第7話
放物線を描くように宙に放り出されら彼の体は、地面に激突すると何度か回転しながらようやく停止した。
バトルスーツがなければ、すでに死んでいただろう。
かろうじて意識はあるもの、視界がぼやけ始めた。
頭を打ってしまったようだ。
「い、戦葉くん! 応答しなさい!」
一気に窮地に立たされたレンジを見て、慌てて安否確認をする美玲奈。
「っう、うぅ。な、なんとか」
「早く立ち上がって! 追撃がくる……」
これが例えば剣道の試合ならば、レンジがこのような状態になった時点で試合を終了するだろう。
しかし、これはルール無用の命を懸けた戦闘だ。
イヴィルズは止まらない。
それを知っているからこそ、美玲奈は無理を承知で、起き上がれと命令した。
しかし美玲奈は、カメラを通してイヴィルズの状態を確認すると、指示を途中でやめたのだった。
普通であれば、瀕死状態のバスターに止めを刺そうとするのがイヴィルズだ。
だが、マトリョーシカイヴィルズはその場から動かず、腕もこれ以上の伸ばすことはなかった。
それどころか、伸びていた4本腕を縮まらせて、胴体に戻していった。
「……もしかして、伸ばせる長さに限度がある?」
マトリョーシカは自分と距離が離れたレンジを追うことなく、180度体を回転させた。
そして、上下に動きながら商店街を移動していった。
イヴィルズがいるのは出口付近なので、すぐに商店街を抜けていくことだろう。
「不幸中の幸いね。戦葉くん、あなたは退却しなさい」
「に、逃げろってことですか?」
「えぇ、そうよ。今、別のバスターに救援要請を送る。あなたは本部に戻って、治療室に行くのよ」
バトルスーツから美玲奈のパソコンには、装着者の生命データが送られている。
骨折はしていないものの、レンジの体はかなりダメージを受けていた。
それを見て、美玲奈は撤退命令を出すことにしたのだ。
「……」
レンジはすぐに返事をせずに、自分を攻撃したイヴィルズの背中を見つめた。
商店街を抜けると、そこには大通りがある。この騒ぎで、車も人も通っていなかった。
しかし、その大通りを渡ると、すぐそこは人が住んでいる市街地だった。
「ダメだ、俺は戦います」
「何を言っているの? その体じゃ無理よ」
「……俺が戦わなきゃ、もっと被害が出る。他のバスターがくるまでに、大勢の人が食われるかもしれない」
レンジは痛む体を無理やり起こし始めた。刀を杖のように地面に刺して、どうにか立ち上がることに成功した。
彼はまだ、戦う気のようだ。
「……確かにそうかもしれない。けれど、今戦えば、あなたが死ぬ危険性がある。
アビリティアの一員として街を守ることも重要よ。けどオペレーターは、バスターを守ることも仕事なの。
下がりなさい」
無茶をしそうなレンジを説得するために、美玲奈はヘルメットのモニターに自分の顔を映し出した。
真剣なまなざしでレンジに訴えかけた。
自分がスカウトしてきた彼を、死なすわけにはいかない。
そういった思いがあるのかもしれない。
「おれ、なら、戦える」
「戦えるって、あなた4本の腕に対応できていなかったじゃない。まだあなたはバスターになったばかり、今すぐに撤退しなさ……」
美玲奈が戦う意志を崩さないレンジを見て、少し強い口調で諭していた。
しかし、それはレンジによって遮られた。
「あんたが、あんたが言ったんじゃないっすか!」
レンジは怒鳴った。
血が流れる口で、必死に美玲奈に言葉を伝える。
「私が?」
「そうだよ。初めて会った時、俺にしかできないことがあるって。
どんな敵にも対応できる、それって今この瞬間なんじゃねぇのかよ!」
彼の言葉を聞いて、数日前に自分の口で言ったことを美玲奈は思い出した。
『どんな敵にも対応することができるのは、あなたにしかできないことなの』
レンジの自宅にて、美玲奈がスカウトした時に言った言葉だった。
姿を変化するイヴィルズに対抗できる力が、武魏術を持ったレンジにはある。
そう言ったのは、美玲奈だったのだ。
「嬉しかったんだぜ。こんな力、何の役にもたたないって思ってたから。
俺には思いつかないけどさ、あんたなら考えられるんじゃねぇのかよ! あいつに対抗できる術ってのを。
頼むよ。俺を、バスターとして戦わせてくれ」
数日前まで、将来に何の希望もなかった。
そんな彼に救いの手が差し伸べられた。
今の彼は、人々を守るバスターとしての覚悟が、確かにあるのだ。
「……はぁ、私が言ったのよね」
その言葉と同時に美玲奈は、自分の頬を「バチンッ」と音が鳴るまで強く叩いた。
その様子はモニター越しにレンジにも伝わっていた。
「え、なにしてんすか」
「ごめんなさい。オペレーターはバスターを守るのも仕事。
けど、バスターの能力を最大限に生かすことも、私たちの務め。
……戦闘続行を許可する。準備はできてる?」
どうやら美玲奈も、意志を固めたようだ。
「もちろん。とっくにできてますよ」
レンジはニヤッと笑い、口から流れていた血を拭った。
こうして、マトリョーシカイヴィルズとの戦いが、続いていくのであった。
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