【短編版】オペレーションズ 

高見南純平

第1話 

「試合終了!」


 その瞬間、戦葉いくさばレンジは剣道の県大会で敗退した。

 これにより、全国大会への道は絶たれることとなった。


 対戦相手は試合が終わると部活のメンバーと勝利を喜びあっていた。


 しかし、レンジには誰も仲間はいなかった。

 何故なら彼は、高校生の剣道大会に出ていながら、部活には所属していなかったからである。


「……終わった」


 面の奥でレンジはつぶやく。

 3年の冬、最後の大会は東京都ベスト16位という結果に終わった。




 年をまたいで1月。

 戦葉レンジは、テレビを見ながらソファーでくつろいでいた。

 インスタントラーメンを自分で作り、それを音を立てながらすすっていた。


 平日の昼間ということでテレビはニュース番組しかやっていなく、適当に流しているだけだった。


 そこで番組が終了してCMが流れ始めた。


「宇宙生物 イヴィルズ。100年以上前、奴らはこの地球を侵略しにやってきました。今もなお、数多くのイヴィルズが生息し続けているのが現状です」


 東京の繁華街に突然、目が複数ある奇妙な獣のような生物が大量に現れた。

 どれも異形の見た目をしているが、翼が生えていたり巨大な姿をしたものもいる。

 企業CMなのだが、CGをふんだんに使っていて、まるでSF映画の予告のようだ。


「しかし、安心してください。我々アビリティアがいる限り、地球の平和は約束されています」


 画面に台詞を読みながらスーツを着た若い女性が映りだした。

 そして、彼女の後ろでは背景として宇宙生物の映像が流れ続けている。

 さらに、全身を武装した人間が現れ、銃や剣を使ってイヴィルズと呼ばれた宇宙生物を倒していく。


「我々は常にイヴィルズと戦う戦力 バスターを求めています。詳しくはアビリティアのホームページをご確認ください」


 このCMはいわば求人広告だ。

 30秒程度のCMのあとに、宇宙生物対抗機関 アビリティアというロゴマークが表示された。


「……バスター、かっけぇなぁ」


 少しあこがれを感じてはいたものの、検索せずにラーメンを汁まで飲み干していった。


「……こっからどうすっかなぁ~」


 レンジはボヤきながら、ラーメンの入っていたどんぶりをキッチンのシンクへと持っていった。

 両親はいないようだ。


 皿を洗おうかと水を出そうとしたとき、彼の家のインターホンが鳴った。


「ん? 宅急便か?」


 両親からそのようなことは伝えられてはいなかった。レンジ本人も、インターネットを使って買い物などはしていなかった。


「……誰だ?」


 リビングにあるインターホンの液晶には、家の前で姿勢よく立っている綺麗な若い女性が映っていた。

 最初は見覚えがなかった。

 けれど、その人物をついさっきまで見たことに気がついた。


「あれ、さっきのCMに出てた人じゃん」


 そう、彼女は先ほどのアビリティアの求人CMに出ていた女性なのだ。着ているスーツも同じだ。

 インターホンの映像は少し荒いが、あれを見てから1分も経っていないので見間違いではないという確信がレンジにはあった。


「は、はい」


 有名人が突然、家に訪問してきた。

 レンジはそんな気持ちになっており、軽く興奮していた。

 さっきのCMは初見ではなく、他にも違うパターンを見たことがあった。

 だから、彼女のことは何度も見たことがある。

 けれど、名前は出ていなかったので詳しくは知らなかった。


「突然失礼します。私はアビリティアのオペレーターを務めています、唯峰美玲奈ただみねみれなと申します。戦葉レンジさんはご在宅でしょうか?」


 彼女は家を間違えていたわけではなかった。

 明確にレンジに会いにここへ来ていた。

 しかし、2人に面識はもちろんない。


「え、レンジは俺ですけど……」


「あら、そうだったの。少しお話いいかしら?」


 出たのが目的の相手だと分かると、彼女は敬語をやめた。

 おそらく彼女の方が2つほど年上だからだろうか。


「え、あー、はい。ちょっと待っててください」


 レンジは部屋着にパーカーと、かなりラフな格好をしていたので着替えようかと思った。髪も昼間だというのに寝ぐせが軽くついている。

 しかし、待たせるのも失礼だと思いそのままの恰好で玄関を出た。


「あ、どうも。戦葉レンジです」


「初めまして」


 彼女、唯峰美玲奈は純白な肌をしており、黒髪を肩より先まで伸ばしていた。

 身長はヒールを履いているので高く見えるが、元はそれほど高身長ではなさそうだ。

 CMに会社の顔として出るだけあって、文句なしの美人だった。

 涼しい顔をしているので、人によっては少しきつい印象を抱くだろう。


「あの、なんであなたが?」


「そうね。話すと少し長くなるけれど。もしよかったら、お邪魔させてもらってもよろしいかしら?」


 意外とぐいぐい提案する美玲奈。

 その態度に圧倒され、レンジは首を縦に振るしかなかった。


「悪いわね、ありがとう」


 こうして突然現れた唯峰美玲奈を自宅に招き入れることとなった。



「これ、良かったら」


 家にあった緑茶をコップに移して、美玲奈の前に差し出した。

 彼女はリビングにあるテーブルの椅子に腰かけていた。


「わざわざありがとう」


「いえ、こんなものしかないっすけど」


 レンジは彼女と対面になるように、椅子に腰かけた。

 普段は目の前にいるのは父親だが、今は絵に描いたような絶世の美女が座り込んでいる。


(テレビで見るより、顔ちっちぇ)


 さすがに見た目のことをとやかく言うのは失礼にあたると思い、レンジは心の中で彼女の容姿について感想を述べた。


「ご両親は?」


「あー、共働きなんでどっちも仕事っす」


「そう。まぁ、かえって良かったかもしれない。反対する親御さんもいるから」


「反対?」


 レンジにはそもそも彼女がここに何をしに来たかを理解していなかった。

 流れるままリビングまで招いてしまっただけなのだから。


「えぇ。単刀直入に言うわ。戦葉レンジくん。あなたをアビリティアのバスターとしてスカウトしに来たの」


「え、スカウト!?」


 大声で驚くレンジ。今の提案はだいぶ予想外だったようだ。

 先程のCMで流れた内容が、直接レンジの元に舞い込んできたのだ。


 地球を侵略しに来た宇宙生物 イヴィルズ。

 それに対抗する組織 アビリティア。

 そこに所属し、イヴィルズを排除する存在 バスターになれと美玲奈は言っているのだ。



「どう、バスターに興味がないかしら?」


「興味って、なくはないっすけど。でも、なんで俺を?」


 レンジの一番の疑問はそこだった。

 何故、自分なんかにわざわざ直接スカウトが?

 彼はそこが気になって仕方がなかった。


「バスターとしての素質があると思ったからよ。この前の大会、録画だけれど見させて貰った」


「あー、剣道のやつっすか。いや、それこそなんであれを見て俺なんすか。俺に勝ったやつとか、全国で1位になったやつに声かけるでしょ普通」


 彼女が見たと言っているのは、先月行われた東京都高等学校剣道大会・冬季のことだ。レンジが負けて悔しい思いをした戦いだった。


「普通はそうね。けれど、イヴィルズと戦うのに必要なのは、単純な実力とは限らない。あなたも知っているでしょ? 

 バスターの多くは人間を遥かに超越した力を持つ者たちだって言うことは」


 彼女の言った通り、バスターのほとんどが純粋な人間とはいいがたいものが多いというのは、国民ならば当然知っている内容だった。

 イヴィルズが地球に侵略しに来た通称 【第1次侵略】の時、人類の中に紛れていた超人や人間の亜種的な種族たちが数多くあらわれた。

 そういった存在によって、人類は完全に侵略されずにここまで発展を続けてこれたと言われる。

 悪魔のような禍々しい見た目をした者や、獣の性質を持った人間まで、その能力は多種多様だった。


「それは何となく知ってますけど。でも、俺はただの人間ですよ。剣道の戦いを見たなら分かるでしょ」


 スカウトをされているというのに、レンジは素直に喜んでいなかった。

 それよりも、自分に声をかけた彼女への不信感の方が勝っているのかもしれない。


「えぇ、そうね。技の動作は完璧だったけれど、キレと威力、それと応用力にかけていた、という印象ね」


 美玲奈は冷静にあの時の戦いを分析した内容を伝えてきた。


「……応用力、その通りっすね」


 自分でも僅かに感じていたことのようだったようで、面と向かって言われて少し動揺している。


「確かに剣道の大会だけを見れば、あなたに声をかけることはなかった。だけど、それだけじゃないでしょう」


「……」


 レンジは彼女の言いたいことが分かったのか、急に口を閉じてしまった。


 そんなレンジの反応を見て、美玲奈は持ってきていたバッグから何やら資料を取り出した。

 紙には戦葉レンジと名前が書かれており、彼のプロフィールと経歴がずらっと書き記されていた。


「東京都高等学校剣道大会個人 16位、東京都薙刀選手権高校生の部 12位、全国槍術そうじゅつ選手権 42位……、これ全部あなたの経歴よ」


 彼女が言ったのは、どれも別種の武術大会の記録だった。


「……だからなんすか、それも中途半端な結果だし。同じ武術なんだから、複数出ている選手だって大勢いますよ」


 まだレンジは反論する。しかし、先ほどよりも確実に焦っている様子だった。


「それだけじゃない、弓道、ボクシング、テニス、それに釣りなんてものもある。これを見ても、あなたは自分を普通の人間だと言い張るの?」


 しらを切り通すレンジを見て、我慢ならなくなった美玲奈は持っていた紙を彼に見えるように提示した。

 そこには、A4サイズぎりぎりまで、今までレンジが出てきた大会とその結果が記載されていた。


 戦葉レンジ 18歳


 東京都高等学校剣道大会 個人 16位

 東京都薙刀選手権 高校生の部 12位 

 全国槍術選手権 42位

 東京都中学校弓道大会 22位

 アマチュアボクシング ジュニアクラス 17位

 夏の高等学校硬式テニス 東京都個人 18位

 アマチュアフィッシング大会 個人成績 28位

 全国アマチュア射的大会 52位 

 東京都カヌー選手権 個人 13位

 東京都フェンシング大会 キッズ部門 11位

 東京都子供卓球大会 37位

 アマチュアゴルフ大会 アンダー18 最終順位 45位

 東京都高等学校陸上競技大会 走り高飛び 21位

 東京都馬術競技大会 予選通過

 東京都マウンテンバイク大会 高等部 予選通過

 東京都アマチュアカラオケ歌合戦 31位

 リフティング選手権 34位

 全日本ドジョウ掬い選手権 75位



「……よく調べましたね」


 レンジはその全てを覚えているわけではなかった。18歳という若さにして、様々な大会に挑戦してきたので、いちいち覚えていなかったのだ。


「苦労したけれどね」


「どれも中途半端な結果ですよ」


「確かにそうね。だけど、逆にこれだけの大会に出て、多くは県大会とはいえ順位が残っているのは異常よ。そして、もう少しあなたのことを調べさしてもらったわ」


「……まさか」


 ふてくされたような態度をしているレンジをみて、美玲奈は核心に迫ることにした。

 レンジの普通ではない経歴、その理由について。


「あなたの先祖、大昔に戦葉道場を営んでいたそうね。

 そこで教えていた技は、【武魏術ぶぎじゅつ】 

 資料があまり残っていなかったけれど、欲しい情報は得ることができた」


 美玲奈は経歴書をしまうと、鞄からレンジのルーツについて詳細に書かれた紙を取り出し読み上げていった。


「武魏術、歴史に名を残し始めたのは戦国時代。特徴は、特定の武器を持たないこと。自らが使う得物は、相手から奪う。

 そして、それを使って戦場を駆け抜けていく伝説の武術」


 普通は剣道のように、1つの武器を極めるものだ。

 しかし、戦葉の先祖は数多の武器を使いこなす武術を身に着けていたようだ。


「これを扱うためには、相当な武器の知識と鍛錬が必要なはず。相手から武器を奪っても、それを扱えなければ意味がない。

 けれど、そうなると結局分からないの。あなたの秘密が」


「……俺は武魏術なんて覚えてないっすよ」


 そう言ったレンジだが、完全に否定しているわけではなさそうだった。

 武魏術の説明をされていた時、彼は何の話か理解していた。

 おそらく、話だけは親から聞かされていたのだろう。


「でしょうね。それをマスターするには、他の出場者と同じように長い時間訓練をする必要がある。だから、あなたの年齢であそこまでの出場歴がある理由にはならない。

 でも、数多くの武術を扱えるあなたと、武魏術を教えていたあなたの先祖が全くの無関係だとも思えない。

 教えてくれない? あなたのその力の正体を」


 言葉だけでレンジを追い詰めていく。

 冷静に着々と逃げ場をなくしていく美玲奈の言い方が、レンジには効果的だった。

 レンジは嘘や隠し事が苦手なようだ。


「あーもう、全部言いますよ。あんたの勝ちっすよ」


「良かった、話す気になってくれて。でも、なんで隠そうとしたの? 私はあなたの力を評価しているのに」


 静かに言葉で責め立てていた美玲奈だったが、決してレンジに怒っているわけではない。むしろその逆で、スカウトをするためにレンジの秘密を知りたいだけだった。


「だってこんな力、どっちつかずでダサいだけっすから」


 そう言ってレンジはその場から立ち上がった。

 逃げようとしたわけではなく、説明をするためにキッチンへと向かっていった。

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