火傷とリップグロス
薬と
火傷
と
リップグロス。
◇◇◇◇
最近昔からの友人高崎啓介が笑う程近所に越してきた。
なんだかんだちょこちょこ顔をあわせて飯食ったり酒飲んだりしている
バイトを減らしていた町子ちゃんは
俺の友人高崎の
子供光秀の家庭教師のようなものを任されたりと
少しだけ日常が変わった
朔も〈仕事〉とポイント稼ぎ、光秀相手に謎の稽古つけたり良い方向に向かった気がした
そして、来てほしく無かった見て見ぬ振りをしていたその日はいきなり訪れた。
「高崎じゃん今日早くね?」
高崎が家を訪れたのはいつもの子供の迎え時間よりかなり早い時間だった
「明日は日曜だからたまにはお前とゆっくり話そうと思ってな!うち行くぞ。あと黒澤さん、今日ミツは泊まりでも大丈夫ですか?リュックに着替えが入っています」
「大丈夫ですよー」と高崎からリュックを受け取り返事をする町子とはしゃぎまくる光秀に見送られた。
シュウは手を振る町子の手を一瞬握り、
「早く寝るんだよ」
と扉を背にした。
高崎は強引に兄シュウを連行して行く。
「高崎どうした?」
高崎は無言でエレベーターに乗り
ポケットから鍵を取り出した。
「今日はゆっくり話したかったんだ」
重っ苦しい雰囲気にうげっと言いながらシュウは
嫌な予感がしていた。
昔からこうだ、こいつだけは俺の何かに気付き
説教をかましてくる。
多分説教なんだろうなと思いながら玄関をくぐった。
「俺ん家より広くね?いいなー!この部屋!」
高崎家は日当たり抜群で見通しがいいリビング
広いキッチン。
最新の新築マンションなだけはある
「お前も越してくるか?他にまだ入居決まってない部屋あるみたいだぞ」
「いや、いいわ。あのマンションに長く住んでるからなんか愛着あるし」
とシュウは返事した。
クッションを床に置き座れと指示された。
「料理はめんどくさいから適当に買ってきた。
酒も買い込んだ腹割って話すぞ」
しゃーないとシュウはクッションの上に座り
ビールで乾杯をした。
「何か俺に言いたい事あるんだろ?」
俺の言葉に高崎は頷いた。
「黒澤さんの事だ。あの子は真面目な良い子だな…しかし、お前の亡くなった彼女と瓜二つ過ぎて最初は驚いた」
やはりきた。
シュウはつまみが盛られた皿をただ見つめていた
「あの子の親は?お前みたいなちゃらんぽらんな外見の男や年頃の男が居る家に預けるなんて普通ではありえない」
高崎はビールを飲みこちらをジッと見ている
「町子ちゃんはね、養子なんだってさ。養父母は居たけど
養父が町子ちゃんに手を出して母方所有の2丁目のアパートに追いやられてた。
高崎もわかってると思うけど呼び集める体質だし
一人より俺の家に置いといた方が安全だと思った」
俺たちには命の薄いものや寄せ集める人はすぐにわかる、悪さをしたい霊や誰でもいいから殺したい霊が取り憑きたい奴が次々狙ってくる
「外見がそっくりなのは偶然だと思ってた。ただ最近わかったことがあってりっちゃんの親は自殺と聞いてたけど実際調べたら預かり先の
施設の先生にそう言われていただけで本当は割と最近刑務所で亡くなってた。」
「そんで逮捕されてすぐの確か16.7年前出産してて。子供は里子に出されてる」
俺の話を聞いて高崎はおいおいおいと言ったのち頭を抱えた。
「りっちゃんは物心付いてすぐくらいで親戚の手で施設にやられてる、だから先生に教えられた自殺も信じていたしそのあとに身籠った子の事は知らなくても仕方ない」
ただ淡々と俺は最近調べた結果を伝え
スマホにりっちゃんの親が逮捕された時の新聞記事を撮影した画像を表示して見せた
ニュースにもなった宗教が行った大量殺人事件の実行犯――。
「検査は?お前の事だから…」
「…調べたよ。妹だろうね。町子ちゃんには言ってない世間めっちゃ狭すぎっしょ?笑うよね…漫画かよ」
シュウは残りのビールを一気飲みしたが
味がしない
「いつから知ってたんだ?」
高崎はシュウの肩を揺する
「たまたま実話系雑誌の人と作家に仕事で知り合って
自分もあの事件の考察やりたいんですよね、って言って当時の取材記録や面会時の内容とか色々買った出産の件は迷った末その人は本には掲載しなかった。同じ時期に嫁さんが出産していて時期とかで里子先でバレたり関係ない子が疑われた時の事が頭に浮かんだらしい」
この人のおかげで町子ちゃんの出生はふんわりと包まれわからなくなった。
町子ちゃんが悲しんでいた「街に捨てられていたから町子って名前なの」は事件やなんやかんやに関わった大人の判断だったのだろう
もしかしたら里子に出す際に母親がつけた名前だったのかもしれない。
今となってはわからないけど
「町子ちゃんの結果は、お前があの日家に来る前日に届いたよ。」
「検査に出した日にさ、魔がさしてりっちゃんが使ってたANNA SUIの シャンプーとコンディショナーとボディソープや同じ香水をあげた。」
シュウは裂けた口で笑った
「そしたらさぁ……我慢ができなくなった」
昔俺が使っても対して何も感動もなかったのに
「似た顔で、同じ香りで、そこで笑ってる」
「お前には昔軽くしか言ったことないけど、
弟が好きな子をやっちゃったって言ったの覚えてる?」
高崎はビールの缶を持つ手に力が入った
「あれ町子ちゃんなんだよね」
高崎はシュウを迷う暇もなく殴りつけた。
「黒澤さん今まだ未成年だよな。」
「中学入ってすぐ実行した。町子ちゃんは俺って知らない」
余計な事は喋らずただ事実のみを話した
「まさか、りっちゃんの妹とは知らなかった、知らなかったんだよ」
シュウの顔は死んでいた。
「今更こんな気持ち」
「意識する前はさ、町子ちゃんつかって朔夜に嫌がらせしてやろうとしか思ってなかった朔を使うための駒みたいな。」
高崎は俺にストレートに死ねよと吐き捨てた
シュウは高崎の正直なところが好きだった
「高崎が来た日。酒を理由にわざと町子ちゃんにベタベタした。最高だった満たされた
朔夜の彼女だって頭ではわかってるけど心が追いつかない触りたい」
お前ほんとに頭どうかしてるぞと高崎は俺に床に落ちていたレゴブロックを投げてきた。
高崎はズレては居るが真面目な奴だ、
考え込んでしまっていた。
「俺朔夜が町子ちゃんに初めて手を出した時マウントポジでタコ殴りにした。責任も取れないくせにって正論吐いたけど内面は多分…イライラむしゃくしゃして暴れただけ。きっと似てるし最初に手を出したの俺だしなんか寝取られたみたいで。結果が出た後やってたら多分朔殺してたあの時期でよかった半殺しで済んだし」
俺なんか気持ち悪いねとシュウは俯いた。
そこまで聞いて高崎は話を整理させてくれと
メモ帳とボールペンを出した。
ぶつぶつと独り言を言いながらずっと何かを書いている
「つまりお前は似ているだけだった時点で既に嫉妬してボコボコにした。実は彼女と弟の彼女の血が繋がっていた今嫉妬するところか彼女自体が欲しいと…。
なんなら自分の感情を見ないふりをしていただけでりっちゃんに似ている黒澤さんを最初から手元に置きたかった…?弟を使ってなんかの拍子で家に招き入れ成功…あれ?最初からやっぱり何かしらの気持ちが動いていたんじゃないのか?コレ。
無意識か?りっちゃんに執着する事で黒澤さんの事が気になるのを見て見ぬふりをしていた?」
高崎は
こんな感じか?と考えを話しながら長文のメモを見せてきた
そこには口にした言葉の倍色々書き込んであった。
「どうだ?」
高崎は真顔でまっすぐシュウを見つめる
「そうやね、わからないけど近い気はする。」
メモと呼ぶには長すぎる内容が書かれた紙には
見たくなかった蓋をしたかった感情についての事が沢山書き殴られていた。
長年の付き合いだからこそよくわかって居る内容だった
「俺が一番最初にやった後もずっと朔への嫌がらせだと正当化して全部見てきたんだよね朔が紹介してくるまで見続けた」
「見る事が嫌がらせとは意味がわからんな」
高崎は腕を組みこちらを見ている
「ほら、朔はあっちにいたからさ。初恋の女の子思い続けてこっちにくるメンバーに入るために勉強ばっかだったし。俺は見れるぞみたいなしょうもない満足感みたいな」
少しの間無言無音の時間が流れた
怪しまれたかもしれない。養父のフリして散々町子ちゃんの頭や心が壊れるまで抱いた事は何がなんでも知られてはいけない
擬態も知られたらいけない
「朔がこっち来てからはさ、応援してやってたよ。
仲良く引っ付く様に…表向きはいい兄ちゃんで居たんだよ俺。殴ったりリンチとかしたけど。いまでも頭では分かってるし自分がああなった分上手くいけばいいなとは思ってる」
これは矛盾だらけだけど本当に思ってはいる
「――しかし、欲が出た。黒澤さんに自分を男性として意識してほしくなった。誰にも嫌いで教えない本名もあっさり言ってベタベタしてたった一晩離れる事が名残惜しくて手を握ったりするくらい女子高生に入れ込んだわけだ…弟の彼女に」
と高崎は続けた。
「そうだけど、やめない?なんかさその…女子高生強調すんのさ!!アレだろお前んとこの支店長がなんかやらかしたんだろ?女子高生と」
俺は話のノリを変えようと掛けに出た。
なんかこう、重い流れからマシな方に…
「支店長はな…女子高生の娘二人いるのにパパ活してその子がまた、娘の同級生で…
外に愛人もいたけど年齢を大学生と偽った女子高生だったしかも孕ませて…車内は女子高生から買った写真や下着や制服も沢山…Twitterで有名アカウントだったとか。2ヶ月くらい前にニュースで連日やってたから生きた心地がしなかった…」
「めっちゃJK大好きやん…」
二人は同じタイミングでぬるいビールの缶を開けて飲んだ。
「そしてお前が女子高生に気がある…と?」
俺は睨まれてしまった。
「女子高生だからじゃないよ、ただ今度は幸せにしたいなと思っただけで。どっちを選ぶかは町子ちゃんが最終的に決めたら…と思ってる」
我ながらなにアホみたいな事言ってんだと
発狂しそうだった
「いや、無いな。お前は選ばないだろ普通。
年齢離れすぎだし…なんで同じ土俵だと思った?
弟と既に付き合ってるし選ぶはずがないだろう?
弟だよ。選ばれるのはさ。
だいたいりっちゃんの死体どうするんだよ。10年経ったんだ、
葬儀あげて気持ちに整理つけて0から考え直せ
なにが今度は幸せにだよ。りっちゃんと黒澤さんは血縁者でも別の人間だお前がさっき言ったことは
りっちゃんにも黒澤さんにも弟にも失礼すぎる、誰の気持ちも考えていないんだよ。まるで」
高崎は今までに無いくらい言葉をぶつけてきた
選ぶはずが無い
突き刺さった――。
気持ちも考えてない
撃ち抜かれた。
正論
正論
正論が俺を撃ち抜く。
再起不能。
高崎は立ち上がり俺の目の前に立ちはだかった、
あっ殴られると思ったが目線が合う様にしゃがみ込み肩を掴まれた。
「もう、りっちゃんを自由にしてやれよ
お前ももう前見ろよ自由になれよ忘れなくていい、お前だってまだやり直せる」
「今は近くに俺もいるし、お前の弟もきっと合格してこっちの勤めになるだろうし弟がいれば黒澤さんも居る。寂しく無いだろ?…もし新しい人探したいなら社内の女性を紹介してもいい…葬儀に出した後整理をつけてまだ黒澤さんに気持ちが行くなら見守るだから…」
こんなに喋る奴だとは思わなかった
こいつは昔俺が異界に復讐すると言った時も
出来ることはしようと言ってくれたっけなと
懐かしい話を思い出した。
「葬儀はりっちゃんのために前向きに考える、今日頭おかしい事沢山話したけど多分押し寄せた事実が気をおかしくさせたんだと思う。だから一旦忘れてくれや…。りっちゃん重ねてる間はダメだな!」
と俺は無理やり笑った
「話したら重ねてるだけじゃんと気付けたしさ
ありがとうな」
「まぁ、同じ顔、同じ香り、同じ笑顔だと
戸惑って欲する気持ちはわかるよ。色々言いすぎたかもしれないすまなかった」
高崎は頭を下げてきた。
「はー?やめろよな!いらないいらない!こっちこそバカみたいな話しして悪かったし
酒飲もうぜ!家に帰ったら俺は適当な兄ちゃんにならなきゃいけないんだからな!」
それからは懐かしい話を沢山した。
でも話せば話すほど求める穴は広がった気がする
りっちゃんを忘れたわけじゃ無い
りっちゃんを死に至らしめた奴らへの怨みは消えるはずが無い
朔を駒にしてめちゃくちゃにしたい
それは変わらないのに、
繋がりがあるなら俺が守ってあげたい
幸せにしたいと思ってしまった
その感情は裏切りでは?
町子ちゃんを壊したくせに
朔と会う前にうまく先に俺が知り合えばよかったのかもしれないあんなことしなくても俺が付き合っていたら
朔へ嫌がらせができたんじゃないか?
最善はそれだったんじゃ?16で結婚してあの家から救えば良かったのでは?
町子ちゃんが壊れなくても良かった
道を間違えた――――――。
りっちゃんも早くゆっくり休めたのでは?
俺は孤独からりっちゃんに縋って依存した。
町子ちゃんが髪を綺麗にしたり身体を拭いているから綺麗なだけでもうしばらく話しかけてもなくて
頭に聞こえる声すら減った
休ませてあげるべきだった
死んだ町子ちゃんを生き返らせた日
俺は必死だった。
計画通りの筈なのに必死だった。
腑抜けな朔がぼろぼろになって失敗しそうでイライラしたり
後悔すら感じていたからこそあの朝を迎えて
安堵した――。
見ないふりをして蓋をしてきた物が全て爆発した。
復讐に生きる鬼でいないと自分を保てなかった
弟を痛め付け、人を駒としか思えない自分
俺はそんな奴だと思わないとダメだった
気付いてしまったらもう、何も考えられなくなった
でももう諦めなきゃダメなんだと
そんな気持ちもあった。
やらかした事は重いし、朔を使うならそのあと大嫌いで大好きな弟にだって幸せを掴む権利はあるわけで俺は二人を見守る側でないといけなくて
復讐を遂げてもらうならそのあとは…
思考が渦を巻く様にぐちゃぐちゃだった
復讐?復讐もだけど俺も――。
爆発して散らばったものは取り返しが付かなくなった
「シュウ…お前どうした…」
高崎に声をかけられて初めて
自分が気持ち悪く泣いている事に気付いた
「なにこれ、キモッ!!やべーな俺キメェェ!」
そう明るく誤魔化したが高崎は多分何かを見抜いた
「お前…本当に悪かった、こんな話」
「大丈夫だよ、悪酔いしただけだっつーの!シャワー借りるわ!」
こんな気分は初めてだった
長年生きていて本当に初めて真っ暗な場所にいるようで
ボロボロで
息苦しく感じた
蓋を開けたくなかった、
余計なことを調べた自分も、自分がやらかしてきたことも
何もかもが追い詰めてくる
好奇心は猫をも殺す
そんな言葉を思い出した
冷水で頭を冷やしリビングに戻った
「高崎は大丈夫か?」と心配そうだった
「大丈夫だよ、ほらお前もさっぱりしてこいよ」
と背中を叩いた。
高崎の家のベランダに出て自分の家の方向をみた
アプリを開き町子ちゃんに電話をかけた
「もしもし?お兄さ、シュウさんどうしたの?」
律儀に言い直してくれる。
「何となく、朔は仕事だよね?みつくんに手やいてない?」
「一緒に映画見たり夏休みの宿題したり!あっ!夜はミツくんと豆腐ハンバーグ作りました!さっくんとシュウさんのは冷蔵庫です!」
明るい声が聞こえてくる
さっきまで重傷だったのに自然と笑える
「明日楽しみにしとくよ、朔と食べよう」
「ミツくんのお世話頑張った町子ちゃんに明日は好きなおやつ買ってあげよう、何がいい?」
そんな普通の話をして
通話を切った。
町子ちゃんの声はまるで薬のように
じんわり広がった。
良かった息ができる
夜風にあたっていたら高崎が心配そうに横に来た
「自殺しようとしてるのかと…」
「いや、俺達飛び降りじゃ死ねないからw」
住宅街だかタワマンだからか景色が綺麗だった
「なぁ、高崎家族大切にな」
そうシュウは言ったが
たまたま近くで鳴り響いた救急車とパトカーの音が
掻き消した。
高崎は聞き返そうとしたが
「飲み直すか!」とシュウに言われ聞き返すタイミングを失った
◇◇◇◇◇◇
◇◇
翌日早朝に町子ちゃんとミツくんが高崎の家にやってきた。
「ミツくんがパパに会いたいって寂しがってたから連れてきました」
光秀は寂しく無いぞ!と強がったが高崎の顔を見ると駆け寄った
子供は可愛いなと改めて思った。
簡単に片付けをしてから部屋を後にした
◇◇◇
エレベーターの中が少しだけ気まずかった。
「家、さっくんもシュウさんも居なかったら寂しかったです。だから夜話せて嬉しかった」
町子ちゃんは少し恥ずかしそうに笑った
「遠慮しなくていいよ、寂しければ寂しいって
俺にでも朔にでも言えばいいし。LINEでもメールでも通話でも直接でも。なんならやまちゃんも喜ぶんじゃない?」
「さっくんも前似たこと言ってました」
ありがとうと笑う。
手を握りたかった
1日前の自分なら出来たけど
今の自分には勇気が無かった
ただ迷子になった腕だけがやり場なく
揺れた
「あいつも?やっぱなんか兄弟似ちゃうんかねー」
と笑って誤魔化し
鍵を開け玄関を開けて室内に入ると
町子ちゃんは何故か俺の手を握った
「シュウさんもちゃんと言ってね何でもですよ?シュウさんは自分の事は言わないから…」
繋いだ手を子供みたいにブンブンと振り回した後朝ごはんの支度してくる!と町子ちゃんはキッチンへと向かった
向こうに深い意味は無くても今の自分に熱を灯すには
充分すぎた。
「町子ちゃんこそ、まったく同じ事言ってんじゃん…」
血が同じなだけでも似るんだなと苦しくなった――
◇◇◇《2火傷と罪》◇◇◇
高崎の家で爆発したメンタルを抱え1週間がすぎ
仕事を詰め込み余計な事を考えない様にしていた。
ただ仕事をこなし続けた。
普段なら断る微妙な物まで受けたり。
最早これは一種の自傷行為かもしれない
時計を見たら夕方で、朔も町子ちゃんも家にいなかった。
「なんかこう…エナドリ的な物が欲しい…買いに行くか?…気力がないな…」
ふらふらとリビングに向かうと
リビングには町子ちゃんが使っている
鏡が置かれていて、床にリップグロスが転がっていた。
メイクって事は町子ちゃんバイトの日かな…朔はまたストーキングかな…とぼんやりした頭で考えて居た。
「鏡…」
鏡を見るのは久々な気がした。
俺は朔へと擬態した。
鏡に映るのは弟、朔夜そのものだった
朔になったところで本物の朔がいる以上
起きてる町子ちゃんに接触したら朔にバレてしまう。
ああ…意味がないなコレと呟くと同時に
リビングの扉が開いた
「あれ?さっくん?お仕事じゃなかったの?」
買い物袋を持った町子がキョトンとして立って居た
「体調良くないから時間変えて…もうすぐしたら行くけど」
咄嗟に誤魔化した。
通るはずがないかと思ったが通った――
「大変!大丈夫?」
買い物袋を床に落とし、俺の額に自分の額をピッタリ引っ付けた
「熱は…ないかな…?風邪薬探すね」
俺があげたANNA SUIの香水
唇のつやつやとした甘い香りのグロスが多分
背中を押した。
立ちあがろうとした町子の腕を掴み
ソファーに押し倒した。
「さっくん?」
頬に触れて髪を撫でる
「口開けて」
当たり前だけど俺の声じゃない
小さな口に自分の舌を押し入れる
声が漏れるような激しいキスをして、
形の良い胸に触れる
「ここじゃダメだよ…」
泣きそうな声で止められたけど
唇を舌先で軽く舐めて唇を甘噛みして
再び深く口付けると熱を帯びてトロンとした瞳になった
自分が知っている身体とはあちこちが変わっていた
「ここ好き?」
反応を見ながら口や指で触れる
微かに漏れる名前が自分のじゃなくても
胸が苦しくても
伸ばされた手が欲するのは自分では無く
弟を求める物だとしても欲しくて欲しくてたまらなくなった、でも――
「さっくん大好き」
繰り返される囁かれる甘い声は俺に向けられたものでは無くてわかっていても
真綿で首を絞められるかのように俺をじわりじわりと苦しめた
「俺も大好きだよ」
そう口にするのが精一杯で、コレで最後にしようと
最後に強く抱きしめた。
「やば!バイト行かなきゃ、中途半端でごめんね」
と町子の衣服を整え部屋をでた。
最低だ…
火傷を負ったみたいに体が熱くて
後から後から痛みが浮き出てきた
朔夜になりたい
羨ましくて
りっちゃんがまだ〈家に居る〉のに申し訳なくて
自分がなによりも嫌いになった
◇◇◇
残された町子は頭が混乱していた
「なんでさっくん…あの服」
お兄さんの服と、いつもと違うキス
口開けてって…
あの時のお兄さんみたい。
舌出してって言われた時…。
身体が火傷を負ったみたいに熱くて
どきどきとして、
アイスみたいにとけちゃいそうだった。
あんなの初めてだった。
リビングであんな事した事が恥ずかしくて
何も聞けやしないけれど――。
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