story1-14 ようこそ、俺たちの家へ

「改めておめでとうございます。これで名実ともにEランク。つまり、もうフィナさんを初心者と呼ぶ者はいないでしょう」


 そう言って、アリサさんは彼女へとギルドカードを返す。


 新人冒険者たちからすれば、その討伐実績欄に記された骸骨王という名前は輝いて見えていることだろう。


「ありがとうございます!」


「よかったな、フィナ」


 ぴょんぴょんと跳ねて、喜んでいる彼女の頭をなでる。


 ダンジョン【鏡の世界】でのアリサさんとの遭遇から翌日。


 昨晩のうちにとある作戦を立てておいた俺とフィナは企みがバレないように気を付けながら、アリサさんとお話していた。


 こういったギルド指定の魔物を討伐した際は討伐実績としてギルドカードに対象の魔物の名前が刻まれる。


 それが直接、冒険者としての実力の評価になるからだ。これには冒険者に対して適切なクエストかどうか、ギルドが判断する基準になる役目もある。


 冒険者は入ってくる人数も多いが、途中で退場する数も同じくらいいる。


 少しでも死者を減らすための工夫というわけだ。


「しかし、これでお二人とも王都に行ってしまうと思うと寂しいですね」


「いやいや。いきませんよ」


「それはフィナさんのためになりません。もっと経験を積ませてあげなければ」


「フィナともちゃんと話してあります。Eランクとはいえ彼女はまだ冒険者としての知識は足りていません。もうしばらくここで教えるつもりです」


「……そうですか」


「それに俺がいなくなったらアリサさんも寂しいでしょ?」


「……ちっ」


 アリサさんの顔が見られないなんて、それが原因で死んでしまう。


 しかし、実際フィナのことを考えるなら俺も王都へと活動の場を変えなければならないのも事実。アリサさんとの関係に決着をつけるタイムリミットができたと思わなければならない。


 両方を成し遂げてこそ漢という物だ。


 ところで、小さく舌打ちも聞こえたんだけど気のせい?


 気のせいだよね。戦いすぎて、疲れちゃったかな?


 そうと決まればアリサさん成分を補充しなくちゃ。


「アリサさん。もう上がりの時間ですよね? 一緒にご飯に行きませんか?」


「わざわざこんな時間に来たのはそのためですか? おひとり様で楽しんでください」


「私もアリサさんとご飯食べたいです! もっと仲良くできたら嬉しいですから!」


「うっ……」


 フィナの純粋な欲望しか込められていない期待のまなざしにアリサさんもたじろぐ。


 数秒のフィナ・ビームに屈した彼女は溜息をもらして、眉間を指で押さえる。


「……わかりました。外で待っていてください」


「……! はい!」


「一押しの店があるので案内しますね!」


「……私はフィナさんと食事するのであって、あなたは関係ないのですが」


「財布でいいんで! お見送りまで全部やらせてもらうんで! お願いします! お願いします!」


「わ、わかりました。わかったので、壊れた機械のように頭を上げ下げするのをやめてください」


「はい!」


 言われた通り、動きを止める。


 アリサさんは呆れた顔をして首を振ると、奥の従業員専用ルームへと姿を消した。


 私服に着替えてくるのだろう。


 俺は勝利の雄たけびを上げると、功労者であるフィナとハイタッチを交わす。


「よっしゃぁ!」


「よかったですね、師匠!」


「ああ! フィナのおかげだ!」


「もしかして、私ってえらいですか!?」


「ああ、世界一えらいぞ、フィナー!」


 クククッ……ここまで計画通り。


 フィナがお友達欲しさにアリサさんを誘い、俺が全力で便乗する。この形を取ればアリサさんは断れないだろうと踏んでいた。


 ふっ、過程なんてどうでもいいのさ。


 アリサさんとお食事に行けるという結果が大事なのだ!


「おいおい、【気狂いの魔剣士】の野郎、ついに子供まで利用し始めたぜ……」


「連敗のあまりに手段を選ばなくなってきたか……」


 ハハハ! なんとでも言うがいい、負け組!


 意中の相手とプライベートな時間を過ごせる俺が勝ち組なんだよ!


 ご機嫌な俺はフィナを抱き上げ、クルクルと回りながら玄関へ向かう。


 とにもかくにも今日のMVPはフィナだ。


 もう一度、彼女にお礼を言わないとな。


「フィナ……本当にありがとうな」


「師匠……」


「おう。今ならワガママでも聞くぞ?」


「目が回って、吐きそうです」


「あっ、ごめん」


 俺は回復薬ポーションを取り出すと、酔った彼女に飲ませる。


 気分が少しでもマシになるように背中をさすった。


「ふぅ……師匠。ありがとうございます」


「なら、よかったよ。いや、本当にごめんな」


「お待たせしました。……フィナさんの顔色が優れないようですが……」


「ポーションを頂いたので平気です!」


「普通はポーションを風邪薬代わりにはしないのですが……本人がそう言うなら、とやかく言いません」


 彼女は踵を返すと、くいっと顎で騒がしい夜の街を指す。


 ……はっきり言おう。


 【氷結の冷嬢】を思わず頬を綻ばせてしまう店はこの街にあるわけない。


 そもそもアリサさんとのデートシミュレーションをこれまで毎日繰り返してきた俺はアヴァンセの店はほぼ網羅している。


 それにアリサさんだって俺よりも長くこの街に住んでいるのだから、ある程度は把握しているはず。


 だがしかし、本日俺たちが向かう場所はアリサさんも絶対通ったことがないと断言できる。


 なぜなら、そこはアリサさん専用の場所だから。


 チラリとフィナと目を合わせる。


 準備は万端だ。


「任せてください。とびっきり美味しいものをお出ししますから!」


 胸をたたいて、俺はアリサさんに手を差し出す。


「茶番はいいですから。速く向かいましょう」


「…………」


「……師匠。私とよければ」


「……ありがとう、フィナ」


 しかし、彼女はやはり握ってくれないので、フィナが代わりに手をつないでくれるのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……レイジさん」


「なんですか?」


「……この道、私はつい先日歩いた覚えがあるのですが気のせいでしょうか?」


「気のせいじゃないですか? あっ、そこを右に曲がってください」


「……はぁ」


 俺の案内の言葉でアリサさんは確信したのだろう。


 今のは諦めの溜息だ。


 アリサさんの言う通り。


 俺たちが歩いたその先にあるのは――我が家になった元貴族の別荘。


「腕によりをかけて作るので楽しんでください、アリサさん!」


 フィナが逃がさないようにアリサさんの手を握る。


 それを確認した俺は鉄柵の門を開けて、彼女たちの方へと向き直った。


「ようこそ、アリサさん――」




「「俺たち(私たち)の家へ!!」」




「……その『たち』の中に私が入っていないことを祈ります」















◇申し訳ありません。

 明日はお仕事溜まっているので更新お休みになる可能性高いです。

 ワンチャン、なんとか夜に更新できるかもしれません。

 みなさまの応援コメント楽しませていただいております。

 これからも応援よろしくお願いいたします◇

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