story1-23 最悪の祭り

『龍神祭』においてアヴァンセの屋台通りの終着点は冒険者ギルドだ。


 ギルド前は街の中で最も開けた広場となっており、住民が押し寄せても窮屈にはならないだろう。


 逃げるように駆けた結果、広場にはまだまばらにしか人は見受けられず、俺たちはベンチに並んで腰かける。


「ふぅ……なんとか撒けましたね」


「……別に逃げる必要はなかったのでは?」


「いいえ、ありますよ。あそこで捕まったらせっかくのアリサさんとの時間が無駄になっちゃうじゃないですか」


「だから、弟子に押し付けるなんて……迷惑な師匠ですね」


「そういえば昔、誰かができもしない料理を作ろうとして食材を真っ黒にした記憶が……」


「……ときには師匠の尻拭いをするのも弟子の役目でしょう」


「ですよね!」


「人の笑顔を見て、苛立ちを覚えたのは初めてです」


 ニッコリとわかりやすく作られた笑みを浮かべるアリサさん。


 どうやら納得してくれたみたいで、なによりである。


 とはいえ、これ以上揶揄って機嫌を損ねさせるのも怖いので話題はすぐに変えることにした。


「ところで、これ。アリサさんに預けてもいいですか?」


 そう言って、さっき拾っておいた大金貨をアリサさんに渡す。


「いきなりお金で釣られても反応に困るのですが」


「え? ああ、すみません。そうじゃないです」


 彼女はそんなつもりで促したわけではないと断る。


 確かに言葉足らずだった。これだと俺が金でアリサさんの時間を買ったみたいだ。


「これを報酬にして初心者限定のクエストをいくつか発行してくれませんか? 確かに自業自得でもありますけど、新人の銀貨50枚って死活問題なので」


 アヴァンセは初心者の街。そこであんなにも儲けていたのだから、間違いなく新人が被害に遭っているだろう。


 挑戦した者たちはリスクを覚悟のうえで負けた。祭りの雰囲気にのまれたり、鼻が高くなっていたとかあるだろうけどさ。


 それはもちろんわかっている。


 だけど、同じ立場からスタートした身としては情けをかけたい。


 この銀貨50枚で武器や防具の新調、修繕の助けになる。回復薬代や宿の賃金、金銭は様々なものに変わる。


 そして、それらの要素のほとんどが命にかかわってくるのだ。


 少しでも死人が出る可能性を減らしたいというのは誰もが願うことだろう。


 大金貨が惜しい気持ちがないわけじゃない。


 けれど、過去に命を救われた者として、他者を救える可能性があるのならば憂いなく使える。


 なによりも先日、彼女に伝えた言葉。


『あなたが救ってくれた命はまた新たな命を救っている』


 それに嘘がないとわかってほしかった。


「……そういうことなら私の方からギルド長にかけあってみましょう」


「ありがとうございます」


 事情を説明すると彼女は納得して受け取ってくれる。


 アリサさんなら間違いなく説得して、有言実行してくれるだろう。


 ……さて、これからどうしようか。


 行く先々で楽しんでいたので、そこそこ時間は経っている。


 広場の時計台を見れば夜まで少し余裕があった。


『龍神祭』の最後は『龍神』へと感謝と喜びの舞をささげるのが通例となっている。


 アヴァンセでは広場に集まり、人々がそれぞれ感謝を口にして宴のように騒ぎ、踊るスタイルだ。


 もちろん俺も参加するつもりだし、アリサさんと一緒に踊れたらいいなと思っている。


 せっかく落ち着けたし、ここまでずっと歩きっぱなしだったから、このままおしゃべりっていうのもありか。


「アリサさん。ここで夜の部が始まるまで時間をつぶそうと思うんですが、まだ食べ足りないとかありますか?」


「いえ、ゆっくりとしたかったところですし、そういった希望はありません」


「なら、ここにいましょうか」


 そう言って俺はアリサさんの手をぎゅっと握りしめた。


 我ながら大胆な行動に出たものだ。


 祭りの雰囲気にあてられたのかもしれない。


 アリサさんの良心に甘えすぎだと叱責する理性もいれば、せっかくの機会なんだから存分にやってしまえとささやく本能もいる。


 彼女の手はひんやりとしていて気持ちがいい。


 だけど、それにしても冷たすぎる気もする。


 暖かくなってきたとはいえ、まだまだ夜は冷え込む。


 風邪をひいては大変だ。


 俺はコートを脱ぐと彼女の細い体を覆うように羽織らせる。


「……ありがとうございます」


「好きでやっていることですから」


「普段からこんなに紳士であれば、あなたも女性が放っておかないでしょうに」


「意味がないでしょう。いちばん見てほしい人はあなたなんですから」


「恋は盲目と言いますが、ここまできたら病気だ」


「アホにでもならなければ恋なんてできませんよ」


 時間。お金。評価。命。


 様々なものを犠牲にしても、たった一人を手に入れようとする。


 なんて愚かなのだろうか。


 だけど、心地よい。


「…………」


 見つめ合う。キスする前とか、そういう雰囲気じゃなくて。


 相手の動向を探るような視線。


 ……そうか。いや、思い上がりかもしれないけど。勘違いかもしれないけど。


 アリサさんも……緊張してくれているのか。


 何もなければ、永遠に続きそうな時間。


 それを破ったのは一人の女性の声だった。


「どうぞ、みなさま! 舞の前に、ぜひ私の演奏を聴いてくださいませんでしょうか!」


 そう高らかに告げる黒装束の女性は広場にいた全員の視線を集めるようにパンパンと手を鳴らす。


 足元にはケースが置かれており、おそらく中には楽器が入っているのだろう。


「……せっかくだし近くで聞きましょうか」


「ふふっ、そうですね。いきましょう」


 すっかり気が抜かれた俺たちと同じようにぞろぞろと広場にいた人たちが彼女を囲う。


 アヴァンセにはなかなか吟遊詩人は来ないので、彼女へと期待のまなざしが向けられていた。


 件の女性はグルリと見まわすと、満足げにうなずくと優雅に一礼する。


「みなさま、集まりくださりありがとうございます。ご期待に応えられますように、精いっぱい腕を振るわせていただきます」


 ずいぶんとハードルを上げるものだ。


 これはかなり期待できるのではないだろうか。


「それでは熱が冷めないうちに始めるとしましょう」


 彼女がケースから取り出したのは楽器――ではなく、命を刈り取るには十分な大きさをした斧。


「――地獄の序章を」


 そう言って、自らの首を切り落とす。


 そして、大きな牙を持つ狼の頭が生えてきた瞬間、奏者の身体が二つに割れて――中から現れたのは俺たち人間の倍以上の巨躯をした化け物だった。


 悲鳴と恐怖の叫び声が響き渡る。


 最悪の祭りが、いま始まった。












 ◇私生活がドタバタとまた忙しくなっており、更新遅れてすみません……!◇

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