story1-9 フィナの冒険

 翌日。お休み中のアリサさんの予想をはるかに上回る速度で俺たちは【魔人の隠れ家】20階層にたどり着いた。


 今日も順調に屍を重ねて、ここまでやってきたが今は仰々しい門の前でフィナと座りながら順番を待っている。


 骸骨王ボーン・キングを倒しにやってきた他のパーティーとブッキングしてしまったのだ。


 弟子フィナには悪いが、後輩に先を譲って絶賛お預け中である。


「それにしてもひどい人たちでしたね。『インチキもの』呼ばわりしてきて」


 彼女がぷんすかと怒っているのは、順番を決める際に放った他パーティーの剣士に原因があった。


『偽物の冒険者なんかに……インチキものには負けねぇよ!』


 初心者に上級クラスの冒険者が付き添い、共に経験を積むのはギルドも推奨している行為だ。


 それにフィナは確かに俺という安全な環境の下でクエストを受けているが、彼女はちゃんと自分の手で魔物に対処している。


 それでもインチキもの呼ばわりした。要は彼らは焦っているのだ。


 気持ちはわかるが、あまり褒められた言動ではない。


「フィナに嫉妬したんだよ。彼らが何か月とかけてやってきたことを、フィナはあっという間にやってのけたからな」


「普通にやっているだけなのに……」


 一生懸命やってきたことをバカにされたら誰でも腹が立つ。


 不満タラタラの様子だが、彼女の視線は門に固定されたままだ。


「……あの人たちは無事にクリアできるでしょうか?」


「どうだろうな。俺は他の奴らについて詳しくないから」


 接触を図ると、ことごとく避けられるからな。


 最近は他の受付嬢も要注意人物として新人に教えているらしい。


 そんな中、普通に接してくれるフィナは天使。


「さすが師匠。噂に違わぬぼっち力……! 二つ名は伊達じゃありませんね!」


 なんだ、こいつ。喧嘩売ってんのか?


 ……おっと、いかんいかん。


 こういう時こそ、女神・アリサの顔を浮かべるのです。


 あぁ……心が安らいでいく……。


「あっ、門が開きました」


 天に魂が昇りそうになるが、フィナに呼び止められて意識が現実に戻る。


 出てきた若い冒険者たちは満身創痍だ。


 剣士であろう少年は頭から血を流しており、放っておくわけにはいかない。


 俺はすぐさま駆け寄ると、少年を揺さぶっている少女の手を止めさせる。


「落ち着いて、これを使うといい。染みるが、血を流し続けるよりはマシだ」


「あ、ありがとうございます!」


 回復薬を女の子が受け取ると、少年の額に液体をかけた。


 呻き苦しむが、傷口はふさがっていき、徐々に痛みも引いていく。


 少しすると、痛みを誤魔化すように暴れていた彼はそのまま気を失う。


 死んだと勘違いした仲間たちは体を必死に揺さぶるが、それを手で制する。


「大丈夫。死んではいない」


「ほ、本当ですか!?」


「もちろん。少し休ませてあげてくれ」


 Cランク冒険者の判断という事実も助け、彼ら彼女らはホッと胸をなでおろす。


 全員が怪我をしていたので、俺は所持していた回復薬も差し出した。


「こ、こんなにいただけません!」


「気にするな。君たちも傷を癒した方がいい。その様子だと、もう回復薬は切らしているんだろう?」


「……はい」


「だったら、受け取ってくれ。後輩に死なれたら俺も寝覚めが悪いからな」


 強く念を押すと彼らも分け合って、療養に努める。


 きっと地上には戻れないだろうから、俺たちが付き添うとして……。


「中にまだ骸骨王は生きている?」


 コクコクとうなずく弓使いの少女。


「なら、フィナもちょっと待ってて。倒してくるから」


「……? 私が倒さなくていいのですか?」


「ああ。フィナには手負いの骸骨王じゃなくて、新しい奴と戦ってほしいからな」


 傷を負った骸骨王だと彼女なら一発で処してしまうかもしれない。


 それはフィナの為にならないからな。


 俺がリロードしてきてやろう。


「鬼だ……悪魔がいる……」


「これが【気狂いの魔剣士】……。本当に頭がおかしい……」


 ひどい言われようだ。


 恩人になんて仕打ち。いや、恩を押し売りするつもりはないけどさ。


 聞こえないふりをして、俺はボス部屋へと入る。


 王が暮らすにしてはあまりにも質素な空間だった。


 王を守る兵士も、王を寵愛する姫もいない。


 座するべき場所さえも用意されていない、死してなお生きながらえる骸骨王の部屋。


『ケケケケケケケ!』


 新たなエサの登場に喜びの声をあげる骸骨王。


 躯の上から紫の布切れを羽織り、心臓部には王である証としてべっ甲色の宝玉が埋め込まれていた。


 ボス部屋の魔物は倒されても、部屋を出れば復活する。


 それを何度も繰り返し、あいつの心臓を集めたのが懐かしい。


 あれは高く買い取ってくれるのだ。


 ニタリと笑みを浮かべる。


 すると、恐れを感じたのか、骸骨王は一歩後ずさりした。


「なんだ。俺の顔でも思い出したのか?」


 もちろん記憶の引継ぎなどはない。単純に俺との戦力差を身に感じただけ。


 問答無用とばかりに飛んでくる火の玉。


 体をひねって回避すると、一歩ずつ距離を詰めていく。


『ケケ! ケケッ!!』


 しつこい魔法攻撃を続ける骸骨王。


「心臓貫く渦巻く水撃――【水術:逆巻く波動レイン・スパイラル】」


 放たれた渦巻く水流が火の玉を飲み込んで、すべて消し去る。


 そして、あっという間に俺の殺害範囲に骸骨王が入った。


 俺を目の前にして、カチカチと骨を鳴らす。


 魔物たちも恐怖を抱く。


 骸骨王Eランクからすれば、格上Cランクの俺は脅威でしかないのだ。


 骸骨王は抵抗が意味をなさないと気付く。


「じゃあな。俺の弟子がここに来るから優しく相手してやってくれ」


 短剣を取り出すと胸に突き刺す。


 衝撃に骨は割れ、命が停止した宝玉は輝きを失う。


「さて、フィナを呼んでくるか」


 骸骨王をよみがえらせるために部屋を出る。


 まだ剣士の子は寝ているみたいで、ほかの連中も壁にもたれかかって体を休ませることに注力していた。


 全員、驚いた表情をしていたのは傑作だ。


 いつかは彼らも同じことができるようになる。


「フィナ。ここから先はお前ひとりで行ってこい」


「わかりました! 骨さんをやっつけてきます!」


 それだけ言葉を交わして、俺と入れ替わるように彼女は中に入っていく。


 勇敢な面持ちに心配も杞憂だと思った。 


 死の恐怖を超える集中を持って挑んでいる。


 昨日の一人で戦いたいっていうのも感覚をつかむ予行練習だったのかもしれないな。


「ちょ、ちょっと! 正気ですか!?」


「まだ子供じゃないですか! 死んでしまいます!」


『信じられない』と冒険者たちがフィナを止めようとする。


 死を目前にした者からの忠告に彼女は足を止めて、振り返る。


 そして、試験に挑むフィナは柔和に微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。必ず勝ちますから」


 全く根拠のない発言に聞こえるが、冒険者である彼女たちは口をつぐむ。


 なぜなら、フィナの目つきは俺たちと同じ冒険をする者の決意がにじんでいた。


 数週間前の初心者だった少女とは別人だ。


 きっと今の雰囲気をまとった彼女を存在感のないぼっち扱いはできないだろう。


 だからこそ、俺も彼女の背を押してあげられる。


 弟子の初めての冒険を誰が邪魔できようか。


「じゃあ、改めて行ってきますね、師匠」


「いってらっしゃい、我が弟子よ」


 戦場へと送り出すと、挑戦者を受け入れた扉は勝手に動き出して部屋へと閉じ込める。


 背後から雷系魔法特有のはじける音を聞いて、俺は先に挑戦していた冒険者たちの横に腰かけた。


 彼ら彼女らはどこか納得していない様子で俺にジト目を送ってくる。


 いや、納得はできている。だけど、理性の部分で落としどころが見つかっていないのだろう。


「……自分たちよりも後に冒険者になったフィナが挑戦することが、そんなに気に入らないか?」


「そ、そういう問題じゃありません! 一人でのチャレンジがどれだけ危険か、あなたなら理解しているのではありませんか!?」


「詭弁だな。顔にはっきり書いてあるぞ? 悔しいってな」


「っ……」


 図星を突かれ、少女は悔し気に歯を食いしばる。


 このまま誤解されたままで放置するのも気が引けるので、俺は話をつづけた。


「フィナはすごいぞ? 才能もある上に知識欲も旺盛。少しでも自分の能力を磨こうとしている」


「……それは自慢ですか? いやがらせですか?」


「半々だな」


「噂通りの性格の悪さですね」


「性格悪いついでに言わせてもらうと、君だけじゃなく、君たちがあきらめずに前を向き続ければいつかあいつに追いつけるときがくると思う」


 魔法学院で俺は何人も天才を追い抜いた凡人を見ている。


 彼らに共通したのは、何度転んでも起き上がる根性を身につけていること。


 目標にたどり着くまで努力ができる才能があったのだ。


 そして、その起源には反骨心が眠っていた。


 俺はまさに才能が芽生える欠片を感じている。


「……凡人は天才には追い付けませんよ」


「俺はそうは思わない。けど……君がそんなくだらない理由で諦める子なら、絶対に追いつけないだろうな。そんな根性なしがやっていける世界じゃない」


「……何が言いたいんです?」


「頑張れってことだ。靴が擦り切れても、顔が泥まみれになっても歩むことをやめるな。先輩からの助言ってことで一つ受け取ってくれ」


 これでフィナには追い付けないって勘違いが少しはマシになってくれたらいいが……。


 少女の顔を見て、俺はその心配は杞憂だとすぐに思い直した。


 どうやら俺が思っていたよりも、彼女はイイ性格をしている。


 彼女は火が灯った瞳を俺に向けた。


「……サリー・セイウンです。今後、先のダンジョン・・・・・・・でも会うことになると思いますから、どうぞよろしく」


「レイジ・ブルガンクだ。よろしく」


 俺は手を差し出すが、彼女はプイと顔を背けて仲間の元へ行ってしまった。


 嫌われたかな、これは。


 それをわかったうえで嫌われ役を買って出たから、別に気にしていないけど。


 今回の件が関係なしに、元から評価低かったしな……。


 しゃべり相手もいなくなり、どうやって暇をつぶそうかと考えると大きな衝撃音が響いた。


 どうやら決着はついたみたいだな。


 立ち上がって土を払うと、扉の前まで歩く。


 骸骨王の怨嗟を鳴らして開いた扉。


 その中には宝玉を頭の上に掲げた、試練を乗り越えた冒険者が立っていた。


「やりました、師匠ぉ!!」


 このまぶしい笑顔を、俺はしばらく忘れないだろう。







◇あと2,3話くらいでアリサさんとの物語が動き出します。

 それまではフィナちゃんの可愛さを愛でてあげてください◇

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