第3話 祖父の導きと希望の火
その夜、セトがミーアに語ったこと。
まだ6歳だったミーアがその全てを理解できたかと言えば、そうではなかっただろう。それでもその時間は、その話は、その後ミーアを魔法に傾倒させるには十分なものだった。
ひとつ。
生まれ持った魔力を増やすことはできない。但し、与えられた魔力の範囲で魔法の腕を上げることはできる。
それはつまり、訓練次第で魔力を自分より多く有する者と同じように魔法を使えるようになるということ。
そして、そのうえで最も重要なのは『魔力効率の最適化』だと、セトは言った。
天使は魔法を使う時、無駄な魔力を使ってしまうことが往々にしてあるらしい。10の魔力で済むところに、20の魔力を費やしてしまうような、そういう非効率が常につきまとうと言う。加えて、非効率が極まると十分な魔力を投下しているのに魔法が発動しないこともあり、特に
他にも『魔法詠唱の簡略化』で詠唱時間を短くすることや『瞑想術による魔法回路のメンテナンス』で消費した魔力の回復速度を上げることなどで、いくらでも魔力の腕を上げることはできると言う。
訓練を通じ、無駄な魔力を使わないように調整を重ねれば少ない魔力でも多くの魔法を使えるようになる。その事実は間違いなくミーアの心を震わした。
さらにミーアを
ふたつ。
天使は古来より、生まれもった魔力により序列が決まってしまう。
魔力は魔法の源。そして同時に富の源でもある。天界とは非情にも、有する魔力の大きさが自らの地位に大きく影響する世界だとセトは言った。魔力の大きいものは豊かに、小さいものは貧しく。そんなふうに。
もちろん、全ての天使がその通説に当てはまるわけではない。
各々の魔法の力は、魔力の大きさではなく魔法が扱えるかどうかで決定される。
セトの言うように魔力が少なくても魔法の腕をあげる術はあり、それはどの天使にも平等に残されているため、生まれ持った魔力が少ない天使でも鍛錬の果てに高い地位に登りつめる、といったケースは確かに存在するのだと言う。
ただ、それでもそこに至る天使はほんのひと握りであるということをセトは付け加えた。
それは、魔力の少ない者が魔法の腕をあげ、魔法を平均的なレベルで扱えるようになるのは相当に険しい道のりであることに他ならないため、とのことだった。
多くの天使が訓練の途中で音を上げ、匙を投げ、魔法を十分に扱えるようになる可能性を閉ざしてしまう。セトの授業を真面目に受ける天使は歳を重ねるにつれ減るばかりか、親の方針で最初から魔法に関しては一切を諦めている天使もいる。それが初等部の魔法教育の現状だと、セトは少し苦々しい表情で話した。
みっつ。
高等部2年次にある『人間実習』に実習生として選抜され、人間界での1年間の実習を無事に完遂すると、地位の高い特定の職業への就業が確約される。
人間界での人間実習。
その実習生の選抜は高等部1年次に数回にわたり実施される。1年生であればどの天使にも実習生になれる機会が設けられているが、実際に選抜に挑むのは魔力が少なく、魔法の鍛錬にも挫折した天使が多いとセトはミーアに説いた。
と言うのも、魔力を多く有する天使たちにとって人間実習で得られる報酬、つまり「特定の高位職業への就業確約」はそこまで有益ではないからだ。彼らはもともとその魔力の多さゆえ、ある程度地位の高い職業への就業が保証されているところがあった。そのため実習に参加する天使の傾向は自ずと決まり、その選抜において魔法の不得手を問わない人間実習は魔法に挫折した天使たちの救済措置という側面が強いというのが実際のところらしい。
ただ、その選抜は主に座学で行われるとは言え、魔力を持たないものの魔法の訓練に匹敵するかそれ以上に厳しいものがあると言う。それでも、もし魔法の訓練についていけないことがあれば実習生を目指してもいいかもしれない、とセトはミーアに話した。
そして最後に、セトは少しだけ自身の過去について話をした。
ミーア同様、生まれ持った魔力の少なさゆえ最初はまるで魔法を扱えなかったこと。
それでも、あらゆる手段を講じ着々と魔法の腕を上げていったこと。
切磋琢磨してきた仲間が少しずつ減っても、決して諦めなかったこと。
やがて、魔法が使える喜びを知ったこと。
その喜びをできるだけ多くの天使に知ってもらいたくて実習生となり人間実習を完遂し、高位職業である「教師」として働き始めたこと。
結婚し、子供にも恵まれたこと。
少しだけ自慢できるような屋敷を構えたこと。
多くはないが、近所や職場で自分を理解してくれる仲間がまた増えたこと。
そして、孫であるミーアが生まれたこと。
それが嬉しくて嬉しくてたまらなかったこと。
そしてその話の最後の最後。セトはミーアにこう言い聞かせた。
生まれ持った魔力が少なくても、未来が閉ざされているわけではない。自分で自分の未来を好きなように描く余地は、おまえが思っている以上に残されているのだよ。おまえは自由だよ、ミーア。現にわたしがそうであるように。だから、今はお前が思うように前に進んでみなさい。なに、大丈夫さ。おまえはわたしの孫だ。わたしに出来たことがおまえに出来ないはずはいし、わたしと違う道を進むにしてもきっと素晴らしい未来がそこにあるだろう。この小難しい話を聞いて尚、星屑を散りばめたように輝いてるその瞳を見れば、それくらいわたしにも分かるさ。
さあ、明日からまた、自由に走り出しなさい。
これが、セトがミーアに語ったことの概要。
希望にだけ満ちた話ではなかったかもしれない。魔力の少ない天使を取り巻く現状は依然として厳しいものなのかもしれない。それでもこの話は、ミーアの胸に影を落としていたものを消し去り、そこに煌々と輝く希望の火を灯した。
母の死。父の不在。
自分の力じゃどうにも出来ないことに打ちのめされてきた。
でも魔法はそうじゃない。
自分の力でどうにでもなる。「何で?」とこぼしたまま、立ち尽くす必要もない。
だから、十分だ。
その事実で、十分。
全力で走り出すには、これ以上なく。
ミーアは何かに弾かれたように、秘密の部屋を飛び出す。
廊下を走り抜け、階段を駆け上がり自室に飛び込む。足をもつれさせながら、鞄からまだ薄っぺらい魔導書を取り出し両手に抱え、今度は階段を駆け降りる。そのまま、走っていた勢いで書斎の入り口で待っていたセトの懐に飛び込む。その体温はやっぱりどこまでも温かくて。
そして、息を切らしながらセトに向き合い、
―――じいさま!この魔法の唱え方、教えて!
それは、綺麗な満月が空に昇った晩秋の夜のこと。
ここから、ミーアのたゆまない努力の日々が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます