story1-11 ダンジョン【鏡の世界】

 ギルドはいつでも騒々しい。年々、冒険者を目指す人数は増えてきている気がする。


 俺とフィナが併設された酒場で昼食をとっている間も、後ろでは喧騒が飛び交っていた。


「おい、聞いたか! 【雷の白魔女】の噂!」


「ああ! とんでもない高位の魔法使いなんだろ? しかも、美しい女性らしいとか!」


「くそっ! ギルドでも見つからないなんて、いったいどんな奴なんだ! 仲間に引き入れたら一気に攻略が楽になる!」


「幻覚とか、実は地縛霊だったとかいろんな説があるからな……。とにかく、今は情報を集めるぞ!」


 フィナがEランクになってから、まだ一日。


 それなのに彼女のうわさがこちらでも出回っている。


 原因はフィナが過去に一度放った第三節の雷系魔法。


 あれと結び付けられ、二つ名もつけられている始末。


 フィナの魔法の練度、威力はそんじゃそこらの魔法使いをはるかに超えるだろう。ランクアップする前から、あの威力なのだから。


 将来有望な新人と即戦力が欲しい冒険者たちは血眼になって、その謎の魔法使いを探しているわけだ。


 幸い、彼女の影の薄さも相まって正体はバレていない。


 そもそも噂だとなぜか身長の高い白のローブを羽織ったボンキュッボンの美人ということになっている。いかにも野郎どもの理想に理想を重ねた人物像だ。


 もちろんフィナにかすっている特徴はローブくらいしかないので見つかるはずもない。


 ちなみに、張本人は俺の隣で肩を小さく震わせていた。


 きっと恥ずかしいんだろうな。


 俺も【気狂いの魔剣士】なんてつけられた時は恥ずかしくて仕方がなかった。


「師匠……私、私……」


「初めてだしな。気にすることないぞ。これからも二つ名は増える」


「こんなに注目されたのは初めて……嬉しい……」


 人に飢えたぼっちウイッチは欲望に忠実だった。


 なんとも不憫な感動である。


 ……まぁ、本人が満足しているなら俺は何も言うまい。


 肝の据わった弟子に感心しつつ、俺はサラダを頬張った。


 俺とフィナはとある人物を待っている。


 というのも、アリサさんが出してくれた課題クエストをクリアしてしまったからだ。


 アリサさんが休みの間、時間がもったいないので新たなダンジョンに挑戦しようという流れになった。


「ギルドはすごいですね。情報も回るのが速いですし、人もたくさんです」


「王国だけに限らず、いろんな地域にあるからな。情報収集のクエストもあるし。人の多さは……しばらく慣れるまで時間がかかるかも」


「うへぇ……」


 どうやら人の集まりが苦手らしい。


 自分という存在が埋もれるから。


 そんな風に食事を摂っていると、ギルドの制服を着た腐れ縁が空いている席に座った。


「お待たせー。やー、ごめんね。人手不足で困った困った」


「いや、こっちこそ急に呼び出して悪かったな」


「まぁ、レイジとは長い付き合いだしいいけど……で、誰、この子?」


「この前、言ってた俺のパーティーメンバーだ」


「フィナと申します! 師匠とパーティーを組ませてもらっています! 【雷の白魔女】です!」


 あっ、気に入ったのな、その二つ名。


「……連れてくるのは、一年後とか言ってなかった?」


 ジトリと呆れた視線を向けるミリア。


 アリサさんが休みなので、他に俺の相手をしてくれる受付嬢は彼女しかいない。


 以前にミリアへ言った通りフィナを連れてきたわけだが、どうやらタイミングがよろしくなかったらしい。


「すまん。忙しかったか」


「人手不足よ。最近、冒険者の数が増えすぎ。一獲千金を夢見るバカが多いのよ」


 そういえば前に魔王の幹部がどうとか話してたな。


 あの情報につられた力自慢の対応に追われているあたり、やはり始まりの街。冒険者界隈の常識も知らずに飛び込んでくるバカも多くなる。


 ミリアも対応に疲れているのだろう。


「あ、あの……」


「ああ、ごめんね。よろしくー、フィナちゃん。私はミリア・リリッティ。ミリアでいいよ?」


「は、はい! お世話になります、ミリアさん!」


「うんうん、かわいい子なら大歓迎だよ。レイジに変なことされてない?」


「い、いろいろと手取り足取り教えてもらっています……えへへ」


「ちょっと待て、どうして顔を赤らめるんだ?」


 多分、フィナのことだから斜め上の方向にぶっとんだ思考をしているだけなのだろう。


 人と喋れたとか、ご飯を一緒に食べたとか、過去の喜びに浸っているに違いない。


「……レイジ」


 ミリアは人当たりの良さそうな笑みを軽蔑の表情へと変えて、俺を睨む。


「……変態」


「ああ、よく言われる」


「それになによ、この子。聞いてたよりめっちゃ小さいのにおっぱいは私より大きいし、可愛いじゃん」


「ひゃっ!?」


「あっ、セクハラ禁止!」


 フィナのたわわに実った胸を揉みしだくミリアの腕をつかんで引き離す。


 人とのふれあい方を知らないフィナは体をプルプルと震わせていた。


「こ、これが陽キャ……。陽キャ、こわい……」


「ほら、お前のせいで怯えちゃったじゃないか」


「やー、ごめんね、フィナちゃん。今のは女の子同士で流行っている触りっこなんだ」


「えっ……そうなんですか?」


「そうそう。だから、もうちょっとだけ……」


「やめろ、エロ親父! 嘘をつくな!」


 フィナの純粋さに漬け込もうとするミリアを無理やり引き離し、俺の横へと座らせる。


 これでフィナには手を出せないはずだ。

 

 しょうもない御託を並べて、そんなにフィナの胸を触りたかったのだろうか。


 視線を上から下へ動かしていく。


 ……あっ。


「ミリア」


「なによ」


「大きさには人それぞれ好みはあるから心配するな」


「壁みたいな胸で悪かったわね!」


「ミ、ミリアさん! まだまだ成長の余地はありますよ! 私より自分の胸を揉みましょう!」


「あれ? この子もそっち系?」


「友達いない歴=年齢のフィナにまともなフォローができると思うなよ、ミリア」


「なんでレイジが自慢気なのよ……」


 さっきよりも重たいため息を吐くミリア。


 どうやら彼女の中でどうしてフィナが俺の弟子なのか、そのゆえんに納得いったようだ。


 いわゆる類は友を呼ぶ。


 変わった奴の元には一癖も二癖も違う者が集うようにできている。


「それで? お弟子さん連れてまで何の用?」


「クエストを受けにきた」


「生憎だけど、初心者が受けられるクエストはないわよ?」


「大丈夫。フィナはもうEランク冒険者だから」


「はぁ?」


「嘘じゃないぞ。フィナ、あれを見せてやって」


「はい!」


 フィナがバッグから取り出した骸骨王の宝玉は彼女が初心者を脱したことを証明する。


 ミリアは俺とフィナの間で怪訝な視線を何度も往復させ、ようやく事態を理解したのかフィナの肩をポンとたたいた。


「フィナちゃん……」


「……? なんでしょうか?」


「あなたもあいつと同じ変人なのね」


「えぇっ!?」


 あ、ショックを受けている。


 フィナは変人というか、ちょっと才能に溢れすぎているだけだ。


 だから、周囲が慣れるまではこんな扱いをされても仕方がない。


 ミリアは俺という前例がいるから受け入れているが、普通ならランクアップ申請すら通らないと思う。


「はぁ……。アリサさんってあんまり他の人と喋らないから知らなかった」


「最近、有名だろ? 【雷の白魔女】」


「まさかこんな小さい子だとは普通思わないでしょ……はぁ」


「そういうわけだから、なにか一つ頼む。人気のないダンジョンだとなお嬉しい」


「私、いま休憩中なんですけど」


「今度、服でも買いに行くか」


「ちょっと待ってなさい。すぐに探してくるから」


 ミリアはるんるん気分で受付カウンターに戻っていく。


「し、師匠……。浮気ですか?」


「違う違う。ミリアとは学院の同級生なんだよ」


「そ、そうなんですか?」


「そうそう。腐れ縁ってやつ。仕事もできるし、いいやつなんだ」


「じゃあ、これまでも一緒に出かけたり……」


「あるな。飯に行ったり、買い物に付き合ったり……」


 誘われて断る理由もないし、誘ったらだいたい都合がつくからな。


 変態と呼ばれても変わらず付き合いを続けてくれる唯一の親友と言ってもいい。


「むぅ……」


「はいはーい、お待たせーって、なんでフィナちゃんはほっぺ膨らませているわけ?」


 皆目見当もつかないので首を左右に振る。


 女の子は時に不思議な行動をとるものだ。気にしてもわからないのなら仕方ないだろう。


「えらい早かったけど、ちょうどいい案件でもあったのか?」


「ミリアちゃんは優秀だからねー。あんたが好きそうなクエストは逐一チェックしてあげてるの」


 そう言って、彼女は二枚の紙を渡してくれた。


 ダンジョン【魔界への階段】は……フィナにはまだ早いかな。


 あそこは休息をとれる場所がないし、攻略には時間がかかりすぎる。途中で撤退するにも一本道しかないので挟み撃ちに遭う可能性もある。


 となれば自然ともう片方が候補になる。


 ダンジョン【鏡の世界】か。


 注意さえしておけば問題ないし、フィナにとっていい経験も積めるだろう。


「さすがミリア。俺のことをよくわかってるな」


「ま、まぁね。レイジのことだったら何でもわかるわよ」


「……お二人は長い付き合いですもんねー」


「うわっ、ほっぺ、もちもち」


 ミリアに突かれ、ぷしゅーと膨らんだ頬から空気が抜ける。


「あんまり弟子で遊んでくれるな。それより、このクエストを受けるから手続き済ませておいてくれ」


「今週末、楽しみにしてるわよ。最近アリサさんにうつつを抜かしていたんだから」


「アリサさんは別格だから仕方ない」


「さっさと行ってこい、くそ野郎!」


「ぐおっ!」


「師匠ー!?」


 理不尽な怒号と蹴りを背に受けて、追い出されるように俺たちはギルドを後にした。

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