story1-2 新人ぼっちウィッチ

 冒険者の役目とは定期的な魔物の沸き潰し、ダンジョンの攻略、出現が確認された凶暴な魔物の討伐など……。


 王国が運営する魔導騎士団だけでは対応できない魔物の相手をするのが主だ。


 俺が受けたクエストは近隣の村で確認されたDランク相当の魔物、レッド・リザードの討伐。


 体内で作り出した火の球を吐き出す奴にとって水魔法と風魔法を得意とする俺は天敵。


 ランクも下なので、あっさりと討伐完了した俺はクエスト完了を報告するためにギルドに戻ってきていた。


「アリサさん。あなたの騎士ナイトが帰ってきました」


「ナイト……? 変態の間違いでは?」


「ははっ、アリサさんに変態と呼ばれるのもまたいいですね。新しい扉を開きそうです」


「そうですか。では、これからもそう呼ぶために登録名はレイジ・ブルガンクから変

 態へと変更手続きをしておきますね」


「これがレッド・リザードの証拠部位です! 確認お願いします!」


「はい、受け取りました。それではこちらの札をもって少々お待ちください」


 目の笑っていない笑顔に圧倒された俺は肩を落としてその場を離れる。


 アリサさんはやると言ったらやる人だ。


 俺は彼女が村の復興作業に携わってくれた間、ずっと彼女の周りをうろついていた。


 冒険者になってからも毎日関わっているし、少しばかりならば彼女のこともわかる。


「ふぅ……今度誘う店でも探しに行くか」


 前回と同様に夕食を誘おうとしたが、しつこい男性は嫌いらしいので自重しておく。


 本当に嫌われてしまっては元も子もない。


 もうすでに嫌われている?


 何度も言うが今は……ほら。ツンの時期だから。いつかデレが来るから。いつか……うん。


 そう自分に言い聞かせていると、ギルドに相応しくない可愛い声に呼び止められる。


「あ、あのっ! すみません!」


 振り返ると、白い帽子を被った魔法使いの女の子がいた。


 杖を持っているから、間違いない。


 純白のローブには汚れ一つないし、成りたてのルーキーだろうか。


「俺でよかったかな?」


「は、はい! あなたはレイジさんで合っていますでしょうか!?」


「レイジ・ブルガンクを探しているなら、俺のことだね」


 正式に名乗ると、少女の顔は喜色満面になる。


 そして、帽子を落とすくらい腰を曲げ、一枚の紙を差し出した。


「尊敬しています! 私とパーティーを組んでください!」


「えっ――」


『はぁぁぁぁぁ!?』


 ……俺より驚きの声を上げたギルド職員たちには、どうやら後で話を付ける必要がありそうだ。


 しかし、パーティーか。


 彼女は俺を尊敬していると言っていた。つまり、俺についてある程度の事前知識は持っているはず。


 それでも誘ってきたのだから、それを考慮したうえで俺と組む価値を見出している。


 新人冒険者ルーキーが上級冒険者と組むのは定石ではあるが……ここは様子見だな。


「わかった。でも、その前にお互いの担当受付嬢に話を聞いてもらおう。君の担当は?」


「あっ、えっと、きれいなエルフのお姉さんです!」


「君は実に素晴らしい感性をしている。ぜひ組もうか」


「ぴえっ」


「なに勝手に話しを進めているのですか、あなたは」


「んごふっ!?」


 脳天に突き刺さるアリサさんのチョップ。その威力は引退した今でも衰えていない。


 全身に迸る痛み……これが愛の鞭……!


「変態さんは放っておいて……フィナさん。少し待っておいてくださいと話したはずですが」


「す、すみません。ご本人が見えたら、つい体が動いちゃって……」


「……仕方ありません。では、お二人とも私についてきてください」


 アリサさんの愛に酔いしれている俺と少女は顔を見合わせる。


 言われるがままにアリサさんについていった俺たちが通されたのは、ギルドの二階に設けられた相談用の個室。


 テーブルを挟んで、件の少女と向かい合っていた。


 ……なぜか、相手側にアリサさんがいるけど。


「結論から申しますと、レイジさんと組むことはおすすめしません」


「ふえっ!? なんでですか!?」


「そうだそうだ! 俺だって新人教育くらいできます!」


「黙りなさい」


「はい。静かにします」


 俺はアリサさんに限定しては、イエスマンだ。


 彼女が白色と言えば、ゴブリンでも白色と答える。


 そんな俺を見て、明らかにため息を吐いたアリサさんは少女を諭すように話す。


「彼が【気狂いの魔剣士】と呼ばれているのは知っていますか? まだ初心者のフィナさんと組むには危険な相手です」


「し、知っています! 私、レイジさんのファンなんです!」


「は?」


 眉を顰めるアリサさん。


 その反応に悲しくなるが、名をフィナという少女は続ける。


「レイジさんは最初からずっとソロで活躍されていて、ずっと憧れだったんです!」


「…………」


「Cランクになるには普通は何年もかかるって聞きました! でもレイジさんは一年で、そこまでたどり着いてすごいなって!」


 ……嬉しいな。


 見てる人は見てくれているというか、思わず胸にトキメキを感じた。


「だから、レイジさんしかいないって思ったんです!」


 熱弁に涙腺が緩くなる。


 あれ……? 俺ってこんなに涙もろかったっけ?


「魔法学院でぼっちだった私が強くなるには、同じぼっちのプロであるレイジさんに師事するしかないと!」


「決めた。もう君とはパーティー組まないから」


「えぇっ!?」


 心底不思議そうな顔がむかつく。


 どうか俺の感動を、涙を返してほしい。


 まさかそんな風に尊敬されているとは微塵も考えなかった。


 どうにか取り繕うため彼女が弁解しようとするが、アリサさんに手で遮られる。


 頭を悩ませる職員さんはめげずに説得を再開した。


「フィナさんの事情は置いておき、彼の魔法は少しばかり特殊です。あなたにとって何も得る物がないまま終わるかもしれません」


「承知の上です! それに一人で寂しい時の心構えとか、教えていただくことはたくさんあります!」


 悲しいかな、フィナの決意は固い。


 俺もまったく嬉しくない。


「……彼は変態です。純真無垢なあなたと組ませるわけにはいきません」


「それなら大丈夫ですよ。俺、アリサさんにしか興味がないので」


 俺にはアリサさんしか見えていない。


 あの日あの時、彼女に魅了されてから十数年。ずっと変わらずに磨き、積み重ねてきた想いだ。きっとこれからも変わらないと断言できる。


 とにかく俺はアリサさんが好きだ。


 それだけは伝えておきたかったので思わず割って入ってしまった。


 また罵倒が飛んでくるかと待機したが、鋭利な返しはやってこない。


 おそるおそるアリサさんの様子をうかがうと、彼女は目を見開いていた。


「……貴方という人は本当に……」


「アリサさん?」


「何でもありません。……わかりました。そこまで言うのならば、私から問題視はしません」


「それじゃあ……!」


「はい。ギルド職員として、お二人の担当として、パーティーを承認します」


「やった!」


 手を上げ、全身で嬉しさを表現するフィナ。


 そんな彼女を見て、アリサさんは優しいまなざしを彼女に送る。


 アリサさんが決めたなら俺がいまさらひっくり返すこともない。


「書類手続きは済ませておくので、あとはお二人で。ここを出る際にまた私に声をかけてください」


「ありがとうございます、アリサさん!」


 そう言うと、アリサさんはさっさと部屋を出ていく。


 余韻に浸っていたフィナはアリサさんにお礼を告げると、改めてこちらに向き直った。


 帽子を正して、ギルドカードをテーブルに置く。


「フィナ・リリーノ! 15歳、魔法使いです! 駆け出しですが、どうぞよろしくお願いします、師匠!」


 予期せずして、俺に初めてのパーティーメンバーもとい弟子が出来たのであった。

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