第18話 化け犬三匹との戦い

「おい、さっさと倒せよ! 外にも怪物が二匹もいるだぞ!」

「そうよ! 早く倒しなさいよ! 屋敷の廊下にも一匹いるのよ!」

「この役立たず共が! しっかり仕事しろ!」

「だったら、自分達で一匹ぐらい倒せよ。三百人以上もいるんだから……」


 二人の護衛がやられてしまって、護衛は残り十人になってしまった。

 流石に勇敢な観客達も楽しむ余裕はなくなっている。

 顔を引きつらせて罵声を浴びせている。

 護衛達と同じで、俺も助けたいと思う気持ちはほとんどない。


 それに屋敷の外に逃げ出して戻って来た人達の証言もおかしい。

 外に二匹、屋敷の中に四匹の魔物がいる事になっている。


(何だか、犬の数と合わないし、さっさと倒さないと)


 護衛が十二人もいたから倒せると思ったけど、無理そうだ。

 あの人達が弱いんじゃない。俺が強くなり過ぎたみたいだ。

 自分で言って恥ずかしいけど、事実みたいだから仕方ない。


 両手の指先をピンと伸ばして、次に爪を伸ばしていく。

 チャロの時に使えた才能とスキルは使えるみたいだ。


 でも、違うところもある。

 まず、平たい爪がそのまま伸びずに、白い爪が刃のように縦に伸びていく。

 それに指の付け根に向かって、指が硬く白い物質で覆われていく。

 これが爪なのか、骨なのか、分からないけど、強化されているのは分かる。


(これで終わりみたいだ)


 爪が伸び始めて約十二秒後。もうこれ以上は伸びないようだ。

 指先の先端に長さ三十五センチ、横幅二センチ、厚さ二センチ程の鋭い爪が完成した。

 先端は鋭く内側は刃のようになっている。

 もはや引っ掻くというよりも切り裂くだ。

 指の付け根に向かって白く伸びていたものは、手首の前で止まってしまった。

 両手に白い革手袋を嵌めているみたいだ。


「よし、準備完了だ。お望み通りにさっさと倒してやるぜ!」


 観客の一人になるのをやめて、化け犬に向かって走り出した。

 これでやられたら、観客二百人ぐらいと護衛十人の前で大恥をかいて、死んでしまう。

 それは絶対に嫌だ。全力を出して、圧倒的な力で勝ってやる。


「おい、やめろ! 死ぬぞ!」

「馬鹿な真似はよせ!」


 俺がいた会場右側の扉の前を守っていた三人の横を通り過ぎていく。

 二人の忠告は有り難いけど、もう止まれない。


 化け犬三匹と戦っているのは、四人の護衛達だ。

 パーティーの参加者達を逃す時間稼ぎがしたいなら、それは無駄だと思う。

 屋敷の外も中もどこにも逃げ場はない。

 助かりたいなら全部倒すしかない。


(まずは一匹目!)


 左斜め前に見える化け犬に向かって、左に大きく曲がるように接近する。

 そして、右手を伸ばして、顔面を高速で撫でるようにして五本の爪で切り裂いた。


「ハァッ!」

「フガァ……?」


 爪に何か当たったかもしれない、そんな手応えしか感じなかった。

 化け犬は何が起こったのか分からなかったと思う。

 わざわざ振り返って、倒れるのを確認する必要はない。

 そのまま会場下側の扉に向かって走った。

 そこに二匹の化け犬がいる。


「おお! 一匹倒れたぞ!」

「あの長髪の男が倒したぞ!」


 数秒後、観客達の馬鹿みたいな歓声が聞こえてきた。

 観客達は本当に邪魔をするしか出来ないみたいだ。


「グゥルルルル……?」


 扉側を向いていた二匹のうちの一匹が、騒ぎ声か、接近する気配に気づいたようだ。

 ゆっくりと反時計回りに振り返ろとしている。


「やらせない!」


 爪による攻撃を諦めて、両腕を振って、全力疾走に切り替えた。

 まだ間に合う。反撃させるつもりはない。

 振り向く途中の化け犬の左腹を正面に捉えた。

 左腹の前で左足で緊急停止すると、左足を軸にして、右足の足の裏を腹に叩き込んだ。


「オラッ!」

「グゥ……ゴォボォッ!」


 化け犬の巨体が壁に向かって飛んでいく。

 壁の近くにいる、下側扉の観客達が慌てて逃げようとしている。

 見ているだけの観客達がいきなり参加者になってしまった。


「うわああああああっ!」

「こっちに飛んで来たぞ!」

「退け退け! 俺を逃せ!」


 でも、扉の外の廊下は沢山の人で詰まっているから簡単には逃げられない。

 結局は何も出来ずに、化け犬が壁に激突するのを見ている事しか出来なかった。


「あとは自分達がやるでしょう。残りは一匹だ!」

「ガァアアアッッ!」


 蹴り飛ばした化け犬を倒せているのか、ちょっと気になるけど、今は残り一匹に集中だ。

 四本足をデタラメに動かして、こっちに向かってくる。

 その走り方は知っている。全力疾走だ。

 こっちも全力疾走で正面から向かっていく。


「グゥラアッッ!」

「シャッッ!」


 化け犬が十五センチ程の鋭い五本爪が生えた右前足を振り払ってきた。

 その右前足の攻撃を左に飛び退くように回避しながら、こっちも右手を振り抜いた。


「グゥガァァァァァ‼︎」


 右前足と右手が擦れ違った瞬間、俺の五本の爪は前足を六枚におろした。

 化け犬の痛々しい絶叫が上がる。

 六本に枝分かれした前足から血が噴き出し、床を汚していく。


「オリャー! テリャー!」


 足と手が擦れ違った直後にはもう動いていた。

 流れるように動いて、化け犬の首に左手の爪を縦に突き刺し、口に向かって切り裂いた。


「ガァグ……⁉︎ ゴォペェェ!」


 白い爪が赤く染まり、化け犬は首から血を噴き出しながら床に倒れていく。

 絨毯が血で汚れていく。


(あっちもトドメを刺さないと)


 爪で切り裂いた二匹は白い煙を上げながら消えていく。

 残りは壁に蹴り飛ばした一匹だけだ。

 動かないから気絶しているみたいだ。

 絨毯を汚している血も消えていくから、弁償する必要はなさそうだ。

 助けたのに、これでお金を取られたら、俺が化け犬になっちゃうよ。


(俺の腹筋を見ているだけだ、腹筋を見ているだけだ)


 観客達は静かになってくれたけど、ほとんど全員が俺の動きに注目している。

 そんなに見なくても、壁の化け犬に向かって歩いているだけです。

 居心地が凄く悪いから、早く会場から逃げたい。


「ガァグ……!」

「よし、これで終わりと」


 気絶している化け犬の頭に爪を突き刺した。

 ビクッと一瞬だけ反応したけど、それだけだった。

 念の為にもう一突きしたけど、反応はなかった。

 残る問題はどうやって会場から出るかだ。


「何者だよ、あいつ? 誰が雇った護衛だよ?」

「それよりもあの服装なんだよ? 半裸の護衛なんて誰も雇わないだろう」

「何言ってるのよ! 服も靴も怪物と戦っている時に脱げたに決まっているでしょう! 嗚呼、逞しい身体だわ……」


 伸ばした爪を縮めていく。会場の三つの廊下には人が集まっている。

 それぞれに五十人近くの人がいる。一番少ないのが下の扉で、一番多いのが右の扉だ。

 屋敷の廊下に化け犬がいるのは右側の扉だから、出来ればあそこから出て行きたい。


 でも、すぐ側に下側の扉があるし、人も少ない。

 ここから外に出て、外で暴れている化け犬二匹を倒してから、最後に屋敷の中の一匹を倒そう。

 どうせ、全部倒さないと駄目なんだから。


「なっ⁉︎」

「おい、どこに行くんだよ? 護衛なら、ここに残って俺達を守れよ!」

「そうよ。私を守ってちょうだい。色々とお礼はするわよ」


 扉から出ようとすると、金持ちのおじさんとおばさんに止められてしまった。

 ちょっと急いでいるから通してほしい。


「外にいる魔物を倒しに行くので通してください」

「巫山戯んな! その間にここに魔物が来たらどうすんだよ! 誰が倒すんだよ!」

「そうだ! 金ならたっぷり払ってやるから、ここに残って俺達の護衛をしろよ!」

「だから、急いで倒すから問題ないですよ。通してくれないと倒せないでしょう」

「外でも護衛の奴らが戦っているから問題ないんだよ! テメェーは中で俺達を守ればいいんだよ!」


 駄目だ。説得するだけ時間の無駄だ。

 何を言っても、ここで守れの一点張りだよ。

 不安なのは分かるけど、ここにも護衛が十人いるから、しばらくは問題ないはずだ。

 というよりも、俺は護衛じゃないんだから、命令されても従う必要なんてない。

 もう面倒くさいから、強行突破しよう。


「邪魔です。退かないなら、力尽くで退かします」

「ちょっとお前、うわあああ!」

「何すんだ! 俺が誰だか、うわあああ!」


 スーツの男達の胸ぐらを掴んで、会場の中に優しく放り投げていく。

 掴んでは投げて、掴んでは投げる。逃げようとする人も襟首を掴んで投げる。


「やめろ、離せ! うわあああ!」

「ひゃああ!」

「えっ?」

「あっ、ああ……」


 何だか柔らかいものを掴むと、叫び声とは違うものが聞こえた。

 反射的に放り投げるのをやめて、もう一度掴むと、やっぱり変な声が聞こえた。

 ゆっくりと右手の先を見ると、薄い紫色の豪華なドレスが見えた。

 恐る恐る視線を上に向けると、二十一歳ぐらいの金色の髪を巻き上げた可愛い女性がいた。

 女性は口元を右手の手の平で隠して、恥ずかしそうにしている。


(これは事故だ)


 女性の左胸から右手を離さずに、そう結論を出した。

 そして、一番適切で紳士的な対応をする事に決めた。


「危ないですよ」

「あっ、はい……ありがとうございます」


 左手で女性の右肩を優しく掴むと、ソッと右に誘導して何もなかった事にした。

 これで何も問題ない。


 ♢

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