幕間その1 結菜の初恋
高校に入学して1ヶ月が経つ。
中学校の頃と違い、仲の良い友達が3人も出来た。
人に渾名を付ける癖のあるヒマリちゃん。
私の事を『ユナっち』と呼ぶポニーテールの女の子。
背の高さが気になる私と同じくらい背の高いアリサちゃん。
私の事を『ユイナ』と呼び、ヒマリちゃんからは『リサポン』と呼ばれている。
そして、ヒマリちゃんの幼馴染の浅沼さん。
ヒマリちゃんは『リンコ』と呼んでいる。
中学生の頃は、ボッチだった訳でもイジメに遭ってた訳でもない。
だけど、友達と呼べるような相手はいなかった。
私は陽キャと呼ばれる人達が苦手だった。
そういう人はクラスの中心にいて、やたらと部活に力を入れている。
その手の人が苦手な私のような人間は、クラスカーストからちょっと離れた位置付けとなる。
だから私は、生徒の7割強が帰宅部のこの学校を選んだ。
偏差値が高くて受験では苦労したけど、ここを選んで良かったと思う。
私は友達になりたい相手を苗字ではなく、名前で呼ぶように頑張った。
浅沼さんを名前呼びしないのは、友達になりたくなかった訳ではない。
彼女の容姿に気後れしてしまったのだ。
均整の取れたスレンダーな身体に人形のように整った顔立ち。
この学校では数少ないウェイ系やオラオラ系の男子が何人かアタックして、撃沈している。
同じクラスの木元君もその1人だが、未だに執拗く付き纏っているようだ。
「私、あういうタイプ嫌いなの。本人にもハッキリ言ってるんだけどね」
浅沼さんも私と同じなんだ。
ヒマリちゃんもアリサちゃんも同じこと言ってた。
私達は、どうやら類友というヤツらしい。
容姿の話をすると、浅沼さんが別格というだけで、ヒマリちゃんもアリサちゃんも十分可愛いと思う。
実際にアリサちゃんも凄くモテる。
この3人の誰かに彼氏が出来たら、私達の関係って変わっちゃうのかな?
気になった私は、アリサちゃんに聞いてみた。
「アリサちゃん、モテるのになんで彼氏作らないの?」
「リンだって、彼氏作ってないじゃん」
「浅沼さんはねぇ、言い寄ってくるのがオラオラ系とウェイ系ばっかりだもんね。本人も嫌いなタイプだってハッキリ言ってるし」
「私も同じだよ。子供っぽい男子ばっかりで嫌になるよ」
「年上が良いの?」
「中身よ中身。年下だって、しっかりしてれば有りかな。いや、寧ろ頼りになる可愛い年下の方が良いまである」
「アハハハ、そんな子いる訳ないって」
本当はアリサちゃんの言う『頼りになる可愛い年下』に当て嵌る男の子を私は知っている。
いや、その男の子しか思い浮かばない。
(ルイちゃん、元気かなぁ?)
私は好きだった男の子を思い出し、感傷的になってしまった。
〜〜〜〜〜
中学3年生の夏休み明け、1人の男の子が学校で噂になった。
「ねぇ、小鳥遊君て2年生知ってる?」
「2年生の男子なんて知らないよ。で、その子がどうしたの?」
「東名予備校の全国模試で7位になったって、職員室が大騒ぎになってるよ」
「あそこって、大学受験専門じゃなかったっけ?中学生の模試なんてあったの?」
「だから大騒ぎになってるの。あの子が受けたの高校2年生の試験らしいよ」
「マジで?3学年も上の勉強してるの、その子?」
「こんな公立の中学校にとんでもない子が混ざってたの。進路指導の佐伯なんて、どこの高校でも受かるって、大喜びよ」
「何でそんな子が、今まで誰にも知られてなかったのよ?」
「あの子いつも1人だから、友達いないんじゃない」
「ふぅん。ボッチのガリ勉君なんだ」
人の噂も七十五日と言うが、僅か数日で噂は沈静化した。
しかし、昼休みになると彼に勉強を教わりに、3年生の女子が頻繁に2年生の教室を訪れるようになった。
「あんた達、なに2年の教室なんかに行ってんの?そんなの先生に聞きに行けば良いんじゃない?」
「え〜、ルイちゃん可愛いじゃん。オッさんに教わるより全然良いよ」
「それにルイちゃんの方が、分かりやすいんだよ」
「あの子、顔は良いんだけど、背が低いのが残念だよね」
「あんたバカなの?顔は良くならないけど、背は伸びるのよ。まだ2年生なんだから、高校生になる頃には今より10cm以上伸びるよ。もしかしたら20cm近く伸びるかも」
「…あの顔で背も高くなるのかぁ」
「しかも、あの頭の良さ」
「普段はボッチみたいだから、完全にフリーだよ」
「「「「「……」」」」」
「わ、私達も教わりに行こうか?」
「う、うん、行ってみよう」
徐々にルイちゃんに勉強を教わりに行く女子が増えていった。
男子は後輩に教わる事がプライドに触るのか、ルイちゃんの所には行かなかった。
私も輪の外で、ルイちゃんの解説を毎日聞いていた。
「私達は受験まで時間がないの、2年生は後にしなさいよ」
「私達だって中間試験が近いんです。2年生の2学期の内申点は重要なんです」
「そんなの先生に聞けば良いでしょ」
「先輩達こそ先生の所に行って下さいよ。ここは2年生の教室なんです」
中には2年生と小競り合いをする3年生もいた。
そして中間試験が終わって直ぐ、クラスメイトの落胆する声が教室内で聞こえた。
「あ〜、10日近くもルイちゃんに会えないのかぁ」
「何で1週間もお休みするのかなぁ?」
「家の用事って言ってたけど、詳しくは教えてくれなかったね」
翌々週の月曜日、教室内は男子生徒の喧騒に包まれていた。
「お前ら、2年の小鳥遊の所によく行ってるよな?」
ルイちゃんに勉強を教わってる女の子達の下に、騒いでた男子が集まっている。
「何か文句あるの?ルイちゃん苛めたら、タダじゃ置かないよ」
「そんなんじゃねぇよ、これって小鳥遊なのか?」
1人の男子が動画サイトのサムネイルが表示されたスマホを女の子達の前に置いた。
私も気になってそれを覗き込んだ。
表示されているのは『ゴエモンちゃんねる』と言うゲーム攻略のサイトだった。
サムネイルのトップに上がっていたのは…
『全部見せます!Mixed Battle 初代王者【十兵衛】世界一への軌跡』
Part1〜Part10までかなりのボリュームだ。
「何?!ゲームの話?子供じゃあるまいし、知らないわよ」
「バカか?!eスポーツはメジャー競技だぞ。しかもこの大会、賞金総額10億円超えてるんだぞ!」
「それこそ知らないわよ。ルイちゃんと何の関係があるのよ?」
「だから、その優勝者が小鳥遊かもしれないんだよ。日本の中学生が優勝したらしいんだ」
「「「「!」」」」
「ちょっとこれ見てくれよ」
男子生徒が画面をスクロールさせると別の動画が表示された。
『徹底解説!【十兵衛】驚愕のオリジナルコンボ』
再生された技の凄さは分からないが、動画配信者のゴエモンさんと談笑する男の子の声には、聞き覚えがあった。
『ここから、次の技に繋げるのか?』
『そうです。発動したスキルの完了直後に左足で踏み切るんです』
『そんな事出来るのか?』
『出来ます。許容されるタイムラグは0.05秒です』
『そんなの人間に出来訳ねぇだろ?!』
『俺がやってるじゃないですか』
『お前、NPCなんじゃねぇの?』
『ゴエモンさん、酷ぇ…』
「ここだ!」
男子生徒が、動画を停止させた。
一瞬、ゴエモンさんの横で解説している男の子が映った。
(あっ!やっぱりルイちゃんだ)
一緒に見ていた女子生徒も気付いたようだ。
「こ、この大会って、いつやってたの?」
「先週、ラスベガスでオフラインで開催された」
「ルイちゃんが休んだのって、この大会の為だったの?!」
「「「「「……」」」」」
噂は、あっという間に広がった。
大会で【十兵衛】が
スポンサー収入を合わせると、ルイちゃんの収入はとんでもない事になる。
お金目当てって訳ではないのかもしれないけど、ルイちゃんの周りには更に人が集まるようになった。
もう私みたいな地味な娘は、話しかける事も出来なくなっていた。
昼休みに他の女の子にくっついて、ルイちゃんの教室に行くのも止めてしまった。
入試の2週間前、桐高の過去問でどうしても分からない所があった。
その問題にアンダーラインを引いて、ダメ元でルイちゃんの所に行ってみた。
やはりルイちゃんは、沢山の女の子に囲まれていた。
諦めて職員室に向かおうとした時、ルイちゃんの声が聞こえた。
「ごめん、皆ちょっと待ってて」
ルイちゃんが私に近付いてきた。
胸の前で抱えていた問題集をルイちゃんが、ヒョイと手に取った。
「桐高の過去問集ですね。分からないのは、このアンダーラインの所だけですか?」
「…うん、そう」
「ちょっと待ってて下さいね」
ルイちゃんはルーズリーフを1枚抜き取って、シャーペンを走らせた。
10分もしない内に、その紙を私に手渡してくれた。
「これで分からなかったら、また来て下さい。それ結構な難問なので、合格者でも解けない人の方が多いと思いますよ。他に分からない所がなければ、普通に桐高に入れますよ。頑張って下さいね」
その紙には、問題集付属の解答より何倍も分かりやすくて、丁寧な解説が書いてあった。
ルイちゃんの性格がよく現れているんだと思った。
ルイちゃんって優しいな。
もっと早く、積極的に話し掛ければ良かった。
卒業式の日、私は誰もいない校舎の裏で涙を流した。
この学校を去る事が悲しいんじゃない。
もうルイちゃんに会えないと思うと、涙が止まらなかった。
ルイちゃんが好きだって今になって気付くなんて、私はなんて間抜けなんだろう。
こうして、私の初恋は終わった。
〜〜〜〜〜
と思っていた。
2学期初日までは。
「小鳥が遊ぶって書いてタカナシって読むの。『小鳥遊』だと呼ぶ方も呼ばれる方も違和感あるでしょ。結菜もこれからは名前で呼んでよ」
ドクン!
心臓が跳ね上がった。
小鳥遊って、しかも一つ年下の義弟って?!
校門の横で壁に寄りかかる男の子を見た時、涙が出そうになった。
髪の色も変わってるし、背も少し高くなってるけど、見間違える訳がない。
ルイちゃんだ!
今度は見てるだけなんて嫌だ。
リンちゃんに認めて貰うのは大変だと思う。
それでも、もう後悔したくない。
初恋の敗者復活戦が始まった。
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