第19話 一本角の黒馬と消えた妻と娘

 二度目の事故が起きないようにしつつ、人垣を押し除けていく。

 男は投げ飛ばされないように避けてくれるようになったので進みやすい。

 人垣を通り抜けると、誰もいない廊下が見えた。

 あとは外に向かって走るだけだ。


「あっ、そういえば言葉が通じてた」


 廊下を走りながら、戦いとは直接関係ないけど、かなり重要な事に気づいてしまった。

 ま、気づいたところで戦闘力が格段にアップする訳じゃない。

 でも、これで外で戦っている護衛の人達と連携を取る事は出来そうだ。

 邪魔でうるさい雇い主達がいないなら、落ち着いて話が出来る。


「さてと、到着したぞ」


 広い屋敷の廊下を真っ直ぐに進んでいけば、簡単に屋敷の外に出られた。

 目の前には広い地面が広がり、その奥には湖が見える。

 ついでに広い地面には、破壊された馬車と倒れている馬と人も見えた。


「ヒィヒーン‼︎」

「うわあああ!」

「迂闊に近づくな! 角にやられるぞ!」


 額に白い角の生えた馬鹿デカい黒馬と、二十人程の武器を持った人達が戦っている。

 馬の大きさは高さ三メートル、全長五メートルはありそうだ。

 顔と立て髪、尻尾と四本の足先が真っ黒な毛で覆われている。

 それ以外は刈り上げられた羊のような病的な肌色をしている。

 全身の筋肉が肥大化していて、人間の身体並みに足が太い。

 あの足なら人間なんて簡単に踏み潰されてしまう。


「化け犬じゃなくて、化け馬だよ」


 慌てていたけど、確かに観客達は怪物だとしか言ってなかった。

 勝手に勘違いして、化け犬だと思ってしまった。


「明らかに強そうだけど、やるしかない」


 化け犬よりも確実に強い相手だ。パワーとスピードの両方を上回っている。

 それでもやるしかない。

 それに人数はこっちが上だし、化け馬の身体には剣や槍、矢が突き刺さっている。

 瀕死の相手を集団で倒せるなら楽勝だ。


「ちょっと! ここは危険です。屋敷の中に避難してください」


 護衛達に近づいていくと、弓を構えた黄色髪の青年が明らかに迷惑そうな顔で言ってきた。

 きっと金持ちの出席者がまた邪魔しに来たと思ったのだろう。

 嫌な気持ちは分かるけど、この服装を見れば分かるでしょう。

 靴無しの半裸だよ?


「俺はパーティーの出席者じゃないです。屋敷の中の化け犬を倒したので、手伝いに来ました」

「ハッハ。それは頼もしいな。だが、あれは強すぎだ。せめて魔術師がいればいいのに、転んで骨折した出席者達が治療させる為に連れて行きやがった」


 出席者じゃないと教えると、強面の剣を持った護衛が笑いながら話してきた。

 本当に邪魔しかしない。緊急事態なんだか、大人なら我慢すればいいのに。


「俺も回復アイテムを没収された。今のところは、ここにいる7級と8級で地味に削るしかないんだよ。無理に攻めると怪我するだけだ。肉が硬すぎる」

「そうそう。あと反対側にもう一匹同じのがいるぜ。コイツを倒しても終わりじゃない。だから長期戦覚悟で、出来るだけ負傷者は最小限に抑えないとな」


 護衛の人達が次々に状況というか、不満を教えてくれる。

 緊急事態なら、ブン殴って無理矢理に言う事を聞かせてもいいと思うけど、それは出来ないようだ。

 もしかすると、投げ飛ばして、おっぱい揉んだ事が後で大問題になるかもしれない。

 とりあえず今は気にしないでおこう。


「だったら俺も削るのを手伝います。あの瀕死の状態なら楽勝ですから」

「おい、何を言ってるんだ? まだまだ元気だぞ。全然瀕死じゃないぞ」

「大丈夫です。あの目はもう死んでいます」

「そ、そうか……?」


 同じ冒険者なら仲間だ。冒険者同士、仲良く助け合わないといけない。

 両手の爪を伸ばしながら、化け馬に向かっていく。


「ヒィヒーン! ブルルルン!」

「そっちに行ったぞ! 横に走れ!」


 化け馬が唸り声を上げながら、長い角を上下させながら向かってくる。

 額の白い角は一メートル五十センチはある。

 正面から戦うのは非常に危険だと思う。


「おい、あんただよ! 何、ボッーとしてんだよ! 早く逃げろ!」

「駄目だ、動けないんだよ! クソッ、剣でも槍でも何でもいい! 馬の注意を引き付けろ!」


 角の先端が頭を貫こうと迫って来る。

 名前も知らない仲間達が逃げろと逃げろと声を上げてくれる。

 でも、逃げてるだけじゃ倒せない。怖くても立ち向かわないといけない時がある。


(パッと避けて掴む、パッと避けて掴む……)


 両手を上げて、頭の横で待機させる。

 白い角の先端は俺の眉間を狙って、ほとんど動かない。

 こっちが動かなければ、相手も動かさない。


「ブルルルン!」


 巨大な化け馬との距離が五メートルを切った。

 残り時間は一秒もない。

 避けれなければ、死ぬのは俺の方だ。

 まずは、ギリギリで回避する事だけに集中する。


(今だ!)


 角の先端までの距離は約二十センチ。

 突き刺される前に頭を最優先で曲げて、右真横に飛んだ。

 頭があった場所を角が通り過ぎていく。

 その角を待機させていた両手で思いっきり掴んだ。


「ハァッ‼︎」

「ヒィヒーン! ヒィヒーン!」


 角を掴まれるのは嫌なようだ。大事な部分なのかもしれない。

 化け馬は角にぶら下がる俺を振り落とそうと、その場で身体をデタラメに振り回す。

 ここで振り落とされたら、根性試しに勝った意味がない。


「ぐっ……! この、暴れ馬め!」


 白い角を左脇に挟むと、右手で角を掴んで、化け馬の頭に向かって進んでいく。

 もう絶対に逃がさない。


「ブルルルン! ブルルルン!」


 ジリジリと先端に近づく程に角は太くなる。

 化け馬の頭は馬鹿みたいにデカいから、近づいて来る俺に噛み付こうとする。

 

「俺はニンジンじゃないぞ!」

「ヒィーン‼︎」


 右足で化け馬の顎を蹴り上げる。一発、二発、三発と続けて蹴り上げる。

 化け馬が頭をフラつかせながら、口から血を流している。

 大人しくなっている今がチャンスだ。

 頭と角の間に滑り込んで、口を開けられないように両足で締め付けた。


「ブ、ブルル……」

「終わりだ!」

「グッ‼︎ グゥボッッ‼︎ グッ‼︎」


 化け馬の左のこめかみを狙って、爪を何度も突き刺していく。

 一撃、二撃、三撃と連続で突き刺していく。

 予想以上に頑丈で、なかなか倒れそうにない。

 でも、既に決着はついている。

 このまま倒れるまで突き刺し、切り裂くだけだ。


 ♢


「……もっと楽に倒せたかも」


 地面に倒れた化け馬が白い煙を上げて消えていく。

 戦いには勝ったかもしれないけど、効率が凄く悪いと思った。


「凄いな、兄さん! 5級、いや、4級か?」

「ほら、兄さんの物だぜ!」


 駆け寄って来た護衛冒険者に囲まれてしまった。

 七十センチ程に短くなった化け馬の白い角を渡される。

 名乗る程の級じゃないというよりも、名乗っても誰も信じてくれない。


「喜ぶのは早いです。まだ、あっちにも一匹残っています。皆んなで倒しに行きましょう!」

「そうだった! おい、皆んなで助けに行くぞ!」

「負傷している奴は重傷の奴の手当てをしてくれ! それ以外は行くぞ!」


 話題を変えて、何とか誤魔化した。

 もしもの時に備えて、謎の人物で行くしかない。

 あっちにも何人か冒険者がいるみたいだから、合流して、さっさと倒そう。


「前に注意を引きつけるだけでいい! こっちには4級冒険者がいるぞ!」

「半裸の兄さん、お願いします!」


 戦況を立て直したら、決着はあっという間についてしまった。

 護衛冒険者の人達が注意を引きつけている間に、化け馬の後ろ足を切り落として走れなくした。

 あとは任せてもよかったけど、そのまま背中に飛び乗って、太い首を何度も切り裂いて倒した。


「これで残るは屋敷の中だけか……」


 化け犬一匹なら、ここに三十人程いるから大丈夫だと思う。

 このまま逃げるという手もあるけど、フレデリックを探した方がいい。

 馬に犬にと、明らかに薬を何錠持っているか分からない。

 宝石を盗んでいたし、もう逃げた後なんだろうな。


「兄さん、どこに行くんだ?」


 馬車道を探しに行こうとすると、呼び止められた。


「周辺をちょっと見てくるだけです。すぐに行くので、先に屋敷の中に戻っていいですよ」

「おう! 魔物を見つけたら倒しておくぜ!」

「よろしくお願いします……さてと」


 屋敷の中に護衛冒険者が入っていく。

 これで集中して、フレデリックの匂いを追う事が出来る。

 犬の匂いと犬小屋の土の匂いがするから分かるはずだ。


(あれ? こっちには来てないのか?)


 てっきり馬か、馬車で逃げたと思ったけど、森の中の馬車道を少し進んでも匂いがしなかった。

 途中で強力な臭い消しを使った可能性があるけど、わざわざ使う意味が分からない。

 もしかすると、追跡者を警戒したんじゃなくて、化け犬に襲われないように匂いを消したのかも。


「はぁ……どっちにしても、匂いが分からないなら追えないよ」


 これから馬車道を全力で追いかけても、追いつけない。

 それに屋敷の中に魔物が残っていないか調べた方がいい。

 今はこれ以上、被害者が出ないように動いた方がいいはずだ。


 ♢


「おい、誰か! 私の妻と娘を見てないか! どこにもいないんだ!」

「いや、見てない。どこかに隠れているんじゃないのか?」


 屋敷の会場に戻ると、高級な灰色のスーツを着た男が騒いでいた。

 顔を真っ青にして誰彼構わずに妻と娘の事を聞きまくっている。

 見覚えのある顔だと思ったら、この屋敷の主人だった。


 ♢

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