第5話 冒険者レオンⅣ
森を出ると、日が落ちていた。
森の中は薄暗く、天候も分からない程木々が覆い茂っていたから、日が暮れていることに気付かなかった。
森の中でのウルフとの戦いは時間を忘れさせていた。久しぶりに戦いらしい戦いが出来た。前線で剣を振るうなどいつぶりだろうか。ましてや、傷を負うなど随分と久しぶりだ。
若返った影響だからだろうか、頭に血が上っていた。自制が効かないとは、実に愚かしい。‥‥‥‥だが、悪くはない、と思う自分もいる。
王国の象徴が国王陛下ならば、王国の『武』こそかつての『私』―――リオネス・ラインガードだった。
『武』などと聞こえはいいが、ただの飾りの様なモノだった。帝国と戦い、生き残ったのが私だったというだけだ。
私よりも強い者がいた、才がある者がいた。だが、皆死んでいった。だから、残ったのが私だった、ただそれだけの事なのに。
‥‥‥‥いかんな、昔の事を思い出してしまう。
今の私、いや『俺』はレオンだ。昔は昔、今は今だ。
とりあえず、街に戻ったら宿を探さないと。
明日以降の事も考えないといけない。今後の目的なんかも考えないと‥‥‥‥やれやれ、考えることだらけだな。
フィステルの街に戻ってきたが、通りに人の数は大分少なくなっていた。
時刻は夜に差し掛かってきた頃合いだ、子供も家に帰っている時間だが、こんな時間だからこそ賑わっている店もある。酒場の周囲からは喧騒が響いている。
そんな街中を進み、宿を探す。
「ここでいいか」
選んだのは特に特徴もない宿屋。
そこそこの外見だったが、選んだ理由はただ一つ。
「イイ匂いだ」
この宿屋からイイ匂いがしてきたからだ。
宿を選ぶ際、外観よりも食事が上手いかどうかだと俺は考えている。そして、上手いかどうかは匂いが判断基準の一つだと思う。
「失礼する」
宿屋に入って周囲見渡すと、非常に清潔だった。掃除が行き届いているのが良く分かる。
所々木々に経年劣化の様なモノは見られるが、それはこの宿が長く続いている証なのだろう。
「いらっしゃいませ!」
威勢のいい声で俺を出迎えたのは、今の俺とさして変わらない歳の女の子だった。
ブラウンの髪を後ろに束ね、頭にバンダナを巻き、革のワンピースの上からエプロンを着たカワイイ娘だ。
「宿泊を頼む。日数は‥‥7日で頼む」
この街にどれ程留まるかは分からないが、一週間ほどは戦い方を探すためにも必要だろう。
「はい、畏まりました。7日ですので700コルドになります」
「前金か?」
「前金で半額を頂きます」
「分かった」
宿代の半額、350コルドを取り出し、彼女に渡す。
「ありがとうございます。お食事は如何なさいますか?」
「頂く。料金は?」
「朝と夕の2食で20コルドになります。あ、料金は食事ごとに頂きます」
「分かった。では早速夕食の分を頼む」
「はい、10コルドになります。」
「では、頼んだ」
追加で10コルドを出す。
「はい。こちらにどうぞ」
彼女に連れられ、宿の中を進む。すると、食堂に行き当たった。
「ここは、食堂もやっているのか?」
「はい、と言っても、ランチだけですけど。あ、なのでランチは別料金ですよ。お泊り頂いたお客様ですから、多少のサービスはありますけどね」
「なるほど、覚えておく」
「はい、是非ともご利用ください」
グイグイ店の事を押してくる彼女の笑顔は見事な営業スマイルだった。
席に着くと、直ぐに本日のディナーを用意してもらった。
パンとシチューが本日のメニューだ。
店先まで届く食欲を誘う匂い、それが今眼前に置かれている。スプーンを片手にシチューを一掬いし、口に運ぶ。
ほう、野菜が程よく煮込まれたことで、非常に柔らかくなっている。だが、形を失うまでは煮込まれていない、実に良い具合に仕上がっている。
肉も柔らかくなるまで煮込まれている。だが、肉も共に煮込まれているが臭みは無い。これは非常に丁寧に肉の下処理をしたことだろう。シェフの苦労が感じられる。
シチューは戦場ではご馳走だった。多くの野菜と肉を一度に味わえる正に完全食、戦場で戦う者にとっては命を繋ぐ料理と言って過言ではない。
だからこそ、私は上手いシチューを作れるものは一軍の将よりも貴重であると考えていた。メシは戦場の士気に関わる故、もっと前線の物資の食糧の質を上げて欲しいと何度も上伸した。だが、貴族共は『国家の防衛に携わる者がメシの事など議題に上げるとはなんと卑しい』と言いやがった。アイツらが戦火の及ばない宮廷で分厚いステーキだ、高価なコース料理に舌鼓を打っている中、私たちは薄いパンと魔法のフルコースが飛び交う戦場を味わっていたんだ。
あと思い起こせば、あの時上申した時に対応した奴の腹は非常に分厚い脂肪に覆われていた。それに対して上申した私たちは非常に屈強な腹筋で覆われた腹で脂肪など全くなかったほどだった。脂肪が付く前に死亡することなどザラだった。
‥‥‥‥イカンイカン、どうしてもシチューを食べると戦場を思い出してしまう。
今の私、いや俺はレオン、冒険者レオンだ。
ふと、手が止まると、昔の事を思い出してしまう。いや、最早存在しない者―――リオネス・ラインガードの事を思い出してしまう。
胸元から一枚のカードと封筒を取り出す。カードには『獅子』が描かれ、封筒の中身は一枚の手紙と一枚の証明書が入っていた。
俺はそれを見て、『リオネス』から『レオン』に至った経緯を思い出していた。
□□□
「‥‥‥‥うっ‥‥」
ガタガタと揺れる振動が体に響く。
その衝撃が自身の眠りを妨げた様で、目を覚ますことになった。
「‥‥ここ、は‥‥」
目の前には青空が広がっている。
「‥‥なんで‥‥」
眠る直前に何があったか、思い出そうとした。すると、段々と思い出せてきた。
「ああ‥‥マージョ様に薬と魔法で眠らされたのか‥‥」
マージョ様に仕掛けられた罠に気付かず、眠らされたことに行きついた。
だが、一体何のために眠らせたのか分からなかった。
それに現状がまるで呑み込めていなかった。
どうやら馬車の荷台に乗せられているようだ。とりあえず、御者に声を掛けてみることにするか。
「あの―――、聞こえますか? えっ!?」
声を出して驚いた。
自分の声が違って聞こえた。酒焼けしたのか、と考えたが、そんなものじゃない。声が高い、いや若干幼くなったように感じた。
「ああ、起きられましたか」
馬車がゆっくりと止まった。するとすぐに御者がこちらにやってきた。
「貴方は‥‥マージョ様の店の店主殿」
「リオネス様、おはようございます。ゆっくりと眠られましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「なるほど、それは良かった」
眠らされる前に見た店主が御者をされていた。その彼に若干皮肉を込めたのだが、受け流された。
「さて、お体に不調はございませんか?」
「え‥‥声が高くなった様な気がしますが‥‥アレ?」
体の感覚が違う気がした。
体を動かすことがすごく軽く感じて、立とうとするときに足の長さに違和感があった。
「あ、あれ!?」
手を見ると、マメが出来ては潰れを繰り返したゴツゴツとしていた手が酷く柔らかく感じた。
口元にいつもなら感じる髭の感覚が何故か寂しく感じた。思わず顔に手を当てると、髭の感触がなかった。
「え、ええ、えええ‥‥」
アタフタ体中を触ってみたり、動かしてみると、どう考えても自身の体ではなかった。
「い、一体何が!?」
「こちらを‥‥」
店主が渡したのは手鏡だ。
その手鏡に映っていたのは‥‥‥‥若い頃の私の顔だった。
「ええええええええ‥‥!?」
驚きのあまり大声を上げていた。その声も若い頃だったので若干高く、周囲に響いた。
「さて‥‥そろそろ落ち着かれましたか?」
「‥‥ええ、お騒がせしました」
一通り叫んで、少し落ち着いた。
店主が操る馬車に乗り、街道を進んでいる。
何処に行くのか、と言う事は頭にない。あまりに色々あり過ぎて、思考が纏まらない。
「では、こちらを‥‥我が主マージョ様からの手紙でございます」
「‥‥?」
混乱している最中、店主から手紙を渡された。
マージョ様の名が記されて、封がされている。封に触れた時、封が解け、中が開けた。
魔法使いが使う魔法封蝋の術式が組み込まれていて、指定した人物以外が開けない様になっていて機密性を保っている。
『ヒヒヒ‥‥アンタがこの手紙を読んでいると言う事は随分と驚いてくれたようだね。嬉しい限りだね。まあ、アンタの反応を見て笑いたいところだけど、生憎とこっちも暇じゃなくてね。
さて、とりあえずアンタに施したことを説明しとくかね。アンタに施したのは『若返りの魔法』さね。この魔法でアンタは騎士団に入る前の15歳くらいまで戻っているはずだよ。これで好きな人生を進みなおせばいいさね。若ければ新しい道を探せるだろうさ。だから、餞別に時間をアンタにあげることにした。それにアンタは他国に出すにはこの方法が都合が良かったからね。顔を変えるでもなく、新生『リオネス』とした方が都合もいいからね。
最後にこんなことをした理由を言っておくよ。これはアンタに対する礼さ。王国に仕えてくれたこと、共に戦ってくれたこと、アタシにとって家族であるアンタ達には感謝している。これは先王も含めて、アンタに救われた者達全員を代表して礼を言っておくよ。じゃあね、達者でやりな』
手紙に書かれている内容は理解できた。
どうして体が若返っているのか、ここにいるのか、大体の事は理解できた。
マージョ様らしい言葉遣いの手紙には彼女らしい激励の言葉が詰まっていた。
でも、前もって一言言っておいて欲しかったが、あの方にそれを望むのは高望みし過ぎなんだろうな‥‥
「ん? ああ‥‥そうか」
手紙がひとりでに燃えだした。
これは魔法の封蝋がされていた。だから対象者が読み終わった後、余人の手が及ばないように手紙は抹消される。
若返りの魔法の存在など、他人に知られる訳にはいかない。その魔法を求める者は数多いることだろう。
だから、手紙は燃え尽き灰に変わる‥‥はずだった。
「あれ?」
手紙が燃え、そこに残ったのはカードが一枚と紙が二枚。
そのカードには『獅子』が描かれていた。
「これは、あの時の‥‥」
マージョ様が占った時に出た『獅子』のカード。そして、出てきた紙の一枚は何かしらの証明書ともう一枚は手紙のようだった。
とりあえず、手紙の方を読んでみることにした。
『とりあえず手紙は読んだようだね。現状は分かったと思うけど、アンタは若返ったことで身分やらなんやらが一切合切無くなっちまったからね。『リオネス』の名を使うのもまずかろう。だからアタシの方で用意しておいたよ。いいかい、アンタの名は『レオン』だ。今日から『レオン・リボーン』と名乗りな。それ様に身分証明書も用意しておいた。気に入らなかったたら、勝手に名を決めて、勝手に家名を付けな。そこまでは面倒見切れないよ。じゃあね、今度こそ終わりだよ。頑張んな、レオン・リボーン』
「‥‥『レオン』か。なるほど『獅子』と言う事か」
『獅子』のカードを見ながら呟いた。
このカードを引いたときに私の名を決めたのか、それともそういう運命だったのか、聞いてみたかったな。
『リオネス』から『レオン』か、悪くないな。
証明書を開くと、そこには『レオン・リボーン』の名が書かれていた。
親の欄には『マージョ・リボーン』と書かれ、間柄は養子とされていた。
「態々、こんなものまで用意されていたとは‥‥全く、頭が下がります」
感謝の言葉を直接述べることは出来ない。だからこそ、王都の方を向き、胸に手を当て謝意を示した。
「‥‥状況はご理解いただけましたでしょうか?」
手紙を読み終えた頃合いを見て、店主が話しかけてきた。
「ええ、随分と驚きましたが、マージョ様が成したのであれば、信じるしかありません。ましてや、自身の体がこんな風になっているのを見れば、受け入れざるを得ません」
驚きはした、だが今こうなってしまった以上、受け入れ、次の事を考えるのが建設的だ。
「この馬車はどちらに向かっているんですか?」
「王国領南端部サウスゲートです。リオン様をそこまで送り届けよ、と主から命を受けております」
「なるほど南部領域ですか‥‥」
「ええ、主からの言ですが、西部の帝国にも東部の共和国にも行けず、北部は山岳地帯、であれば南部に行くしかありません。それに南部であれば、入り込むのも容易だとのことです」
「まあ、でしょうね‥‥」
王国の出入りには身分の証明が求められるが、南部領域に入るにはそれはない。
南部領域は王国、帝国、共和国の様に身分の統制が取れていない。出る者拒まず、入る者拒まず、といったところだ。良く言えば自由の風土がある、悪く言えば無法の土地と言える。
確かに王国に居られない以上、南部領域に行くのが良さそうだ。
「まあ、サウスゲートまでは時間も後1週間ほどかかるかと思います。今だお体に馴染めていない事でしょう。それまではごゆっくりなさってください」
「‥‥お言葉に甘えます」
□□□
その後、王国領のサウスゲートで店主殿と別れた後、『レオン・リボーン』の名を使い、王国領を出ることが出来、無事に南部領域に入ることが出来た。
そして、本日めでたく冒険者となれた。だが、当面の目標やらは特に決まっていない。このまま漠然と過ごすか、それとも冒険者として何かしら功績を上げるか、何か考えた方がいいかも知れないな。幸い、時間はあるし、金の心配も当面は無い。
金は王国騎士団長時代の給金にほぼ手を付けていなかったから、貯蓄があった。今は大半を魔法袋内にしまい込んでいるが、それでも手持ちには2000コルドくらいを常に持っている。
武器には1000コルド、宿代で700コルド、後は食事代で130コルド掛かるから、残りは170コルドくらいしか手持ちに無い。貯蓄から出すか、でもせっかくなら冒険者としての稼ぎでやっていきたい気もする。折角レオンとなったのに、リオネス時代の金を使うのも味気ない。うん、やっぱり、目指すは冒険者として自立することだな。リオネスの頃の貯蓄はいざ、という時だけにして、それ以外は極力リオンとしての稼ぎで頑張ろう。
決意を新たにし、シチューを食らい尽くし、本日は寝ることにした。
さて、明日から頑張るぞ。
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