第2話 

 キッチンの様子は美玲奈の位置からでも問題なく伺うことができた。


「何をする気?」


「見てもらった方が早いと思って。俺が料理を出来たのは、3歳の頃かららしいです」


「3歳? 小学生にもなっていないじゃない」


「はい、しかも誰にも習ったことはありません」


 喋りながらレンジはシンクのしたにある引き出しをあげる。

 そこには鍋などが入っており、引手の裏側には包丁が何本か常備されている。

 そして、そこから3本の包丁を取り出し、なんとそれを上へと放り投げてしまった。


「よいっしょっと」


 レンジはそのうちの2つを右手と左手でそれぞれタイミングよくキャッチした。

 次に右手で持っていた包丁を再び投げると、宙に浮いたままだった3本目の包丁を同じ手で掴んだ。

 それを繰り返し、まるで曲芸師のようにジャグリンをしてみせた。

 しばらくすると、回すのをやめて元あった場所に刺し戻した。


「……見事ね。それも幼いころから?」


「そうっす、まぁ当時は子供用の奴でしたけど。一時期、これにはまってずっとやり続けてたんです。だけど、3本以上はできませんでした。それどころか、回すスピードも回転数も全く変化しなかった。

 だから、その時気づいたんです。

 俺は、どんな武器でも触った瞬間に100%扱えるようになるんだって」


 これが戦葉レンジの特殊ともいえる能力だ。

 普通の人間には持ち合わせていない、バスターに相応しい力だ。


「……100% とんでもない才能じゃない。戦士としてこれほど優れたことはないわ」


 美玲奈はある程度予想していたのかもしれないが、それでも自分の目で見て耳で聞くと、驚きを隠せないでいた。

 彼女が望んでいた人材が、今目の前にいるのだ。


「才能? 勘違いしないでください。これは、100%であって100点じゃないんです。包丁だってその道を究めたプロの料理人には到底及ばないし。

 その武器にあった肉体と才能を持った人間には、とてもじゃないけど勝てない。

 だから、剣道の大会でも俺は負けた。

 俺に勝った相手、全国いったらしいですよ。

 つまり……そういうことです」


 素人とは思えない包丁投げを見せた後だというのに、レンジの表情は全く誇らしげではなかった。それどころか、自分に絶望しているようにも見受けられる。


 レンジは子供のころから自分の限界を知っていた。

 だけど、無邪気な好奇心で様々な競技に参加してきた。

 結果は経歴通りだった。

 しかし、諦められず高校生になっても参加し続けたが、鳴かず飛ばずの成績となってしまった。


「触った時点でその武器を使いこなせてしまう。けれど、それがあなたの限界。そういうことね?」


「はい。これでも結構体鍛えたんすよ。でも、戦績は少し上がっただけ。そのあとは何度練習しても、実力は変わらないままだった。

 っね、ダサいっしょこんな能力」

 

 強くなりたくても戦葉レンジの体はそれができない。

 レンジの肉体的レベルはトップアスリートに比べれば貧弱なものだった。

 そもそも、実は彼の手先は器用ではない。

 手先の器用じゃない人間が練習を積めば、最高で包丁を3本回せるようになる。

 レンジの能力は、それを省略しているのだ。


「いいえ、そんなことは決してない。つまり、あなたは武魏術の知識や技術ではなく、どんな武器でもそつなく扱える、という能力だけを引き継いだ。そういう事ね?」


 美玲奈はすでに彼の力の神髄を見抜いていた。

 予想通り、いやそれ以上だったようで、少しだけ目が笑っていた。


「よく分かりましたね。父さんも同じようなこと言ってました。父とか親戚は受け継いでいなくて、何故か俺だけ使えちまうんです」


 戦葉家が今は普通の家庭なことは、この一般的な一軒家を見れば一目瞭然だ。

 道場を開いていたのは、イヴィルズの第1次侵略よりも前の話で、随分と大昔なのだ。


「過去に例があるの。武術を極めた人間の能力が、そのまま子供に遺伝するケース。

そして、戦葉レンジくん、あなたはそれを隔世遺伝という形で引き継いでいる。俗に言うと【武術遺伝】ね」


 武術遺伝は、数は少ないが現代でも何人か確認されている。

 その遺伝子を持った人間は、先祖が培ってきた力を練習無しで扱える。

 さらにレンジの場合は、全武器種装備可能なので、ある程度ならどんなものでも一瞬で使いこなせていたということだった。


「武術遺伝、それは初耳っすね。だけど、結局あんたがスカウトに来るほどの力じゃないっすよ。

 声をかけてくれるのは素直に嬉しいです、バスターにだって憧れている気持ちはあります」


 包丁をしまったレンジは、再び席に戻ると始めにしていたスカウトの話に戻した。


 彼は何度もアビリティアのCMでバスターたちが活躍するさまを見てきた。テレビ番組でも頻繁に特集されていて、今は公務員の一種とされているので安定している。イヴィルズを倒し続けば特別手当が出るので、給料もかなり良いとされている。


「だったら、断る理由はないでしょ?」


「ありますよ。イヴィルズと戦えば死ぬ可能性だってある。こんな弱っちぃ俺が戦っても、奴らの餌になるだけですよ」


 バスターになるためには基本的に試験を受けた実力者のみだ。

 常に人材不足らしいが、だからといって死ぬ危険性の高い最前線で戦う兵士を、来るもの拒まずの精神で雇うわけにはいかない。


 仕事の危険度を知っているからこそ、レンジは拒否反応を起こしていた。


「……レンジくん、イヴィルズについてはどこまで知っているの?」


「えーと、100年以上前に侵略してきた奴らで、そうそう、食べたものによって形が変わるんですよね」


 先程見ていたCMに映っていたイヴィルズたちも、実在した個体を参考にしているので、どれも姿形が微妙に違う。

 個体差が激しいことがイヴィルズの最大の特徴だった。


「えぇ、大量に1つの物を摂取すると、それに類似した形態と能力を得る。つまり、変幻自在なの。それがどういうことか分かる?」


 まるで家庭教師がレンジに勉強を教えているかのように、美玲奈は質問を投げかけた。


「どういうことって、ちょっとよく分かんないですけど」


 戦葉レンジは、武術遺伝によって戦うことに関してはある程度こなせる。しかし、勉強や論理的に考えることは苦手だった。

 鉛筆を持っても勉強ができるわけではない。能力だけで先祖の知識は引き継がれないので、新たに学ばなければ意味がない。

 字は先生も褒めるほど綺麗に書くことができるが。


「つまり、昨日観測した敵が今日には全く別の能力を持っているかもしれないという事。イヴィルズ相手に事前の対策は効果的とは言えない。

 だからこそ求められるのは柔軟性。オペレーターが考えた作戦を実行できる万能な力を、私は求めているの」


 レンジならば、相手に合わせて武器を選択することができる。

 どんな敵にも、相手が苦手とする武器さえ選べれば弱点を突くことができるということだ。


「万能な力……そんな風に思ってことはなかったすね」


 自分の力を彼はいつも「中途半端な力」と形容していた。才能のある連中にはまるで歯が立たない。成長することもない。

 惨めに思われたくなかったからか、周りには話さず、親にも内緒で参加した大会がほとんどだった。

 だから、肯定的な意味の言葉で表したのは、唯峰美玲奈が初めてだった。


「さらに言えば、その武術遺伝を持っているのはあなただけ。どんな敵にも対応することができるのは、あなたにしかできないことなの」


 強い熱を持ち、美玲奈は真っすぐレンジに訴えかけた。

 彼女の言っていることに嘘偽りはないようだ。


 それが通じたのか、さっきまでは否定的だったレンジの意見が変わりつつあった。


「俺にしか……。あんた、お世辞がうまいっすね」


「本心よ。本気であなたと一緒に戦いたいと思っているの。上にはもう話はしてある、だから後はあなた次第ってこと」


 基本的にバスターは試験制だ。

 しかし、内部の人間からの推薦と特殊な力を持っていれば、すぐにでもバスターとして活動できる場合がある。

 宇宙生物対抗機関 アビリティアが欲しているのは、イヴィルズと渡り合える即戦力なのだ。


「……分かりました。そこまで言ってくれるならやってみようと思います。3年の冬なのになんも進路決まってないし。きっと、親も学校も喜んでくれますよ」


 レンジはバスターに向いているのかもしれないが、だからといって仕事の危険性が無くなるわけではない。

 だが、今のレンジにとってこれほど好条件な就職先はなかった。


「ありがとう、一緒に頑張りましょう」


「……よろしくっす」


 その後、美玲奈はまた鞄から新たな資料を取り出した。しかも大量にだ。


「これ、全部目を通しておいてね。中にバスター申請書が入っているから、親御さんに許可を貰って郵送して」


「こ、これ全部っすか?」


 活字が得意ではないレンジにとっては、苦行そのものだった。

 しかも、正式に働くとなればしっかりと資料に目を通さなければいけない。


「もちろん。じゃあまた後日、本部に連れていくから。あ、これ私の名刺」


 美玲奈は改めて連絡先の書かれた名刺をレンジに手渡した。


 宇宙生物対抗機関 アビリティア

 東京本部所属 オペレーター 唯峰美玲奈


 これがのちにコンビとして戦うことになる、2人の出会いだった。

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