story1-5 冷嬢の微笑み

「わぁ……! これがクエスト報酬! 私が稼いだお金……!」


 自分の掌に載せられた銀貨をキラキラとした目で見つめるフィナ。


 今回のクエストの報酬は全部彼女のものにした。


 俺はお金に困っていないし、初めてのクエスト達成記念だな。


 いい意味で誤算だったのは彼女はもっと上のランクのクエストを受けても通用すると判明したこと。


 いきなりCランククエストに帯同とはいかないが、Dランクなら俺が一緒なら受けても構わないだろう。


 もちろんアリサさんとも打ち合わせはするつもりだが。


「今日はありがとうございました! 明日からもお願いします!」


「おう。今日と同じ時間にここで待ち合わせだ」


「わかりました! では、失礼します、師匠!」


「じゃあな。しっかりケアをしておくんだぞ」


「はーい!!」


 俺はフィナの姿が見えなくなるまで、手を振り続ける。


 ……あの子、何回振り返るんだろう。


 いや、約束ごとが嬉しいとか、誰かに見送られるのが新鮮だとか理由の見当はつくけどさ。


 本人に聞かなかったのはファインプレーだな。


 彼女の過去話は精神衛生上あまりよろしくない。


「……驚きました」


 ボソリと呟いたのは俺が占領している受付口の主、アリサさん。


 朝こそクエストの取り合いになるのでどの受付窓口も行列ができるが、夕方にでもなれば話は違う。


 基本的にアリサさんのもとに来る冒険者はいない。


 なぜなら、奴らはうまい酒と優しい女が好きだからだ。


 冒険者はクエストから帰ってきたら笑顔で癒されたいのである。


 俺もアリサさんの笑顔に癒されたいので、ちょっとした小粋なジョークでも挟もうか。


「驚いたって……俺が実はイケメンだったってことにですか?」


「…………」


「無言だけはやめてくれませんか」


「……あなたがここまで懐かれるとは思っていませんでした」


「これでも学院時代も後輩の面倒を見ていたりしてたんですよ。卒業式にはお祝いの花束なんかももらいましたし」


「なるほど。いつも通り私へ向ける求愛態度も変えていなかったので流石に幻滅されると予想していましたが……間違いだったようです」


「今日、いつもより罵倒にキレがありますよね。気のせい?」


「…………」


 このスルーである。


 フィナに向ける優しさをちょっとでもいいので俺にも割いてほしい。


 それだけで俺はダンジョンを最下層まで攻略してくるだろう。


 アリサさんの応援があれば魔王も倒せる気がした。


 それはそれとして、アリサさんには偽らざる本心を伝えておく。


「誰にでもちゃんと向き合う時は真剣でいますから。昔、自分にいろいろと叩き込んでくれた最も尊敬する人のように」


「……そうですか」


「ええ。彼女はたくさん友達が欲しいみたいなので絶対に百人作らせてみせます。そのついでに彼女を世界有数の魔法使いに育てます。レイジ・ブルガンクの名に懸けて」


「…………」


 師匠とまで呼んで、あんなに慕ってくれるのだ。


 どんな怠け者だって真摯に向き合おうとするだろう。


 預かったからにはフィナが自慢できる師匠でいようと思った。


 俺がアリサさんにしてもらった時の真似さ。俺という男の根幹はアリサ・ヴェローチェに染められている。これを変えることは早々できないと確信を持つほどに。


 そして、それは俺にとっての誇りだ。


「……あなたは昔から愚直に真っ直ぐな人でしたね」


「ははっ、ようやく思い出してくれ――」


 ――ましたか、と続きは紡げなかった。


 アリサさんが口元に手を当てて、微笑んでいたから。


 瞳に映った、彼女のずっと恋焦がれていた姿に心を奪われる。


 錯覚かと思い、目をこするが……。


「私の顔に何かついていますか?」


 いつもの冷嬢がそこにはいた。


「……いえ、なんでも」


「では、私も業務に戻ります。お二人の結果をまとめなければいけませんので」


 無理に話を切り上げる妙な早口で喋る態度はまるで恥ずかしいから言及するなと言われているみたいで。


 俺はついおかしくて、笑みをこぼしてしまうのであった。


「なに一人でニヤニヤしてんの。怖いんですけど」


「……さて、アリサさんも中に引っ込んでしまったし、俺もそろそろ帰るか」


「へぇ、無視するなんていい度胸じゃない……!」


「わかった。話を聞くから肩を離せ。指が肉に食い込んでるぅぅぅぅ!?」


 アリサさんと入れ替わる形で話しかけてきたのはミリア。


 こいつはいつもタイミングでも見計らっているかのように現れる。


 せっかくいい気持ちだったが、それを口にするとまた怒りを買いそうなので彼女が話題を切り出すのを待つことにした。


「あんた、パーティー組んだんだって?」


 ミリアがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。


 おもちゃを見つけた子供みたいだ。


「それも年下の女の子って聞いたけど? いつから趣味が変わったのよ」


「いや、俺はアリサさん一筋だぞ。フィナは才能あふれる子だからな。一緒に組むことにした」


「なーんだ。面白くないの。でも、レイジがそこまで言うってことはよっぽどなんでしょうね」


「それに勉強熱心で素直だ。スポンジみたいに新しいことを吸収していく」


「ふーん……名前なんだっけ?」


「フィナ・リリーノ。一年もしないうちに、俺と一緒に有名になると思うから覚えておいてくれ」


「フィナね、りょーかい。その子もアリサさんの担当?」


「パーティーメンバーは同じ受付嬢に担当してもらった方が都合いいのは知っているだろ?」


「それはそうだけど……。そんなに有望ならアタシが先に声かけてたのに。つくづくツいてないわ」


 ぷくっと頬を膨らませて頬杖をつくミリア。


 こればっかりは運だからな。もちろん担当受付嬢を指名することもできるが、ほとんどの冒険者は初めて相手をしてくれた人がそのまま担当になる。


 ちなみにミリアはこのギルドでわずか一年という短い期間でトップに立ったやり手。


 俺相手には手厳しいが、どうやら他の男の前では猫かぶりをしているらしい。


 ふっ、小賢しい女。


「ねぇ、ちょっとむかついたからビンタしていい?」


「どうして許可が出ると思ったのか教えてもらいたいくらいだ」


「だってレイジってすぐ表情に出るし……失礼なこと考えているってすぐにわかったもの」


 もしそれが本当なら、俺が『アリサさんは今日も可愛いな』とか『書類を見つめる姿も麗しい』などと考えていることも筒向け、ということになる。


 ……あれ? 別に気にすることでもないな。


 これくらい普段から直接伝えてるし……うん、ヨシ!


「……またキモいこと考えてる」


「ひどくない?」


 どうして俺の周りは冷たくあしらう人が多いのか。


 フィナを見習ってほしいものだ。あいつはナチュラルに煽るところがなければ、何でも楽しそうに反応してくれるいい子なんだぞ。


「……話はそれだけか? 俺も用事があるからそろそろ解放してほしいんだが」


「用事? こんな時間から?」


「ああ。アリサさんがそろそろ退勤の時間だから職員用の入り口で張り込む必要があるんだ」


「なんでスケジュール把握してるの? 本当に気持ち悪いんだけど……」


「本人公認の変態だから安心してくれ」


「どこに安心の要素があるのか、ぜひ教えてほしいところね」


 毎日アリサさんに会いたくてギルドに通ったおかげで取得した情報だ。


 アリサさんは月末にまとめて休むことが多い。


 その前日は定時より早くに帰宅するのが決まりになっている。


「はぁ……その行動力をもっと他に活かせないの? 王都に集中すればレイジならSランクまで到達すると思うけど?」


「流石にそれはお世辞が過ぎないか?」


「これでもあんたの実力は知っているつもりよ。魔王だって倒せるかもしれない」


「魔王か……」


 冒険者になってからも、魔王討伐なんて考えたこともなかった。


 とにかく俺の人生の第一はアリサさんとの幸せな生活なのである。


 魔王討伐よりも大切なものが目の前にあるのだから仕方がないだろう。


「そうそう。魔王軍の幹部に動きがあったって、王都ではすごい噂なんだから」


 目をキラキラと輝かせるミリアの語りは続く。


「幹部の懸賞金もすごい額だもの。一生は遊んで暮らせるでしょうね。もし、レイジが倒したら……彼女に立候補してあげてもいいわよ……なんて」


「……守銭奴」


「ち、違うわよ! ただ、私は純粋に……」


「純粋に……?」


「……なんでもない。幹部を倒せば、誰でも格好よく見えるんでしょうねって話」


 プイっと顔を逸らすミリア。


 彼女は麗しい見た目から学生時代もよく男子から告白されていたが、三年間で誰にもなびかなかった女性だ。


 そのミリアですら幹部を倒せば格好いいと思う、それはつまり。


「……アリサさんも俺のことを好きになってくれる可能性が……?」


「ないわ! ゼロよ、ゼロ!」


 ですよねー。


 つい先日、自分も似たような結論を出したばかりじゃないか。


 アリサさんはうわべの評価だけで惚れてくれない。


 助言してくれた彼女には悪いが、今の俺が達成すべき目標にはあまり関係がなさそうだ。


 魔王だの幹部だの、そういうのは後回しだな。


「いつもありがとうな。また明日な」


「……はぁ。はいはい、お疲れ様。逮捕されないようにね」

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