隠れ兜
第2期βが始まってから中間テストまでの間、私の生活はパターン化した。
流生の作ってくれた朝食を食べ、駅まで送ってもらう。
学校に持って行くお弁当は、勿論流生の手作りだ。
帰りは、駅まで流生が迎えに来てくれる。
家に着いて最初にする事は…
たっぷりと流生に可愛がってもらう。
心はとっくに落ちているが、身体も完全に堕とされてしまった。
流生に甘えまくった後は、TGOにログインする。
ダンジョンの攻略をするのかと思ったら、メインは英会話の勉強だった。
「みんな、『日⇄英」の翻訳機能を切ってくれ」
流生に言われて、翻訳機能の『日⇄英』を例外設定にすると、思ったより外国人が多かった。
ゴエモンさんが、流生と一緒に他のプレイヤーと英語で談笑している。
「俺もルイスに言われて、この方法で英会話を覚えたんだ。ルイスは小学生の頃からやってるから、スペイン語とフランス語もネイティブみたいに話すぞ。ドイツ語とイタリア語も会話に不自由しない程度には分かるらしい」
「ルイ君、私より英語が上手い?!英語教諭の面子が…」
「「「「……」」」」
先生が自信を失い、私達4人は言葉を失った。
流生が凄いのは今更だ。
私の「流生だから…」の言葉で他の4人も納得した。
ゲームで遊びながら、楽しく英会話の練習をする。
そんな発想は、私達にはなかった。
「ルイちゃんって、やっぱり凄い」
ユナの口癖が出た。
先の話なるが、実際に私達の英語の成績は、年度末には4人とも学年1桁になる。
ユナに至っては、学年トップに躍り出る事になる。
この娘は完全に流生を盲信してるから、流生に出来るって言われた事は、出来ると信じて疑わない。
ホームに戻った後は、テスト勉強だ。
流生のお陰で、私達は嘗てない手応えを感じている。
本当に何人かは、Aクラスに上がれるんじゃないかと思う。
勉強を終えると、ホームで就寝だ。
私は毎日、流生と寝ている。
流生の反対側には、ユナ達がローテーションで寝るようになった。
私も流生も数日で慣れてしまい、今ではこれが当たり前になっている。
2人部屋のベッドは、ワイドキングより大きい物と交換した。
そして、中間テストを3日後に控えた金曜日、流生の特待生での入学が正式に決まった。
珍しく早い時間に帰宅したママと謙介さんが、流生に話があるという事で、一足先に私だけログインして、ユナ達に流生の入学の件を報告した。
「やった〜、正式に決まったんだね」
「分かってた事とは言え、本当にルイが来るんだね」
「テストが終わったら、お祝いしよう。ルイっちの言う事、何でも聞いちゃう」
先生は最初から知っていたようで、私達が喜ぶ姿をニコニコと見ていた。
流生の入学決定で盛り上がった後も、勉強はサボらない。
これでAクラスに上がれなければ、何の為に流生が桐高に来るのか分からない。
4人で勉強していると、直ぐに流生もログインして来た。
「明日は土曜日だし、今日は遅くまで勉強が出来る。ダンジョンに行ってみないか?」
「「「「行く〜!」」」」
4人ともノリノリだ。
「ルイ君、何か狙いがあるの?」
今更ダンジョンの雑魚を倒しても、私達のレベリングの足しにはならない。
先生も分かっているから、流生が何をしようとしているのか気になったのだろう。
「タナトスを倒す」
流生の言葉に、私と先生が驚く。
「流生、相手は姿も見えないのよ」
「分かってる。姿が見えない上に、即死攻撃まであるんだ。これで戦闘力まで高かったら、ゲームバランスとして、おかしいと思わないか?」
「…戦闘に持ち込めば勝てるって事?」
「そういう事」
「どうやって?」
「考えがあるんだ。取り敢えず、ダンジョンに向かおう」
ダンジョンの入口まで来ると、流生が私達に指示を出す。
「ユナはSTRを限界まで上げてくれ。リサはバフでユナのSTRを強化だ。凛は全員にコクーンを掛けてくれ」
流生に従い、準備を進める。
「ブーストSTR」
「コクーン」
言われた通り、リサと私がバフを掛けた。
「よし、みんな髪を隠してくれ」
後衛の3人はフードを被り、ユナは鎧を装備し兜を被った。
「ノナ、すまんが…」
「…わ、分かってるわよ。もうお嫁に行けない!ルイ君が責任とってよね…」
先生が不穏な言葉を発しながら、アバターから紫の髪を全て消し去った。
みんながスキンヘッドの先生から不自然に目を逸らす。
「「「「「……」」」」」
「…ルイ君はどうするの?」
「俺は囮だ」
「君がヤられたら、終わりよ。その時は、撤収すれば良いのね?」
「ああ、俺がヤられたら、ノナが指示を出して逃げてくれ」
「了解よ」
ダンジョン入口の魔法陣に乗り、4層までショートカットする。
「流生、索敵スキルに反応は?」
「あるけど、オークとリーパーだけだと思う」
「レベル8になっても、ダメなのね?」
「こんな簡単に見つかるようじゃ、逆にガッカリだよ」
流生の見立て通りなら、またレア度の高いユニークアイテムが手に入る。
オークとリーパーを倒しながら、マップに従い4層の奥を目指す。
戦闘の中心は先生だ。
ユナは流生を守るように、ピタリと張り付いている。
「ルイちゃん、私が絶対に守るからね」
「ああ、頼りにしてる」
コクリと頷いたユナの顔は兜で見えないが、相当気合いが入っていそうだ。
元々ユナは『ルイちゃんを守る役目』をやりたくて、タンクをやっているのだ。
今回の役割は、まさに望み通りだろう。
第1期でタナトスと遭遇したエリアに侵入した。
先生を先頭に、流生とユナが
4層の奥まで侵入すると、戦闘音が聞こえて来た。
ボス部屋でスキンヘッド部隊が、ハデスと戦闘中なのだろう。
パキィィン!
一瞬戦闘音に気を取られると、金属がぶつかり合うような音が響いた。
しまった!
そう思った瞬間、ユナが動いていた。
「えい!」
私達が流生から意識を逸らした瞬間も、ユナだけは流生に全神経を集中させていた。
流生に掛けたコクーンが砕けると同時に、ユナが流生の背後の空間に盾を突き出して踏み込んだ。
STRを限界まで強化した、大型車がノーブレーキではね飛ばすような体当たりだ。
ドスン!カランカランカラン…
剣を持った貧弱な身体が、ユナの足元に倒れている。
脱げた兜が、地面を転がって行く。
「ノナ、回収しろ!」
流生の指示で、先生が兜に駆け寄る。
「き、消えた…」
先生の目の前で、兜が消えた。
「ちっ!ハデスに回収されたか?」
流生が悔しそうに舌打ちをした。
しかし、タナトスにはキッチリとトドメを刺している辺りは、抜け目がない。
頭の中でファンファーレが鳴り、レベルがアップした。
「流生、あの兜って?」
「間違いない。隠れ兜だ。持ち主がハデスだから、タナトスを倒しても手に入らなかったのか?」
隠れ兜とは、その名の通り被った者の姿が、他者から見えなくるアイテムだ。
神話ではペルセウスに貸したりしているが、タナトスに貸した話は知らない。
と、流生が言っていた。
「どうする、流生?このままハデスと闘う?」
「いや、止めておこう。多分先客は、計画したレイドバトルだろう。手を出せば、横殴りになる」
流生が撤収を決めた。
「ルイ君、ドロップアイテムは?」
「聞きたいか?」
「勿論よ。レアアイテムなんでしょ?」
「ウィンディ、この大鎌ってユニークアイテムなのか?」
『残念ながら、レア度4の「死神の大鎌」です。ガチャでも普通に出ます』
先生はガックリ肩をおとした。
「まあ、種が割れれば、ゴブリン並みの弱さだったからな。期待はしてなかったよ」
「でも流生もレベルは上がったでしょ?経験値が高かっただけで満足しよう」
「そうだな、今までが上手く行き過ぎだったよな。よし、帰って勉強しよう」
「「「「うん!」」」」
「…みんな切り替え早いわねぇ」
この日は遅くまで、集中して勉強した。
流生の予定では、明日(既に今日か)の午前中にハデスに挑む。
勝っても負けても、テストが終わるまでは、ゲームはそれで一時中断だ。
土曜の午後からは、テストに集中する。
テストの結果が出る頃、私達の生活に大きな変化、いや大き過ぎる変化が訪れる。
この時既に、流生はその事を知っていた。
テスト前に私が舞い上がらないように、黙っていたらしい。
しかし、その直後に起きる出来事は、知る由もなかった。
まさかあの娘に、あんな事が起きるなんて。
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