第5話

 土産屋から姿を現したのは、異形の形をした化け物、ではなかった。


 美玲奈とレンジも一度は目にしたことのある形をしていたのだ。


 光沢感のある赤色で全体が塗られている。

 正面の下半分には「福」と達筆な金色の字ででかでかと書かれている。

 そして、上半分は白塗りされており人の顔のようになっていた。

 黒い筆で太く、髭や眉のようなものが描かれている。

 そして、顔の眼は黒く塗りつぶされていた。


「だ、だるま!?」


「そ、そのようね」


 これにはレンジだけではなく、美玲奈も驚いている様子だった。


 大きさは100㎝を超えており、小刻みにジャンプしながら動いている。


「お、俺のイメージと全然違う」


 CMで見たもっと野性的な獣のような姿を予想していたようだ。

 レンジはイヴィルズを実際にその目で見たことはなかった。

 町に流れる警報は聞いたことはあったが、速やかにバスターが倒しているので出会ったことはない。

 アビリティアが発足してから、イヴィルズを討伐するまでの時間は極端に短くなっており、出現事態も減少傾向にある。

 だから、レンジのように曖昧な情報しか持っていない人も多い。


「イヴィルズは何も生物だけ捕食するわけじゃない。物体も体に取り込み、そして形状を変化させることもできる」


 第1次侵略の際は、記録によれば動物的な見た目のイヴィルズが大半だった。

 しかし、人間を完全侵略できない事を悟ったイヴィルズの中には、人工物などを食い漁りより多様的な力を手に入れた個体がいたのだ。


 それと同じように、このダルマ型のイヴィルズも土産屋の商品を大量に取り込んだようだ。


 ダルマのイヴィルズはまだ、レンジに気がついていない様子だった。


 それを見た美玲奈は、レンジに新たな指示を送る。


「まずは威嚇射撃よ。ハンドガンを転送するから受け取って」


 美玲奈はパソコンを動かし、転送システムを使用した。

 転送システムを使うことで、その名の通り武器などをバスターの手元に瞬時に送り届けることができる。

 現代では物質であれば、テレポートさせることができる技術が確立されている。転送するためには正確な座標が必要であり、バスターの場合はバトルスーツがそれに該当する。

 生物のテレポートは、細胞に損傷が起きてしまい、まだ不可能とされている。


「りょ、了解」


 レンジの手に一瞬でハンドガンが出現した。

 銃を握ったことは何度かある。そう言った競技にも参加したことがあるから。

 しかし今回は、明確な敵に向けた戦闘武器だ。

 レンジは銃の重みを感じていた。


「ガシャッ」と、銃の上部分をスライドして、ダルマを標的にして銃を構える。

 そして、トリガーを引いた。

 銃撃音と共に、ハンドガンから銃弾が発射された。


 その弾はダルマの背中に、見事命中する。

 ある程度の距離であれば、的にヒットさせることはたやすいようだ。


 けれど、弾は当たったのだが、そのままダルマの体を貫通せずに取り込まれてしまった。

 特に体から血を流すことなく、ゆっくりとレンジの方に体を向けてきた。


「き、効いてないみたいなんですけど?」


 全く表情を変えないダルマを見て、レンジの不安がつのっていく。


「もしかすると痛覚が遮断されているのかもしれない。これぐらいの攻撃では、あまり効果的ではないようね」


 おろおろとするレンジに比べ、美玲奈は冷静にターゲットを分析していた。

 これは、バスターとオペレーターのあるべき姿でもある。


 バスターは指示通り戦闘を行い、戦略や情報の整理などはオペレーターが行う。

 これは、アビリティアの理念でもあった。


 戦闘において、頭を使いながら戦うというのは非情に大事なスキルだ。

 しかし、思考しながらの戦いというのは、難易度が高いのも事実。

 特に、イヴィルズのような不確定要素が多すぎる敵ならば、なおさらである。


 そのため、バスターには体を動かすことに専念してもらい、思考の部分はオペレーターが担当するのが基本の形となった。


 実際、二人一組にしたことにより、バスターの戦績は格段に飛躍したというデータもある。


「じゃあ、どうすれば?」


「ここは接近して、殺傷能力の高い武器で戦いましょう。今度は、これを使ってみて」


 美玲奈がそう言うと、ハンドガンがレンジの手元から消えて、武器倉庫に戻っていく。その代わりに、黒く輝く日本刀が握られていた。


「か、刀っすか」


 鋭利に尖ったそれをみて、よりいっそう戦場にいることを実感する。

 剣道などで竹刀を握ったことはあるが、真剣は初めてだった。

 古来から受け継がれた日本特有の武器である。


「さぁ、行きなさい」


「ふぅ、了解!」


 深く呼吸をし、刀を両手で構える。

 そして、レンジはイヴィルズに向かって走りだした。


 さっきまで体が重かったが、武術遺伝の特性により、自然と体がついてきた。

 動いてしまえば、バトルスーツに内蔵された運動能力補助システムにより、身体能力が跳ね上がっていく。


 人類の肉体では不可能に近い超スピードで、ダルマへと走り行く。


「これが、俺の体!?」


 一番驚いていたのはレンジ自身であった。

 武道の高みを目指そうと、必死で筋肉をつけたりトレーニングを行ってきた。

 しかし、それでもトップアスリートのレベルにはなれなかった。


 けれど今のレンジは、文明の力と自らの能力を組み合わせることで、超人的な身体能力を得ていた。


「予想通りね。そのまま、イヴィルズを攻撃するのよ」


 商店街を走り、もう少しでダルマが刀の射程範囲内に入る。

 レンジは刀を振り上げ、上段の構えに移行していった。


 ここまでの流れは完璧に近かった。


 しかし、相手は宇宙からやってきた生命体。

 一筋縄ではいかない。


「……」


 ダルマはレンジが近づいてくるのをじっと見つめていた。

 すると、その体に異変が起きはじめた。


 静かに立っていたが、左右に振動し始めたのだ。

 そして、ダルマの胴体から何かが生え始めた。


 左右に一本ずつ生えたそれは、人間の腕のように見えた。

 だが、人間のような肌色では決してなかった。


 赤と白が混じった紅白色だ。

 普通ならめでたいが、ダルマとのアンバランスさによって不気味に感じてしまう。


「腕!? ダルマじゃなかったのかよ」


「……残念だけど、人間も捕食したようね」


 ダルマを大量に食えばダルマになるように、人間を食せば人間の特徴を得ることができる。

 けれど、人間の腕だけということは、食らった人の数は少ないようだ。


 ダルマの変形はこれだけではなかった。

 生えてきた腕が、なんとそのまま伸び続けたのだ。

 人間の腕を遥かに超えた長さになると、それは鞭のようにしなりながら、レンジに襲い掛かってきた。


 それを確認した美玲奈は、すぐに指示を変更した。


「本体ではなく、まずはその腕を処理しなさい」


「分かりました!」


 レンジは一度足を止め、腕の対応をすることになった。

 まずは左の腕を、上から切り落とした。

 柔らかいのか、不自然なぐらいにスッと切れた。


 本当に人間の腕を斬ったかのような手応えだったが、今はそんなことで攻撃を躊躇するわけにはいなかった。

 今度は、右から攻撃が迫ってきていた。


「っせい!」


 振り下ろした刃を返して、そのまま上空へと切り上げた。

 刃は、再び腕を正確に捉え、真っ二つにした。


 手のひらの部分を失ったダルマの腕は、力を失ったようにその場に落ちて行った。


「今よ。踏み込んで本体を狙いなさい」


 レンジは言われるがまま、再度走り始めた。

 もう、ダルマの体はすぐそこだ。


「いくぜ!」


 刀を振り上げて、斬撃をお見舞いしようとした。


「……」


 すると、ダルマの体から生えていた腕が、ポロっと胴体から切り離された。つまり、最初の状態に戻ったのだ。


 もう一度、腕を生やすのかとレンジは警戒した。


 しかし、ダルマは予想外の動きを見せた。


 その場で高く飛び上がったのだ。

 さらに、攻撃を避けるでもなく、上空で体が横になるように動かした。


「はぁ!?」


 謎の行動に驚いたが、構えを解くことができず、レンジはそのまま刀を振り下ろした。


 刃はダルマの髭の下あたりに切り込みを入れた。

 かなり胴体の内側まで刃が通った。


 血を出すことはなかったが、確実にダルマの体にダメージを入れることに成功した。

 切り付けられた衝撃を吸収できず、イヴィルズは商店街の奥へと吹っ飛んでいった。


 ダルマは地面に転がると、すぐに動かなくなった。


「や、やったのか?」


 手ごたえは確かにあった。

 けれど、謎の違和感がレンジの中に溜まっていく。


「よくやった。……けれど、確かに何か変ね」


 普段であれば、2人の仕事はここで終わりだ。

 敵への攻撃を確認し、敵が動かなくなるのも確認した。


 しかし、さっきダルマがやった不可思議な動きが、2人を悩ませていた。


 そして、その予想はあたることとなる。

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