第29話 一人クエストと不正冒険者

「本当に森があるよ」


 ちょっと疑っていたけど、眼下に見える巨大な穴の中に、緑の森が広がっている。

 クエスト証明書の説明では直径三キロ、深さは三百四十メートル程と書かれている。

 ダンジョンの名前は【ロッホロッホ】と書かれている。

 名前の意味は穴の巣穴と言うらしい。


「さてと、さっさと下りないと」


 休憩と昼ご飯は終了だ。

 朝食の残りを詰め込まれたようなお弁当だったけど、文句は言えない。

 太くて細長いパンに切れ目を入れて、ハム、目玉焼き、チーズ、サラダ、魚の唐揚げが入っていた。

 残さずに全部食べてしまったので、あとは水だけしかない。

 これで、もう晩ご飯までに帰るしか生き残れる方法はない。


 緩やかな岩肌を下りて、森の中心を目指して進んでいく。

 今のところは獣臭はしないし、鳴き声も聞こえない。


 10級、9級のクエストは大人しい魔物が標的になっている。

 おそらく、魔物を倒す練習をさせていると思う。

 リスからウサギにちょっと大きくなったから、8級はウサギよりも大きな魔物になりそうだ。

 犬か、狐かな?


 さてと、基本は木の実拾いをやって、ウサギは見つけたら倒す感じでやろう。

 緩やかな斜面を元気に下りて、平坦な森の地面に足を着けた。

 探している木の実は、直径六センチ程の茶色い刺の殻に包まれているらしい。

 地面に落ちているので、刺の殻を取って、中身の実を回収すればいいそうだ。


「昨日も今日も森ばかりだ」


 街の周囲を森と山に囲まれているから、文句を言っても仕方がない。

 それに自分が選んだ場所だし、森が嫌いな訳じゃない。

 誰もいない山の森の中で、一人寂しく木の実拾いをするのが嫌なのだ。

 早く冒険者の友達を作って、楽しく冒険したい。


 でも、筋肉質なお兄さんや小父さんの友達は出来れば遠慮したい。

 そして、悲しい事に、俺もその筋肉質なお兄さんに、薬によって仲間入りさせられてしまった。

 もう少年には戻れない。


「ん? もしかするとアレかもしれない」


 白に近い森の地面の上に、茶色いトゲトゲがたくさん落ちている。

 急いで近づいて確認してみた。

 間違いない。クエスト証明書の絵にそっくりだ。


「四十個は落ちてるぞ! あっちにも落ちている! これなら薬草よりもお金になりそうだ!」


 落ち込んでいた気分が、一気に楽しい気分に跳ね上がった。

 高さ十メートル程の横に広がっている木に、茶色と緑色のトゲトゲが生っている。

 この刺の殻一個に三個の木の実が入っていて、木の実一個五ギルで買取ってくれるそうだ。


「なるほど。足で踏むだけで殻は取れるみたいだ」


 クエスト証明書には、刺の殻の取り方まで書かれていた。

 実際に両足でトゲトゲを優しく踏むと、トゲトゲが取れて、中身の木の実が見えた。

 中には縦横五センチ、厚さ二センチの茶色い硬い殻に包まれた、丸い木の実が三個並んでいた。

 刺の殻の中に、更に硬い殻がある。この殻は割らなくていいらしい。


 百個、二百個、三百個と、あまりにもトゲトゲがたくさん落ちている。

 途中で数えるのが面倒になってきた。

 とにかく落ちているのを割って、アイテムポーチに次々に入れていく。


「はぁ……木の実拾いで一日が終わりそうだよ」


 同じ場所でも木の実拾いと魔物狩りは全然違う。

 黒髪眼鏡の受付女性に言われた通り、クエストは一つずつやればよかった。


「よし、木の実拾いは終わりにしよう!」


 流石に同じ作業は飽きてしまう。

 気分転換に一本角のウサギを探す事にした。

 どうせ、明日も山に登って、木の実とウサギ狩りをするつもりだ。

 今日は下見と思って、ウサギを見つけた方がいい。


 ♢


「ウサギはどこだ?」


 探している一本角のウサギの正式な名前は【ホーンラビット】だ。

 体長六十センチで、身体の色は茶色と黒色の砂が混ざった色をしているらしい。

 額の白い角の長さは五センチ程と短く、胸に刺さっても、心臓に届かない。


 でも、十五センチ以上だと刺さる。

 もしも長いのを見つけた場合は、注意しないといけない。


 匂いを嗅ぎながら、森の中を走って回る。

 どんなに微かな獣臭でも、森の匂いと違う匂いがあれば分かるはずだ。


「もしかして、コレかな?」


 コップの中の水に数滴だけ、お酒を入れたような微かな匂いだ。

 それでも匂いを追って行くと、匂いは強くなっていく。


「あっ、見つけた!」


 木の根元に、角の生えた八匹の茶黒色のウサギを見つけた。

 落ちている細長い葉っぱを夢中で食べている。

 身体が小さいのから大きいのまでいるから、きっと家族で食事中だ。

 小さな長い耳だから猫みたいにも見える。

 微笑ましい光景に寂しい心が癒される。


(うわぁ~、可愛いなぁ~……さあ、倒そう)


 まあ、それでもやる事はやる。

 両手の爪を伸ばしながら接近していく。

 どんなに可愛くても魔物は魔物だ。

 容赦なく倒して、お金に変えないといけない。


「キュー、キュー」と可愛らしく鳴くウサギ達を追い回し、爪で切断する。

 勇敢に立ち向かって来るのも、爪で切断する。

 木の陰に震えて隠れているのも、爪で切断する。

 たまには足蹴りで蹴り飛ばして、木に打つけて倒す。

 エイミーがいたら、止められていたかもしれない。


「ふぅー、何とか全部逃さずに倒す事が出来た」


 木の実と違って、動き回るから大変だ。

 逃がさないように緊張してしまった。


「へぇー、やっぱり肉なんだ。三百グラムぐらいかな?」


 ウサギを倒しながら、アイテムポーチに急いで回収していた赤い塊を確認した。

 てっきり角を落とすと思っていたのに、煙になって消えたウサギが落としたのは赤身の肉だった。


 これなら、この森の中で自給自足が出来るかもしれない。

 さっき、そこそこ大きな水溜まりを見つけた。

 食べ物と水があれば、何とかなる。

 今日はここに泊まって、明日の朝に街に帰るのも一つの手だと思う。


(う~ん……でも、一人で野宿は嫌だな)


 仲間達と夜空の星を眺めながら、串焼きにした肉を食べるなら良いと思う。

 でも、こんな所で一人寂しく、枝に刺した肉を食べるのは嫌だ。

 寂しすぎて死んでしまうかもしれない。


「よし、あと二家族倒したら帰ろう」


 エイミーの家は夜ご飯が早いから、今から帰っても、一人寂しくリビングで食べる事になる。

 それでも、明日の朝ご飯は一緒に食べられるはずだ。

 巨大熊に勝てればだけど。


 ♢


「あぁ、疲れた」


 冒険者ギルドの壁に掛かっている時計は、午後八時二十分を指していた。

 何とか日帰りで街に戻って来れたけど、明日の朝稽古も早そうだ。

 二人だけ並んでいるクエスト達成カウンターに急いで並んだ。


「次の方、どうぞ」

「あっ……」


 前の人が終わったので、カウンターの前の椅子に座った。

 今日の受付女性も、昨日の茶色い髪を馬の尻尾にした女性だった。

 受付女性は俺の事を見ても、まったく気せずに普通に対応してくれる。


「夜遅くまで、ご苦労様です。手帳とカードを提出してください」

「ふ、二つお願いします」


 目を見ないようにして、冒険者手帳とカードをカウンターの上に恐る恐る置いた。

 嫌いな冒険者相手でも、仕事ならやってくれるみたいだ。


「場所はロッホロッホですか。遠かったでしょう?」

「あっ、はい、往復で八時間もかかりました」


 受付女性が労うような優しい感じの声で聞いてきたので、顔を上げて素直に答えた。

 昨日はたまたま機嫌が悪かっただけなのかもしれない。


「へぇー、八時間ですか。普通の人で往復十六時間はかかりますよ。まあ、普通の人なら七時間も歩けば疲れますけどね!」

「ひぃぃ!」


 受付女性は冒険者手帳の中身を見ていたけど、カウンターの上に叩き付けた。

 理由は分からないけど、今日も怒っているみたいだ。


「また業者でも雇ったんですか?」

「業者⁉︎ そんなの雇ってません! 一人で行って、一人で帰って来たんです!」


 受付女性物は叩きつけた手帳をまた手に持って、その手帳で左頬を軽く叩いてくる。

 何がしたいのか分からないけど、やっぱり不正をしていると疑われている。


「一人ですか……まあ、いいです。さっさと取って来た物を出してください」

「あっ、はい。ちょっと多いかもしれないですけど」


 ウサギ肉をアイテムポーチから取り出して、カウンターの上に置こうとした瞬間——


「肉を直接置くな! 油が付くでしょう!」

「ひぃぃ!」


 受付女性に怒鳴られた。


「そんなにデカイ図体で天然なの? それとも馬鹿なの? まず生肉を手掴みで渡すな! 紙に包むとか、肉に付いている砂を落とすとか、そんな常識も分からないの!」

「す、すみません‼︎ これでいいと思いました!」


 女の子怖い。女の子怖い。女の子怖い。

 とりあえず謝って、許してもらって、早くお家に帰りたい。


「良いわけないでしょう! 砂が付いたまま鍋で煮込むの? フライパンで焼くの? 口の中がジャリジャリするでしょう!」

「えっ? でも、使う前に砂は落としますよね?」


 ちょっと言っている意味が分からなかった。

 普通の人は自分で水で洗って綺麗にする。

 それに泥の付いた野菜は新鮮で美味しそうだ。

 よく考えたら、そこまで怒られるような事じゃないかも。


「お店に並んでいる肉に砂を付いてないのよ。はぁ……もういいわ。裏で話しましょうか?」

「えっ?」


 受付女性は呆れるように言うと、冒険者手帳とカードを持って、椅子から立ち上がった。

 そして、カウンター横の扉を開けて、ロビーの方に来て、俺の腕を掴んで引っ張っていく。


「嫌ぁ、入りたくない! 嫌だぁ!」

「ほら、早く入りなさい! 逃げたら、即登録剥奪よ!」

「また不正行為した奴が捕まったみたいだぞ」

「居るんだよな。替え玉使って、10級と9級のクエストだけやる幽霊冒険者が」


 カウンター横の扉の中に連れて行かれる俺を見て、ロビーの冒険者達が話している。


(違う違う‼︎ 濡れ衣だ! そんな不正行為は知らない!)


 ♢

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