第28話 9級昇級と9級クエスト

 今日は一人で森の薬草狩りとキノコ狩りだ。

 といっても、匂いで場所は分かるし、腰にぶら下げたアイテムポーチに直に収納できる。

 俺のクエストは順調に進んで、簡単に終わってしまった。


 そして、夕方。冒険者ギルドに行って、クエスト受付カウンターではなく、報告カウンターに並んだ。

 受付カウンターは二つ、報告カウンターは一つしかないから、七人程の行列に並ぶ事になった。


 二十分程待っていると、やっと順番が来た。

 椅子に座って、アイテムポーチから薬草とキノコを次々に出していく。

 四時間程の活動時間で手に入れたお金は、五千ギル程だった。

 スライムで計算すると、五百匹分の労働だ。


「お待たせしました。おめでとうございます。9級に昇級しましたよ」


 達成カウンターの受付女性が俺の冒険者カードを持ってきた。

 綺麗な茶色い長い髪を、頭の上の方で結んで馬の尻尾のようにしている。

 二十二歳ぐらいで、お姉さんと呼びたい感じで、胸が大きい。

 もちろん気にするところは、そこじゃない。


「えっーと、本当にいいんですか? 二つしかクエストを達成してないですよ? しかも、今日10級になったばかりですよ?」


 冒険者カードを9級に変更するので、少々お待ちください、と言われて待っていた。

 冗談だと思って待っていたら、本当に持って来た。何かの間違いとしか思えない。

 こんなに簡単に昇級できるなら、四日もあれば、7級になれる。


「はい、間違いないですよ。今日から9級ですよ」

「いやいや、こんなのおかしいですよ⁉︎」

「いえいえ、おかしいのはあなたの方ですよ」

「えっ?」


 微笑みを浮かべて、受付女性は9級と書かれた冒険者カードを渡してくる。

 こっちは昇級できる理由に心当たりがないので、受け取るのが怖いので拒否してしまった。

 すると、受付女性から笑顔が消えてしまった。


「迷惑なんですよ、あなたみたいな人が10級にいると、他の10級冒険者の仕事が無くなるでしょう」

「えっ⁉︎ えっ⁉︎」

「今日、冒険者登録した人間があの量の薬草とキノコを取れる訳ないでしょう! 素直に受け取るか、登録を剥奪されるか選んでください」

「えっ⁉︎」


 カウンターを指先で叩きながら、不機嫌な顔で言ってくる。

 まるでゴミ虫を見るような目つきだ。

 しかも、昇級のチャンスか、剥奪のピンチを選べと言っている。

 

(どういう事だ? 俺は10級にいたらいけない人間なのか?)


 一瞬、リディアという受付女性の嫌がらせかもと思ったけど、多分違う。

 何となくだけど、10級での俺の存在は大人なんだ。

 10級という子供冒険者の中に、大人冒険者が入ってきて、『俺凄いだろ』をしている状況だ。

 エイミーのお母さんが言っていたように、俺の存在が他のやる気を奪っているんだ。


「ほら、早く受け取ってくださいよ。後ろの人に迷惑ですよ」

「あうっ、は、はい、すみません。ありがとうございます」


 受付女性が俺の冒険者カードで、ペチペチと左頬を軽く叩いて、受け取れと急かしてくる。

 後ろに並んでいる冒険者からも舌打ちが聞こえてくる。

 こんな事なら、何も聞かずに素直に受け取っておけばよかった。

 そうすれば、こんな嫌な気分で受け取らずに昇級できた。


(うぅぅ、次は何も考えずに受け取ろう)


 椅子から立ち上がると、逃げるように9級のクエスト掲示板に向かった。


 ♢


「はぁ……エイミーには内緒にしないと」


 昇級した事は内緒にしないと、家での居心地が悪くなる。

 7級ぐらいになった時に言えばいい。

 さて、9級のクエストを選ぼう。


 気持ちを切り替えて、9級のクエスト掲示板を見る。

 ここでも選べるのは魔物狩りと採取系の二つしかない。


(森林系ダンジョンでの木の実集めか……)


 採取系ばかりだと飽きてしまいそうだ。

 でも、同じ場所で魔物狩りのクエストもある。

 採取しながら魔物を狩れば、問題なさそうだ。

 一番左端にある達成カウンターを避けるように、四つあるカウンターの右から二番目に並んだ。


「お待たせしました。お座りください」

「二つお願いします」


 しばらく待っていると、順番がやって来た。

 カウンターの上にクエスト用紙、冒険者カード、冒険者手帳を置いて座った。


「二つですか……同じ場所ですけど、大変かもしれませんよ?」


 二十六歳ぐらいの眼鏡をかけた、長い黒髪の受付女性が心配そうに見てくる。

 良かった。受付女性全員に嫌われているかと思った。


「とりあえずやってみて、無理そうなら片方ずつ頑張ります。それだと駄目ですか?」

「そんな事ないですよ。明らかに実力、距離や時間的に達成不可能だと許可できませんけど、同じ場所で同じ級なら問題ないです。すぐに手続きしますね」

「お願いします」

 

 冒険者カードと手帳を持って、受付女性は椅子から立ち上がると、笑顔で手続きを始めてくれた。

 やっぱり優しい女性はいい。でも、優しい女性は怒った時が凄く怖いらしい。

 だとしたら、普段から怒っている人は、優しい時は凄く優しくなるのかも。


 うーん、それはないな。

 普段から優しい人も怒っている人もいないと思う。

 どっちも一時的な状態だと思う。


「お待たせしました。無理しないように頑張ってくださいね」

「あっ、はい、頑張ります!」


 くだらない事を考えていると、パパッと手続きを終わらせて、受付女性は戻ってきた。

 カウンターに置かれた手帳とカードを受け取ると、お礼を言って椅子から立ち上がった。

 さて、家に帰って、夕食食べて、部屋の掃除をしよう。


 ♢


「ルディ、ルディ、朝稽古の時間だ」

「ん、んっ……?」


 何もない部屋で毛布一枚に包まって寝ていると、お父さんに起こされた。

 そんな朝飯みたいな感じで、朝稽古は食べられない。


「仕方ない奴だ。下まで連れて行ってやる」

「あうっ、ううっ……」


 お父さんに諦めるという選択はないみたいだ。

 身体を持ち上げられて、肩に担がれて運ばれていく。

 朝から走りたくないし、今日はクエストで走るからいいはずだ。

 稽古なんてやりたくない。


「あぐっ!」


 庭まで運ばれて、放り投げられた。

 目は覚めたけど、優しい起こし方もあるはずだ。


「ベアーズ、ルディと朝稽古だ。手加減する必要はないぞ」

「グマグマ」

「ハッ!」


 言われなくても、あの巨大熊は手加減するつもりはない。

 地面に寝ている相手にも関係なく襲い掛かってくる。

 熊の声を聞いて素早く地面から立ち上がって、まずはどこにいるか確認した。

 まだ突っ立ったままだった。

 

「よし、目が覚めたようだな。ルディは爪を使うのは禁止だ。負けた方は朝食抜きだ。いいな? よし、始めろ!」

「ガオオオッ!」


 分かったとは言ってないけど、相手は分かっているみたいだ。

 鋭い鉤爪を生やした太い腕を広げて、二本足で走って向かって来た。

 熊の方は爪の使用を認められているみたいだ。


「グゥオオ!」

「よっ」


 左右同時に振るわれた鉤爪の攻撃を後ろに軽く飛んで回避する。


「ガァッ!」


 ベアーズは続けて、左手を喉元に向かって突き出してきた。

 喉に爪が刺さったら、死ぬって分かっているのだろうか?

 いや、分かっているから、やっているんだ。


「フゥッ、リャー!」


 横に短く素早く回避して、身体を捻って、右拳を熊の胸を狙って振り抜いた。

 

「グゥ、グマァー!」


 熊は攻撃を避けずに、右腕を振り上げて、曲げて、俺の右腕を前腕と二の腕に間に挟んで止めた。

 そして、右腕を拘束したまま身体を引き寄せるように捻って、前に転ぶように投げ飛ばされた。


「おっととと! くっ……!」


 地面に手を付いて、転ばないように頑張って、何とか耐え抜いた。

 服が汚れたら大変だ。


「ルディ! 速さだけで勝とうとするな。お前よりも力も速さも上の相手はいるんだぞ!」

「す、すみません!」


 怒られて、何故だか、謝ってしまった。

 自分から朝稽古をやりたいとも言ってないし、格闘技なんてやった事もない。

 せいぜい、畑でクワとカマを振った事があるだけだ。


 ♢


「はぁ……朝から酷い目に遭ったよ」


 一時間程の朝稽古でボコボコにされて、朝飯抜きだ。

 まあ、お母さんに昼飯を作ってもらったから、ダンジョンに着いてから食べよう。


 目指す目的地は、山の山頂にクレーターと呼ばれる巨大な穴が空いているダンジョンだ。

 その岩壁に囲まれた穴の中に森があり、魔物が生息しているらしい。

 その森で一本角のウサギを倒して、無数の刺に守られた木の実を拾えばいいらしい。


 まずは山頂まで山登りをして、それからクレーターの中の森に下りる事になる。

 体力がないと、目的地に行く事も出来ないらしいけど、体力には自信有りだ。


「ほぉ、ほぉ、ほぉっ……」

 

 アイテムポーチの水を少しずつ飲みながら、そこそこ険しい灰色と黒色の岩肌を登っていく。

 クエスト証明書には、街から山頂まで六時間と書かれていた。

 ゆっくり登っていたら、晩ご飯に間に合わない。

 こんな所で野宿なんてしたくない。

 急いで登って、急いで終わらせて、急いで帰ろう。


 ♢

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