、解けないか確認している。どうやら問題ないようだ。

 ランプを持った眼鏡を先頭に俺、赤髪が続いて、洞窟の中を進んで行く。


 この場合は盾を持った赤髪が魔物の襲撃を警戒して、先頭に立った方が良さそうに見える。

 でも、まだ魔物は出ないみたいだ。

 眼鏡はランプだけで、赤髪も盾は持っていない。


「入り口に到着しました。とりあえず二人が来るまで待ちましょうか」


 眼鏡が黒色の大きな鉄壁の前で立ち止まると、振り返って言ってきた。

 鉄壁の中央には長方形の扉が見える。

 扉の左右に二つずつ、四つの丸いハンドルが見える。

 スライム洞窟で見た鉄柵と同じで、魔物が外に出ないようにしているみたいだ。

 鉄壁の周囲が洞窟の壁に隙間なく、ピッタリとくっ付いている。


「ローワンさん、クエスト内容が知りたいので冒険者手帳を見せてください」

「はい、分かりま——」


 とりあえず、ただ待つのも時間が勿体ないので、眼鏡の冒険者手帳を見せてもらう事にした。

 眼鏡が喜んで薄緑色のコートから取り出そうとしたけど、何かに気づいたみたいだ。

 慌てて、コートから何も持ってない右手を抜き出した。


「おっと! 危ない危ない」

「えっ?」

「その必要はありません。クエスト内容はこの頭の中にしっかりと記憶しています。私が説明しましょう」

「いや、見せてくれれば分かるから」


 別に眼鏡の賢さを見せてほしい訳じゃない。

 クエスト証明書を見せてほしいだけだ。


「水オオトカゲは水中に生息する魔物で、体長は二メートルから二メートル五十センチまでいます。鋭い縦長の牙が並び、五本の前足には鋭い鉤爪が付いています。長い尻尾による攻撃も——」


 ああ、また人の話を聞かずに始まってしまった。

 とりあえず、マイナス一ポイントにして、冒険者手帳は赤髪に見せてもらおう。


「レーガン、冒険者手帳を見せて」

「おお、いいぜ。暗いけど見えるのか?」

「問題ないよ。このぐらいの暗さならランプ無しでも見えるから」

「ほぉー、それは凄え」


 赤髪はポケットからハンカチみたいに折り畳まれたアイテムポーチを取り出した。

 縦横四十センチの持ち手のある赤い布から、冒険者手帳を取り出して、素直に渡してくれた。

 眼鏡はまだ喋っているけど、教えてほしいと言えば、いつでも話してくれるだろう。

 さてと、リディアとマイクが来るまでに読んでおこう。


(あれ? 釣り竿が必須とか書いてある)


 冒険者手帳のクエスト証明書には、水オオトカゲを釣り上げる為に釣り竿が必要と書かれている。

 そんな物は持っていない。まあ、眼鏡に借りれば問題ない。

 三ポイントあげれば、喜んで貸してくれる。


 特に問題なさそうなので、クエスト証明書の続きを読んでいく。

 水中に生息している水オオトカゲは、集団で水に入った獲物を襲う習性があるそうだ。

 その為に釣り竿で水中から陸地に一匹ずつ引き上げて、安全に倒す必要があるそうだ。


(なるほど。安全対策なら別に釣り竿は要らないみたいだ。水に飛び込んでいいんじゃないのか?)


 もちろん良い子の皆んなは真似したら駄目だけど、強い子なら問題ないと思う。

 集団で襲って来るなら、爪を伸ばして待っていれば、勝手にどんどん切られに来てくれる。


 クエストを達成するには、最低三十匹の皮が必要と書いてある。

 買取りの上限は七十匹だから、七十匹倒したら、文句無しに昇級させてくれるはずだ。


「防水性の高い皮の用途は、主に馬車の帆や建物の屋根に使われています。他にも傘や服などの雨具として使われています——」

「ありがとう、レーガン。よく分かったよ」

「おお。また読みたくなったら、いつでも言ってくれよ」


 眼鏡がまだ喋っているけど、皮の用途はクエスト証明書には書かれてない。

 必要ない情報は聞かなくてもいい。お礼を言って、赤髪に冒険者手帳を返した。


「おや? やっと二人が来たようですね。扉を開けましょうか」


 眼鏡が話を中断して言ってきた。

 確かに足音と話し声が近づいて来ている。

 二人がやって来たようだ。


「それじゃあ、行きますか。ルディは左のハンドルを二つとも右に回してくれ」

「分かった。右だな」


 赤髪に言われた通りに、直径三十センチ程の輪っか型のハンドルを右に回して行く。

 輪っかがグルグルと回っていき、何周も回すと、それ以上は回らなくなった。

 そして、左二つのハンドルと右二つのハンドルを回し終わると、赤髪が外開きの扉を開けてくれた。


 ♢


 リディアとマイクを加えて、洞窟の奥を目指して進んでいく。

 先頭を長方形の大盾を構えた赤髪が進んでいく。

 その後ろを刀身が溶けたように、いくつも波打っている変な剣を持って、マイクが進む。

 そのマイクの後ろをランプを持った眼鏡、俺、リディアが続く。


(これって、俺の昇級審査だよね?)


 この並び方はどう見ても、俺が活躍できない並び方だ。

 まるで、受付女性と同じでお客様扱いだ。

 昇級できるか分からない、ちょっとした危機感を感じながら進んでいく。


「到着したぜ。地面に上がっている奴はいないみたいだ」


 広い空間に入った赤髪が盾を地面に下ろして言ってきた。

 ここが目的地というより、釣り場のようだ。


 半円形の縦七十五メートル、横百三十メートル程の濃い青色の水面が見える。

 地面の広さは縦二十メートル、横は同じぐらいある。

 洞窟の中の秘密の湖といった感じがする。


「はぁ……何だか、息苦しいですね?」

「問題ないですよ。壁の隙間から風が通り抜けています。そうでなければ、とっくに気絶しています」

「あっはは、それはよかったです……」


 首元の服を引っ張って、リディアは苦しそうにしている。

 それを見て、眼鏡は眼鏡を上げて、酸素は問題ないと言っている。

 どちらかと言うと、湿気が凄くて、湿った服がベタベタと身体にくっ付くのが苦しそうだ。


「よぉーし! 皆んな、竿の準備だ! 誰が一番に釣れるか晩飯を賭けようぜ!」

「フッ。当然、自分に賭けるに決まっています」

「今日こそは負けませんからね!」


 赤髪がアイテムポーチというよりも、アイテム袋から大きな釣り竿を取り出した。

 続けて、眼鏡も薄緑色のコートから大きな釣り竿を取り出した。

 黒の袖無しシャツ、黒の長ズボンの貧乏そうな服のマイクさえも釣り竿を取り出した。

 持っていないのは、やっぱり俺一人だけのようだ。


「ルディ~。早く釣り竿持って、こっちに来いよ!」

「まさか、ハンデ(不利な条件)ですか? 余裕ですね」


 水面のすぐ側に立っている赤髪と眼鏡が呼んでいる。

 こっちは小さな川で、枝に紐を付けた釣り竿でしかやった事がない。

 そんな見た事がない、複雑で長くてゴツい釣り竿の使い方なんて知らない。

 

「どうしたんですか? 皆んな、待っていますよ。早く釣り竿を出さないと……くっふふ。それとも持って来るのを忘れちゃいましたか?」

「くっ!」


 水面から離れた安全地帯に立っていたリディアが近づいて来た。

 そして、三人に聞こえないように、笑いながら小声で聞いてきた。

 忘れたんじゃない。言われてないだけだ。


「始めていいそうですよ!」

「はっ! 舐めやがって! 後悔させてやるぜ!」

「フッフ。一匹も連れないと昇級は難しいですね」

「この卑怯者めぇ~!」

 

 明らかに確信犯だ。釣り竿を忘れた俺を昇級させないつもりだ。

 だが、甘い。考えが甘すぎる。釣り竿が無ければ、身体を使えばいい。

 こんな嫌がらせに負けるつもりはない。


「ちょ、ちょっと⁉︎ 何するつもりですか⁉︎ 変な事したら、剥奪、きゃああっ!」


 リディアの目の前で服を脱ぎ始めた。

 上着を脱いで、靴を脱いで、最後にズボンを勢いよく下ろした。

 その瞬間、動揺していたリディアが悲鳴を上げた。

 釣りをしていた三人が悲鳴に振り返る。

 安心してください。水玉のトランクスは履いています。


「うぅぅ~、早く服を着なさい。セクハラで資格剥奪させますよ!」

「よく見てください。服は着てますよ。ほら、ほら」

「この変態! そんなの着てないのと一緒です!」


 リディアは両手で目を隠しているけど、広げた指の隙間から見ている。

 顔が赤いようだけど、こっちは最近まで裸で街を歩き回っていた。

 この程度はもう恥ずかしくも何ともない。


(フッフッフッ。さてと、仕返しはこの辺にして釣りをするぞ)


 これ以上やったら、セクハラではなく、痴漢で捕まってしまいそうだ。

 三人は湖の真ん中で横に並んで釣りをしている。

 三人の邪魔にならないように、息を大きく吸い込んで、湖の左端の水面に飛び込んだ。


「うっ……!」


 水中は思った以上に冷えている。身体が一気に冷やされていく。

 朝稽古で湖は泳いでいるけど、あまり長時間は入っていたくない。

 こっちの湖は魔物付きだ。


 目をしっかりと開けて、少し暗いぐらい水中を底に向かって潜って行く。

 三人は魚の形をした針を底に向かって沈めていたので、多分、底に向かえばいると思う。


(おっ! もしかするとアレかも)


 体感で五十メートル程潜った所で、青色とオレンジ色の水中を動き回る大きなトカゲを見つけた。

 細長い頭、細長い胴体、細長い尻尾と間違いない。

 あれが水オオトカゲだ。五匹しか見えないけど、欲張るのはよくない。

 さっさと爪で串刺しにして、消える前に四人に見せて、釣り上げた事にしよう。


 ♢

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