story1-7 過去ではなく、未来の話を
「またいつもの発作ですか。返事は言わなくともわかるでしょう」
「俺は本気です。アリサさんには俺たちの《専属》としてサポートしてもらいたい」
ギルドには一つのパーティーのみを受け持つ《専属》というシステムがある。
日ごろ忙しい高ランク帯の冒険者に変わって、ダンジョンに必要な道具を用意したり、情報を集めたり多岐にわたる支援を行う。
実質パーティーの一員となるのと差異はない。
しかし、ギルド職員にしか知り得ない情報も確実に存在するので《専属》を重宝する冒険者も多い。
活躍に見合った報酬ももちろん支払うことになる。
「お断りします。私にも受付嬢としての仕事が」
「でも、担当している冒険者は俺とフィナしかいませんよね」
「…………自分の愛想のなさは自覚しているつもりです」
「昔はもっと笑っていましたよ」
「……うるさいですね」
露骨にイラっとしたのがよくわかる。
アリサさんは表情の変化は疎いが、声色では判別しやすい。
図星を突かれたからか。過去との違いについて触れられたからか。
「《専属》になってくださったら、もちろん報酬は弾みます」
「お金の問題ではありません」
「メリットしかないと思いますが」
「あなたに襲われる可能性という最大のデメリットがあります」
「アリサさんはそれを本心から思って言っていますか?」
「っ……」
俺の問いに言葉が詰まる。
彼女が本気でそんなことを言うような人ならば、俺はこんなに好きになっていない。
アリサさんが優しくて、真面目で、誰よりも他人を想う人だと知っているから、俺は愛を伝え続けているのだ。
縁を切ることだって彼女の立場なら簡単にできる。
その手段を取らないのは、アリサさんもまた無意識に悩んでいるのだ。
告白を受け入れるか、受け入れないかを。
「…………」
互いに無言の時間が続く。
……今日はこの辺が潮時か。
「今すぐにとは言いません。でも、アリサさんがちゃんと考えて出した意見を聞くまでは俺は待ち続けます」
「……どうしてあなたはそこまでまっすぐに……私を」
「アリサさんを幸せにしたいからです」
俺の答えにアリサさんの顔が一瞬くしゃりと歪む。
【氷結の冷嬢】の仮面が綻びるほどに俺の言葉は彼女の心を揺さぶっていた。
「そして、死ぬまで楽しい時も、悲しい時も隣で過ごす。この想いはずっと変わっていません」
「……そう、ですか」
自分の肩を抱き、うつむいたアリサさんはこちらに背を向ける。
「……当初の目的は達成しました。今日はここで解散にしましょう」
「そうですね。……アリサさん」
「はい」
「あなたと明るい未来を共にできることを楽しみにしています」
「…………」
特に返事をすることもなく、アリサさんは家から外に出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺から一歩踏み出したあの日からすでに二週間が経った。
あれからも俺たちのやり取りに変化はない。
アリサさんの受付嬢としてのプロ根性なのか、それとも師匠としての意地か。
どちらにせよ、俺が告白して断られる儀式は今も続いている。
今日はどうやって愛を伝えようかとギルドへやってくると、すでにフィナが椅子に座って待っていた。
ちなみにまだフィナには共有ハウスの話はしていない。
彼女の性格上、変に気を遣いそうなのは明らか。
なので、買取の契約を終えて正式に我が家になってから伝えるつもりでいる。貴族とのやり取りは不動産屋に任せているが、そろそろ話がまとまる頃だろう。
「あっ、師匠!」
俺の姿を見つけた彼女はどこか興奮気味だ。
ということは、すでに済ませたのだろう。
FランクからEランクへ至る儀式を。
「師匠、師匠! ランクアップできましたぁ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、更新されたギルドカードを見せるフィナ。
バルンバルン揺れる胸から必死に意識を逸らし、視線を手元へ落とした。
確かにランクは一つ上がってEになっている。
「まだ二週間なのにランクアップできるなんて思っていませんでした!」
フィナの言う通り、これは異常な速度である。
俺の付き添いのもとDランクのクエストを受け続け、格上とばかり戦ってきたからだ。
彼女の類まれなる力があったからこそ達成できた。
これこそが上位の冒険者と初心者が組む最大のメリットである。
最もフィナの場合はすでにDランクに匹敵する実力を持ち合わせていたから、ここまで順調に進めているのは違いない。
「フィナが頑張ったからさ。苦手なトレーニングもしてるしな」
「はい! アリサさんも褒めてくれました!」
「そうかそうか。よかったな」
元気いっぱいの返事をする彼女の頭を撫でる。
にへへ……と目を細めるフィナ。
「じゃあ、アリサさんへのお礼ついでにクエスト探してくるから、ちょっと待っていてくれ」
そう言って、俺は今日も彼女のいる受付口に顔をのぞかせる。
カウンター越しに目を合わせると、あいさつを交わした。
「あなたを攻略できるクエストはありますか?」
「次の方、どうぞ」
息をするように口説き文句が出てしまう辺り、俺の想いも限界なのかもしれない。受け取ってもらえない愛情があふれ出る寸前なのだろう。
どっちにしろ告白するつもりではあったのだが。
なので、続行することを選択した。
「わかりました。訂正します」
「ご理解いただけて幸いです。では、どのようなクエストをお探しですか?」
「あなたと結婚できるクエストを」
「女王ゴブリンと二泊三日のクエストをご用意させていただきました。末永き幸せを祈っています。結婚式にはぜひお呼びください」
「すみません。フィナと行けるダンジョン関連のクエストはありますか?」
「最初からそうおっしゃってください。そうすれば」
「そうすれば、俺の好感度は上がりますか!?」
「最低値で固定されていますので、これ以上は難しいかと」
ニコリと外行きの笑顔を貼り付けるアリサさん。
作り笑いでも嫌な気分にならないのだから、やはりアリサさんは絶世の美人である。
というか、アリサさんが笑顔を向けてくれたのって、初めてじゃないだろうか。
この前のはノーカンだし。
先日のやり取りで好感度上がっているのでは? 俺の深い深い愛がついに届いてしまったか……。
「ふっ、罪な男だぜ……」
「……そのようなことはありませんので、ご安心ください」
「え?」
「考えていることが駄々洩れでしたよ。最初から最後まで」
やばい、急に死にたくなってきた。
あんな恥ずかしいことをアリサさんの前で言ってしまうなんて、変態扱いされ……あ、もうされているか。
なら、気にすることもない。
堂々としておこう。
「すみません、全て本音です」
「……嘘だったら、私も幾分か楽だったのですが……まぁ、いいでしょう。こちらのクエストをおすすめします」
彼女から差し出されたのは、ダンジョン【魔人の隠れ家】での討伐クエスト。
【魔人の隠れ家】はアヴァンセから最も近い初心者向けのダンジョンだ。
Eランク相当の
ダンジョン攻略は冒険者として名を上げるならば絶対に通る道で、フィナにとっても申し分ないだろう。
「討伐対象は?」
「
20階層に君臨する魔物を束ねる大将的存在。
こいつを一人で倒すことができれば、脱・初心者と自他ともに認められる。
対戦経験のある俺から見ても、今のフィナで五分五分。
ダンジョン内での経験値も勘定に入れると十分にこなせる範囲だろう。
「私は数日お休みですので、その間はダンジョンに挑戦されるのがちょうどいいと思います」
「そうですね。優秀な人材はどんどん挑戦したほうが良いですし」
アリサさんがいない間はこのギルドに来る予定はない。俺はアリサさんに会いにギルドに来ているからな。
三日もダンジョンに挑み続ければ、フィナなら攻略できる。
「フィナならやってくれると確信しています」
「私は数日お休みをいただきますが、いい報告を期待して待っていますね」
「フィナにも伝えておきます。いってきます」
「いってらっしゃいませ」
アリサさんに送り出されて、俺もフィナのもとに舞い戻る。
彼女はゆらゆらと体を揺らして、掲示板を眺めていた。
「お待たせ、フィナ」
「いえいえ、そんなことは!」
俺の言葉にブンブンと手と首を振るフィナ。
「はっ、師匠! 今日はアリサさんとの勝負どうでしたか!」
「惨敗だった」
「そうですか!」
なんで、ちょっと嬉しそうなの?
師匠も二人から責められると泣いちゃうんだけど。
「大丈夫です。師匠はいいところがたっくさんありますから! これからも頑張りましょう!」
「フィナ……!」
こいつ……嬉しいこと言いやがって……!
ぼっちウイッチってからかおうと思っていたけど、やめよう。
「よし! 今日はダンジョンに潜るぞ! 俺についてこい!」
「はい、師匠!」
絆を深め、俺たちは駆け出す。
新たなステージを求めて……!
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