story1-19 鈍感男

 空高く昇った太陽に照らされて、俺とフィナはアヴァンセをあちらこちらと移動していた。


 白のタンクトップに着替え、タオルを額に巻いた俺は木材を肩に抱えている。


 フィナはもちろんギルドから支給された作業用のつなぎを着せていた。


 こんな野性味あふれた男しかいない現場で柔肌を晒させるわけがない。


 ちょっとでもうちの弟子に色目をつかったら、その瞬間、俺の拳が飛んでいくだろう。


 彼女は細々こまごまとした工具用品が入ったバッグを手に提げて、俺の前を歩いている。


「ししょー。これが本当にクエストなんですかー?」


「おうともよ。冒険者の間でいちばん人気があるクエストと言っても過言じゃないぜ」


 なんたって祭りの準備をするだけで、命の危険がないからな。


 この国には逸話となった過去の記録がいくつもある。


『龍神』はその中でも有名な話だ。


 魔王の侵略に苦しんでいた人類を一匹の黒き龍が救った。


 よくある作り話のようにも思えるが、これに関しては文献が残っている。また戦いの際に落としたかぎ爪も一緒に保存されており、龍への感謝と未来の平和を祈るために行われるのが『龍神祭』。


 準備はかなり大掛かりで、王都だけでなく国全体で執り行われる。


 そのため、あちこちで人手が不足し、こうやって冒険者が駆り出されるわけだ。


 ちなみに、初心者たちに譲らないのは彼らに一日でも早く冒険稼業に慣れさせるため。俺たちの報酬から一部をギルドが徴収し、お祭り当日に初心者たちにお小遣いとして配ってあげるのは慣例となっていた。


「ここに置いておくぞ」


 声だけかけて木材を下ろす。


 悪い意味で有名な俺は基本的にかかわらないように、さっさと仕事を終わらせていく。


 初参加の時は気まずい思いをしたけれど、今日は違う。


 俺にはフィナが、話し相手がいるのだ。


 憂鬱なただの労働作業とはおさらばだぜ。


「なぁ、フィナ。これ終わったら、ちょっといいとこにご飯でも」


「お嬢ちゃん、かわいいね~。よかったら、俺と二人でどっか行かない?」


「あ、あの、困ります……」


 振り返ると、いかにもな風貌の男に絡まれている愛弟子。


「……んん?」


 金髪の男はフィナの進路を遮るように立っているせいで、フィナはこちらに来られない。


 優しい彼女のことだから、強引にも突破できないのだろう。


 そして、彼女が推しに弱いことに気づいた男がフィナの肩に手を置こうとした。


「おい」


 怒気を飛ばして意識を一瞬こちらに向けさせる。その間に割って入った俺は男の手を握りしめ、力を込めて捻った。


「俺の弟子になにしてんだ、お前」


 男は痛みに顔をゆがませ、俺たちから距離を取る。


「いって!? て、てめぇ、なにすんだ……あ……あ……」


 突然、現れた俺に文句を言いつけようとしたナンパ男だが、顔をどんどん青ざめさせていく。


「へ、変態!? す、すみませんでした!」


 男は尻尾を巻いて、逃げ出す。


 俺としても追いかけることはしない。


 ちょっとでも触れたら、怒りの鉄拳が飛んでいたところだが不幸中の幸いだったな。


 暴力沙汰にならなくてよかった。


 俺の二つ名は有名すぎるので、こういった際に利用できるのだ。


 自分で言っていて悲しくなるが……。


「フィナ、大丈夫か?」


「は、はい! 私は平気です! 他の人に認知されて嬉しかっただけなので!」


「そ、そうか……ごめんな。目を離した隙に……。クエストのノルマも達成したし、飯にでも行こうか」


 そう言って俺はフィナの手を取ると、報酬をもらうためにギルドまで歩いていく。


 フィナには悪いが、これも変な男が彼女に近づかないようにするため。


 大丈夫。


 周囲からは【気狂いの魔剣士】に無理やり連れまわされているかよわい女の子にしか映らないから。


「あ、手……」


「おっ、すまん。汚かったな」


「大丈夫です! 汚くても気にしません!」


「それフォローになってないからな? 汚いって認めてるからな?」


「私、これくらい汚い手が好きなんです!」


「俺はお前の将来がちょっと心配になってきたよ」


 とはいえ、木材を大量に運んだあとだってことを忘れていた俺が悪い。


 言い方はともかくフィナも嫌がっていないようだし、申し訳ないけどこのまま付き合ってもらおう。


「あとでちゃんと手は洗っておくんだぞ」


「い、いえ。もったいないので今日は洗いません」


「いや、そこは洗えよ」


 ぶっ飛んだ方向に努力を割り振りすぎだ。


 気を遣ってくれるのは嬉しいが、そこまで行くといじめになる。


 フィナのことだから、会話の経験値が足りていないのだろう。


 それなら俺が存分に練習相手になってやろうじゃないか。


 立派な弟子を育てるために、犠牲になるのも師匠の務めだ。


「ところで、フィナはお昼に何が食べたい?」


「えっと……お魚がいいです。アヴァンセの魚は新鮮でとてもおいしいと聞きました」


「了解。ついでだし、ギルドでミリアを拾っていくか」


「いいですね!」


 予定が決まった俺たちは目的地となったギルドの中へと入っていく。


 お目当ての腐れ縁の友人は忙しそうに動き回っており、受付嬢として従事していた。


「ミリア」


「…………」


「貧乳」


「ぶっ殺すわよ」


「なんだ、聞こえてるじゃないか」


 名前を呼び掛けても反応がなかったから無視されていると思ったら、予想は的中していた。


「知り合いが年下の女の子の手を握ったまま声かけられたら無視もしたくなるでしょ」


 なるほど。確かに字面にしたら犯罪臭がすごい。


 ギルドに入れば安全だし、手をつないでいる理由もないのでフィナの手を放す。


 だが、なぜフィナは未練あり気な視線を送るのだろう。


 そんなに汚い手が良かったのか?


 ばっちいからやめなさい。


「それで鈍感男さんは何の用かしら? 見ての通り、忙しいんだけど」


「飯に行かないか誘いに来たんだが、無理なら来なくていいぞ」


「せんぱ~い。ちょっとお仕事代わってくれませんか~?」


 甘ったるい声を出して、男性職員に仕事を押し付けようとするミリア。


 一般男性では彼女のお願いは断れないだろう。


 俺たちは受付から離れて、待合用のいすに腰掛ける。


 さて、どうして俺が自腹を切ってまでミリアを呼んだのか。


 それはアリサさんとのデートを成功に導くためにアドバイスが欲しかったからだ。


 今もあんな雑な色仕掛けが成功するくらいには、ミリアはモテる。

 

 学生時代もよく男子から告白されていた彼女だが、過去に誰一人としてOKをもらえた者はいない。


 そんな彼女からお墨付きをもらえたなら、デートの成功は間違いなしだ。


 ほかにも聞きたいことは一つあるが、これは時間が解決する問題でもあるから確認だけできればいい。


「はいは~い。お待たせ~」


 肩だしニットに丈が膝上までしかないスカートに着替えたミリアがこちらまでやってきた。


 視線を集めるあたり、やはり彼女は男から見て優れた容姿を持ち合わせている。


 惜しみなく肌を晒しているから、注目度はなおさら高い。中には下種な欲望も込められているだろう。


「ミリア。あまり過激な服は着ない方がいいと思うぞ」


「これくらい普通よ。なに? 心配してくれているの?」


「お前は可愛いから、心配にもなるさ」


「へ、へぇ……そう。レイジがそこまで言うなら……次から控えるわ」


 クルクルとせわしなく髪をいじるミリア。


 どうやら俺のおせっかいは伝わったようだ。


「な、なに、ジロジロ見てるのよ」


「いや、なんでもないよ。移動しようか。ここに長居する理由もない」


 嫉妬を向けられるのも心地よくないしな。


 最近、悪意のこもった視線に慣れ始めている自分が怖い。


 いたるところで他人の悪感情を受けている気がする。


 気のせいだろう。気のせいであってくれ。


 頭を振るうと、俺はアヴァンセの中でも著名なレストランへと二人を連れていくのであった。


 この時の俺はまだ知らない。 


 楽しい食事の後に、ミリアに強烈なビンタをされる未来を。







 ◇ちょっと忙しいので感想返しはまとめてさせていただきます!◇

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