吸血鬼系Vtuberはオムライスが好き

浪漫型筍

吸血鬼系Vtuberはオムライスが好き

 ピッと機械音が響くと同時にパカッと開いた改札。コツコツと響くヒールの音。卵や鶏肉、玉ねぎなど、いくつかの食材が入ったビニール袋が掌に食い込む。左手につけられた腕時計は9時前を指す。スマホを確認してもそれらしい通知や連絡は見受けられない。はぁ、と唇から自然とため息が漏れた。

 私は仕事用のバックからBluetoothのイヤホンを取り出し、スマホでYuotuberのアイコンをタップ。そして一番上に表示された配信を開き、私は帰路についた。両耳から聞こえる可愛らしい女性の声に、私はマスクの下で頬を緩める。


『ねぇ、本当無理なんですけどぉ!ダメだって!こんなの出来っこないよ!』

『あっはははは、大丈夫だってw。レオちゃんならいけるよw』

『私本当にホラーゲーム苦手なんですって!』


 女性の涙が滲んだ悲鳴とホラーゲーム特有の音楽をBGMに、私は家へ向かう歩みを早める。先ほどまで感じていた疲労感が、彼女の声でゆっくりと溶け出しているように感じる。今日は特に疲れていたというのに声だけでここまで回復するのだから、この感情はすごいものだな、としみじみ。早く家に帰ってきちんと配信を見たいと、ヒールの音は夜の街に響く。手に持ったビニール袋の中で缶ビールがタプタプと揺れた。


 私という名の社畜がここ最近ハマっていること、それはVtuberの配信を見ることだ。

 Vtuber……それはYuotubeという動画共有サイトにて、バーチャルな体を使い配信や動画投稿を行う人たちのことを指す。例えばそれはゲーム実況だったり、例えばそれは雑談配信だったり。可愛い、かっこいいキャラクターたちがそれぞれ笑ったり、歌ったり、怒ったり、時に泣いたり。自分と同じように生きている人が、Vtuberという形で新たな生き方を見出し、楽しんでいる姿に、日々社会の歯車に潰され、擦り切れていた私は言葉にし難い美しさを感じた。ある意味それは羨望だったのかもしれない。毎日働くしかできない私と、新たな体で雑談やゲームを楽しむ彼、彼女たち。その輝きは途轍もないもので、気づけば私はVtuberというコンテンツにずっぷりとのめり込んでいた。


『ぎゃー!うぉぁひぁああっ!』

『だっははははははははははははっ!』


 男の笑い声が響く。ここ最近よく彼女とコラボをしている男性Vtuber。確か名前が…………なんだったか。柑橘系の名前が入っていたような入っていなかったような。正直彼に対し興味がないのであまり覚えていない。きっと彼女とコラボしていなかったら、彼の存在すら私は知らなかっただろう。


『いやぁ、本当wwレオちゃんは可愛いなぁ』

『うるさいですよ!』

『うははwまじで揶揄い甲斐があるよねぇw』


 男の馴れ馴れしい声が鼓膜を振動させた瞬間、先ほどまで感じていたほんわかとした優しい感情が、一瞬にして黒く塗りつぶされた。

 何こいつレオちゃんに馴れ馴れしくやってんだよ。レオちゃん困ってんだろ。何が揶揄い甲斐がある、だ。確かにレオちゃんは可愛くて面白くて可愛くて綺麗で可愛くて可愛くて可愛いけど!でもその可愛いの言葉でレオちゃんを揶揄う貴様は何様なのだ?ほら、レオちゃん怖がってるじゃn『きゃぁ!』…………可愛いなぁ。

 彼女の悲鳴ひとつで、私の黒い感情が吹き飛ぶ。これが恋か。ガチ恋勢ってやつなのか。私はレオちゃんに恋してるのか。まぁその通りなんだけど。

 古城レオ。それは今私が一番推しているVtuber。光を体現したかのようなサラサラの真っ白なロングヘアに、鮮血よりも瑞々しい赤の瞳。小ちゃな口からチラチラと見える牙と、頭の上からぴょこんと生えるアホ毛がチャームポイントの彼女。性格は少し人見知りが入る内気な子で、ちょっとばかしの口下手。だけど好きなことになると途端に饒舌になり、好きなことに対してはどこまでも貪欲で、楽しむ彼女。時折見せる笑みは女神すらときめくほどの威力。ホラーゲームが苦手で、RPGが大好き。雑談配信は苦手だけど、歌枠の配信は大好き。嫌いな食べ物はニンニクで、好きな食べ物はオムライス。特に彼女とルームシェアしている人の作るオムライスが大好きなんだとか。

 それが彼女、古城レオ。私の推し。私の大好きなVtuberだ。


『ほんと無理ぃ……こんなのクリア出来ないですよぉ……私帰る……お家帰る……』

『レオちゃん頑張れ〜w』


 駅から徒歩十数分の物件が私が住む家。私は鞄から鍵を取り出し、鍵穴に挿し込んでカチャン。ただいまぁっと、疲労を滲ませながら小さく零して、私はヒールを脱いだ。手に持った色々な荷物を一旦リビングに置き、キッチンで手を洗う。その間も配信は付けっぱなしで、レオちゃんの可愛らしい悲鳴を堪能。うむ、相変わらずキュートな声をしてる。


『っっっ』

『がはははははww声すら出ないとかww』


 ビニール袋から今日買ったものを取り出し、冷蔵庫へ移す。鶏肉と玉ねぎはそのまましまわずにまた板の上にゴトリと置いた。勿論ビールは冷蔵庫の中。ご飯を作るころにはキンキンに冷えていることだろう。


「さて」


 私はポケットの中に入れっぱなしだったスマホを取り出し、壁に立てかける。それから包丁を手にまな板の前に立ち、玉ねぎを真っ二つに切った。そしてもう半分に切って、四等分。そのうちの3つをラップでくるんで冷蔵庫にしまい、残った一つをみじん切り。玉ねぎが細かく切れたら、次は鶏肉を一口大にカット。にんにく……は、今回はなし。


『もう、やめていいですか……やめていいですか……』

『ん?何か言った?』

『酷すぎる!!』


 それらをカットしている間に温めておいたフライパンにバターを投入に、完全に溶け切るまでくるくるとフライパンの上を滑らせる。溶け切ったことを確認してから最初は玉ねぎを炒める。ヘラを使って適当に熱を通しながら、壁に立てかけられたスマホを見る。スマホの中ではレオちゃんが泣きべそをかきながらユラユラ揺れている姿。あぁ、愛らしい。


「~~♪」

『ううううう、いやだぁ。辛すぎる……』


 イヤホン越しに聞こえる情けない声を聴きながら私は鼻歌を歌った。玉ねぎに火が通り、しんなりとしたころ鶏肉を入れてさらに炒める。ジュージューと肉が焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。はぁ~いい匂い。やっぱ鶏肉なんだよなぁ。


 そうして炒めていると耳に付けたイヤホンから『続きは次の配信でプレイします、今日はもう終わり……』と、フニャフニャの声が聴こえてきた。どうやらついにホラーゲームに対する心が折れたようだった。

 私はクスリと笑い、頬を緩める。


『えー、それでは今日の配信はここまで』


 鼻歌のリズムで鶏肉をフライパンの上でコロコロ転がす。コロコロ、コロコロ。


『今回コラボしてくださった橘さんのチャンネルは概要欄に張ってます!チャンネル登録、Twitteyのフォロー、ベルマークの通知音にして貰えると幸いです!』


 へぇ、こいつの名前橘って言うんだ。なんだ、柑橘系で合ってたのか。

 ある程度玉ねぎと鶏肉を炒めたフライパンにご飯とケチャップを入れる。ちょこちょこ味見しながら味を調え、ケチャップライスを作る。


『橘さんなにか宣伝とかあります?』

『うぃーす、明日の19時からTRPGの配信があるので、興味がある方はぜひ見に来て下さ—い!以上!』


 ケチャップのいい匂い。クーッと私のお腹が鳴る。そういえば今日はお昼を抜いたんだった。あぁ、お腹すいたな。


『それじゃ今日の配信はここまで!皆さんここまで見てくださりありがとうございました~』

『あざした~!』


 もう少しプレイすると思っていたが、的は外れて配信が終わるまでに作りきれなかった。どうやら私はレオちゃんのホラーゲーム耐性のなさを侮っていたようだ。……いや無さ過ぎでしょ。今回の配信1時間もしてないじゃん。…………まぁ今日の配信は相当頑張ってたんだろうなぁ、最後のほう半泣きだったし。

 今日の配信のレオちゃんを思い出して私はふふっと一人笑う。はたから見たら不審者でも、今私は自分の家にいるから問題なし。気にせず私はケチャップライスを炒めた。

 ジューという音と私の鼻歌だけが響くリビング。一人だけのリビング。だけどそんなリビングに、カチャッとドアを開ける音が響いた。思わず私の頬が今以上に崩れた。

 ペタペタとフローリングを裸足で歩く音。私はそんな足音に声をかける。


「まだ出来てないよ」


 それと同時に体にかかる重みと、柔らかい温かさが背中に伝わった。


「お腹すいた」

「私もお腹すいた」

「あとどれくらいでできる?」

「もうすぐだから。大人しく待ってて」

「はーい」


 あら良いお返事だこと。……でも離れるわけじゃないのね。

 私は背中に張り付くくっつき虫をそのままに、冷蔵庫から卵を取り出し、割ってからボウルの中へ。黄色が均等になるまでかき混ぜる。カッカッカッ。ボウルと菜箸が当たる音が響く。


「いつ帰ってきたの?」

「ついさっき。今日は残業があってね」

「珍しいね、零が残業って」

「今日後輩がちょっとしたミスしちゃってね」

「手伝ってた」

「そ」

「零は後輩想いの良い先輩だねぇ」

「普通よ普通。下の尻ぬぐいすら出来ないんじゃバリキャリ名乗ってられないわ」

「確かに」


 後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。腰に回された手にキュッと力が込められた。肩に乗せられた彼女の頭。息が頬に当たって少しだけくすぐったい。ジュワーッとフライパンに卵が入れられる音が響いた。


「今日オムライス?」

「そ」

「やった!えへへ、零のオムライス!」

「大袈裟じゃない?」

「大袈裟じゃなーい。私零のオムライスが一番好きだし」

「ふふ、知ってる」


 知ってる。でも嬉しいから、私は肩に乗せられた彼女の頭に私の頭をこつんと預けた。「えへ」と嬉しそうな声が聞こえた。


「ほらほら、そろそろ出来上がるからご飯の準備して」

「えー?もうちょっとだけくっついときたい」

「だーめ。ほらはやく」

「……はーい」


 ようやっと離れたくっつき虫は食器の準備。その間に私は二人分のオムライスをパパっと完成させた。お茶目にケチャップでハートとか書いてみたり。……よし、上手くできた。

「お待たせ」

「わーい!お腹ペコペコ~」


 ハートが書かれた方を彼女の目の前に置き、私も席に着く。それから一緒にいただきます。スプーンでオムライスを崩し、一口サイズ掬えばホワッと湯気が揺れた。卵とケチャップの良い匂いに、私は大きく口を開けた。……ん、今日もいい出来。


「美味しい?」

「美味ひぃ……」


 私はトロットロに表情を蕩けさせる彼女に目を細めてから、安心して二口目を口の中へ運ぶ。もぐもぐと咀嚼して、先ほどよりオムライスが美味しくなっていることに気が付いた。


「そういえばさ」


 オムライスをごくりと飲み込んだ後、彼女は私に問いかけた。


「なんで今日オムライス?」


 なんて質問を。だから私はクスリと笑い、口の中に入っていたものを飲み込む。そして目の前の彼女に目を向け、頬についたケチャップにまた笑った。


「今日、ホラーゲーム、頑張ってたでしょ?」


 それから私は前に体を傾け、恋人の頬についたケチャップを親指で拭った。

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