story1-20 未来は天国か、地獄か
「いって……。あんなに本気でたたくこともないだろうに」
レストランで俺たちは笑顔で会話を弾ませながら、楽しいひと時を過ごしていた……はずだった。
それがアリサさんとのデートで助言を求めると、空気は一変。
ミリアに見事な一撃を食らってしまい、それから彼女は言葉を交わしてくれることはなかった。
これは今度の買い物でかなりの額を覚悟しておかねば。
フィナに原因を聞いても肩をすくめられ、嘆息されたので俺はよっぽどの罪を犯したのだろう。
「女心は難しいな……」
まだ気持ちをストレートにぶつけてくれるアリサさんはわかりやすい部類なのかもしれない。
デートの約束を取り付けるためにフィナとわかれて、俺はアリサさんのもとへ向かっていた。
俺をひたすら無視していたミリアが半ば強引に家まで持ち帰ったのだ。
あの様子だとフィナは『龍神祭』にはミリアと参加することになりそうだな。
フィナと回ってやりたい気持ちもあったが、ここは心を鬼にしてアリサさんを選ぶ。
そういう意味では一緒にお祭り巡りする相手が見つかったのはフィナにとって幸いだったかもしれない。
彼女は今日はギルドにはいないので見つける手掛かりはない……というのは前日までの俺。
しかし、俺はついに知ってしまった。
アリサさんの自宅の場所を。
「というわけで、アリサさん。あなたの王子様が迎えに参りました」
「どういうわけですか……」
鈴を鳴らすこと数回。家から出てきたアリサさんは眉間にしわを寄せて、俺を出迎えてくれた。
「そのようなサービスは頼んだ覚えがありませんので、お引き取りください」
あー、この感じ。
昨日にあんなことがあったから少しだけ心配もしたけど、アリサさんはいつもと変わっていなかった。
冷たい声音がどこか心地いい。
どうやら俺の杞憂だったみたいだ。
「龍神祭当日、アヴァンセの入り口の門で待ち合わせでいいですか?」
「わかりました」
その瞬間、周囲に激震が走る。
ざわめきは一気に拡大し、中には災害の予兆とまで騒ぎ出す輩もいた。
俺もここに住み着いてしばらくが経つが、アリサさんとの噂はもはやギルドにとどまらずアヴァンセ全体に根付いていたか。
さすがにそれは予想外だったが、いったいどんな風に思われているんだか。
『どんな卑劣な手段を使ったんだ……?』
『家まで特定して……落ちるとこまで落ちたな』
『冷嬢も変態なんか相手にして、可哀想に……』
一人ずつぶっ飛ばしてやろうか?
言いたい放題だな、あいつら。
誰がそんな姑息な手段を使うものか。
ただ俺はアリサさんの秘密を握って、誰にも言わない対価として彼女とのデートを求めただけであって……あれ?
最低だな、俺……。
外野の評価は間違ってないな。
と、ともかく、そのことは忘れよう。
それに今は喜ぶべきだ。
どんな経緯であれ、連敗続きで相手にもされてこなかった俺がアリサさんとデートの約束を取り付けているのだから。
「それではアリサさん。明日を楽しみにしていますね」
変な目で見られるのは嫌だろうし、早々にこの場を立ち去ろうとする。
すると、アリサさんはくるくると自身の髪をいじって、小さくつぶやいた。
「私も……ちゃんと楽しみにしていますからね」
う゛っ……!?
し、心臓が……! 唐突に行われたアリサさんの可愛さによる暴力のせいでバクバクと高鳴ってうるさい。
口から飛び出そうになった心臓をなんとか胸に押さえつけ、笑顔でアリサさんにサムズアップする。
「…………また明日」
そう言って、アリサさんは胸の前で小さく、ぎこちなく手を振り返してくれる。
今までにないデレの破壊力についに耐えきれなくなった俺は角を曲がり切ると、そのまま壁へともたれかかれ一時間ほど天を仰ぐのであった。
「……アリサさん……愛してます……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『龍神祭』当日。
アヴァンセは今までにない厳戒な警備態勢が敷かれていた。
祝い事があるとはいえ、その数は例年をはるかに上回る。
その原因は数多くの市民からの連絡だった。
曰く『ストーカーがギルドの受付嬢を脅迫した』『弱みを握り、一方的に行動を命令している』『冷嬢が変態の餌食になっている』などなど。
警備兵としても、こんなに情報が寄せられては動かざるを得ない。
「ターゲットが動いたぞ。気づかれないように尾行を開始する」
『2班は先回りして、予測通路に回ります』
『3班は別経路からターゲットの監視に移ります』
「よし、それでは怪しい行為を見かけたらすぐに報告するように。散開!」
――というのは建前で、彼らも警備をさぼって祭りを楽しみたいだけだった。
なにせターゲットは【気狂いの魔剣士】。
街では誰もが知る一途な変態だ。
確かに彼の珍エピソードや変人気質は有名だが、それと同時にアリサのことをどれだけ大切にしているのかも警備兵は理解している。
というか、通報を寄こされても対応できない。
レイジ・ブルガンクは間違いなく街で最も強い戦士だから。
住民たちも、そんな事情を知っているので冗談半分での行為だと予測できる。
そういう平和ボケした街なのだ、アヴァンセは。
古参兵はすでに街に繰り出し、門番を務めるのは新兵。
安寧に浸かって生きてきた彼らは有事など起きないだろうと高をくくり、仕事も雑なものだった。
「すまない。中に入る許可が欲しいのだが」
肩に大きな木箱を背負った黒装束に身を包む女性が若い男に話しかける。
本来なら身分を明らかにする証書が必要なのだが、新兵は自分の判断でそれを省略した。
彼は勝手に彼女を祭りで一稼ぎしに来た芸者だと思ったのだ。
「ああ、ご自由にどうぞ。今日はお祭りですから。演奏でもされるのですか?」
「そんなところだ」
「時間があれば俺も聞きに行こうかな。一日は短いですが、楽しんでいってください」
「そうさせてもらうよ」
女は手を挙げて、アヴァンセへと入る。
新兵はまだ知らない。
自分の軽率な行動がどれだけの罪を背負わせるかを。
奏でられたのは守るべき民たちの悲鳴であることを。
「今日もいい天気だなぁ」
あくびをして、空を見上げる彼は知る由もなかった。
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