v.s.八岐大蛇

8つの頭が、樽に頭を突っ込み、酒を飲んでいる。

伝承通りなら、これで酔い潰れる筈だ。

それぞれの頭の上にはHPゲージが表示されている。


潰れるのを待っていると、頭が1つ持ち上がった。

他の7つは、まだ飲んでいる。


(コイツだけ、残したのか?)


作戦失敗かと思っていると、緊張感の欠片もない声が聞こえた。


「チョイ残し♪ チョイ残し♪ ほら、みんな一緒に」


ノナが手拍子をしながら煽っている。


(この人、コンパなんて出られたの?)


「「「「「「チョイ残し♪ チョイ残し♪」」」」」」


みんなで手拍子をして、飲むのを止めた頭を煽る。


ザブンッ


一度上がった頭が、再び樽に沈んだ。


「…本当に飲み始めやがった」

「去年まで女子大生だったのよ。一気飲みの煽り方くらい知ってるわ」

「「「「……」」」」


取り敢えず、八岐大蛇が酒を飲んでいる間に、この後の戦闘プランの再確認をする。


「俺とノナは反対方向に回りながら、手分けして1つでも多く頭を斬り落とすぞ」

「了解、私は反時計回りね」


ノナにコクンと頷いて見せる。


「コイツが目覚めるようなら、凛は魔法をぶっ放してくれ」

「分かってる」

「接近戦は数が減った頭の方をノナが担当だ。俺は尻尾の方を担当する」

「了解よ」

「村の中は安全だと思うが、ユナ達は自分の身を守る事に専念だ」

「「「……」」」



ドスン、ドッスン、ドスドス、…


天羽々斬を構えて、酒を喰らう八岐大蛇を警戒していると、8つの頭が次々に地面に倒れ込んだ。


「ノナ、行くぞ!」

「任せて!」


8つの谷と8つの丘にまたがるって程ではないが、頭の1つ1つがオオアナコンダよりデカい。

太さもドラム缶くらいある。


天羽々斬をその頭の根元に叩き込んだ。


「グッ…」


一撃で斬り落とせたが、かなり硬い。

爪櫛のバフが無ければ、歯が立たなかった。


胴体から斬り落とすと、HPが半分になるらしい。

地面に落ちた頭を何度も攻撃すると、HPが0になり煙になって消えて行った。


次の頭に向かいながら、ノナの方を見た。

かなり苦労している。

俺が2つめの頭を斬り落とし、何度も天羽々斬を叩き込んだ頃、ノナがやっと1つ目の頭を倒し切った。


2つ目の頭を倒しきり、3つ目の頭を斬り落とした時、凛の叫び声が聞こえた。


「危ない!」


残っていた頭が持ち上がった。


「キャァァァ」


ノナが半分落ち掛けた頭に弾き飛ばされた。

駆け寄ろうとしたが、ノナは直ぐに立ち上がった。


「コクーンを掛けて貰ってなかったら、危なかったわ」


ガシャン


ノナの無事を確認し、ホッとしたのも束の間だった。

今度は、八岐大蛇が尻尾で村の柵を薙ぎ払った。

その尻尾が勢いを落とさず、凛達を襲った。


ドゴッ


「リィン!」


慌てて凛に駆け寄る。

俺は、目の前の光景に目を見張った。


「…ユ、ユナっち?」


(マジか?!)


腰を抜かしたように尻餅をつくレイを背に庇い、ユナが盾で尻尾を受け止めていた。


「私、ちゃんと出来るから、ルイちゃんは攻撃に専念して」


いくらゲームと分かっていても、あの尻尾に立ち向かったのか?

初心者なら、レイのようになるのが当たり前だ。


「…任せて良いか?」

「うん!」

「流生、村の中も非戦闘セーフティエリアじゃないみたいね。みんなで闘うしかないわ」


凛もユナに刺激されたのか、気合が入っている。


ドッスン


4人に気を取られていると、地響きのような音がした。

ノナが八岐大蛇の頭を1つ斬り落としていた。


「ルイ君、コイツ寝てる時ほど硬くないわよ。寝てる間は身を守る為に硬くなるんじゃないかしら」


ノナも頭の攻略のコツを掴んだようだ。


「ノナはそのまま、頭を全部潰してくれ」


後衛の守りはユナに、頭への攻撃はノナに任せて、俺は八岐大蛇の背後に回った。

しかし、その後の戦闘も簡単ではなかった。


8つの尻尾が別の生き物のように襲ってくる。

相手の攻撃は受けてないが、俺も殆ど攻撃出来ていない。

斬り掛かろうとすると、他の尻尾が襲ってくる。


コツを掴んだと思ったノナも苦戦してる。

数が減れば楽になるかと思ったが、そうでもないらしい。

数が減った分、動き回るスペースが出来て、加速された攻撃が来るようだ。


凛も魔法で攻撃しているが、ダメージは稼げていない。

かなり魔法耐性レジストが強いようだ。


戦況は膠着状態となった。

ジリ貧の状況を打開したのはユナだった。


「リンちゃん、私が前に出る。先生と2人で頭を全部やっつける。その後、2人でルイちゃんを手伝うわ」


ユナの声は俺とノナにも聞こえた。


「ユナさんは、本当にセンス良いわね。私もそれしかないと思ってたわ」


俺もそれは考えていた。

初心者のユナには酷だと思い、口に出来なかった。


「ルイ君、ユナさんを信じましょう」

「リサ、無駄になっても良いから、ユナにバフを重ね掛けして。レイは早め早めの回復よ」


ノナと凛の言葉に、俺もユナに任せる気になった。


「流生、私達はユナのサポートに専念するから、1人で持ち堪えるのよ」

「了解」


そこからは我慢の時間だった。

ノナとユナを攻撃しようとする尻尾に斬り掛かる。

8つの尻尾が、俺を迎撃しようとする。

それを繰り返し、ヘイトを集め続けた。


30分近く経っただろうか、俺の集中力も切れかかっていた。

2つの尻尾が左右から俺を襲った。


しくった!


片方の攻撃は刀で受け、もう片方はコクーンの防御に賭けよう。

瞬時にその判断が出来る程度には、集中力が残っていた。

右側の攻撃を刀で受け、背中に受けるであろう衝撃に備える。


ガシッ


「ルイちゃん、お待たせ」


俺の背中を襲った尻尾をユナの盾が、ガッチリと受け止めた。


「ユナ…」


ユナが八岐大蛇を睨み付け、盾を構える。


「ルイちゃんには、指一本触れさせないよ」


メッチャ格好良い。

だけど、それって女の子が言う台詞だっけ?

しかもコイツ、指無いし…


「ルイ君、ユナさん凄いわよ。もう一端いっぱしのタンクだわ」

「そんなに…」


確かにレイを守り、俺のミスも帳消しにしてくれた。

ユナも戦力にカウントして良いだろう。


「ユナ、2人でヘイト集めるぞ」

「うん!」


前衛3人で尻尾に向かって行く。

ユナは襲ってくる尻尾を次々と受け止めた。


受け止めた尻尾にノナが大剣を叩き込む。

俺も襲ってくる尻尾を躱しながら、天羽々斬で斬りつける。


ユナは何度か攻撃を受け損なったが、レイが早めにヒールで回復させた。

爪櫛のバフの上に、リサが途切れさせる事なく、俺達にバフを重ね掛けする。


与えるダメージは小さいながら、凛も良いタイミングで攻撃魔法を放ち、俺達を襲う尻尾を上手くノックバックさせ、攻撃を遅らせている。

全員が機能し始めた。



尻尾が1つまた1つと消えて行く。

残り2つとなった時、奴らが現れた。


いきなり見知らぬ連中が、戦闘に割り込んで来た。

TGOで上限人数の8人パーティー。

それが3つで24人。

ちょっとしたレイドバトルの規模だ。

派手な戦闘音を聞き付けて来たようだ。


「あんた達、横殴りするんじゃないわよ」


凛が眉を吊り上げた。


他のプレイヤーの戦闘に割り込む行為をMMOでは横殴りと言う。

目的は戦闘に参加したプレイヤーに分配される、経験値とドロップアイテムの横取り。

完全なマナー違反だ。


「手を貸してやってるだけだろ」


リーダーっぽい男が、ニヤけながら凛に答えた。

知らずにやってる訳ではない。

完全な確信犯だ。


各プレイヤーの頭を見たが、誰も爪櫛をさしていない。

イベントを進めて来た様子はない。


「凛、この人達に任せて少し休もう」

「…流生」


凛が不服そうな顔をした。

俺が頭の爪櫛をチョンチョンと指で突いてみせる。


「ああ、そういう事か。みんな休みましょう」


戦闘が長引くと、肉体的な疲労はないが、集中力が低下する。

何秒持つか分からないが、横殴りレイドにやらせてみた。

爪櫛のバフなしで、何秒持つかな?


サポーターがバフを掛けて、前衛が八岐大蛇に突っ込んで行く。

かなり統率の取れた動きだ。

他のゲームからクランごと移って来たのかもしれない。




「ギャァァアアア」

「何なんだよコイツ」

「全くダメージが通らねぇ」

「タンク、持ち堪えろよ!」

「無茶言うな!」

「もっとバフを重ね掛けしろ!」




うん、やっぱりこうなったか。

あっという間に全滅した。


「流生、大して休めなかったね」

「こうなると思ったよ」

「ルイ君、また今みたいなヤツらが来る前に終わらせましょ」

「そうだな、みんな行くぞ」

「「「「「うん!」」」」」


(ノナまで『うん』って…、完全に女子高生気分か?)


短い休憩だったが、残りの尻尾も後2つだ。

俺達は集中を切らさず、戦闘を続けた。


そして最後の1つ。


「ノナ、譲ってくれ。天羽々斬で最後の尻尾を斬りたい」

「何かあるのね。任せたわ」


天羽々斬を上段に構えて、一気に振り下ろした。


パキィィン


予想通り、刃が欠けた。

斬り落とされかかった、尻尾の付け根に手突っ込み探ってみた。


あった!


八岐大蛇の尻尾から、刀を引き抜いた。

写真で見たレプリカとは形状が違ったが、これがTGOの天叢雲剣なのだろう。


「流生!あったのね」

「ああ、間違い無いだろう」

「凄いね、初日からユニークウェポンを手に入れるなんて」


いつの間にか八岐大蛇にトドメを刺したノナが近付いて来た。

そう言えば、頭の中でパンパカ音がしてたな。

レベルアップのファンファーレだったか。


「わぁ〜ルイっち、レベル7になってるよ、私」

「「私も」」


全員レベルが5つも上がっていた。

第2期も最高の滑り出しとなった。

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