美玖

窓から差し込む陽射しで目を覚ました。

現実リアルでもVRバーチャルでも、私は自然に目を覚ますタイプだ。

アラームはセットするが、それが鳴る事は滅多にない。


流生は左腕で腕枕をし、右腕で私を抱きしめたまま寝息を立てている。


ちゅっ


眠っている流生の唇に軽く吸い付いた。


「おはよう、カリンちゃん。毎朝そうやって、おはようのチューをするのね?」

「……」


忘れてた。

VRこっちで寝る時は、反対側にもう1人寝てるんだった。

そして、昨夜からそのローテーションに先生も加ってたんだ。

背中から流生を抱きしめる先生を見て、昨夜の事を思い出していた。



〜〜〜〜〜



タナトスを倒した後、私達はいつも通りホームで勉強をした。

翌日が土曜日という事で、流生が課したノルマはいつもの倍くらいあった。

終わったのは2時過ぎだった。


流生の隣で寝る順番は既に二回りしており、今夜は結菜の番だった。

各自が就寝の準備を済ませた時、先生が突然言い出した。


「わ、私もルイ君の隣で寝たい」

「……」


私達女性陣は、先生が言い出すのは時間の問題だと思っていた。

誰も驚きはしなかった。


結菜が先生をジッと見ている。

珍しく、先生がキョどる事はなかった。

かなり覚悟を決めて言い出したのだろう。


「流生、入って来ないでね。女の子だけで話があるから」

「…あ、ああ」


居心地が悪そうな流生を置いて、『個別指導室』に5人で入った。

先生と向かい合わせに、私達4人が椅子に座った。

結菜と目が合うと、私がコクンと首を縦に振る。

私の許可を得て、結菜が最初に口を開いた。


「先生は、私達の関係を正確に把握してますか?」

「…ええと、カリンちゃんが本妻のハーレム型恋愛?」


やはり完全に勘違いしていた。


「違います。ルイちゃんと恋愛関係にあるのは、リンちゃんだけです。私達は2人に気持ちを伝えていますが、まだ受け入れて貰えてません。あと、この手の話をする時は、本名で呼んで下さい」

「そ、そうだったのね」

「担当直入に聞きます。先生はルイちゃんが好きなんですか?十兵衛が好きなんですか?」

「…両方」


消え入りそうな声で先生が答えた。


「ルイ君に初めて会ったのは、世界大会の予選だった。毎度の事なんだけど、会場で色んな選手からお酒とか誘われた。中にはヤラせろとか下品なのもいた。対戦相手へのセクハラで失格になってたけど。怖くなって帰っちゃおうと思った時、ルイ君が庇ってくれたの。ただでさえMMOプレイヤーのルイ君は完全アウェイ状態だったのに、そんな事したから、余計に目の敵にされちゃったの。私が謝ると、『最初から全員敵だから』って笑ってくれた」


先生は目を閉じて、その時の事を思い出しているようだった。


「もう会場では、ルイ君がいないと不安で不安で、ずっと彼にくっついて歩いてたわ。準々決勝でルイ君が日本ランキング1位と当たった時は、もう祈るような気持ちだった。ルイ君が負けちゃったら、準決勝には会場に来なくなっちゃうから、もう誰も頼る人がいなくなっちゃうって。でも、あれって違ったのね。ただ単に、またルイ君に会いたいだけだったみたい」

「その時から、ルイちゃんが好きだったって事ですか?」

「今思うと、そうみたいね」

「「「「……」」」」


そんな所でもフラグを立ててたのか?

ちょっと腹が立った。


「先生、本気なんですか?立場的にもですし、ルイちゃんとは歳だって10歳近く離れてるんですよ」

「えっ?!貴女達、私を幾つだと思ってるの?」

「今年の新卒だから、22か3ですよね?」

「失礼ね!まだギリギリ10代よ!」

「「「「〜〜〜っ!」」」」


4人とも凍り付いた。


「ルイ君には遠く及ばないけど、私も結構な秀才だったのよ。高校で1年、大学で2年スキップしてるの。小中学校の同級生達は、まだ殆どが大学1年か2年よ。浪人生だっているって聞いてるわ。私は早生まれだから、ルイ君とは学年で5つ、実年齢で4つ違いなの」


あちゃ〜、完全に盲点だった。

見た目も凄く大人っぽいし、大学も卒業してるから、私も結菜と同じように考えていた。

確かに言われてみれば、子供っぽい所も沢山あるし、肌の艶とか10代と言われても納得出来る。

完全に流生は守備範囲って訳だ。


「ねぇ、お願い。私も仲間に入れてよ。後藤さ、いえ結菜さん達を見てて、刺激されちゃったみたいなの。報われなくても、ちゃんとルイ君に気持ちを伝えて、頑張ってみたいの」

「「「「……」」」」


ああ、ダメだ。

完全に恋する乙女の目だ。


この先、流生に惹かれる女の子は、際限なく現れるんじゃないか?

不安に思う横で、結菜達が先生と話し合っている。

その内容は私にも聞こえている。


そもそも結菜達は流生と恋愛関係にないので、先生が流生にアタックするのを邪魔する権利はないと言っている。


確かにこの人は、残念な所が沢山あるが、滅多にお目に掛かれないような美人だ。

流生だって思春期の男の子だ。

信じてない訳ではないが、あの身体で本気で誘惑されたらと思うとゾッとする。

結菜達も、それは同じだろう。


勝手に流生に迫られるよりは、仲間に取り込む事にしたようだ。

先生を仲間に入れて、流生を囲い込む為の共同戦線を張るつもりらしい。

よく私の横で、そんな話が出来るモノだと思うが、彼女達の恋愛観では当たり前の事で、全く悪気がない事も分かっている。


結菜達の仲間になるなら、流生以外に恋人を作らないとも約束させられていた。

先生も、最初から流生以外の男性は怖いと言っていたので、結菜達が他の男の子を連れてくる気がないと分かると、寧ろ喜んでいた。


交渉は成立したようだ。

先生の嬉しそうな顔を見ると、私もダメとは言い辛い。


「横で寝るのは良いですけど、エッチな事はしないで下さいよ」

「勿論よ!心配しなくても、ここではそんな事は出来ないわ」


私に抱きつく先生を見ると、大きな胸が潰れていた。


(大っきい!)


先生もアバターには、自分の身体を投影してたんだっけ?

女子高生みたいな顔に、この身体は反則でしょ?!



〜〜〜〜〜



女の子達の間で、どんな話があったのかは分からない。

ただノナが枕を持って、ニコニコと寝室に付いてきた事が、結果を物語っている。


俺の意思が介在する余地がなくなってきている。

いや、拒否しようと思えば拒否出来る。


素直に認めるしかないな。

俺はみんなにチヤホヤされて、心のどこかで喜んでいる。

去年から学校でも、俺の周りには女の子が沢山集まるようになった。

しかし、彼女達にこんな気持ちになった事はない。


俺は凛が好きだと、自信を持って言える。

それでも、俺はこの4人を憎からず思っているのか?

自分は親父達と同じ恋愛観を持っていると思ってたんだけどな。


ああ、そうか。

その恋愛観が当たり前の環境で育ったから、結菜達を受け入れる事に罪悪感があるのか?

状況が許せば、俺も複数人に同時に好意を持てる人間だった訳だ。

そう思うと、俺の中での彼女達への好意の度合いがハッキリと自覚出来てしまう。


凛>>>>>>>>>>結菜>>亜里沙・陽葵・美玖さん>>>……>>>その他大勢


シンプルに表すと、俺の心の中はこんな感じなのだろう。

その他大勢に関しては、好意でも何でもないが。


3人でベッドに入ると、俺は自分の気持ちに蓋をするように、美玖さんに背を向けた。

凛を抱きしめ、それ以外を意識の外に追い出そうと必死だった。


そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、美玖さんが背中に抱きついてくる。

文化祭の日、俺は美玖さんの胸の感触を知ってしまった。

その記憶が、頭の中で甦る。


柔らけぇ!


大きさとしては結菜が一番近い。

しかし、硬さの残る結菜の胸とは、その感触は全く違う。

しっかりと張りがありながら、メチャクチャ柔らかい。


その感触を頭の中から追い出そうと、凛の首に顔を埋めた。

俺の頭を凛が抱きしめてくれた。

それで安心したのか、凛の匂いを嗅ぎながら眠りに落ちた。



翌朝、凛の唇が触れる感触で目を覚ました。

美玖さんと凛が何やら話している。

ゆっくりと意識が覚醒する。


「おはよう、凛」

「あ、起きた?おはよう」

「おはよう、ルイ君」


背後から美玖さんの声が聞こえる。


「おはよう、美玖さ、ノナ」

「このシチュエーションだと、美玖がいいな」

「おはよう、美玖さん」


言い直すと、美玖さんが抱きしめる力を強めた。


「起きようか?」


凛と美玖さんを促し、ベッドから出る。

リビングには、既に結菜達が集まっていた。


「ハデスに挑む前に各自、朝食を取って来てくれ」


一度解散し再集合した後、俺達はデュッヘルンに向かった。

いつもの店で馬をレンタルしたが、貸出された馬はいつもと違う馬だった。

俺の首に軽く頭を擦り付けたり、コートを噛んで引っ張ったりする。


「その馬、牝よ。ルイ君は、馬にもモテるのね」


ノナに揶揄われたが、これが馬の親愛行動なのか、俺にもよく分からない。

取り敢えず拒絶せず乗せてくれるので、深くは考えなかった。


ダンジョンの近くまで行くと、多くのプレイヤーが集まっていた。

中心にいるのは、ゴエモンさんとアステリアさんだ。


「ルイス、ちょうど良い所に来た。今から即席レイドでハデスに挑むんだが、一緒に来るか?」

「そうですね、俺達は6人で行く予定だったんですけど、レイドに入れて貰えると助かります」


レイドは俺たちを入れて40人だった。

上限が48人なので、もう少し戦力が欲しい所だが、単独パーティーで行こうと思ってた俺達に贅沢は言えない。


早速、各パーティーのリーダーでブリーフィングが始まった。

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