第30話 冒険者ギルドの裏仕事

 カウンター内に連れて行かれると、そこから右奥の右側にある扉の部屋に入れられた。

 中は薄暗く冷んやりとしていて、魔物の素材が棚にたくさん並べられている。

 素材には番号が書かれた札が付けられていて、適当に置いている訳じゃないみたいだ。


「そこに座ってください」

「あっ、はい」


 茶髪の受付女性は壁際の小さな机を指差して言ってきた。

 四角い机の上にはランプが置かれていて、椅子は一つしか付いてない。

 俺だけ椅子に座って、何だか悪い気がする。


「とりあえず手袋を嵌めて、この上にさっき出そうとした肉を置いてください」


 椅子に座って待っていると、部屋の外から受付女性が白い布と白い布手袋を持って来た。

 机の上に広げられた布の大きさは、机とピッタリの大きさだった。

 手渡された手袋を両手に嵌めると、アイテムポーチからウサギ肉を取り出していく。

 ウサギ肉は全部で二十三匹分ある。一匹逃げられてしまった。


「いい? 実力があっても、礼儀や常識がない人間は、私が追い出すから覚悟しなさい」

「はい、すみません」


 背後に立って、頭の天辺を取り上げた冒険者手帳で軽く叩いてくる。

 注意されているというよりも、脅迫されている感じが強い。


「まったく誰が砂を落とすと思っているの? 勝手に落ちると思っているの? 仕事を増やさないでよ」

「はい、すみません」


 今度は隣に椅子を持って来て座って、持って来たゴミ箱の中に、肉の砂をはたき落としていく。

 布の上に置いた肉全部の砂を落とせば、家に帰れるかもしれない。


「……ねぇ、謝っていれば、早く帰れるとか思ってないでしょうね?」

「お、思ってないです」

「だったらいいわ。これが終わっても、まだ終わりじゃないから」


 まだ終わりじゃないんだ。

 あと十五分ぐらいで帰れると、めちゃくちゃ思っていた。

 ああ、もう絶対に家に帰るのは、午後九時過ぎるよ。


(砂は全部落としたのに、まだやるの?)


 受付女性は砂を落としたウサギ肉に、五センチ程の金属の棒をくっ付けている。

 金属の棒は、時計みたいな物が嵌め込まれた長方形の箱にくっ付いている。

 肉に棒を当てる度に左端にある小さな針が、半円に並んだ数字の右方向に僅かに動いて止まってしまう。

 

「菌は繁殖してないみたいね」

「えっーと、何をしているんですか?」


 金属の棒で肉を突いて遊んでいるようにしか見えなかったので聞いてみた。


「肉が悪くなってないか調べているのよ。腐った肉を買取る訳ないでしょう」


 本人を前に酷い言い方だ。礼儀や常識が足りないのは、お姉さんの方だ。

 砂の付いた肉は平気で渡したけど、流石に腐った肉を平気で渡す人間じゃない。

 これはちょっとは文句を言わないと駄目だ。


「腐った肉なら匂いで分かりますよ。倒してすぐにアイテムポーチに入れたから新鮮ですよ」

「触った手が汚れてたら、すぐに腐るのよ。トイレの後に手を洗わない冒険者もいるみたいだし」

「うっ、それって本当ですか?」


 ちょっとだけ謝罪の言葉が聞きたかったのに、そういうのは聞きたくなかった。

 お店に並んでいる魔物の肉が食べれなくなる。


「本当よ。だから念入りに調べて、怪しい奴はこうやって説教部屋に連れて来るの。ほら、奥の冷蔵庫に運びなさい」

「あっ、はい」


 受付女性はテキパキと机の上の肉を布で包んで、次々に金属の箱に入れていく。

 金属の箱は縦七十センチ、横四十センチ、高さ十五センチある。

 そして、金属の箱を肉を全部入れ終わると、説教部屋の奥を指差して言ってきた。


(これって、俺の仕事じゃないと思うんだけど)


 まるで、無理矢理に雑用をさせられている気分だ。

 でも、やらなければもっと怒られるのは分かっている。

 冷んやりとした冷蔵庫の中に言われるままに運んだ。


 ♢


「さあ、次はトゲトゲよ。まさかとは思うけど、棘が付いたままじゃないでしょうね?」


 冷蔵庫から戻って来ると、机の上に新しい金属の箱が置かれていた。


「キチンと取りました。クエスト証明書に棘の殻は持ち帰ったら駄目だって書いてあったから」

「本当に? そんなこと言って、殻付きを三百個ぐらい持って来て、近所の人達に有料で配ってないでしょうね?」


 そんな事しない、というよりも不正の方法を教えてこないでほしい。

 お金に困ったら、出来心でやってしまいそうになる。


「近所に知り合いなんていないから配れませんよ! もう許してくださいよ!」

「ほら、早く全部出しなさい。一個でも隠していたら、罰金十万ギルよ」

「うぅっ」


 机の上に棘の殻を取ったトゲトゲという名前の木の実を取り出していく。

 取り出している途中で、「数が多すぎる!」と冒険者手帳で頭を叩かれた。

 それでも全部出すまで家には帰してもらえない。


 時刻は午後九時三十分を過ぎている。

 お腹減った。家に帰りたい。女の子怖い。


「ずいぶんと取って来たのね。これを数える方の気持ちを考えた事あるの? 何個あるか教えてよ」

「すいません、分かりません」


 金属の箱に取り出したトゲトゲは山盛りになって、床にも落ちている。

 千個、いや、軽く二千個は超えている。


「これだけあると普通はキロで買取るんだけど、あんたの場合は手作業で一個ずつ数えてもらうわよ」

「そんなぁー! こんなの無理ですよ!」


 どんな恨みがあるのか知らないけど、絶対に二時間ぐらいはかかる。

 普段通りにキロで買取ってほしい。


「だったら今度からは、百個ずつに分けて袋に入れるとか、そういう対策を用意するのね。袋は用意してあげるから朝までには終わらせて」

「うぅっ」


 もう絶対に俺に仕事をやらせているとしか思えない。

 縦二十五センチ、横十八センチぐらいの白い小さな厚めの布袋を渡された。

 やりたくないけど、やらなければ冒険者の資格が剥奪される。

 やるしかない。トゲトゲを手に持って、一個ずつ数えながら袋の中に入れていく。


「五十五、五十六、五十七……」

「数え間違えたら、冒険者辞めてもらうわよ」

「六十……」


 隣の椅子に座って、凄い速さで数えている受付女性が脅してくる。

 今は話しかけないでほしい。数え間違えてしまう。


(もう速過ぎだよ)


 受付女性は二分以内に一袋百個入りの袋を作っていく。

 これなら予想よりも早く終わりそうだ。

 でも、まだこっちは四袋しか出来ていない。

 あっちは十六袋は出来ている。このままだと絶対に怒られる。


 ♢


「三十二袋と四十九個ね。面倒くさいから、一万六千ギルでいいわね。残りは持って帰っていいから」

「終わったぁ~」


 ほとんど受付女性がやったようなものだった。

 受付女性が金属の箱にパンパンに膨らんだ袋を積み上げていく。

 机の上に残った四十九個は持って帰っていいみたいなので、アイテムポーチに入れていく。

 ちょっと味が気になっていたから、お土産にちょうどいいかもしれない。


「まだ終わってないわよ」

「えっ、でも、もうやる事ないですよ!」


 もう無理だ。もう疲れた。もう嫌だ。

 これ以上は何もしたくない。受けたクエストは終了した。


「あんたには不正疑惑がかかっているから、簡単には8級に上げられない。9級から10級はギルドが用意しているクエストだから、ある程度は不正しても失敗しても問題ない」


 その疑惑をかけているのは、一人しかいないと思う。

 そんな俺の疑惑の目は無視して、受付女性は昇級させられない理由を話していく。


「でも、8級からは一般の人から引き受けているクエストだから、問題が起きたらギルドの信用問題になるの。怪しい奴は昇級させられない」

「じゃあ、ずっと9級なんですか⁉︎ それとも、何も悪い事してないのに剥奪ですか⁉︎」


 受付女性に向かって、今にも襲い掛かりそうな勢いで聞いてみた。

 そんな理不尽な事が許される訳ない。

 世間に許されるとしても、俺は絶対に許さない。


 もしも剥奪したら山登りして、トゲトゲを根こそぎ収穫してくる。

 ついでに薬草とキノコも収穫して、村で栽培を始めてやる。


「落ち着きなさいよ」

「あうっ!」

「言ったでしょう、不正疑惑だって」


 椅子に座っている俺のオデコに強烈なデコピンが飛んできて、無理矢理に落ち着かされた。


「あんたは単独行動しているから怪しいの。8級に昇級したいなら、8級冒険者と一緒に8級クエストを受けてもらうわよ。キチンと監視して、実力を確認しないと昇級させない。分かった?」

「うぐっ、分かりました。でも、8級冒険者に知り合いなんていません。どうしたらいいんですか?」


 受付女性が言っている事は分かった。

 キチンと仕事しているのか見張りを付けて、調べたいという事だ。

 でも、一つだけ問題がある。俺には友達がいない。


「あんたが連れて来た冒険者なんて監視に使わせる訳ないでしょう。こっちが用意するから、明日の朝九時にここに来なさい。来なかった時は剥奪するから」

「あぁ……」


 受付女性の濃い茶色の胸開きドレスのポケットに、俺の冒険者手帳とカードが没収された。

 明日の朝に来ないと、即剥奪の手続きが始まってしまう。


「とりあえず報酬だけは払ってあげる。全部で二万千ギルよ。これだけあれば、次の町の旅費にはなるわよ」

「逃げませんよ。明日の朝九時に来ます。勝手に剥奪しないでくださいよ」

「はいはい。一分でも遅れたら、即剥奪だから覚悟しなさい」


 やっと説教部屋という拷問部屋から解放された。

 時刻は午後十時を過ぎていた。

 薄いお札三枚を受付女性から受け取って、冒険者ギルドの建物から出ていく。

 明日は早いから、帰ったらすぐに寝よう。

 

 ♢

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