第8話ケーキとカミングアウト


全て今迄の関係が壊れてしまうかもしれない


それでも言わなければと覚悟をした






◇◇◇◇


「町子、妖怪は…好き?」


俺の質問に町子は嬉しそうに頷く


「大好き!妖怪だけじゃなくて幽霊とかも

全部好きよ」


額を再びピッタリとつけ

町子の瞳を見つめる


「町子はもし、妖怪や幽霊とかが実在していたら

怖い?」



 「きっと居ると思う…びっくりするかもしれないけどきっと怖くない!」


そっかーと言いながら最後になるかもしれない唇を重ねた。


「さっくん…どうして震えてるの?」



薬が切れる時、口元が乾くような

引き攣るような独特の感覚がある


今がまさにそれだ。


「町子、もし今目の前に居る俺が

ヒトじゃ無かったら――怖い?」



町子の表情が固まった、

自分の口に自分で触れると俺の口は

薬が切れていつも通りの醜く裂けた口に戻っていた


数分町子は俺の顔をじっと見てた

言わなきゃよかった、見せなきゃよかったと

後悔をした


無音の時間がやたら長く感じた。

俺は両手で顔を覆った――。



「さっくん」


町子は俺の手に触れた。



「みせてください」


聴き慣れた心地よい声

手で顔を覆うのをやめて、閉じていた目を開くと

驚く程近くに町子の顔があった

町子は何故か俺の頭を撫でたり、頬や額

そして唇を指でなぞり唇を重ねた



「さっくん大好きより、もっと好きを伝える言葉ってどんな言葉かな…大大大大大好き…それ以上の

言葉があったらいいのに」


そんな事を言いながら俺を抱きしめ

柔らかい頬を俺の頬に擦り寄せる


「怖くない…?」


「怖いわけないよ。大好き」


ぎゅうっと力一杯抱きしめてくれる

夢みたいだなと思った。


「何回も町子に正体を伝える夢を見た…起きたら大体落ち込むけど」


「うん」



色んなことを話した。

自分の育った環境やどんな化け物なのかとか

どのくらい好きかとか



「なぁ、大好きよりもっと気持ちを伝える言葉あるけど…知りたい?」


町子が俺の腕の中で静かに頷いたのを合図に

何度か唇を重ねて町子を押し倒した


初めてするわけじゃないのに何故か素の自分を見せるのは恥ずかしかった


「愛してるよ」






◇◇◇◇





二人で部屋を出たのは昼前で

スマホにはキレた兄さんからの連絡がめっちゃ来てた。


帰ったらまた青痣が増えるなと覚悟した



町子の手を引き横断歩道を渡っている最中に


兄さんはどんなタイミングで自分の正体を

告げたのだろうと気になった。


やはり兄さんも緊張したのだろうか

それとも

あの性格だから悩んだりしなかったのだろうか


いつか聞いてみたいとそんな事を考えた


怒られてしまうだろうか――




◇◇◇◇





電車を降り、ああ――

家に着いてしまうと気が重くなりながら

歩いた。


しかし町子は何故か機嫌が良くて


「早くさっくんの家に帰ってさっくんとのんびりしたいの」


そんな事を歌うように口にする彼女はとてつもなく可愛らしかった


住宅街を歩いて居ると

町子がいきなり小走りになり俺の少し前に行くと

くるりと俺の方を向いた。


「ねぇさっくん、妖怪でも人間と結婚できるかな」


頬を赤らめて笑う彼女の姿にまるで射抜かれたみたいに動けなくなった


「結婚…」


諦めていた単語が飛び込んできた


「出来るよ、ちょっとだけ手間はあるけど…出来る!」


「本当!?良かった!!」



キラキラと眩しいこの子の為なら

なんでも出来ると思った

なんでもしたいと思った


「ならねー…町子の夢はさっくんのお嫁さん!」



「叶えるよ」





それが殺人でもスコア稼ぎでも死体処理でも拷問でもなんでも


なんでもしたい


あいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてる

あいしてるあいしてるあいしてる愛してるあいしてる




愛してる



◇◇◇


玄関を開けるとよぉーく見慣れた人が突っ立っていた。



「いやぁ…さっくん。今何時かな?連絡しろって言ったよね」


あっやべぇと受け身を取るも拳も蹴りも来なかった


恐る恐る目を開けると殴りかかる気配も、蹴りを喰らわせる様な感じではなかった


「毎回蹴らねーよ」


その言葉に安心してマスクを外した

その姿を見て兄は町子に

手洗ってリビングに先に行っててと笑顔で声をかけた


「はーい!」と返事をすると町子は慌ただしく洗面台へと向かった


兄さんは自分の口を指さした。

「言ったんだ?」


「…ちゃんと言えました」


兄さんはため息を吐いたのち

「そりゃ時間かかるわ」

と言ったのち少し何かを考えて

手を洗って来なよお茶にしようと言い残しリビングに向かった。


そりゃ時間かかるわって事は

兄さんも時間がかかったのだろうか

昔俺と同じように怖かったり、不安だったり

悩んだのだろうか…


少しだけ怖い兄さんを身近に感じられた気がした。


リビングに向かうとド派手なケーキと

拗ねたやまちゃんが視界に飛び込んできた。


「おっそいわね…私2時間待ったわよ」


不貞腐れているピンク髪に黒いワンピースの塊は

むすっと怒りをあらわにした。


「仕事がバラしになったから遊びに来てやったのになんなのよ」


ジトーっとこちらを見る癖に町子とは手を握ってる

なんだこいつ


「やまちゃんがみんなで食べたいってケーキやら

オードブルやら沢山買い込んできてさ。ちょうど良かったね」


テーブルに人数分のカップを出しながら兄は

再び口元を指さした。

それを見たやまちゃんは俺の擬態もマスクもしてない口をみて察したみたいで


「あら本当、カミングアウトしたのね」

と笑った。


俺たちの中では人と家庭を持ったり付き合ったりは

多くもないが少なくもなく、まぁそれなりに居る

その場合真実を話す、話さないはかなり重要な事だったりする。


町子のほっぺたをむにむにしながら

「あんた、怖くないの?」

と町子に質問をした


「この家とこの家にくる人はみんな好き。私をいじめないもん」

と笑った


やまちゃんは何かを察して


「あんたみたいなゆるキャラいじめてなんになるのよ、あんたはここでのんびりしたらいいのよ」


と言いながら再び町子のほっぺたをむにむにした。


えへへーと笑いながら

「さっくんの口は町子が好きなラプトルに似ているからもっと好きになった!かっこいい!」

と町子は興奮気味に話した。



やまちゃんは俺を見てなるほどねと笑った


ラプトルってなんだよと調べたら恐竜だった

なんとも言えない気持ちになったが町子の感覚でかっこいいならこれで良かったんだと思うことにした



「ほら、ケーキ切るぞ!てめーら手伝えよ!」


兄さんが皿と包丁を持って来た





ああ、よかった。

何回も夢に見ては期待と不安と絶望で

真っ暗なトンネルにいるみたいだったけど


やっと先が見えた気がした












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