story1-6 一緒に出掛けたなら、それはもうデート

 恋に生きる俺の朝は早い。


 なぜなら、ギルドを開けるのは必ずアリサさんと決まっているからだ。


 今日も一番乗りで鍵がかかったドアの前で待っていると、愛しの君がやってくる。


 あっ、冷えた手に息を吹きかけるアリサさん可愛い……。


「おはようございます。いい天気ですね。デートしませんか?」


「100万デル用意してくれるのなら考えますよ」


「今から銀行行って下ろしてきますね!」


「…………」


 ちゃんと言われた通りにしようとしただけなのに、なぜ俺は白い目で見られているのか。


 アリサさんは一つため息を吐いて、ギルドのドアを開ける。


「冗談です。積まれてもデートしません」


「そんな!?」


「だいたい私なんかにお金を払うくらいなら、もっと自分に使ってください。あなたが贅沢をしている噂をこれっぽっちも聞きませんが」


 アリサさんのご指摘通り、俺は報酬のほとんどを貯めている。


 理由の一つは結婚資金で、もう一つは他に興味惹かれるものがないから。


 宿も最低限生活できるレベルであれば構わないし、服や装飾品もアリサさんとのデート用(いつか使う日が来ると信じて)しか買っていない。


「食生活や寝具の優良さが調子につながります。あなたも初心者ではないのですからわかりますよね?」


「でも、今までやってこれてますし」


「いつだって最善を尽くすのが優秀な冒険者です」


 ここまで引かないアリサさんも珍しい。


 なんだかんだで一年間組んでいるが、デートのお誘い以外は俺の意見を尊重してくれていたんだが……あっ。


 気づいたけど、もしかしてアリサさん……。


「……俺のこと。めちゃくちゃ心配してくれてます?」


「……ギルドの職員として当然の指摘をしたまでですが?」


「じゃあ、なんで目を背けるんですか〜? こっち見てくださいよ〜?」


「拒否します」


「俺を見たら惚れるから?」


「吐き気を催すので」


「もっといい誤魔化し方ありませんでした?」


 とはいえノーダメージ。流石の俺も彼女が照れ隠しで言ってるのはわかる。


 彼女も正直な人だ。


 毅然とした態度で職員の義務だと言えばよかっただけなのに。


 本当に心から俺を心配してかけてくれた言葉だったのだろう。


「そんなにニヤケられると流石に不快なのですが」


「嬉しくて、つい。それよりもアリサさん、お願い聞いてもらえません?」


「デートもお付き合いも結婚もお断りしますが」


「違いますよ。それとは別件」


 そう言って、俺はアリサさんに複数枚の紙束を渡す。


「拠点となる家を買おうと思うので、アドバイス役として一緒に回ってくれますか」


 彼女は目をパチクリとさせると、渋々といった様子で「お昼まで待ってください」と答えてくれた。

 



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 彼女が仕事をしている間に私服に着替えた俺は邪魔にならないギルドの外から少し離れた場所でアリサさんと合流した。


 ギルド内で待ち合わせすれば大騒ぎ間違いないからな。


 アリサさんにいくら大金を積んだのかと話題をかっさらうだろう。


 それだけ俺の女性からのモテなさは異常だ。


「アリサさんに質問なんだけど、どうして俺ってモテないんだろう?」


「モテるじゃないですか。よく話題になりますよ。一部の男性職員たちの間で」


「アリサさん一生俺の担当でいてね? 一生俺のパートナーでもいいよ? むしろ、そうならない?」


「全て却下です」


 うーん今日も手厳しい。


 でも、諦めない。


「私も一つ疑問があるのですが……どうして私が恋愛対象なのでしょう?」


「一目ぼれしたからです」


「仮にそうだとして幻滅したりしませんか?」


「むしろ、もっと惹かれました」


「なるほど。真性のマゾヒストだと……」


 とんでもない誤解がプロフィールに追加されている。


「違います。アリサさんとお話しできるだけで嬉しいんですよ。なにせ十年近く会えていませんでしたから」


「……もうそんなに経ちますか」


「あなたを追いかけて冒険者になって、やっと見つけたんです。そう簡単には逃がしませんよ」


「まったく……困った人を弟子にしてしまいました」


 呆れた様子で首を振るアリサさん。


 そんな些細な仕草さえ絵になるのだから、本当にきれいな人だ。


「私としては早々に諦めてほしいのですが」


「それこそ諦めてください。俺の想いはちょっとやそっとの風では消えませんから」


「……その言葉が嘘だったらどれだけよかったか」


「何か言いました?」


「いいえ。……ほら、見えてきましたよ。あそこが私のオススメです」


 アリサさんが指さした先にあったのは一人で過ごすには十分すぎる物件。


 俺が手渡した資料の中から彼女がピックアップしたところだ。


 過去に貴族のボンボンが冒険者として箔をつける間、使用していたらしいが不必要になったので売りに出したらしい。


 少し古いのと手入れがされていない分、お安くなっている。


 ギィときしむ鉄柵の門を開けて、玄関をくぐる。


 事前に聞いていた通り埃っぽいが魔法を使って掃除すれば苦痛な作業でもない。


「外から見た時も思いましたが、ずいぶんと広いですね。あなた一人では持て余すのでは?」


「住むのは俺だけじゃありませんよ。フィナも一緒です」


「……なるほど。パーティーで共有して使うわけですか」


「はい。フィナのやつ、王都から出てきて一人暮らししているので、それならここで共同生活した方がいいかなと」


 浴場も壊れてはいない。水回りも使えそうだし、壁や天井に修繕が必要な箇所も見当たらない。


 掃除さえすればすぐにでも暮らせるな。


「そうですね。生活の基盤が安定すれば不安もなくなりますし、こと異性と過ごすことになってもあなたなら心配ないでしょう」


「俺のことをよく理解してくれて嬉しいです」


「ええ、毎日求愛されていますから」


「俺もアリサさんの罵倒にこもった愛をを毎日感じていますよ」


「変態もここまで突き抜けるといっそ清々しいですね」


「ははっ、褒めてもらえて光栄です」


「…………」


 甘いですよ、アリサさん。


 十数年、あなたを想い続けているバカのメンタルはそんな罵倒程度で折れるほど軟ではありませんから。


 冷たい視線を背中に受けながら、螺旋階段を上って二階に配置された4つの部屋を確認する。


 ここも一階同様、問題はない。


 家具一式も放置されているのは助かるな。ベッドのシーツやカーテンだけ取り換えるだけでよさそうだ。


「しかし、思い切りましたね。あなたがこの街に拠点を構えるメリットなんてほとんどないでしょうに」


「師匠としてできる限りサポートしてあげたいですから。あなたが俺にしてくれたように。……それにこうやって帰ってこれる居場所を用意してあげれば急にいなくなる……なんて心配もなくなるでしょう。ね、アリサさん?」


「…………」


 彼女は無言を貫いて、サッと目をそらした。


 ちょっと意地悪したが、どうやらそのことについては彼女も多少なりの罪悪感はあるようだ。


 例の事件の後、アリサさんは一言も告げることなく俺の目の前から去った。


『いってらっしゃい』のまま終わっているのだ。


 アリサさんの心はまだ過去にいて、『ただいま』を言えていない。


 一年間、接してきて分かった。


 このままではダメなんだと。嫌われても構わない。


 嫌われるより、またアリサさんがいなくなってしまうことの方が俺にとっては辛いから。


「というわけなので、アリサさん」


「何でしょう? 確認が終わったなら、もうギルドに戻り」


「俺たちと一緒に住みましょう」


「……は?」


 だから、ここで一歩踏み出す。


 過去で時が止まっているアリサさんを連れ戻すために。

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