story1-18 龍神祭

『その時はあなたの愛に甘えてもいいですか?』


 頭の中で何度も何度も繰り返されるアリサさんの言葉。


 ずっとずっと欲しかった大好きな人が、久しぶりに俺へと歩み寄ってくれた言葉。


 あの一瞬だけは俺の師匠として一緒に過ごしていた頃のアリサさんに戻っていた。


 俺はアリサさんのすべてを愛しているので、冷たいアリサさんも大好きだけれど。


 ふわふわとした幸福感に包まれながら帰路につき、玄関をくぐればフィナが食器の後片づけをしていた。


「あっ、師匠、おかえりなさ――どうしたんですか、その顔!? すごく気持ち悪いです!!」


「覚えておけ、フィナ。これが勝者の笑みだ」


「えぇっ!? 私も骸骨王に勝った時、こんな顔してたのかなぁ……嫌だなぁ……」


 なんとも失礼な弟子だ。こんなピュアピュアな見た目をしておきながら毒を吐くのに遠慮がない。


 しかし、今は気分がいいから許してやる。


「フィナ。まだお酒は残っているか?」


「はい。アリサさんが全然飲まなかったのでいっぱいありますよ?」


「よし。なら、第二ラウンドだ」


 アリサさんがデレた。


 こんなめでたい日を祝わないなどありえない。


「今からとことん飲むぞ~!!」


「なにがなんだかよくわかりませんが……いぇ~!!」


 ノリの良さはすでにS級に匹敵するフィナとグラスをカーンとぶつける。


 こうして俺たちは買いこんだ酒を飲み尽くすまで、どんちゃん騒ぎをしたのであった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……師匠。……ください」


「あと10分だけ寝かせてくれ……」


「うぅ……仕方がありません。せーのっ」


「ごほっ!?」


 腹部に走る鈍い痛み。


 何事だと思い、慌てて瞼をこすると、かすんでいた視界がクリアになっていく。


 すでにダンジョンへ出向く準備のできていたフィナが馬乗りの形でまたがっていた。


「あっ、おはようございます、師匠! 珍しくお寝坊さんですね!」


 むしろ、なんでお前はそんなに元気なんだ……あぁ、なるほど。


 ズルしたのか。


 ほのかに回復薬独特の匂いが彼女から漂う。要は起きてから、回復薬を飲んで体調を整えたのだろう。


 フィナはあれが酔いにも効くことを知っている。


「おはよう、フィナ。昨日、なかなか寝付けなくてな……今、何時だ?」


「もうお昼前ですよ」


「ははは。大遅刻だな、こりゃ……」


「笑い事じゃありませんよ、師匠。受けられるクエストがなくなっちゃいますから早く準備をしてください」


「了解。じゃあ、降りてくれる?」


「はいっ!」


 元気いっぱいの返事をしたフィナ。


 もうすでに準備万端で冒険者としての装備に着替え終えている彼女からはほんのりと甘い香りもする。


 当然、弟子であるフィナに欲情したりはしないが、念には念を。


 というか、入浴もすでに済ませているなんてうらやましい。


 俺もズキズキと痛む頭をスッキリさせたいところである。


 俺はベッドから立ち上がると、今朝に脱ぎ散らかした服に着替えようとする。


 ふと、視線が集中しているのを感じた。


「……なにしてるんだ、フィナ?」


「べ、別に何もしていませんよ!?」


 入り口付近に立って、自分の目を手で覆っているフィナ。


 否定しているが、この部屋にいるのはお前だけなんだが……。


「男の着替えなんて見たくないだろ? 先に下に降りていていいぞ」


「い、いえいえ! 弟子として、師匠をここで待っていますから気にしないで着替えてください!」


「そ、そうか」


 あまりの勢いと熱意に押し切られてしまう。


 ま、まぁ、俺が見られて困ることもないしな。


 フィナも自分で対処するだろ……多分。


 変な視線とちょっとした荒い息を感じながら着替えることになった。


 そんな変わった一幕を過ごした俺はフィナに手を引かれる形でアヴァンセを歩いている。


「私、クエストがないか見てきます!」


「おー。俺はそこで座っているから適当にとっておいで」


 とはいえ、遅い朝食を食べてから、ギルドやってきたので時刻はとうに昼を超えている。


 こんな時間に来ればフィナが受けられるようなクエストは軒並みなくなっているのが普通だ。


 アリサさんもあんなことがあった翌日なので休むように言い聞かせている。つまり、誰かが確保してくれている……なんてこともない。


 掲示板を見ていた彼女はがっかりした様子で、待っていた俺の下へ帰ってきた。


「ししょー……何もなかったですー」


「だろうな」


「師匠が寝坊するからですよ!」


 自分の実力が上がっていくのを感じられて、ダンジョンに潜るのが楽しみだったのだろう。


 フィナはぷくっと頬を膨らませて、そっぽを向く。


 全く今回の件は俺に非があるので、謝罪の意味を込めて彼女の頭をなでた。


「悪かったな。でも、安心してくれ。ちゃんと考えはある」


「でも、ランク以上のクエストは受けられませんし……」


「いや、あるんだよ。誰にでも受けられるクエストが、この時期には一つだけな。そのクエストの名は――」


 冒険者のことを何も勉強していなかったフィナは知らないだろう。


 この時期に各地のギルドで大量に発注されるクエストの名前を。


 いつもより簡単な肉体労働で、そこそこの報酬が受け取れる。


 だから、今日だけは俺たちのほかにもギルドに残っている奴らが数多くいた。


 年に一回だけ行われる冒険者が大好きな酒と宴と女におぼれてもいい日を迎えるためのクエスト。


「――『龍神祭』だ」










◇ギャルゲーのヒロイン攻略して個別√入った満足感で満たされてました。

 更新再開します◇

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