あなたを攻略できるクエストはありますか?

木の芽

story1-1 貴女を攻略できるクエストはありますか?

 その姿はまさに俺にとっての【英雄】だった。


 突如として村に現れた魔物たちをたった一人で全て葬り去った。


 宙に舞った氷の結晶にきらめくエメラルドの瞳。


 闇夜を切り裂く金色の髪。


 彼女が戦場を駆け抜ける一挙手一投足が記憶に刻み込まれていく。


 洗練された動きは美しく、俺の心を奪ったのは一瞬のことだった。


「……大丈夫?」


 地面にへたり込み、放心していた俺へと彼女は手を差し出す。


 ぎこちなく口端をつり上げた微笑みに彼女の優しさを感じる。


 俺の口が紡いだのは感謝の意でもなく、痛みを訴えることでもなく。


「お、お姉さんの名前は……?」


 幼いながらにして初めての感情を咲かせた男としての欲求だった。


 首をかしげながらも【英雄】は俺を立たせると、世界で最も美しい名を告げる。


「アリサ。アリサ・ヴェローチェです」


 この世に生を受けて5年目。


 俺は彼女に恋をした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 冒険者になる人物にはいくつかの理由がある。


 田舎の村出身の若者が一攫千金を狙ったり、力自慢がどこまで上り詰められるのか試したり、強大な魔物を倒して名声を求めたり……。


 俺――レイジ・ブルガンクはそのどれでもない。


 俺が求めるのはただ一人の女性の言葉のみ。


「次の方、どうぞ」


 男たちの野太い声が飛び交うギルドに凛と響く彼女の声。


 順番がやってきた俺は担当の受付嬢の窓口まで行くと、いつものように彼女を誘う決まり文句を口にした。


「あなたを攻略できるクエストはありますか?」


「発情期のオークの討伐などいかがでしょう? 熱烈に歓迎してくれると思いますよ」


「あの時、アリサさんに一目ぼれしました。俺と付き合ってください!」


「ごめんなさい」


 抑揚のない、あまりにも流暢な返事に時が凍り付く。


 それもわずかな間で、俺は次なる言葉を紡ぎだす。


「将来なら安心して下さい。アリサさんが結婚してくださったら、ちゃんと安定した魔法省へと就職します」


「返事は変わりません」


「では、休憩時間にお茶しませんか? いい店を見つけたので」


「要件がお済ならおかえりください」


「仕事終わりにお食事でも」


「それ以上はセクハラでギルド長に訴えますよ」


「このレッド・リザードの討伐クエスト受けたいので承認お願いします!」


「それでは確認のため、依頼書とギルドカードをここに」


 彼女の指示通りに指定された物をトレーに乗せると、アリサさんはサラサラと筆を走らせていく。


 あとは承認のハンコを押せば終わり。


 俺がアリサさんとお話しできる貴重な時間はもう終わりを迎えた。


「それではお気をつけて」


「はい……ありがとうございます」


 冒険者ギルドの受付嬢は忙しい。


 特に朝方。それも俺が滞在するこの街・アヴァンセは『始まりの街』と呼ばれている場所。


 ほどよい弱さの野良モンスター。


 近くの森に入れば小型のダンジョンもあり、環境が初心者にピッタリなのだ。 


 最低ランクであるFランクを卒業して脱初心者と呼ばれるEランクになっても、ここに居座る安定志向の奴らのせいで朝から依頼クエストの取り合いになる。


 俺が冒険者になって早一年。


 憧れのアリサさんと話したいがために毎日休みなくクエストを受け続けて、すでにCランク冒険者。


 もう王都で活動していてもおかしくないランクになってしまっていた。


「はぁ……アリサさん……」


 俺は無表情で職務をこなす想い人を見つめる。


 ギルドの受付嬢は複数人いるが、それぞれ担当の冒険者を割り振られている。


 俺の担当受付嬢はアリサ・ヴェローチェ。


 金髪碧眼の正真正銘のエルフだ。横からぴょこんと出ている耳が何よりの証拠。


 切れ長の二重瞼に、見るもの全てを引き込む水晶のように透き通った瞳。


 自己主張の激しい胸から引き締まったウエスト。スカートから伸びる足の脚線美は見事なもので、10人の男がいれば10人が見惚れるだろう。


 なにより彼女は俺の命の恩人にして、初恋の相手。


「きれいだなぁ、今日も……」


 ジッと見つめていると、元Sランク冒険者の彼女にはさすがに気づかれる。


 目が合った瞬間、ため息を吐かれた。


 あれはゴミを見るような眼だ。


 現役時代の二つ名と併せて、彼女が『氷結の冷嬢・・』と言われる所以である。


 常に触れ難い冷たい雰囲気を放ち、淡々と業務をこなす。


 しかし、愛の前ではささいな障害は意味をなさない。


「…………」


 害虫を殺す時となんら変わらぬ殺意のこもった視線に、サッと顔を逸らす。


 考えていることがバレたのだろうか。


 恐る恐るチラと視線を送ると、俺の視界を遮る制服があった。


 顔を上げれば見慣れた旧友が呆れた顔をしている。


「あら、今日も相手されなくてかわいそうなレイジじゃない」


「……俺に何か用か、ミリア」


「なに? 用がないと話しかけちゃいけないの? 魔法学院の同期なのに」


 そう言って彼女は赤い髪を手でかきあげる。


 ミリア・リリッティ。卒業した王立魔法学院の同期にして腐れ縁。それは在学中、彼女と別のクラスになったことがないほどだ。


 なぜか推薦が決まっていた魔法省を蹴って、こんな始まりの街の冒険者ギルドの受付嬢として働いている変人でもある。


 その点に関しては俺も人のことを悪く言えないが。


「いや、話しかけてもいい。ただその位置は不味いな。アリサさんの姿が見えない」


「ヴェローチェ先輩ならギルド長へ報告しに、室長室へ行ったわよ?」


「あれ? 俺の冒険者生活終わった?」


「大丈夫でしょ。あんた、うちのギルドのエースだし。いなくなったら処理できるクエスト量も減っちゃうから」


「よかった……。まだ安心してアリサさんを見ていられる……」


「人として最低の発言なんだけど……」


 なぜかミリアはドン引きしているが、知ったことではない。


 俺にとって最優先なのはアリサさんの好感度である。


 今はちょっとツンの時期だが、将来的にはデレが出てくるので何ら問題はない。


「あんたもさっさと王都に行けばいいのに。そしたらアタシも異動して担当してあげる」


「断る。アリサさんがついてきてくれない限り、俺はここに残り続けるからな」


「はぁ……名誉ある魔法学院の誇りも今ごろ泣いてるわよ。首席卒業が魔法省にも入らず、冒険者なんかやってるんだから」


「それを言うならお前だって次席なのにギルドで働いてるじゃないか」


「う、うっさいわね! ……あんたが魔法省にいたらアタシだって……」


「魔法省? それならアリサさんと結婚したら入るつもりだ」


「あ~、はいはい。そうですね」


 全く叶うと思っていない返し。実際、今のところ全敗だし、俺の告白が成功するかどうかで賭けをしている奴らがいるのも知っている。


 結果がほぼ元返しになっていることも把握しているので、いつか彼らとは個人的にお話しなければいけない。


「ほらほら! クエスト受けたならさっさと行ってくる!」


「言われなくてもそうするつもりだ」


 クエストの完了報告が終われば、またアリサさんとお話しできるからな。


 すでに準備を終えている俺はギルドを出る。


 過密日程でのクエスト受注率と達成率から名付けられた二つ名が【気狂いの魔剣士】の俺はデビューからずっとソロ。


 しかし、構わない。俺にとってなによりも大切なのはアリサさんとの時間。


 彼女に憧れて、恋焦がれて、冒険者になった。


 今も昔も目標は変わらない。


 アリサさんと一緒に幸せになる。ただそれだけ。


「……よし」


 気持ちを整えた俺は魔物退治のため、出現が確認された場所へと向かうのであった。

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