story1-8 ダンジョン【魔人の隠れ家】

「ごめんな……。体力がないのに無理させて……」


「い……いえ……。私の……ふぅ……運動不足なので……」


 ぜぇぜぇと大きく肩を上下させ、荒くなった呼吸を整えるフィナ。


 アヴァンセを出て森林へと足を踏み入れてくと、ダンジョン【魔人の隠れ家】の入り口が見える。すでに攻略済みでギルドの管理下に置かれているので、地下へ続く階段は整備されていた。


「こ……これが、ダンジョン……で、す……かぁ」 


 Cランクの俺のランニングペースに、Eランクのフィナがついてこれるわけもなく。


 無理をした彼女はすでに汗をかいていた。心なしか顔色も悪そうだ。


「ゆっくりでいいからな。今日はそんな深くまでいくつもりないし」


 そう言って、俺は水の入った筒を彼女に渡した。


 一瞬、躊躇してからフィナは受け取ると、カラカラになったのどを潤す。


「あ、ありがとうございます……」


「ここは木陰がたくさんあるし、そのあたりで休むか?」


「いえ、もう平気です。……師匠のお水も頂きましたし」


「そうか? なら、いいんだけど」


 本人がそう言うなら、もう問題ないのだろう。


 白かった肌も赤くなっているし……調子は取り戻したと見て、間違いなさそうだ。


「なら、ダンジョンに入る前にフィナに心構えを一つ教えておこう」


「心構え、ですか?」


「そう。ダンジョンには魔物が多くいる。これからランクが上がるにつれて死を意識する場面にも遭遇するだろう。だからこそ、気の持ちようが大切なんだ」


「なるほど。師匠はどんなことを考えているんですか?」


「恐怖を飼い慣らす。ただ恐れるのではなく、楽しむ。俺はこの二つを心掛けている」


「恐怖を……飼い慣らす。楽しむ……」


 自分に言い聞かせるように繰り返しつぶやくと、フィナは手をぎゅっと握りしめる。


 俺の感覚を己のものにしようと意識に刷り込むように。


「わかりました。念頭に置いておきます」


「じゃあ、ダンジョンに入ろう。クエストを開始する」


 ――で、すでに10階層まで来てしまっていた。


「切り返せ――【風術:逆凪ウィンド・バウンス】」


 ボーン・アーチャーたちが射った矢を風の魔法で撃ち返す。


 奴らはそれらを避けて、次発を構えるが時すでに遅し。


牽制をしている間に、後方の魔法使いフィナの詠唱は完了していた。


「【迅雷槍エレキテル・ランス】!」


 乱雑に伸びた雷の槍は獲物を捉えて、意識を刈り取る。


 どくろの赤い眼は黒ずみ、カランと弓が落ちる音が響いた。


「ふぅ……」


 額をぬぐうフィナ。


 彼女は魔物を倒すためにずっと第二節の魔法を使っている。


 魔力の残量的にも、この辺りが限界だろう。


 そもそも一日で10階層まで下りれるとは思ってなかった。


 俺はあくまで手助けだけで攻撃は全て彼女が行っている。


ここまでたどり着けたら進捗としては満点だ。


魔力回復薬マジック・ポーションを飲んだら、今日はもう切り上げよう」


「……はい」


 その返事にいつもの明るさはない。


 やはり一気に10階層はやりすぎだったか?


 フィナはまだ弱冠15歳。無理はさせられない。


「ほら、こっちにこい」


 俺はしゃがんで、背中をフィナに向ける。


 すると、彼女は慌てて否定した。


「あっ、違うんです、師匠! 疲れているわけじゃなくて! ちょっと試したいことがあるんです」


「なんだ? 教えてくれ」


「その……えっと……」


 指をもじもじさせて悩むフィナだったが、踏ん切りがついたのか顔を上げてこう言った。


「私一人だけで魔物と戦ってみたいです!」


 弟子のお願いを受け、俺は思考の海に潜る。


 一対一はいずれ通らなければいけない道。


 俺も骸骨王との戦いでフィナに経験させようとは思っていた。


 だが、それも未来の話。


 まずは俺と組んで数回ほど骸骨王を倒してから、一人で攻略させるつもりだった。


 Eランクの骸骨王が20階層にいることを考慮すれば、今日の10階層だって十分すぎる成果。


 ……経験は早いうちに積ませておいていいかもしれないな。


 なにより本人が直談判しているのだ。


 このやる気をそぐよりも伸ばした方がフィナのためになる。


「……わかった。やってみるか」


「あ、ありがとうございます!」


「ただし一戦だけだ。明日は回数を増やすから、今日はそれで我慢な」


「わかりました!」


 フィナ特有の元気な返事に安心し、さっそく俺は手ごろな魔物を探しだす。


 ……前方に進んだところに、ちょうど三体いるな。


 フィナは俺に手を出してほしくないようだから、彼女の後ろで見物といこうか。


 危険だと思えば、助けを出せばいい。


「フィナ、構えて」


「……!」


 フィナは杖を強く握りしめると、眼前を見据える。


『クケケッ!』


 そして、暗闇からカラカラと喉を鳴らして、姿を現した。


「紫電よ、はしれ――【雷精の戯れスパーク】!」


 杖から放たれた電撃は骨戦士ボーン・ソルジャーをマヒさせる。


 だが、そうしている間にも後衛のアーチャーの攻撃が行われていた。


「えいっ!」


 フィナは杖で二つの矢を落とすと、なんと自ら前に突っ込んでいった。


「【猛る雷の精霊よ】」


 想定外の動きに慌てたアーチャーたちは、同じく動けないボーン・ソルジャーを盾にして隠れる。


 耐久力に自信のあるソルジャーも仲間をかばうために受け止める姿勢をみせた。


「【すべてを貫く光と成れ――雷撃剣ライトニング・ブレイド】」


 トンと杖でボーン・ソルジャーの腹を叩いた。


 瞬間、雷光がアーチャーの体ごと貫く。


 雷の剣は骨に阻害されることなく、三体まとめて焼き焦がしていった。


 貫通攻撃を食らった骨の怪物は最後の一言を残すように顎を鳴らして、バラバラと崩れ死ぬ。


「や、やりましたっ!」


 息を整えることも忘れて、興奮気味のフィナは笑顔を向ける。


 時間にして数分にも満たない。


 だけど、彼女は間違いなく死闘をしたのだ。


 己の命を懸けた戦いを。


「おう。嬉しいのはわかるけど、落ち着け。汗もすごいぞ」


「あ、あれ? 本当だ。全然気が付きませんでした……」


「それだけ緊張していたんだよ。でも、緊張以上に集中できていたから、あいつらを倒せたんだ。それは誇っていいぞ」


「は、はい!」


 わしゃわしゃとフィナの頭をなでる。


 帽子をかぶせると、軽い彼女を抱きかかえた。


「し、師匠!?」


「疲れただろ? 遠慮するな」


「い、いえ、そういうことじゃなくてですね……」


 指をもじもじとさせるフィナだが、声が小さくて何を言っているのか聞き取れない。


 なので、勝手ながら今後のスケジュールを彼女に伝えることにした。


「明日は一気に20階層まで潜るからな。フィナが無事に一人で骸骨王を倒せたら、お祝いにご飯をおごってやろう」


「ほ、本当ですか!?」


「前に約束していたしな。一緒にご飯食べに行こうって」


「明日は今日以上に頑張ります!」


 鼻息を荒くするフィナ。


 いつでもやる気十分である。


「ちなみに明日はこの抱っこはなしだからな」


「どんとこい、ですっ」


「それは頼もしい。ギルドに報告するまで、一人でやってダンジョン攻略だからな」


 そして、きっとその未来はあっさりとやってくるだろう。


 彼女に敷かれた道のりは明るい。


 何事もなく進めば間違いなく世界に名をとどろかせる。


 俺も追い抜かれないように一層努力をしよう。


 そんなことを思いながら俺は出口へと足を運んだ。

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