story1-22 はい、あ~ん

 覚悟しておいてください、なんて宣言したものの俺は恋愛初心者。


 加えて、アドバイスも貰えなかったので、これといったサプライズもない。


 しかし、こういうのはシンプルなのが一番だ。


 料理でも素人が隠し味なんてものに手を出せばあっけなく破綻する。


 俺は彼女が祭りを満喫できるように動けば、おのずと結果はついてくるはず。


 それにしても……。


「今日はやけに目が多いですね」


「アリサさんも気づいていました?」


「はい。ですが、欲望をぶつけられた不快さはありません。まるで監視でもされているみたいだ」


 あまりジロジロ観察されるのは嫌だが、中には俺の知っている気配もあった。


 フィナを引き取って王都の祭りを楽しむとか言っていたよな、ミリアのやつ……。


 あいつら、なんでこっちに来てるんだ……?


 尾行するあたり、なんだかんだデートの成功を心配してくれたのだろうか。邪魔をしないなら、俺から干渉することはない。


「撒きますか?」


「なぞは残りますが問題ないでしょう」


「美男美女のカップルですから、注目も集まってしまうんですよ」


「美男……?」


「そこは突っ込まないでいただけると俺の心が助かります」


「冗談です。レイジさんは十分に優れている方ですから」


「本当ですか?」


 これでも自己評価くらいはちゃんとしているつもりだ。


 男として魅力的かと問われたら、自信をもって返事できるのは肉体面だけだろう。


「ええ。時折、話題になりますから。黙っていればイケメンなのに、と」


「人格が否定されているも同然ですね、それ」


「私も同意しておきました」


「その情報は心に優しくない!」


 そんな会話をしながら、俺たちはブラブラとメインストリートを歩く。


 漂ういい匂いにつられては買って食べて。


 アリサさんもほのかに頬をほころばせている。


 彼女はふぅふぅとできたてほやほやの野菜のパイ包みをほおばった。


 食べるのが好きだって、この前わかったからなぁ。


 満足そうで何よりだ。


「……レイジさん」


「なんですか? 足りませんでした?」


「そうではなく。レイジさんのも一口いただいてもいいですか?」


 アリサさんが選んだのは旬の野菜をふんだんに使ったもの。


 対して俺はザ・男飯。豚の肉をパリパリの生地に詰め込んだ品だ。


 そんなキラキラした瞳を向けられたら、断れない。


 もとより、アリサさんの頼みには回答が一択しか用意されていないのだが。


「どうぞ。ちょっとかじってしまっていますけど」


「では、遠慮なく」


 はむっと食いついたアリサさんはあふれ出る肉汁に驚きながらも、ゆっくりと咀嚼していく。


「おいしい……」


「それはよかった」


「暴力的な旨みですね。こんな機会じゃなければ食べられません」


 アリサさんは自分の腹回りをさする。


 いや、あなたの場合はその上の膨らんだ部分にいくから安心していいと思いますよ。


 口にすれば軽蔑されること間違いなしなので言わないけど。


「では、レイジさんもどうぞ」


 そう言ってアリサさんは持っていたパイ包みを差し出してくる。


 思いがけない行動に俺は固まってしまった。


 つい目線がアリサさんの薄桜色の唇に吸い寄せられてしまう。


「一口のお返しを。いりませんでしたか?」


「まさか。でも、一つお願いがあって。あーんって言ってもらえませんか?」


「……あーん」


 こんな圧がかかった『あーん』は初めてだ


 気にせずに俺はそのままかぶりついた。


 しっかりと焼かれた野菜は甘みが凝縮しており、噛めば噛むほど口の中に広がっていく。


「とてもおいしいです。どっちもいけますね、これ」


「はい。こんな美味な料理が並んでいると思うと……少し高揚してきました」


 頑張りますと意気込むアリサさんは胸の前でグッと両こぶしをつくる。


 本当に全制覇してしまいそうな彼女に苦笑してしまう。


 付き合いきれるか心配になった俺は一つ提案をしてみた。


「時間はまだまだありますから。よかったら、今みたいに違う味を頼んで食べさせあいしませんか?」


「……巧妙な作戦を立ててきましたね」


「純粋に二度楽しめると思ったんですが……やめておきますか」


「待ってください」


 歩き出そうとした俺の袖をつかむアリサさん。


 悩みに悩みぬいた。そのうえで決意した。


 そんな顔をしている。


「誰が受けないと言いましたか?」


「……ちょっとアリサさんのイメージが変わりそうだ」


「食い意地の強い女だと思いますか?」


「新たな魅力がわかって嬉しいってことですよ。行きましょうか」


 袖をつまんでいた彼女の手を握ると、ゆっくりと歩き出す。


 アリサさんは小さな声を漏らすも、抵抗はなく、隣に並んでくれた。


 さっきまでは感じなかった照れが滲み出し、体温が高くなってきた気がする。


 心なしか、それはアリサさんの小さな手からも感じられた。


 さっきは自然と応対できたが、いまさら食べさせあいとか恥ずかしくなってきたし。


 顔を見合わせて『あ~ん』とか夢みたいだ。


 幸運で死ぬんじゃないか、俺。


 少しぎくしゃくしながら食巡りを楽しんでいた俺たちが中腹に差し掛かったころ。


 客引きの野太い声が響いた。


「おぉい! 誰か挑戦者はいないのかぁ!? 今なら俺に勝てば大金貨1枚だぜぃ!」


 質素な看板には腕相撲で勝てば賞金・大金貨1枚、参加料・銀貨50枚と書かれていて、いかにも力自慢といった屈強な男が立っている。


 大金貨1枚=金貨100枚=銀貨10000枚分の価値がある。そう考えれば夢のようなチャンスだろう。


 台の上に置かれたかごに入った銀貨の枚数を見るに、そこそこの挑戦者がいたようだ。


 上機嫌な店主の様子から、全員が敗北者になってしまったみたいだが。


「行かないのですか?」


「アリサさんとの時間の方が大切ですよ」


「レイジさんの格好いいところ見たいです」


「店主! 俺がチャレンジャーだ!!」


 惚れた相手にそこまで言われたら、やらねば男が廃る。


 店主には悪いが、俺の踏み台となってもらおうか。


「おっ、次は兄ちゃんがやってくれるのか?」


「いいところ見せたくてね」


 後ろにいたアリサさんを見て、店主は意味深な視線を送ってくる。


 どう勘違いされたか予想にたやすいが、カモと思い込んでくれるなら好都合。


「ははーん。こりゃ負けられないわけだ」


「そういうわけだ。さぁ、やろうか」


「手は抜けねぇからな。せいぜい頑張ってくれや」


 鼻息を荒くして、おっさんは自慢の筋肉をアピールする。


 対して俺も袖をまくると、クエストで鍛えられた右腕を晒す。


 両者ともに構えて、手を組んだ。


「ほう。ちょっとは期待できそうかぁ?」


「これでも冒険者だからな。細かいルールはあるのか?」


「ねぇよ。正真正銘、力だけの勝負。スタートの掛け声はそっちで決めていいぜ。サービスだからよ」


「あとで泣き言はなしだからな?」


「今まで何人も俺の前に屈してきたさ。おかげで客はほとんど寄ってこなくなったがな」


 豪快に笑う店主はかごに積まれた銀貨をつかむ。


 目視しただけでも金貨数枚分は稼いでいる。


 もう彼の頭では祭りの後の楽しい飲み会でも開かれているのかもしれない。


 俺に気づかないあたり、どうせ初心者の多い街で素人狩りばかりしているんだろう。


 なんなら、ジュースを売っていたガルチの方が強い気を宿していた。


「おしゃべりはこの辺にしようか。3秒後にスタートだ」


「おいおい。そんな馬鹿正直に教えていいのかよ」


「構わん。3、2、1、0――」


「うおりゃぁ!!」


 店主の気合がこもった叫び声がこだまする。


 彼は勝ちと確信して勝負に臨んでいた。


 だからこそ、今の結果に驚いて、微動だにしていない腕と俺に目を交互させていた。


「終わりか?」


「ま、まだまだ! ふんぬっ!!」


 店主は全体重をかけて、自分側に腕を巻き込むように倒そうとするが結末は変わらない。


「く、くそっ!? なんでだ!? ありえねぇ!」


 それからも店主はアプローチをかけるが、奮闘むなしく疲れ果ててしまった。


 これ以上、時間をかける必要もないので俺は軽くひねって、店主の拳を倒す。


「俺の勝ちだな。賞金をもらおうか?」


「……ここまで完敗じゃ、みっともないことはできねぇな。ほらよ」


 駄々をこねると思ったが、意外にもあっさりと賞金の大金貨を放り投げた。


「おいおい。もっと丁寧に渡してくれよ」


 俺はそれを拾うために手を伸ばす。


 その瞬間、店主の振り下ろされた拳が台をぐしゃりと歪ませた。


 破壊音に周囲から悲鳴が上がる。


「なっ……!」


「まぁ、こんなところだと思っていたけど」


 目は口程に物を言う。


 おおよそ考えていたことはお見通しだ。


 拳を引いていた俺は店主の腹へと叩きこむ。


 普段、魔物相手に振るわれている拳が生身の人間に打ち込まれたらどうなるか。


 体をくの字に曲げて、声を出すこともかなわずに店主は沈み込む。


 や、やりすぎたか……?


 アリサさんに暴力的な男だと思われたら、どうしよう!?


 俺は振り返るとパチパチと手を叩いていたアリサさんに弁明を始めた。


「せ、正当防衛です!」


「わかっているから拍手しているんですよ。お見事でした」


「よかった……。俺、格好良かったですか!?」


「警備兵を呼びましょう。このままにしておくわけにはいきません」


 スルーされた事実が悲しいが、それよりも警備兵を呼ばれるわけにはいかない。


 事情を聴くためだと俺とアリサさんはしばらく拘束されるだろう。


「アリサさん、逃げましょう」


「えっ」


「失礼します!」


 俺はアリサさんを抱きかかえると、脱兎のごとくその場から逃げ出す。


「フィナ! 事情説明は頼んだぞ!」


 入り口からずっとミリアと尾行を続けていた弟子に聞こえるように声を張り上げる。


 すると、背後からかわいらしい悲鳴が聞こえた気がした。

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