story1-12 想定外の遭遇

「……なんで俺は怒られたんだと思う?」


「師匠は女心をもっと理解した方がいいと思います」


 ぼっちウィッチにマジトーンでアドバイスをもらったわけだが、どうも俺に恋愛(アリサさんを除く)は向いていないらしい。


 まぁ、以前からわかっていたことだからな。これから学んでいくとも。


 今日の俺は昨日の俺より成長しているんだ。


 例えば、今のフィナの拗ねた態度。


 わかっているんだぞ、フィナがすねた理由は。


 さっきミリアと喋っているとき、かまってもらえなくていじけているんだ。


 心配になったんだよな、なんか輪に入れていない感じで。


 わかる、俺もわかるぞ。だから、俺がかける言葉も一つ。


「フィナ」


「何ですか?」


「俺はお前のことも大切に思っているぞ」


「全然わかってないじゃないですか、師匠のバカ」


 あれー?


 どんどん師匠としての威厳を失っている。


 でも、ちょっとニヤニヤしているのはなんでだ……?


 も、もしかして、バカな俺を笑っているのか?


 い、いや、あんなに純粋なフィナに限ってそんなことはないはず……!


 とはいえ、このまま株を落としてもダメ。


 ダンジョンでいいところを見せようじゃないか。師匠として腕の見せ所だ。


「師匠。ダンジョンにつきました」


「おっしゃ! フィナ! 俺に任せろ!」


「や、やる気ですね」


「フィナに格好いいところ見せたいからな!」


「私も師匠に頑張る姿、見てほしいです!」


「じゃあ、二人でクエストクリアするぞ!」


「おー!」


 二人でこぶしを突き上げ、大きく口を開けた巨大な結晶の中へと踏み込んでいく。


 ダンジョン【鏡の世界】。


 ここで確認されている魔物の種類は一つだけである。


 投影人形ミラーシュ・ドール


 骨格もなり、全身透明の人形で、目にした相手を擬態する能力を持った魔物。


 姿かたちも、使える魔法もすべてコピーするというなんとも厄介な奴で、勝つためには戦略を練るしかないのだ。


 こいつらも思考まで真似することはできない。


 うまいこと出し抜かないと、あっさりとやられてしまう。


『「――【迅雷槍エレキテル・ランス】!」』


 電撃が激しくぶつかり合い、小さな電光が周囲を照らす。


 同じ威力を持つ魔法は相殺され、フィナに擬態したミラージュ・ドールは似つかぬあくどい笑みを浮かべる。


「私はそんな顔しません!」


 そうそう、フィナといえばこうやって幼い感じだ。


「お前もそう思わないか? 俺なんだから」


 俺の下敷きになっているミラーシュ・ドールに話しかけるが、返事はない。


 気絶しているようだ。


「魔物とはいえ自分の凹んだ顔を見るのも気分良くないな、やっぱり」


 そして、踏みつぶすのも。


 グチャリと音がして、首があらぬ方向に曲がる。


 俺にとってこいつは脅威じゃない。所詮、技術をコピーしても意図と仕組みを理解しなければ宝の持ち腐れ。


 魔法を使わずとも剣での戦いに持ち込めば、自然と勝利の女神の天秤はこちらに傾く。


 なので、弟子の勝負を観戦していたわけだが、彼女は絶賛苦戦中だった。


「フィナ! 落ち着いて、対処しろ!」


「そうはいっても、さっきから撃ち落とされてばかりで……!」


「焦らなくていい! 相手の出方をうかがうんだ!」


「わ、わかりました!」


 アドバイス通りフィナは魔法を撃つのをやめて、偽物の動きをじっと待つ。


 余裕の笑みを崩したのは、偽フィナ。


 均衡する実力を持つ者同士が戦うとき、先手後手の差は如実に出てくる。


 詠唱を必要とする魔法使いの戦いとなれば、なおさらに。


 さっきからフィナは完全に遊ばれていたが、少しでも落ち着きを取り戻したならそうはいかない。


 一定の距離を保ったまま、にらみ合って動かない両者。


『…………くそがっ!』


 しびれを切らしたのは、ミラージュ・ドールだった。


『【紫電よ、奔れ――』

 同時に駆け出すフィナ。


 だが、いまだに魔法を唱える気配はない。


『雷精の戯れ《スパーク》!】』

 一瞬のうちに体をしびれさせる電撃がフィナへ襲い掛かる。


 しかし、彼女は被っていた帽子を放り投げ、自分に当たる前に魔法を処理した。


「はぁぁぁ!」


『ぐぎゅっ!?』


 次なる魔法を唱えようとした偽フィナの口めがけて、容赦なく杖を振るうフィナ。


 ためらいなど一つもない素晴らしい一振りだった。


 緑の血を垂らしながら、倒れる偽フィナ。


『て、てめぇ……』


「私はそんな汚い言葉は使いません!」


『ふごっ!』


 追撃(物理)。


 おい、どうした魔法使い。


 いや、その戦い方が悪いとは言わないけどな。


 結局、フィナはそのまま偽フィナが原型をとどめないほどに杖で殴り、その腕が止まったのはミラージュ・ドールの擬態が消えた時だった。


「師匠、やりました!」


 笑顔とピースサインをするフィナ。


 嬉しいのはわかるが、頬についた血をぬぐってくれないと狂気しか感じない。


 俺は布切れで汚れをふき取ってやると、地に落ちている焦げた白帽子を拾いあげる。


「あっ……もう使えそうにないですね」


「……大切なものなのか?」


「お母さんに冒険者になったお祝いに買ってもらったんです。一か月もしないうちにダメにしちゃった……」


 あちゃー、と頬をかくフィナ。


 ……そんな空元気を見せられたら、さすがにな。


「明日、新しい帽子でも買いに行くぞ」


「はい、行きましょう、師匠!」


「食い気味だな、おい」


「えへへー。どんどん行っちゃいましょう!」


 そう言って、フィナは軽くスキップをしながら前を進む。


 ……これは一計を案じられたか?


 弟子のちょっとした小悪魔な部分を感じた俺も離れないように、早足で彼女の隣に並ぶ。


「それにしても、さっきのフィナの凶暴さは驚きだったな」


「あ、あれは違うんです! 口の悪いあの魔物にちょっとイラっとしちゃって、魔がさしただけで!」


「今度から俺もフィナを怒らせないように気を付けないとな」


「も、もー! ししょー!」


 恒例のぽかぽかパンチを右腕でさばきつつ、俺は気の探りを入れる。


 このダンジョンは壁だけに飽き足らず、天井も床でさえも鏡で囲まれているのが特徴だ。


 精神の弱い者が来たら発狂しそうな作りで、長居すればどんどん自我があやふやになっていく。


 故に他のダンジョンに比べて、ほとんど人は寄り付かない。


 方角も、自分がどこにいるのかもわからなくなったら、終わりだからな。


 そんな時に役に立つのは俺が重宝している『魔力を感知する』技術である。


「フィナ。ちょっと待て」


「はい」


 俺からの静止に従い、フィナは杖を構えて、前方を見据える。


 ……思ったより強敵だな。


 フィナより魔力が高い。


 それも二つ感じるってことは、一人でここに潜っているバカが交戦中というわけだ。


 ソロに関しては俺が言えた口じゃないが、他のミラージュ・ドールが寄ってきたらマズい。


「師匠、どうしますか?」


 同じく魔力を探知したのだろうフィナが指示を仰ぐ。


「加勢に行く。一人は間違いなく冒険者だ。俺の後ろについてきてくれ」


「わかりました」


 彼女の返事を聞いて、俺たちは走り出す。


 徐々にその距離は近づいていき、姿を視認できるようになる。


 そして、完全に視界に冒険者と魔物を視界にとらえた瞬間、俺は思わず動きを止めてしまった。


 なぜなら、俺の目の前で激戦を繰り広げていたのは。


「アリサさん!?」


 よく知るギルドの受付嬢だったのだから。


「っ!?」


 俺の声で、こちらに気づいた彼女は目を見開き、気を取られ――生まれた隙を狙われた。


「くっ!」


 強烈な一撃にバランスを崩し、転んでしまうアリサさん。


 ミラージュ・ドールは勝利を確信して、剣を振り上げた。


「【風術ウィンド加速アクセル】!!」


 風魔法による加速を行い、人体の限界の速度を出した俺はミラージュ・ドールの腕をつかむと背負うようにして地面へたたきつける。


 胸にたまった息をこぼすアリサさんを模した魔物。


「二度とその面を模すんじゃねぇぞ」


 反撃の余暇を与えることなく、顔に拳を叩き込んで絶命させた。

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