story1-15 恋愛は思い通りに進んでくれない

 時をさかのぼって昨晩のことだ。


 アリサさんと別れた後、俺はなぜか抱っこ状態から離れないフィナを抱えたまま街を歩いていた。


 変な奴を見る目で注目を集めているが、今さらなので気にもならない。


 そして、フィナは人からの認識を浴びることでご満悦の様子。


 彼女のメンタルも変な方向にかなり強い。


「私……師匠が私の師匠でよかったです」


「そんな感謝のされ方をするとは思っていなかったな」


 それはさておき。俺たちがギルドでの報告を終えて、まだわかれていないのには理由がある。


 ようやく契約がまとまったあるものを彼女に見せるためだ。ちなみに、まだ内緒にしているので彼女は知らない。


「それにしても珍しいですよね。師匠がアリサさんにアタックしないなんて」


「ん? そんなに変だったか?」


「はい。ダンジョンで危ない目に遭ったばかりですし、てっきり家に送る名目で住所を特定するのかと」


「え? 俺ってそんな印象なの?」


「えっと……ことアリサさんに関しては……」


 とんでもない事実が発覚したところで目的地に着いた。


 まだ何も教えられていないフィナは首を傾げている。


「師匠? ここは?」


「俺たちの家だ」


「たち……?」


「そう」


「一緒に住む?」


「パーティーハウスだからな」


 フィナは自分と俺を交互に指さす。肯定すると、彼女の目が光り輝きだした。


 俺が門を開けると一気に駆け出して、扉をバンと開ける。


「わぁぁ~! 広~い!! 広いです、師匠!!」


「気に入ってもらえて何よりだ」


「本当にここに私も住んでいいんですか!?」


「ああ。一緒に住むにあたってルールは追々決めるとしよう。その前にフィナに協力してもらいたいことがある」


「はい? なんでしょう?」


「アリサさんにもここで生活してもらう。そのための第一歩だ。ところで、フィナ――料理は得意か?」


 それからは流れ通り。


 朝のうちに必要な道具と食材を調達。


 アリサさんとの時間を作るために食事にフィナが誘い出す。


 フィナは学院時代に時間があまりに余りまくっていたらしく料理の腕にはかなり自信があるらしい。『らしい』というのはふるまう機会がなかったからとのこと。


 俺もまた自炊できる男性はモテるというのを耳にして、一時期かなり打ち込んでいた。


 肝心のアリサさんには食べてもらえていないのだが、ミリアからも好評だったので問題ないだろう。


 要となる部分に問題がないのを確認し、見事にアリサさんを捕まえることに成功した俺たちは手料理を振る舞う。


 そして今、三人で食卓を囲んでいた。


 しかし、手が進んでいるのはアリサさんだけ。


 俺は目の前でいつもより目を輝かせながら、ご飯を食べているアリサさんの姿を記憶に焼き付けるので忙しい。


 フィナは予想していないアリサさんの様子に唖然としていた。


「ふむ……すごくおいしいです」


 アリサさんは何度もうなずきながら、俺とフィナの料理を堪能している。


 テーブルの上に並べられた手作り料理を平らげていく。


「これは……焼く前にしみ込んだ香辛料がアクセントを与えてくれて飽きが来ません。五本とも違った味付けで、優しい味から、ちょっとパンチの効いたものまで……」


 そんなコメンテーターみたいに解説をしながら、焼かれた小ぶりの鶏肉を棒で刺した料理を食べる。


 カチャリと空になった食器を重ね、用意されたおしぼりで口をぬぐう。


 そんなアリサさんを眺める俺はニコニコしながらも、内心はすごく焦っていた。


 よかった……! ついでに数日分の食材も買い貯めておいて本当に良かった……!


 積まれた大皿は10枚。


 実に普段、俺が食べる量の数倍である。昔はこんな大食いな面を見せていなかったから我慢でもしていたのだろうか。


 あれだけがどこに消化されているんだ……?


 やっぱり胸だろうか。


 ウエスト細いし。


 おっぱいだな。けしからんおっぱいに栄養が全部いっているに違いない。


「師匠。目線がいやらしいですよ」


 俺の視線の先に気づいたフィナがジト目で指摘する。


 ふっ、甘いな、フィナは。まだまだお子ちゃまだ。


 俺とアリサさんはすでに大人の関係なのさ。


「フィナ。俺がアリサさんにしてきたプロポーズの中にはこんなのがある。――母性を感じる胸が好きです、結婚してくださいってな」


「最低ですね!?」


「ああ、ありましたね、そんなことも」


「アリサさんもなんで平然としているんですか!?」


 彼女に惚れて、告白をするようになった最初期。


 とにかく褒めて褒めまくって気持ちを伝えようとした俺はアリサさんから『変態』との言葉を授かった。


 思えば、そのころからだな。


 ギルドで俺に話しかけてくる奴がいなくなったのは。


 ……あれ? ただの自業自得なのでは?


「師匠が、その……ぼっちな理由が理解できた気がします」


「ぼぼぼぼっちじゃねぇわ! ほら? アリサさんとはデートもするし、実質もう恋人と言っても過言ではないのでは!?」


「一方的な愛情ですけどね」


「どんな理論ですか、それは」


 二人とも冷たい。


 フィナまでフォローしてくれないのは心にクるものがある。


「ゴホンっ。そうだ、アリサさん。今度のデートでどこか行きたいところはありますか? この街じゃなくても俺は全然問題ないですよ」


「あなたが勝手に決めていただいて結構です。それに合わせますので」


 会話終了。話題を広げるとっかかりすらなかった。


 呆然とする俺をよそにアリサさんは立ち上がる。


「もういいでしょう。今日はお開きということで」


「あ、えっと、えっと……」


 フィナが何かこの場にとどまらせようと頑張ってくれているが、いい案は浮かばないようだ。


「ごちそうさまでした。フィナさんは今度また二人きりで食事にでも行きましょうね」


「あっ、はい……!」


『はい』じゃないが、愛弟子!?


 しまった、まさかここで彼女のぼっち属性を逆手に取られるとは……!


 遊ぶ約束をして満足してしまったフィナの頭の中はもうそのことで一杯だろう。


 ぽわぽわウィッチの頭を撫でると、アリサさんは玄関へと向かう。


「ア、アリサさん! 俺との食事には行ってくれないんですか!?」


 何とも心底面倒くさそうな表情をされた。


「……そうですね。次からは普通に誘ってください」


「誘ったら来てくれるんですか!?」


「いえ、断りますが」


「その流れはおかしくない?」


 上げて落とされた。


 どうしてそんなひどいことをするのか。


 俺はただ一途にアリサさんを想い続けているだけなのに。


「それでは失礼します。また明日」


 肩を落としていた俺に構うこともなく、アリサさんは家を出る。


「あっ、待って、アリサさん! 家まで送りますから!」


 ポールハンガーにかけておいた上着を羽織ると、慌てて彼女を追いかけるのであった。

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