story1-16 ぶつかり合う気持ち

 外に出ると夜空は深みが増していて、我こそが一番だと星々がきれいに輝く。


 隣で憂い顔をしているアリサさんには敵わないけれど。


 パーティーハウスでの夜会も終えた俺と彼女は大通りから逸れて、住宅街へ続く道を歩いていた。


 ……嘘だ。


 さっきから誰ともすれ違わないし、アリサさんは絶対に帰宅路と違うルートを選んでいる。


「……アリサさん、こっちであってます?」


「いいえ。ストーカーされないように適当に進んでいます」


「それって共通認識なの? 俺はそんなことしませんから」


「では、どうしてついてくるのか聞きたいところですね」


「ボディーガードですよ。夜道を一人で歩くのは危ないでしょう」


 とりあえずアリサさんを引き留めたい一心で出てきてしまったが、言葉に嘘はない。


 とはいっても心配なのは『アリサさんが襲われる』ではなく、『アリサさんがダンジョンへ行く』可能性があることだが。


「正直に言っても怒りませんよ」


「アリサさんと長い時間一緒にいたかったです」


「ちなみに私が迷惑だと言ったら?」


「少し離れた後方からアリサさんの安全を確保します」


「あなたの方が怪しくなっているのですが……私は元Sランクの冒険者。心配には及びません」


「でも、今はただのギルドの受付嬢ですから」


「あなたよりも私が強いでしょう」


「だとしたら、アリサさんの目は衰えていますね」


「……つくづくあなたは不思議な人だ」


 理解できないといった感じで、アリサさんは肩をすくめる。


 俺が一歩も引かないので諦めてようだ。


「こんな女に尽くしても時間の無駄だというのに」


「それを決めるのは俺ですから。俺にとって、あなたと喋る時間は人生の中で最も幸福なひと時なので」


「本当に訳が分からない。……だからこそ、私も頭を悩ましているのですが」


「変態で申し訳ない」


「そこは慣れました。まったく……昨日の今日でこんなことしますか、普通」


「アリサさんに《専属》になってもらいたい気持ちは本当です。同時に一つ屋根の下で暮らしたいという欲望も本物です」


「……勘違いせずに聞いてほしいのですが」


 彼女はくるくると金色の毛先を指で弄る。


 何かを言いよどみ、やめようとして、また口を開く。


「あなたが好きになったのが私でよかったと思っています」


「……え?」


 ……デレた? アリサさんが?


 これは夢か……?


「アリサさん!」


「だから! 勘違いしないと忠告しましたよね!」


 抱きしめようとする俺だったが、顎に掌底をもらって突き飛ばされる。


「どうして!? 両想いなのに!?」


「違います。私でなければ今ごろあなたの恋愛表現ではお縄についていますよという意味で言いたかっただけです」


「じゃあ、わざわざあんな言い方しなくてもよくない!?」


「……ああ言えば、あなたからの好感度が上がるでしょう? 私からすれば、そちらの方が都合いいので」


「……アリサさん」


「なんです?」


「俺の好感度はすでに最高値なので上げる必要はありませんよ」


「…………」


 反論できないからなのか、彼女は顔を背ける。


 俺がアリサさんを大好きすぎるソースは大量にあるので否定できないからだろう。


 そもそもアリサさんマイスターの俺から言わせてもらえれば、彼女の言動は矛盾の塊なのだが。


 打算をもって俺の好感度を上げようとするなら「都合がいい」なんて教える必要がないのだから。


 つまり、これらから導かれる結論は……!


「ちゃんと伝わっていますよ、アリサさん。あなたが俺を想ってくれている気持ち」


「なんら伝わっていないようで安心しました」


 圧を感じるすごくいい笑顔で返されてしまった。


 アリサさんの笑顔はなかなか見れないので、俺も嬉しくなって正面からニコニコと見つめる。


「……あまり見つめるのはやめてくださいますか」


「ああ、すみません。俺に惚れてしまいますもんね」


「よろしければ整形して差し上げますよ。それはもうボコボコに」


 不細工になりそうなので丁重にお断りしよう。


「さて、会話もほどほどに帰りましょう。あまり遅くなってもいけませんし」


「……話を戻しますが、必要ありません。ここでお別れしましょう」


「アリサさんが一人でダンジョンに行かないと約束してくださるなら俺も引きます」


「わかりました。行きません」


「じゃあ、約束を反故したら俺と結婚する魔法の契約を結んでください」


「……私を好きだと言うならば、もう少し信用してくれてもいいのでは?」


「大好きだから信用しています。アリサさんは意志を貫こうとする人だと」


「……本当に厄介な弟子を持ってしまいました」


「これは前にも言いましたが……あなたにはあなたの事情がある。でも、それは俺がアリサさんを諦める理由にはなりません」


 俺には実直に伝えるという手段しかない。


 どうやったら自分に惚れてくれるか。


 小賢しい知恵を働かしても失敗するのが目に見えてる。


 アリサさんが好きだというのはゆるぎない事実。


 最初は一目ぼれだった。


 それから会話を交わすようになって、どんどん彼女を知って、もっともっと好きになっていく。


「……言いましたよね。あなたとは打算的な関係だと」


「例えそうだとしても、アリサさんの役に立てるなら俺は嬉しいですし。アリサさんの言うことなら何でも聞くくらい好きですし」


 昨晩に改めて考えてみたのだが、利用されているから何が問題なのか。


 俺はアリサさんの好感度を稼げるし、彼女は喜ぶし。両者ともに得している。


 彼女が俺に価値を感じる間はずっと一緒に居れるので、逆に幸せなんじゃないかとも思う。


 そもそも打算だけの関係で俺が終わらせるわけがない。


「……だから、どうしてあなたは……」


 少しばかりの怒気がこもった彼女の声は震えていた。


 アリサさんが向ける本当の敵意が込められた視線を俺は受け止める。


 冷静で感情の変化に乏しい彼女が、自分の思いを制御できなくなっていた。


「いい加減にしてください。私なんかより……仲間を見捨てて逃げたような卑怯な女なんかより、あなたには素敵な人が――」


「俺にはアリサさんしか見えていません。他にはいない。俺が隣にいてほしいと思うのは、あなただけだ」


 そう言って俺は彼女の手を握る。


「――っ」


 力を入れたら折れてしまいそうな小さな手。


 ピクリと彼女の指先が動く。指と指が絡まることはない。


 だけど、明確に拒絶もされなかった。


 ほんのわずかに。それこそ意識していなければ聞き漏らしてしまいそうな嗚咽が耳に届く。 


 彼女へと目は向けない。 


 ただあなたの助けになりたい男がここにいると、アリサさんに思いが伝わってくれたら嬉しい。


 冷たい彼女の手が少しでも温かくなるように、ぎゅっと握りながらそう思った。

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