第7話第六トーアビルと少女の記憶


底が見えなくても

堕ち続けるしか無くて


大切な何かを失い続けるんだ









◇◇◇◇


「……痛い事はあまりしたくないから

素直に吐いた方がいいですよ」


ビニールシートが貼られた部屋で

朔は長い両口ハンマーを手に持ち返り血を浴び

じっと縛られた男を見ている


縛られた男は鼻を潰されもがいて居る


「兄さんが来るまでに吐かないと…本当にきついですよ」


無表情でただ男をじっと見る


「うるへぇ、絶対に…」


男が息を荒くしながら言葉を発した


「しゃーない…」

朔は男の口に慣れた手つきで

タオルをねじ込み容赦なくハンマーで男の頭部を打ち付ける


その瞬間血が飛び散る


「吐けば助けてやるの…にっ」


何度も打ち付けられようやく口を開いた


「わか…た、はなす、…」

朔はその光景を動画撮影した。

動画を自宅にいる兄に送信している間に

開放されると信じて居る男が馴れ馴れしく話しかけて来た



「お前人間じゃないんだろ?、見た感じかわらねぇけどな…最近お前みたいな…」



肩で息しながら

早く自由にしてくれと言いたそうな顔をしている男に近づき先が尖ったテストハンマーで

トドメを刺す。


背後から拍手が聞こえ振り返ると兄さんが

目で見てわかる上機嫌で朔を見て居る


「やり始めた時はゲェゲェ吐いて汚かったのに

今はこんなに慣れちゃって兄さんは嬉しいよ」


ハンマーをペーパータオルで拭きながら

無表情で聞き流した


「片付けはしとくから今日上がりで良いよ。今週もありがとうねん」


 そう言いながら兄は封筒を差し出す


それを受け取り中身を確認して礼をする


「今日金曜日だから休みでいいよ、俺は

これ片して報告しなきゃだから夕方には家に帰るわ」


兄は気遣いのつもりで必ず家に上がる時間を伝えるようにしていた。


朔はビニールコートを脱ぎながらわかったと返事をした。

未だに兄さんと距離が近いと手が震える

それを隠すようにバレないように振る舞う


世界が明るくなりつつある朝5時少し前。


朔はふらふらと家に上がり、玄関に匂いを誤魔化す為のお香を焚き


浴室へ直行して

念入りに全身を洗い何度も確認をしてから

自室へと行く。


朔がバイトに行く間町子が朔のベッドで寝息を立てている。その姿を見てやっと安心して朔のスイッチは切れる町子を起こすまで寝ている町子を見つめて過ごす


朝食作って…、学校着いてって…、その後はバイトについて…

1日の予定を確認しながらつい朔は寝てしまった。






◇◇◇◇◇



――んん

朔が目覚めると既に昼前だった

「町子!!?」


しまった…と焦ったが自分の横に毛布にくるまった生き物がこちらを見ているのに気付いた。


「さっくんおはよ♡学校は聞かないで♡」


えへへと笑う町子に戯れ付き覆い被さり

そのまま町子に溺れた


兄さんに犬と馬鹿にされてもこの時間が無ければ

俺はダメになってしまう



「さっくん、今日バイト?」


「今日休みだけど…どうした?」

甘えて抱きついてくる町子の頭を撫でる


「今日町子のバイト終電までなの。

待ち合わせして、ギリギリ映画館間に合うから映画に行って終わったら夜中やってるカフェに行って…デートしませんか?」


照れ臭そうに可愛いお願いをしてくる姿が愛おしくて堪らなかった


「わかった!じゃあ今日は夜更かしして悪いことするしかねーな!」


「やったー!!!!」


幸せだなと心から感じた。


薬は夕方飲めば大丈夫かな…と思い日中はマスクで過ごした。


町子の説明を受けながら恐竜図鑑を二人で見たり

どこの深夜カフェに行くか相談をしたり

たわいも無い幸福な時間が流れた。

こんな時間が続けば良いのにと心から願った


夕方になりそろそろ支度してくるねと町子は準備をしに俺の部屋にこもった。

待ち合わせの時間まで監視しながらポイント稼ぎするか…と思い立ち

町子が近くにいないうちに一応道具の準備をした。




◇◇◇◇◇


町子のバイト先は新宿歌舞伎町にある

メイドコスプレのダイニングバーで

町子はそこで生活費を作っていた。

高校生を深夜使うくらいだから届出など出していないかオーナーがバレないと踏んで未成年を雇いまくっているのかはわからない――。


今日は月末だからか繁盛しているようだったが、

町子にずっと絡む客が目障りだった

監視するたびに見かける奴だが今日は輪をかけてひどい

仕事だとわかっていてもイライラして心を落ち着ける為に雑魚狩りに出かけた位だった。


《第六トーアビル》

前から気になっていた。

新宿で有名な心霊スポット、

ホスト絡みで飛び降りや近隣でロッカーに赤ん坊の遺棄等沢山胸を痛める事件ばかり起こる。

恨みが渦巻いた恐ろしいビルだ

近寄るだけでどす黒い煙に包まれているのがわかる

ビルの付近からも沢山集まり続けて居るので

最早手の施し用がない



俺は目立つのは良くないなとビルの屋上に上がり徘徊していた怨霊などを片っ端から斬った

塊から聞こえてくる声は中々悲しい


「ゴメンネワタシ、モウオカネツクレナイ」


「ワタシ、ドオシテスキナノニ」


「スキッテイッタ」


こちらが男ってだけでこの女性たちはキレている、

つらい気持ちの女性には仲間よ…と、招き入れるために殺し、

男の場合は八つ当たりをして殺してるみたいだった

何をされても避けれはするので自分には痛くも痒くもない。


せめて次は幸せになれよと願いながら斬り続けた

こんな場所に留まっても良いことなんかない。


15分程で70ポイント貯まった

そこそこすごいなと思ったが長い時間ここに居ると

病みそうだなと思った。

スマホを見ると22時半だったので一旦切りあげようと刀をケースにしまって居る間にも、ストロングゼロをがぶ飲みしながらビルに吸い込まれゆく女性を見た

店に呼ばれたのかビルに呼ばれたのか…

この場所はもう手遅れなんだろうなと思った


町子の店が見える建物の屋上に移動をした

先程の客がまだ町子を困らせていた――。


ほんの少し店内に興味が湧いて

俺は町子の働く店に足を踏み入れた。




◇◇◇◇




私は学校と違ってバイト先ではそれなりに仲良い子も居たりするし学校よりバイト先の方が

断然好きだ。

でも、仕事だから仕方ないとは理解してるけど

私たちキャストを目当てに足を運んでくれる方の中には困ったさんも沢山居た


今日は一番の厄介北村さんが来ていた。

北村さんは私が入店した頃から私がシフトに入る日は毎回きて


「さっき新宿駅に居たねー覗いてたよねヒラヒラした服の店あのお店好きなの?」

「小田急使うんだねぇ…」


と何でそんなこと知ってるの?みたいな情報を

店で自慢げに話したりする


今日は北村さんは給料日だから尚タチが悪かった

給料日には1万円のモエを頼むけど、

シャンパン入れたんだから横に座れとか

ずっと自分だけ接客しろとか、連絡先教えろとかとにかくシャンパンいらないから来ないで欲しかった。


「町子ちゃん、シャンプーと服の柔軟剤変えた…?いや香水かな…いつも柑橘系だったのにコレ…メンズのだね。彼氏できたの?」

と捲し立ててきた。


他の子もフォローを沢山してくれたけど今日はヒートアップして泣きそうだった。

最近は出かける時は内緒でさっくんの香水をちょびっとつけてお守りにしていた。


私だけではない周りの子も好きな声優俳優アイドル彼氏ホスト…みんな好きな男の子の香水をつけたりしている

何も珍しくなんかない

他の子みたいに浴びる様に付けているわけでもない…

何でわたしだけここまで言われなきゃいけないんだろうとキッチンで落ち込んでいたら

お客様が出入りする時になるベルがカランカランと

鳴った。

慌ててキッチンから出ると

何故かさっくんが立っていた。



近くにいた子が

「おかえりなさいませー」と挨拶をしてシステム説明を始めた時にさっくんはキッチンから出た私を見つけたのか手を振ってきた


北村を見た後だと

さっくんがいつも以上に素敵な王子様に見える気がした


※(町子にはいつもキラキラした王子様に見えてる)


何故か緊張していたら、受付をした子が

「町子の知り合い?なら町子担当しなよ」

と言ってくれて私はさっくんにメニューやお水を運ぶ事ができた。


凄く嫌な事があっても、

顔を見るだけでこんなに幸せになれるんだからさっくんはすごいなって思った



「さっくん何頼む??今日町子が一品作ったよ」


北村の視線が怖かったけどさっくんに集中した


「町子のおすすめのつまみとカクテルで」

とさっくんは珍しくニコッと笑ってくれた

あまりニコッとしないから

ニヤニヤしてしまう。



さっくんのオーダーを作りに行く時に北村に腕を掴まれた


「今の男が彼氏か!?!?」


北村はテーブルを強くバンッ!と殴り声を荒げた

隣に座っていたお客様が嫌な顔をしたので

他の子がすぐに別の席に誘導をした


店長が奥から出てきで顔を覗かせた。

次回トラブルを起こしたら出禁と宣告を受けていた北村は我に帰り一人

ぶつくさと文句を言い続けていた。

せっかくさっくんが来てくれたのに悲しすぎた


完璧に仕事をこなしている姿を見て欲しかった


落ち込みながらキッチンに入ると

キッチンにいた子達にあれは誰だと質問攻めにあった。


「彼氏…」


今更ながら彼氏と言うのが何故か恥ずかしくて

照れ臭い


「えー!彼氏居たの?町子だけはないと思ってた」


「町子騙されてない?町子に彼氏なんて怪しい」

「多分色かけられてるだけでしょ?」


とかみんな勝手なことばかり言ってくる


だんだん自信も無くなってきた。

私は彼女なのだろうか


「彼氏だよ安心して、普通の人だし一緒に暮らしてるし騙されたりとかもないない!」


と明るくみんなに言ってキッチンを出た。

少し何かが胸に何か刺さったみたいな感じがして痛かったけど

さっくんの顔みたら幸せ過ぎた。

機嫌良くずっとニコニコしてるし嬉しいなと

眺めていたら時間は23時35分になっていた。


さっくんにスタンプカードに挟んで

0時に上がって着替えて表に出るから近くの映画館のチケット売り場にいてね。

と書いたメモを渡した。

さっくんはメモを見た様で頷き会計をした。

あとは食器少し片してタイムカードだな!と

慌ただしくしていると珍しく北村さんが居なくなっていた。


「あれ?北村さん帰るの早くない?」


「なんかね不機嫌そうに会計してったw町子目当てがいてムカついたんでしょw普段被らないしw」

と言われなるほどねーと言ったけど

なかなか失礼だなと思った。



同じ時間に上がりのかほちゃんが更衣室で話しかけてきた。かほちゃんとは同期で

たまに一緒にお茶したりもする仲が良い子なので安心する


「いやぁ、彼氏びっくりした。町子にしては当たり引いたんじゃない??なんか目つき悪いけどw同い年くらい?」


「18だよ少し歳上、目つき悪いかな?キリッとしてない?」

と普段しない話をしながら着替えた。

「来週仕事前にスタバで話し聞かせてよ!」と言われ笑いながら手を振って店を出た。



こんな話を人にした事がなかったから

なんだか嬉しかった




◇◇◇◇





賑やかな店を背にして朔は軽やかな足取りで階段を降りる、しかし町子の店の下の空きフロアを通り過ぎるとき声をかけられた。


「お前…さっきの店にいた奴だよな」


町子に執着していたうっざいおっさんだった


「お前なんなんだよいきなり出てきて仲良く話してなんなんだよ!俺は毎週…」


おっさんが言葉を言い終わる前にカーディガンのボタンを全部とめて背後に移動した、

足元にあった雑に資材に被せていただけのブルーシートを上に持ち上げた。

おっさんは驚き変な声をあげた。

おっさんの事をブルーシートごと長い爪で引き裂いて惨殺した。


死んだことを確認して

返り血がカーディガンから下に染みてないかを確認したブルーシート越しといえどやはり血はそれなりに付いている。カーディガンを雑に丸めてトートに突っ込んだ


気に入っていたのになと残念には思ったが仕方ない

念のため空きフロアの窓から外に出て

コンビニで適当な除菌シートや新聞を買い

劇場のトイレでカーディガンを水で洗い新聞紙で包みゴミ箱に捨ててあった風俗情報誌とお菓子のゴミと一緒にコンビニのビニール袋に入れてゴミ箱に捨てた



急いで入り口に向かうとちょうど町子が来たところだった。

案外時間経っていなかったんだなと内心驚いた


ノリで決めた適当なホラー映画を二人で観た。


俺は怪異ではなくついに人を殺した。

でも不思議と何も思わなかった


あんな奴存在してない方がいい。



映画が終わり二人で「微妙ー!」と笑ったり

ホストやキャバ嬢のアフターだらけのカフェで

何を話してもおかしくて笑いまくった


楽しかった。


「まだ未成年なのに悪い奴だな本当。

こんな真夜中に遊び歩いて」


「あらあら、未成年を連れ歩くお兄さんの方が悪いと思いますわよ」


とアホみたいな会話をした。


歩き疲れたねと適当なホテルに入り

特に何をするわけでも無く寝そべりひたすら話をした。


「さっくん。町子がどんな子でも、嫌いにならない?」


町子は震える手で俺の手を握った。


「当たり前だろ。何があっても嫌わない」

 


「町子ね養子なの。お父さんお母さんに赤ちゃんが10年できなくて捨て子だった町子を養子にしたんだって。タオルに包んでただけで名前もなくて

役所か何かの人が名付け担当の人でね街で拾ったから町子にしたんだって。他の赤ちゃんは生まれてすぐ預けられたりで生まれる前に契約終わる事も多いみたい――、けど町子は捨てられてたからなかなか家決まらなかったみたい…」


誕生日も、生まれたばかりみたいだったし見つかった日なのと笑った。


「町子はそのあとね子供ができない時悩んだ夫婦に引き取られて5歳まで平和に暮らしたけど、5歳の時にお母さんがやっと妊娠して本当の子供ができた双子だったの。手がかかるしやっぱり実子は可愛いでしょ?

町子を里子に出したかったみたいだけど会社の人とかにも話していたからメンツ?とかの為に

追い出されはしなかった。

親戚のおしゃべりなおばさんが弟や妹にも私がよその人だと話したし、私も自分が他人の子だと叔母さんに聞いた。だから旅行は私だけ留守番疎外感を感じながら暮らした」



「中学に上がった時養父が手を出してきた。それをお母さんに見られて引っ掻かれたり、罵られたり首を絞められた。お父さんは現場から逃げ出して何食わぬ顔で戻ってきて勘違いだと暴れた。でも、お母さんは旦那を間違える筈ないでしょ!?って…そうだよね。町子もお父さんは間違えない…」



「お母さんからしたら

きっと私が本当に気持ち悪かったり嫌いだったんだと思う。あいつが誘ったとかおばあちゃんに電話していて誰も町子を信じてくれないんだと悲しかったいつも悪魔って言われてたし…。妹は特に私を嫌ってた、

だから、ずっと他人と付き合い方がわからなくて怖かった。図書室の怪談の本を読むか、小さな頃に買ってもらった恐竜図鑑を何百回も読んだ

さっくんはなんでだろうね、怖くなった。」


困った顔をしながら話をする町子の

頭を撫でた。

俺は町子を生き返らせる時に全てを見ている

でも、直接きくと余計に辛く感じた


「働いて私を養子にする時にかかったお金払わなきゃって、返さなきゃ下に弟と妹居るしお金あった方がいいよねって思った。だから最低限、貰う生活費もほぼ貯めたままにしてる

さっくんに会うまで昼は学校夜から朝にかけて

バイトしてた。だから倒れちゃったんだね」


「あの日知らない人の家に

いてびっくりしたけど、知らない私の手握って泣きそうな顔で覗き込んでるさっくんを見たら初対面な筈なのに昔から知ってるみたいな不思議な気持ちになった」


沢山話をした後まだ幼さを残す少女は、

町子は朔の目をまっすぐ見た。


「お父さんにずっと手を出されていて、私汚いの。

汚いのに私さっくんとしたいって言ったり…私自分自身が気持ち悪くて」


「ごめんなさい…ずっと言わなきゃって、

今日来てくれて幸せでデートも幸せで人生で一番幸せだったからもし嫌われても今日幸せだったから…」


朔は起き上がり町子を抱き抱えた。


「ひっどいな!嫌われてもとか。俺は何があっても嫌わないし、もしいつか嫌われる日が来たらどうしようって毎日不安だった。今日も俺が店に行っていじめられないか心配だった俺目つき悪いし…何考えてるかわからないって学校でも言われてたし…」



朔は町子の額に自分の額をぴたっとひっつけた


そしてゆっくり深呼吸をした




「ねぇ町子、妖怪は好き?」




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