初陣

「いやぁぁぁああ!何あれ?!何あれ?!ムリムリムリ!気持ち悪い、気持ち悪い」

「レイ、落ち着いて。流生が絶対に後ろに通さないから」


ボロ切れを腰に巻いた、身長1m程の人型モンスターを見て、レイがパニックを起こした。

凛が何とか落ち着かせようと、声を掛けている。


「ノナ、後衛に下がって2人を守って」

「了解」


ノナをレイとリサの護衛に下げる。


「ユナは大丈夫?」

「ちょっと気持ち悪いけど、闘えない程じゃない」

「そうか?でも、リンの所まで下がって」


ユナも大人しく後ろに下がった。

レイの声に反応して、襲い掛かって来るかと思ったが、4体のゴブリンは10mくらい離れた所で、こちらを警戒している。


初心者3人の安全を確保した所で、ゴブリンに斬り掛かる。

凛も杖を構えて、魔法の準備をしている。


「凛、行くぞ!」

「うん!」


俺がゴブリンに突っ込むと同時に凛が魔法を放つ。


「ファイアボール」


狙いはゴブリンの身体ではなく足元。

いきなり地面が爆ぜると、一箇所に固まっていた4体のゴブリンがバラバラに飛び退いた。

この辺は、既に阿吽の呼吸だ。


他の3体から最も離れた1体を袈裟懸けに斬り付ける。

ダメージエフェクトを散らして、ノックバックした所を逆袈裟に切り上げてトドメを刺す。


俺に向かって来た1体に凛の魔法が命中し、吹き飛んだ。

その背後にいた1体にダッシュを掛け、すれ違いざまに胴を薙ぎ払う。

スピードを落とさず、俺に飛び掛かろうとしていた最後の1体を唐竹割りで真っ二つにした。


凛の魔法で吹き飛ばされた1体と、俺が胴を薙ぎ払った1体は、まだHPが残っていた。

俺が刀を構え直す前に、いつの間にか前衛に戻っていたノナが、トドメを刺した。


「ルイ君、鮮やかだね」

「まだ、敵が弱いですからね」

「いやいやいや、君だって、まだレベル1でしょ。PSの低いプレイヤーじゃ、こうは行かないよ」


ノナがしきりに感心していた。

後衛に目をやると、レイもパニックから立ち直っていた。


「いやぁ〜、お恥ずかしい。初めて見たから、ビックリしちゃったよ」


バツが悪そうに、レイが苦笑いする。


「私もルイの言ってた意味が分かったよ。同じVRでも役所の窓口や予備校の自習室とは全く違うんだね。マジで怖かったよ」

「私とリサちゃんとレイちゃんの3人だったら、今ので怖くなって、このゲーム辞めちゃってたかも」


3人がVRでモンスターとの戦闘を見たのは、これが初めてだ。

目の前で見てこの程度なら、直ぐに慣れるだろう。

本当に苦手な人は、ここで終わってしまう。

凛も第一段階を越えた事にホッとした顔をしている。



俺達はアムダスの南門を抜けた後、南の森をイズモモ村に向かって進んだ。

森の中央には薬草畑があり、怖いお兄さんスジモノがいる。

畑の近くには一角牛もいる為、少し回り込むように歩いている。


多くのプレイヤーは北に向かったが、南に向かったプレイヤーも少なからずいる。

八岐大蛇のイベントでかち合わなければ良いのだが。


南に向かったプレイヤーも、多くは中央に向かって行った。

スジモノの餌食になるだろう。


今は俺が先頭を歩き、ノナが殿しんがりを務めている。

ノナは笑顔で、「楽しい、楽しい」を連発している。

隊列中央では、凛達がキャッキャウフフJKトークを楽しんでいる。

俺は次の戦闘に向け、指示を出した。


「リサ、雑魚との戦闘では、俺とノナはバフは要らない。ユナにはVITをあげるバフを掛けてくれ」

「ちょっと待って、これかな?ブースト○○○ってある」

「その○○○って所にVITとかSTRを当てはめるんじゃないか?」

「やってみて良い?」

「ああ、練習しておこう」


リサがユナに向けて、エリファス・レヴィの杖を構える。


「ブーストVIT」


ユナの身体が淡い光に包まれた。


「なんかポカポカする」

「ルイ、出来たよ。これで良いんだよね?」


リサが嬉しそうに聞いてくる。


「OKだ。早速試すか?」


都合良く、索敵スキルに反応があった。

敵は3体だ。


「ノナ、右の2体を頼む」

「任せて」


ノナが剣を構える。


「ユナは、俺と左の1体で練習だ」

「うん!」


ノナの方は問題ないだろう。

俺はユナと一緒にゴブリンに近付いた。


「最初は、盾で攻撃を受け止めるだけで良い」

「うん、分かった」


ゴブリンがこちらに突っ込んで来るが、スピードは遅い。

ユナが盾を構えて、待ち構える。


「えい!」


可愛らしい掛け声と共に、盾をしっかり固定してゴブリンに向かって踏み込んだ。

盾に激突したゴブリンが、仰向けに倒れ込んだ。

敵が突っ込んで来るタイミングとユナが踏み込むタイミングがドンピシャだった。


「ユナって運動神経良いの?」

「一応体育の成績は5だよ。体育会系が嫌いなだけで、運動は嫌いじゃないし」

「そうか?」


話をしている内に、ゴブリンが起き上がった。


「ルイちゃん、もう1回やってみて良い?」


ユナが盾を構えた。


今度はゴブリンが横から回り込もうとした。

ユナは慌てず身体を90°回し、ゴブリンと正対する。


「えい!」


またしてもドンピシャでゴブリンが盾に激突した。

倒れたゴブリンに俺がトドメを刺した。


「ユナさんはセンス良いわね」


ノナがこちらに近付いてきた。

受け持った2体は倒したらしい。


「初心者は手だけで盾を動かしちゃう事が多いのよ。身体ごと回って正面で受けるなんて見事なものよ」


その通りだ。

俺も手だけで受けて、弾かれるかと思って見ていた。


「意識して動いたわけじゃないですよ」

「ノナは、それがセンス良いって言ってるんだよ。俺もそう思った」

「本当?!ルイちゃんに褒められると嬉しいな」


ユナがニコニコしながら、盾を背中に背負った。

俺達は再び、イズモモに向かって歩き出した。


第1期同様、中央にさえ向かわなければ、ゴブリンとコボルトしか出て来ない。

3人を戦闘に慣れさせるには、ちょうど良い相手だ。





「ファイアボール」


レイの杖から火の玉が飛んだ。


「当たった。リンコ、ルイっち、当たったよ」

「そうそう、上手いぞ、レイ」

「ルイっちは、褒めて伸ばすタイプだね」


何度か戦闘を繰り返したが、今のところヒーラーのレイは何もする事がない。

凛の手解きで、後衛からの攻撃に参加してもらう事にした。


これは魔法に関して、第1期から大幅な修正があり、可能になった事だ。

その修正とは、魔法の自動照準だ。

魔法を撃つ時、相手をロックオンすれば、ホーミングして100%命中する。


第1期では、攻撃魔法の命中率の低さが、プレイヤーを苦しめた。

第2期からは、更にPSの低いプレイヤーが集まるのだから、修正は予想されていた。

自動照準も無しに魔法をバカスカ敵に命中させる凛が異常なのだ。


取り敢えず、レイにはMP管理は気にしないで、どんどん攻撃に参加するように指示を出した。

但し、ユナが交戦中の敵への攻撃は禁止してある。

俺とノナは、レイの射線に入らない立ち回りが出来るが、ユナにはまだ無理だ。

フレンドリーファイアを起こしかねない。


イズモモ村までの道中は、3人には良い経験になったようだ。

全員レベルも1つ上がった。

何か起きる度に、3人は喜んだ。

何もかもが新鮮で、一番楽しい時期なのだろう。


その後も危なげなく、エンカウントした敵を倒して進むと、目的のイズモモ村が見えて来た。

村を囲う柵が修復され、8つの門が作られていた。

門にはそれぞれ棚が置いてある。


「流生、柵が直ってる」

「ああ、イベントは進行してるみたいだな」

「アシナさん達の所に行ってみよう」


村に入ると、人影が3つ見えた。

一番小さな人影が、こちらに向かって走ってくる。

12,3歳の女の子だ。

目の前まで来ると、ニコニコと俺を見上げる。


「お兄さんが、怪物を退治して、私をお嫁さんにしてくれるの?」


5人の視線が突き刺さった。


(相手はNPCだろ?!何ムキにになってんだか)


「怪物は退治するけど、お嫁さんの話は無しだ」

「え〜、お父さんもお母さんも、お兄さんが私を貰ってくれるって言ってたのに」

「…その話は後でな」


このままでは話が進まない。

一旦先送りして、アシナの側まで歩いて行く。

アシナの横には8個の酒樽が置いてあった。

頼んでおいた『八塩折之酒』だ。


「頼んだ通り、村の柵も酒も準備できてるようですね」

「はい、門も8つ作りました。この酒も8回醸造を繰り返しました。これで宜しかったでしょうか?」

「結構です。それでは、娘さんを櫛に変えて貰えますか?」


テナがコクンと頷く。


「クシナダ、こっちにいらっしゃい」


テナに呼ばれたクシナダが、こっちに歩いて来る。

テナがクシナダに手を翳すと、クシナダの姿が消えた。

テナの手には、1つの爪櫛が握られていた。


「どうぞ」

「お預かりします」


受け取った爪櫛を髪にさした。

俺達6人が淡い光に包まれた。

リサがユナにバフを掛けた時と同じ光だ。

6人全員に強力なバフが掛かった。


「リサちゃんに魔法掛けて貰った時よりポカポカするよ」

「うん、凄い力が湧いて来る」

「ルイ、何したの?身体が軽くなった」

「流生、パラメーターが、全部一桁上がってるよ!」


JK4人組はバフが掛かり、はしゃいでいる。

しかし俺には、嫌な予感がした。


「ルイ君、心配そうな顔してどうしたの?」


ノナが不安そうに聞いて来た。


「…伝承通りなら、八岐大蛇が酔っ払って寝てる間に倒し切れる筈なんだ。戦闘にならないんだから、パーティー全員にバフが掛かる必要はない」

「戦闘になるって事?」

「恐らくな。一旦ログインし直そう。倒されてもここにリスポーンするように準備しておくんだ」



俺達は一度ログインし直した。

全員揃うと、天羽々斬を装備する。


「凛もアスクレピオスの杖を装備してくれ」

「分かった。全員にコクーンを掛けておくよ」

「ああ、頼む。ユナ達3人は俺が下がるように指示したら、村に逃げ込んでくれ」

「「「……」」」


3人が無言で頷いた。

戦闘の準備が整うと、手分けして酒樽を門に置いた棚に乗せる。


「緊張するね」


リサが硬くなっている。

ユナもレイも、リサの言葉にコクコク頷いた。

そのまま暫く待つと、地響きが聞こえ出した。


グゴゴゴゴゴォォオオオ


「来るぞ!」


8つの頭が、酒樽に首を突っ込んだ。

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