story1-4 目指すは結婚の男とボッチ卒業の女

 世の中に蔓延る魔物たちだが、奴らにも多くの種族が存在する。


 よく見かけるのはスライムやゴブリン。地域によってはフライ・ビーやロック・ゴーレムなど。今回もゴブリンといわゆる初心者向けの魔物がクエスト対象だ。


 さらに生息地によって魔物の強さも変わってくる。基本的にダンジョンに生息する魔物よりも野良と呼ばれる魔物の方が弱い。


 ゆえに初心者たちはまず野良を狩るクエストから経験を積んでいく。


 そこから討伐するクエストランクも上げていき、ダンジョンへと潜って徐々に難易度を上げていくのが冒険者の王道とされる。


 ちなみに時折、野良にもDランク相当の魔物が現れたりする。ダンジョンから抜け出して、野生になったパターンだな。


 俺のアヴァンセでの役目は主にそいつらの狩りか誰も手を付けない余りクエストの処理だ。


「いいか。今回のゴブリンは正直言ってフィナの相手じゃない。だけど、油断したらあっさりと命を奪われるのが戦いだ。気を引き締めるように」


「わかりました……!」


「でも、魔物と戦うのは初めてだろうし俺もサポートするから、フィナの魔法の実力を見せてくれ」


「はい! ドカンとやっちゃいます!」


やる気十分なのはいいが、肩に力を入れすぎだな。


目的地までまだあることだし、緊張をほぐす意味でも雑談でもしようか。


「そういえばフィナはどうして冒険者になったんだ? まさか本当に俺を追いかけてきたわけじゃないだろう?」


「……? 本当ですよ?」


「えっ……」


「私はずっと一人ぼっちだったので師匠の強さがあれば人生が楽しくなると思ったんです!」


 それからフィナは感情豊かに語りだす。


 昔から影が薄くて、なぜか誰にも認識されず、勉強だけが友達だった過去。


 いつもテストで一位を取った時だけ注目されて、それが唯一の楽しみだったこと。


 高等部に進めば友達ができると思ったけど、そんな幻想はなく、一人寂しく帰る日々。


「おお、もう……」


 聞いているこっちがいたたまれなくなってきた。


 たどたどしくも、フィナは喋りやめることをしない。


きっと誰かと話すのが楽しいんだろう。


「でも、そんなときに師匠の噂を聞きました。一人で狩りを行う凄腕の新人が現れたって。それから師匠について調べていたら、いてもたってもいられなくて……学院を卒業した後、冒険者になりました!」


「首席卒業だったんだろ? 大丈夫だったのか?」


「お母さんもお父さんも背中を押してくれました。フィナがやりたいことをしなさいって。だから、私、後悔もしていません。だって、憧れの師匠と冒険をしているから!」


「フィナ……」


 なんて純真無垢な子なんだろうか。


 それでいて、ちゃんと覚悟を決められる芯の強さも持った、彼女は立派な冒険者の卵だ。


 冒険者を始める理由なんて、なんでもいいのだ。


 俺はアリサさんと結婚するため。


 フィナはぼっち脱出のため。


 誰にも譲れない思いがあるならば、きっとそういう冒険者は大成する。


 フィナの決意に胸打たれた俺は片膝をつくと彼女の両手をそっと握った。


「フィナ。これから俺たちはずっと一緒だ。フィナが嫌だと思う日まで俺は(師匠として)隣に居続けよう」


「……ふぇっ!?」


「だから、二人で頑張っていこうな!」


「は、はい……。末永くよろしくお願いします……」


「ん? 顔が赤いぞ? まだ緊張してるのか?」


「い、いえ! 大丈夫です! クエスト頑張りましょう!」


「よし! その意気だ!」


 どうやら適度に緊張もほぐれてきたようだ。


 草原を歩き、森林に近づいてきた。


 目撃情報はこの辺りで出ている。道具を使って、おびき出すとしよう。


「師匠、それは?」


「若い女性特有の匂いを染み込ませた布。これを置いて風魔法で森へ向けて匂いを流してやると……【風術ウィンド】」


ゴブリンは若い女の肉を好む。


もちろんそれ以外にも狙う目的はあるのだが、わざわざフィナの前で言う必要もないだろう。一般常識だからな。


俺が使っている布は冒険者の間では当たり前のように取引されている道具だ。


だから、フィナ。ちょっと引いた目で見ないでくれ。


説明を怠った俺も悪いけど……!


「ゴホン! ……ほら、出てきたぞ」


 ガサガサと茂みから顔を覗かせる三匹の醜い亜人。数は依頼書に記載されているとおりだ。


 ゴブリンは仲間意識が強い。群れをなさずに行動しているのは上位種だけ。


「フィナ。魔法の準備を。俺が合図したら、好きな魔法をぶっ放していい」


「師匠はなにを?」


「俺は前線に出て、あいつらの足止めだ」


 魔法を使うのに必要な媒体――魔石。これが魔力を超常現象を引き起こす力に変換する。


 俺は蒼と翠の魔石が埋め込まれたグローブをはめる。


 フィナもゆるふわした雰囲気こそ変わらないが、杖を握る手には力が込められていた。


「俺が飛び出したら魔法を撃つ準備をするように」


 ゴブリンが匂いの正体に気づく前に勝負を仕掛ける。


 3,2,1……。


「ゴー!!」


「フィナ・リリーノ、行きます!」


 杖をクルクルと回すと、黄の魔石がはめ込まれた先端を空高くに掲げる。


 彼女の魔力が凝縮し、一点に集まっていくのがわかった。


 本当にどでかい魔法を撃つつもりだな、これは。


『ッ!』


 魔力の奔流に気が付いたゴブリンがこちらに振り向く。


 逃がすわけにはいかないので、奴らめがけて駆け出しながら足止めの魔法を放つ。


「大地に恵みを広げろ――【水術:円散レイン・エリア】」


ゴブリンたちの足元に多量の水溜りが出来上がる。


『ギャッ!?』


俺を迎え撃とうと走り出した奴らは足を滑らせて盛大に転んだ。


ただのゴブリンは悪知恵は働くが、基本的に脳みそはクソだ。


だから、こうして搦め手を使ってやれば簡単に主導権が取れる。


「乱れ切り裂け――【風術:風乱刃ウィンド・スライス】」


撃ち出された風の刃は容赦なく命を刈り取る。


2匹はなんとか体を転がして避けたが、頭を打ってふらついていた個体の首は呆気なくすっ飛んだ。


『グルァ!』


「ふん!」


 仲間の死に怒った1匹が木の棒を振り回して突進してくるが、顔面を蹴り飛ばして距離を取る。


 フィナのためにこいつらは生かしておかねばならない。


『グギャァ!』


「うるさい口は封じておこうか。【水術:円散】」


無詠唱魔法。正式な手順を省略する分、威力は落ちるが展開の速度は速くなる。


今度は奴らの頭上から体を濡らすように降り注ぐ水。


もちろん、これで終わりじゃない。


俺はあの【氷姫】の弟子。もちろん最も得意としているのは水魔法と風魔法を融合させた氷魔法!


「【風術:激風ウィンド・バースト】。これで凍りつきな」


『グギ……ギャ……イギ……』


手から放たれた強烈な魔力がこもった風によって、ゴブリンの身体に付着した水が氷へと変化して自由を奪っていく。


急激に低下した体温。奴らの動きは鈍り、逃げることもできない。


ゴブリンたちはここでようやく気付いただろう。


自分たちは命を狩られる側で、人間えものたちに騙されたのだと。


いつもならこのまま剣で首を断っているところだが、今日はそうもいかない。


「安心しろ。きっと俺よりも一瞬であの世で送ってくれると思うぜ、あの子がな」


ゴブリンたちの目が見開く。


俺の後方。待機命令を出していた彼女は俺とゴブリンがやりあっている間、ずっと魔力を練っていた。


あの小さな体のどこに隠されていたのかと疑うほどの魔力量。


俺でさえビリビリと背中に圧を感じている。


もうこれ以上準備の時間は必要ないだろう。


「いいぞ! ぶちかましてやれ!」


 俺の声にうなずくと、フィナは幼さ残る声で詠唱を始めた。


「【空にて轟音を奏でる鬼よ】」


 どの魔法を発動させるのか特定させる第一節。


「【我が魔力を贄にして、雷を降らせよ】」


 対価を支払い、願いを要求する第二節。


 応えた魔石は彼女にこの世のものとは思えない力を与える。


広がる黄色の魔法陣。


 幾何学模様は光り輝き、空へと伸びる。


「【堕ち、貫き、命を奪う。自然の脅威を解き放ちたまえ!】」


 そして引き起こす超常現象の威力を定める第三節。


 すべての詠唱を終えたフィナは掲げた杖でトンと魔法陣の中央を叩いた。


「――【空鬼の遊雷(サンダーボルト)】」


 刹那、視界が雷光に照らされる。


耳を劈くような爆音を鳴らして、紫電がゴブリンへと降り注ぐ。


 ちっぽけな命は大いなる力の前では無力にすぎない。


抵抗すら叶わず、奴らは醜い顔が視認できなくなるほどに黒焦げていた。


「どうですか、師匠! 私が使える最高階級の魔法の威力は!」


 ドヤ顔で、俺の反応をうかがうフィナ。


 確かに威力はとてつもないものだ。


 雄大な大地がえぐれてしまうほどには。


 魔法が落ちた周囲は緑が黒く焦げ、茶色がむき出しになっている。


 間違いなくやりすぎだった。


「どうですか? どうですか?」


 嬉々として、近寄ってくるフィナ。


 褒められたくて仕方がない様子で、左右に揺れる尻尾を錯覚した。


 俺が好きな魔法を使えと言ったので何も苦言は呈せない。


 乾いた笑いを絞り出し、常識はずれの弟子の頭を撫でた。


「えへへ……」


 その笑顔はずるい。


 何でも許してしまう。どうやら俺にも父性が眠っていたようだ。


 現実逃避気味にそんなことを考えるのであった。

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