第3話
戦葉レンジがアビリティアのバスターとして勧誘されてから数日後、彼とそのオペレーターの唯峰美玲奈は本部へとやってきていた。
両親の許しは、すぐにおりた。
予想通り、手放しで喜んでいた。
「ここが、アビリティアの東京本部よ」
「でっけぇ」
東京都心部のビル街に、一際主張の激しいビルがあった。
天高く聳え立つそれを、レンジが実際に目にするのは始めてだった。
東京に住んでいる彼だが、その威圧感に圧倒されていた。
「ほら、いくよ」
「あ、はい」
そんなレンジに指示をして、美玲奈は本部へと入っていく。
巨大な自動ドアを抜けると、奥行きのあるエントランスが広がっている。
昼前ということで、人通りは少ない。
ちらほらとスーツを着たアビリティアの職員たちが移動や外との出入りをしていた。
こういったオフィスビルに入ったことがないので、中に入ってもレンジは目を丸くしていた。
美玲奈は慣れたもので、凛とした表情を保っていた。
「いずれ中も案内したいところだけど、今日はさっそく訓練場室に行くことにしたから」
「訓練室っすか」
美玲奈は改札に職員証をかざして奥へと進んでいく。
レンジも事前に渡されたそれを手に持って、改札の機械にかざした。
何の問題もなく通れたが、駅の改札を抜ける時とは全く別の緊張感を感じたようだ。
そのままエレベーターへと向かい、美玲奈は地下へのボタンを押した。
上の階はいわゆる組織としての体裁を保つために必要な仕事をしている部署がほとんどだった。
経理、人事、政府との交渉をする部署なんかもある。
バスターやオペレーターはメディアに露出することもたまにあるので、マネジメントの部署もあったりする。
例えば美玲奈のCM出演など。
レンジはあまり口を開かないまま、地下へと繋がるエレベーターに乗り込んだ。
「地下には指令室やバスターの装備開発部、そしてバスターの訓練室などがある。何かと幅をとるから地下にあるの」
説明を求められたわけではないものの、レンジが気になるかと思い詳細に話した。
けれどレンジの頭には、情報があまり入っていないよう様子だった。
ほどなくしてエレベーターが止まり、自動でドアが開いた。
「降りるよ」
「は、はい」
レンジは美玲奈と共に地下室へと足を踏み入れると、まずはその規模に驚いた。
広さでいうとドーム球場並みだった。
そこは、いくつもの天井まで続く巨大な壁で細かく区切られていた。
上手く壁を使って人が通れる十分すぎるほど広い通路が、いくつか確保されている。
各通路は基本的に一本道なので、迷うことは基本的にはないのだが、初見では巨大な迷路のようにも見えてしまう。
「こ、こんな場所があるなんて、アビリティア凄いっすね!」
自分の経験を超えたものを目にして、緊張よりも今度は好奇心が勝ってきたようだ。少し明るさを取り戻していた。
「あら、あなたそんな風なリアクションをするのね」
「え? なんか変でした?」
社会科見学に来た小学生のような輝きのある目をしていたので、美玲奈にはそれが意外だったようだ。
元々、レンジは気持ちが表情や言葉として素直に出やすい傾向がある。
それゆえに、武魏術のことを隠し通すことは出来なかった。
最初にあった時は、将来について悩んでいた時期だったので、必然的にナイーブだったのだ。
そのため、不貞腐れたような態度が美玲奈には印象的だったようだ。
「いえ別に。それじゃあ、あなたの訓練室に行くよ」
「お、俺のっすか!?」
「あなた驚きっぱなしね。アビリティアのバスターになるということは、人類の救世主になるという事。
専用の部屋があるくらい、当然よ」
あまり説明を長くしても足が進まなそうだったので、レンジの反応はあまり気にせずに、その訓練室へと向かっていく。
エレベーターを降りて真っすぐ通路を進んでしばらくすると、美玲奈は足を止めた。その間、レンジは口を開きっぱなしで、壁を見上げながら歩いていた。
美玲奈は右を向くと、壁の下に取り付けられたドアに再び職員証をかざす。
すると扉は開き、中に入っていく。
レンジも置いて行かれぬようにそれについていく。
壁の中はさらに細分化されており、バスター用の武器などが確保されている装備室に、休憩やミーティング用のフリースペース。
それと、通信システムが整っているOP《オペレーション》ルーム。
そして最後に、一番幅をとっているのが訓練室である。
「まずはバトルスーツを着てもらうから、装備室に入って着替えてきなさい」
指を使いながら指示を出し、レンジはそれに従う。
バトルスーツ、というものをよく分かっていなかったが、とりあえずそれらしきものを探して着替えてみることにした。
その後、装備室から出てきたレンジは、問題なくバトルスーツを着用していた。
「うわぁ、ハイテクって感じっすね! めっちゃ着やすいし」
「それもあなた専用よ」
バスター用のバトルスーツ。
着用者の身体能力を飛躍的に上げることができる。
黒を主体としたアーマーともいえるスーツで、いたるところにプロテクターが取り付けられており、防御力も十分だ。
ヘルメットは首の負担と視界良好の問題で、簡素なものとなっている。
それでも、全体的にかなり重たそうであった。
「……でも、なんか動きにくいような」
重量がかなりあるようで、身体能力を向上するための物なのに、脚がおぼつかないようだった。
「でしょうね。本来はもっと軽量化されているものなの。けど、あなたのは運動能力補助機能と装甲を増やして重量があるから、最初のうちは動きにくいかもしれない」
「っえ、それって俺が弱っちぃからですか?」
レンジには、自分が他のバスターよりも劣るから、バトルスーツの機能を過度に増長している、と聞こえたようだ。
「……それもなくはないけれど」
「……そっすか。いや、分かってたことっすけど」
自分の身体能力が劣っているということは、レンジが一番理解していた。
彼の経歴はある意味凄まじいものがあるが、それは人よりも敗戦を経験しているという事でもある。
「そんなに卑屈に捉えることはないよ。私がこのバトルスーツにしたのは、もう1つ理由がある」
「もう1つ?」
「ええ。それは、その装備をあなたなら使いこなせると思ったからよ」
「え、あの、俺が扱えるのは武器であって、こういう鎧みたいなのは無理なんですけど」
武魏術は、相手の武器を奪って戦う流派である。
しかし、相手の鎧までを着て戦うものではない。
故にこういった装備品を扱うのは武術遺伝の範囲外だった。
「えぇ分かっている。けど、あなたは武器を装備することで自然と体が動くのでしょ? そのスーツは確かに重くて扱いずらいけれど、体が動いてしまえばそのあとは補助機能であなたの能力は何倍にも膨れ上がる。
まぁ、まだ予想の範囲なのだけれど」
「……確かに、そうかもしれないっすね」
レンジは剣道の道着を初めてつけて戦った時のことを思い出した。
最初は今回のように重くて扱いづらいと感じた。
しかし、いざ竹刀を持って戦うと、驚くほど動けていた。
もちろん、鎧によって動きは鈍くなるが、邪魔になるということはあまりなかった。
体が勝手に動く、これは武魏術を継承した戦葉レンジの強みなのかもしれない。
「じゃあ、それを使って試運転といこ……」
美玲奈が話している途中で、場内にサイレンが鳴り響いた。
「え、な、なんすか!?」
響き渡るその音にレンジはたじろぐ。
しかし、美玲奈の方は険しい表情をしていた。
「
女性の声でアナウンスされる。
イヴィルズ。
人類を侵略しようとする地球外生命体、それが東京に出現したのだった。
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