story1-10 光と闇


 サリーたちを無事に送り届けた俺たちは夜の街を歩いていた。


「えへへ……きれい……」


 月の光で透かされる宝玉を見つめるフィナ。


 普段からゆるゆるな顔が拍車をかけて緩んでいた。


 彼女は宝玉を記念として残すことに決めた。


 いつか親御さんに見せて、冒険者として無事にやれていることを報告するらしい。


 なんにせよ、これでフィナは正真正銘、脱・初心者になったわけだ。


 フィナの楽しそうな顔を見ていたら、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。


 自分がクエストをクリアするときはあまり喜びもしなかったから、なおさらに。

 

 ……ああ、いや。一人だけいたっけ。相も変わらず無表情でお祝いしてくれたあの人が。


「おーい、フィナ。あまりよそ見してると危ないぞー」


「大丈夫ですよ! なにせ私はEランク冒険者なんでふっ!?」


「ほら、言わんこっちゃない……」


 何もないところでつまずき、顔面から地面にダイブしたフィナ。


 盛大に転んで彼女を立ち上がらせると、ハンカチを取り出して彼女の顔についた汚れをはらう。


「フィナも女の子なんだから、そういうところ気を付けなよ」


「うぅ……ごめんなさい」


「まぁ、今日ばっかりは仕方ないか」


 目立ったケガもなかったのでよかった。


 宝玉を仕舞った彼女と談笑しながら目的地へと向かう。


「でも、いいんですか、師匠。おごってもらって」


「今日はめでたい日だからな。これでも稼ぎはいいから、遠慮なく頼めよ?」


「わ、わかりました! いっぱい食べられるように頑張ります!」


 変な方向に努力する我が弟子。


 なにか言いたげにそわそわしている。


 緊張でもしているのだろうか。


 フィナのことだから、だれかと食べるのは初めてで……とか言い出しそうだ。


「あの、師匠!」


「なんだい? 慰めの言葉は用意してるぞ?」


「えっ、あ、ありがとうございます。……って、そうじゃなくて! 今度、師匠がランクアップした際には、私にお祝いさせてください!」


 ただのいい子だった。


 ごめんな、勝手に身構えて。


 勝手に悲しいエピソードを妄想していた自分を殴ってやりたい。


「……じゃあ、その時を楽しみにしておこうかな」


「はい! 師匠も遠慮はいりませんから!」


「おっ、それは頼もしい。さすがEランク冒険者は言うことが違うな」


「それに貯金もいっぱいあります! 友達と遊ぶ用にお小遣いを分けていたんですけど、使うタイミングがなくて……」


「……ん?」


「貯金箱も3つ目に突入したんです! どれくらい入っているのかなぁ」


 時間差!


 やばい、見たわけでもないのに映像が勝手に浮かび上がってくる。


 いつか蓋を開けることを夢見て、親にもらったお小遣いを箱の中に入れるフィナ(幼少期)の姿が……!


 そんな彼女が貯めたお金を使う日が来てしまったら……。


 きっと彼女と長い付き合いの貯金箱さんは泣いてしまうんじゃないだろうか。


 二代目さんも、三代目さんも、きっとフィナが自らを壊す日を待っているはずだ。


 使う相手が俺なんかで悪いが……うぅ、すまない、貯金箱。


 必ずお前たちの夢は俺が叶えさせてやるからな……!


「フィナ。俺はもっと早くランクアップすることを誓うよ」


「私もすぐに追いついてみせます!」


「よーし。英気を養うために、今日はいっぱい食べるぞー!」


「おー!」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 電気もついていない暗い部屋。


 窓から差し込む月の淡い光だけが鏡の前に立った私を照らす。


 身体に巻いていたバスタオルを落としてゆっくりと一回りする。


「……っ!」


 鏡に映る背中をえぐった大きな傷。


 あの時の憎しみを、悲しみを、無力さを忘れないように治さなかった傷。


 私の仲間たちを奪った憎き仇を細胞レベルで刻み込むために。


「……みんな」


 あの日から私の人生は復讐のために費やすと決めている。


 それがただいちばん生存確率が高いという理由で仲間たちに生かされた私にできる償いだから。


 決して幸せになってはいけないのだ。


 なのにも関わらず。私は、私は……揺らいでしまった。


「……ごめんなさい、レイジさん」


 彼を助けて、魔法を教えて、少しだけど時を一緒に過ごして、一言も告げずに姿をくらませた。


 だから、冒険者となって彼が現れてきた時は本当に驚いた。


 それもずっと想いを膨らませ、求婚されるなんて思わなかったから。


 王都魔法学院と言えば名門中の名門。首席で合格したのに冒険者なんかになるという暴挙を行っていた彼には呆れたものだ。


 それも当たり前のように「憧れの人と同じ職業で、同じ職場で働けるなら選んで普通じゃないですか」なんて言うものだから……。


 ……たまに夢見ることがある。


 私が彼の師匠を続けていて、冒険者となって共にパーティーを組んで、家族のように一緒に過ごす。


 そして、きっと彼の《専属》の提案を受ければ、その夢は叶う。


 ……なんて、今の私には過分な願いか。


「……レイジさんとフィナさんはきっと明日にはダンジョンを踏破しているでしょう」


 それだけの力がフィナさんにはあるし、レイジさんも知識は豊富だ。


 三日もあればあっさりと終わらせると踏んでいる。


 私の休みもあと一日。


 出来得る限りのことはしておかねば。


 テーブルの上に並べられた冒険者時代の装備一式を見やる。


 復讐を遂げるためには腕をなまらせてはいけない。


 休みの日は人目のつかない場所で魔物を狩る。それが私の決まったルーティンワーク。


 受付嬢になったのは、こちらの方が情報の伝達が早いから。


 そして、つい最近、魔王軍幹部が……奴が活発的に活動しているという噂が入ってきた。


「……待っていてください、みんな」


 私は必ず奴をこの手で殺す。


 その日のために明日もまた魔物を狩り続けるだろう。


 復讐心を握りしめる手に込めて。

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