第6話 パーティⅠ


 冒険者となってから一夜が明けた。冒険者生活二日目である。

 朝食を宿で食べた後、冒険者ギルドへと向かう。

 今日も朝から人通りには大勢の人で賑わっている。商人が露店を出したり、そこで物の売り買いがされていたりする。

 その中でも食べ物が売られているところは、要注意だ。思わずサイフの紐が緩みそうになる。鉄の意志で誘惑を断ち切り、露店の前から離れ、ギルドへ進む足取りを早めた。


 ギルドにたどり着くと、既に多くの冒険者が顔を出していた。

 依頼は既に多くが張り出されている。俺もさっさと依頼を見て、何を受けるかを決めよう。

 張り出されている依頼を見てみた。報酬と依頼内容、それらを見比べると、やはり高額な報酬が出るのは相当な難度の依頼だ。ドラゴンの討伐、アークデーモンの討伐、未開地の探索、それらの獲得報酬は確かに大きい。だが、その報酬に対する危険度は到底釣り合っていない。この程度の報酬で命を賭けることなどは出来ない。ましてや、かつて私ならいざ知らず、今の俺ではどれ程の幸運が重なろうと到底不可能だ。

 では、今の俺で出来そうな依頼となると何があるだろうか。

 『ゴブリンの討伐(一体):50コルド』『ウルフの討伐(一体):60コルド』『薬草の収穫(5束):40コルド』、これらの3つが今の俺のランクで受けられる依頼内容だ。

 今の俺は新人冒険者であるFランク、ここからランクを上げないと上の依頼は受けられない。

 討伐、とあるが昨日ウルフは20体程狩ったが、アレは数に入るのだろうか? いや、数に入らなくてもいいか、アレは所詮試し斬り、練習手合いの様なものだ。本番は今日から、そう考えを改めよう。

 では、簡単なところから、始めよう。ゴブリンの討伐、ウルフの討伐、討伐の依頼を中心に受けたいが、薬草の収穫というのも興味がある。ある程度は騎士学校時代に学んだが、最早遠い昔の事過ぎて、ちゃんと出来るか自信がない。それに、折角若返った以上、多くの事を学びたい。歳を取ると物覚えが悪くなるし、出来る事も少なくなる。だったら、今のうちに多くを知り、学び、己の知識としていきたい。

 よし、まずは薬草の収穫をしてみよう。場所は、草原に生えているみたいだ。

 俺は依頼書を取ろうと手を伸ばすと、肩に手を置かれた。


「見つけた!」


 肩を掴んだのは女の子だ。昨日回復してくれた子だった。

 

「ちょっと来て!」


 俺はその子に手を引かれ、連れて行かれる。

 力はそれほど強くない。振りほどこうとすれば、振りほどける。だが、昨日回復してもらった手前、あまり無礼な行動も取りたくはない。まあ、厄介事に巻き込まれそうなら、早々に逃げればいいか。


「見つけたよ兄さん、昨日の子」


 俺が連れていかれた先には昨日のウルフとの戦いの際、助力してくれたパーティだった。

 剣士、レンジャー、魔法使いの三人が四人掛けのテーブルを占拠している。


「おお、よくやったミーナ。さあ、座ってくれ」


 俺は四掛けのテーブル座らされた。左側に女の魔法使い、その前には男のレンジャーが、俺の前には剣士の男が、そして俺の右には先程俺を連れてきた女の子が立っている。‥‥囲まれた、思わず脳裏に浮かんだ。

 だが、一体何の用だろうか、昨日の回復魔法の件で治療費を請求しに来たのだろうか。だが、それに相当する分は昨日の倒したウルフを渡したことで相殺、したつもりだったが、あちらはそうとは受け取られなかったのかもしれない。まあ、特にそう言ったことを明文化した訳ではないから、あのウルフは拾った、とでも言われればそれまでだ。

 ‥‥はあ、考えても仕方がない。とりあえず、話をしてみない事には進まない。いざとなれば、ここはギルド、周りには人がいる以上、あちらも迂闊な事は出来ないだろう。


「‥‥何か御用ですか」

「ああ、今日来てもらったのは他でもない。君を俺達のパーティ『新たな英雄』に入って欲しい」


 目の前の男が俺に頭を下げてきた。目的はパーティ加入のお願いだった。

 俺の考えは当たらなかった、とりあえず一安心だ。

 だが、どうして俺なんだろうか。昨日、冒険者登録したばかりだというのに。


「いくつか質問いいだろうか?」

「ああ、もちろんだ」


 どうやら、話は聞いてくれるみたいだ。強引な勧誘ではない以上、こちらも礼を尽くさねば失礼だ。


「まず一つ目、どうして俺なのか? 俺は昨日冒険者登録をしたばかりだ。剣を振るった、いや実戦は昨日が初めてのようなものだ。そんな俺を誘ったのは何故か、それを聞いておきたい」


 いくつか思い浮かんだ質問事項の中で、最優先に確認しなければならないのは俺を選んだ理由だ。

 俺はまだ戦いに関する実戦経験が不足している。それに昨日の戦いで魔法のレベルが一部落ちていた。この辺りの確認も終わっていない。

 つまり、俺自身今何処まで戦えるのか分かっていない。己が分からないのだ、これは戦闘において非常にまずい。自身の出来る事、敵が出来る事、それらを知ることこそ戦いにおいて最も重要なことであり、勝敗を決める絶対的な要因だ。

 己を知るには時がいる。だが、助けてもらった恩があるし、何より誘ってもらったので、こちらからは断りにくい。出来るならば、彼ら自身で手を引いてほしい。


「君を選んだのは俺達のパーティには足りないアタッカーの役割を担って欲しいと思ったからだ。俺達のパーティは俺が前衛、タンクを担っていて、レンジャーのウェスターが斥候と弓での後衛からの支援を、魔法使いのベリルが後衛からの攻撃を、妹のミーナが回復を担っている。前衛一人に対し後衛が三人、後ろに偏りがあるんだ。だから、前衛役がもう一人欲しいのが主な理由、だが、本質的に欲しいのは君自身の指揮力だ」

「指揮?」

「君、昨日俺達を指揮したよな。ウェスターとベリルに視線と指で攻撃方向を指示していた、その結果俺達は君を支援できたと思っている」


 指示を出していたのか? 視線を送っていたのは確かだが、左手も動いていたかはあまり覚えがないが、クセでしていたのかもしれない。確かに途中から意図を汲んでくれる様になっていたが、そう言う事だったか。


「指揮したつもりはなかったが結果としてそうなっていたとしても、それはそちらの二人が優秀だったからだろう。俺としては、厄介な方に目と指を動かしていただけだ。期待させて申し訳ないが、今の俺はそれだけの指揮が出来るとは思えない」

「だが、それは追々成長していけばいい。俺達は君の力を利用するつもりだ。だから君も俺達を利用して強くなればいい」


 リーダーの男の言葉に、レンジャーの男と魔法使いの女は頷いている。

 利用、と言い切った。自分達も利用するから、俺にも利用しろと言う。なるほど、ギブアンドテイクとしては十分だと言える。

 だが、この内容では引き受ける訳にはいかない。

 指揮力は『リオネス』の力だ、『レオン』の力ではない。

 『リオネス』として戦った経験によって培ったモノ、多くの仲間の死という失敗の果てに身に付いたモノだ。

 それは『レオン』には引き継がれるべきものではない、多くの仲間の死を『レオン』は経験していないのだから。もし『レオン』がその力を得るとしたら、それ相応の代価が必要だ。そうでなければ、死んでいった仲間の死を無価値にしてしまう。


「では、次の質問だ。俺は先にも述べたが、昨日冒険者登録したばかりの新人冒険者だ。だからランクもFランクだ。それに対し、其方のランクはいくつになる?」

「ミーナを除いた俺達のランクはDランクだ。ミーナは先日Eランクになった」

「では、そこに俺が入った場合、俺一人だけがランクが低い状態だ。それでは依頼を受ける際のランクが俺だけ足りないことになる」

「それは大丈夫だ、俺達のパーティはパーティとしてDランク相当の認定を受けている。だから、Dランクの依頼を受けることが出来る。パーティとして依頼をこなせば、それは各個人に分配されるので、君は早く冒険者ランクを上げることが出来る」


 個人としてならFランクしか受けられない依頼を、パーティの依頼としてならDランクの依頼を受けることが出来る。確かにメリットとしては手っ取り早くランクを上げることが出来ることになる。だが、それは‥‥‥‥貴重な経験を得るための期間を棒に振るのではないだろうか?


 誰にだって初めてはある。最強の冒険者でも、最古参の老兵でも、それは同じだ。皆始まりがあり、終わりがある。確かにド派手に成り上がる者もいるにはいた。多くが天才と呼ばれるような者だった。だが、そう言った人物は得てして、突発的な状況に弱かった。

 天才剣士、天才軍師、天才科学者、得てして自身の考えを超える出来事に弱かった。彼らの考え、想像を一時でも上回れれば、思考が停止して考えが揺らぐ。そう言った人物は自分の才能こそ頂点と考え、他を下に見る。だから、下の者に上に立たれたとき足場が崩れるのだ。

 だが、凡才と呼ばれる者は揺らがない。なぜなら、上に立たれることになれているからだ。そして、凡才でありながら一廉の人物になる者には確かな経験がある。

 天才を支えているモノが才能だとするならば、凡才を支えるモノは経験だ。

 才能は天から与えられるものだが、経験は地に這いつくばって身につけるモノだ。誰にだって出来ることだ。それをしないからこそ‥‥‥‥早死にしていった。

 俺は折角若返った以上、『リオネス』よりも長生きしたい。ただ生きるのではなく、ちゃんと生きていきたいのだ。そうである以上、経験をしっかりと積み、ゆるぎない冒険者としてやっていきたいと思っている。

 

「では、最後の質問だ。目指しているのはなんだ?」

「俺達が目指しているのはAランク冒険者だ。Aランクに成って、良い暮らしをしたいと思っている」

「そうか‥‥‥‥」


 目指すのはAランク、か。別に悪くはない。それに良い暮らしをしたい、と願うのも可笑しくはない。それは欲望であるが、欲望は悪いことでは決してない。誰だって、金が欲しい、女にモテたい、等の欲は持っている。その欲を満たすために上を目指すのは、真っ当な向上心だと感心すらする。彼らの過去を俺は知らないし、彼らの目標を俺は決して否定はしない。

 ただ‥‥‥‥俺とは目指すべきところが違う。


「分かった。質問に答えてもらい感謝する」

「そうか、では返答を聞きたい」


 俺の目を真っ直ぐ見ている。

 彼らは誠実だった。彼らの言葉に俺を騙す言葉はなかっただろう。

 ならば、俺も彼らに対し誠実に答えるべきだろう。


「今回の話‥‥‥‥断らせてもらう」


side ガレス


「今回の話‥‥‥‥断らせてもらう」


 やっぱり、ダメだったか。

 パーティの事情は確かにあったが、本当の目的は彼の力が欲しかった。

 彼はいずれ大物になる。そんな彼について行けば、俺達のランクも自然と上がっていく。

 彼に対し俺達を利用しろ、と言った言葉に嘘はない。むしろ彼の力を利用させてもらうことが前提でもあったからだ。そう言った打算込みの話だったから、受けてくれればラッキーだと思って声を掛けた。

 

「理由を聞いてもいいだろうか?」


 ただ理由を聞いてみたくなった。


「もちろんだ、まず一つ目の質問に対し、俺の役割を指揮と求めた。だが、俺は指揮をしない。いや、したくはない。これは俺の気分の問題だ。そちらの責ではない」

「何故か、と聞いても?」

「‥‥‥‥それは俺の問題であるので断る」

「‥‥分かった」


 したくない、か。

 彼に無理に型に嵌めようとしたことが不評を買った、と思わなくもないが、それでも彼は俺達の責ではないと言い切った。その言葉は信じても良さそうだ。


「次に俺が聞いたランクの問題だ。確かにDランクパーティとして活動をすればFランクの俺のランクは早く上がって行くことだろう。だが、それでは俺の経験を得る機会が減ると考えた」

「経験を得る機会?」

「そう、俺は戦うことは出来る。でも、薬草の採取の知識はない。どうやって採るか、気を付けることはなにか、そう言った知識は全くない。今は知識を増やすことが大事だと思っている。これから先の冒険に際し、確固たる土台を築く時期だと思っている。だから、今駆け足で冒険者ランクを上げることは俺にとって得策ではない」


 俺は彼の答えに対し、ウェスターとベリルの顔を見渡し、最後にミーナの顔を三人揃って見た。ミーナは突然、俺達に見られたことに困惑していた。だが、ミーナは何故自分が見られたのか分かっていないようだ。

 ミーナは薬草の採取が出来ない。薬草によく似た毒草があることも知らない。それはつまり、ミーナ一人で薬草の採取を任せることが出来ない事だ。

 俺とウェスターとベリルは薬草の採取は問題ないし、何だったら薬師が欲しがる様な高品質な薬草とそうでない薬草の見分け方まで分かる。

 俺達はFランクの頃は魔物の討伐が下手だった。だから薬草の収穫で暮らしていた。それから魔物の討伐がドンドン出来るようになって、今となっては薬草の収穫をしなくなった。だが、今でも、ここらでいい薬草の群生地を知っているし、新人冒険者が薬草を納品している際にちらっと見ただけで買い取り額が分かるほどだ。

 確かに俺達の苦い経験は今では確固たる土台に成っている。


「ああ、よく理解できた」


 彼の答えに納得し、そして、この話が終わったら、ミーナに薬草採取を教えよう、と心に決めた。


「最後に、目指すところの違いがあった。俺はAランクを目指しているわけではない、俺は冒険者として、何処までやれるか、それを知りたい。だから、明確にAランクを目指すわけではない」


 冒険者としての高みを目指しているわけではない、ましてや目標もなく何処までやれるか知りたいか。まるで求道者の考えだな。


「‥‥‥‥俺達の考えは、欲望にまみれていて汚く見えたか?」


 彼からしてみれば、俺達が酷く汚く見えたのかも知れないな。

 だが、彼は俺の予想に反してクビを横に振った。 


「いや、むしろ全うだと思う。いい暮らしをするために、上を目指す。そのための目標がAランクである。実に全うだ。いい暮らしをするだけなら、金だけ稼ぐだけなら、いくらでも方法はある。だが、そういう安易な道を選ばなかった。実に好感が持てた。だが、やはりお互いの方向性は違うんだと思う。そちらは明確に上を目指す、俺はただやりたいようにやりたい、と言うだけだ。むしろ俺の考えの方がふざけていると思われても仕方がない」


 彼は笑って答えた。自身の考え方の方がふざけていると、その上で俺達の考えを尊重してくれた。だが、確かに彼の言う通り、俺達と彼の考えには違いがある。

 俺の考えは是が非でもAランクを目指すというモノ、彼は自分自身の力量を考えて上を目指すというモノだ。確かに彼の考えに理解もできる。

 だけど、俺もそろそろ20歳だ、ベリルとの結婚を考えると、出来うるだけ稼ぎたいと思うし、そのためにも高ランクになる必要があると考えている。

 俺も彼の様に自身の身の丈に合ったランクの上げ方を考えられたら良かったんだがな。

 でも、仕方がないか。俺と彼との考えは違っている、それを責める気はないし、責められるものではない。人それぞれ、冒険者それぞれ、価値観は違う。同じ価値観を共有出来た者同士パーティを組むのが最良だ。‥‥‥‥彼の力を考えると、惜しいけどな。


「以上が俺がそちらのパーティに入れない理由だ。声を掛けてもらって申し訳ないが、諦めて欲しい」


 彼は頭を下げた、そんな事をする必要などないというのに。頭を下げている。こちらから彼を利用しようと近づいたというのに、彼は随分と律儀な男のようだ。

 ここまでされたら、俺の方が悪者になる。


「頭を上げて欲しい。俺達の都合に君を利用しようとしただけなんだから、君に悪いと思って欲しくない。それに君の言葉で俺も、ちょっと考えが変わったよ」


 俺達はAランクを目指す、それは変わらない。でも、誰かにしてもらうのでなく、俺達が力を付けてなって見せる。だけど、俺達『新たな英雄』は三人で始まった。だから、三人で目指す。


「ミーナ、悪いんだけどパーティから外れてくれ」

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