第2話
昼食を買うためにコンビニを訪れた時、僕は自分の財布がなくなっている事に気づいた。ポケット、カバンの中、どこを探しても見当たらない。
僕はいつから財布がなくなったのか必死に思い出そうとした。2軒目の居酒屋の会計時には確かに手元にあったはずだ。だとしたら、駅に向かう途中もしくは、駅から自宅への道の途中で落としたのかもしれない。僕の財布はどこを探してみても結局見つからなかった。
ある日珍しく同僚の方から飲みの誘いがあった。
ガヤガヤとした安い居酒屋で僕たちは生ビールをジョッキで頼んで乾杯した。
「最近仕事どう?」
同僚がおもむろに僕に尋ねる。
「どうって、相変わらずクソ上司どもから毎日数字数字言われてるよ。」
「だよなぁ。」
「お前はそんなに冷遇されてるように見えないけど?」
僕は枝豆を皮から取り出しながら同僚に尋ねる。
「いや、実は俺も色々言われてるんだってぇ、すんませーん。ビール一つ下さい!」
同僚は右手を上げて店員に向かって大きな声で言った。
「でさ、オレ仕事やめて起業する事にしたんだ。」
「は?何言ってんの?」
同僚の言葉に僕は唖然とする。
「だからさ。オレ今月いっぱいで仕事辞めんの。」
「へぇ、すごいな」
さも当たり前の事のように言う同僚を前に僕はそれ以外の言葉が出なかった。
「起業って、何するんだ?」
「そだな、まずはオンラインサロンを立ち上げようと思うんだ。」
「へぇ、」
僕はオンラインサロンというものをよく知らなかったが、なんとなく相槌を打っておいた。
「で、スポーツ苦手な人のために筋トレのやり方とか体の動かし方教えんの。オレ昔からスポーツだけは得意だからさ」
同僚の行動力には感心せざるを得なかった。しかし同僚の描く未来像が果たしてうまくいくのかは疑問が残った。
それから暫くして同僚は本当に会社を辞めてしまった。同僚が居なくなると、僕に対する上司の態度は和らいだような気がした。同僚が居なくなってから何故だか物事の流れが良い方向に進み始めたような気がした。
会社の業績が上がり、前ほど数字数字と言われる事がなくなった。歳が上がるにつれて、僅かばかりだが給料も上がっていった。
だが好調は長く続かなかった。
2020年の夏の事であった。その日の会議では出席者の全員が暗い面持ちをしていた。その年全世界へ蔓延したコロナウィルス によって、会社は倒産寸前まで追い込まれた。
会議は長々と続いたが、結局具体的な打開策は見つからなかった。
新業界への参入というワードが何度も上がったが、結局今から新業界へ入っていけるほどの知識やノウハウを持った者は誰一人としていなかった。
会社はあえなく倒産した。僕は僅かながらの退職金を受け取って社会に放り出された。その時に頭に浮かんだのは会社を辞めた同僚の事だった。あいつはどうしているだろうか?
すぐに就職活動をするべきだったのだが、僕は会社から解放された状況にしばらく甘んじていた。そうして月日はどんどんと流れていき、やがて貰った金も底をつきた。僕自身はやつれ老け込み、伸びた髭が蓄えられていった。
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