番外編 十兵衛外伝 其の一 凛との邂逅

「何やってんだ!タンク、しっかり持ち堪えろ!」

「ヒールが間に合ってねぇだろ?!」

「バフが切れてんぞ!サポートも追いついてねぇ!」

「アタッカー遊んでんのか!全然削れてねぇぞ!」


私が初めて参加したレイドバトルは、大苦戦だった。

相手は身長5mはあろうかと言う牛顔のモンスター。

ラノベやRPGでお馴染みのミノタウルスだ。


4つのクランから集められたプレイヤーは、6人パーティーが15組の90人。

クランに所属しないプレイヤーが9人。

このレイドバトルの上限99人だ。

但し、アタッカーが1人来てない。


指揮を執るのは、私達のクランのリーダー『セルゲイ』だ。

事前の部隊編成で、私はヒーラーを務める事になった。


余談だが、クランのトップの呼称は、各クランでバラバラだ。

私達のクランではリーダーと呼んでいるが、マスター、提督、陛下、局長など様々である。

中には『お姉様』なんて所もある。


私はこのクランに入った事を後悔している。

リーダーのセルゲイは、控え目に言ってクズだ。

人の失敗は激しく詰る。

自分の失敗は他人の所為にする。

お陰でクランの雰囲気は最悪だ。


そして今回のレイドバトルも全滅まで時間の問題という状況だ。


「セルゲイ、DPSが足りてねぇ。このペースで損耗させられたら、こっちが先に全滅だ!」


参謀役の『コウメイ』の解析でも、倒し切る前に全滅が確定している。

DPSとは、Damage Per Secondの略で、1秒間に相手に与えるダメージ量の事だ。


「十兵衛はどうしたんだ?!」

「十兵衛君は予選の真っ最中でしょ!」

「何で、今日なんだよ!」

「誰かさんが十兵衛のいない日にやりたかったんだろ」

「そんなにラストアタックが欲しいのかよ」


私も十兵衛の名前は知っている。

このゲームどころか、RVMMO最強のアタッカーとも言われるプレイヤーだ。


彼は今、今年開催される『第一回Mixed Battle世界大会』の日本予選を闘っている。

大会名から概要は推測出来ると思うが、格闘要素のあるゲームのプレイヤーが、ゲームの垣根を越えて同じ条件で闘い、最強を決める大会だ。

日本の出場枠は1名で、今日が準決勝と決勝の筈だ。


この予選で私達MMOプレイヤーは、言葉に出来ないほどの悔しさを味わった。

予選ベスト32に残ったMMOプレイヤーは、十兵衛1人だけだった。

他の31人の内30人が格闘ゲーム(以下、格ゲー)オンリーのプレイヤーで、もう1人はMMOやる格ゲーの有名プレイヤーだった。


「MMOの奴らなんて、大してスキルがないからね。プレイヤースキルを競うこの大会じゃ、通用しないよ」


格ゲーのトッププロに言われたのなら未だしも、ランキング30以下の選手にコケにされ、実際に何人ものMMOのトッププレイヤーが彼に倒された。

セルゲイも彼に倒された1人だ。


ベスト32で十兵衛が彼を瞬殺した時、パブリックビューイング(勿論VR空間)で観戦していたMMOプレイヤー達は、大声で吼えまくっていた。


その後も十兵衛の快進撃は続いた。

ベスト16に残ったのは、十兵衛と前出のMMOもやる格ゲープレイヤー、格ゲーのプロ選手14人だった。


十兵衛はベスト16で日本ランキング3位を、準々決勝で日本ランキング1位を完膚無きまでに打ちのめした。

日本3位どころか1位のプロ選手まで、これ見よがしに相手の得意技で仕留めた。

MMOプレイヤーは弱くない、十兵衛の無言のアピールだった。


そして今日、十兵衛は準決勝と決勝に臨んでいる。

セルゲイは、レイドバトルにその日を選んだ。

理由は誰にでも分かる。


一つは十兵衛に対するやっかみだ。

十兵衛がいなくても勝てるとか、PvPで勝てなくてもレイドバトルで指揮を取れるとか、周囲にそうアピールしたかったのだろう。


そして、もう一つはラストアタックボーナス。

ボスにトドメを刺したプレイヤーにドロップするアイテム。

間違いなくレアアイテムを手に入れる事ができる。

それが欲しかったのだろう。

その証拠に後衛で最大の火力を持つ私を攻撃陣から外し、ヒーラーに回している。


その結果がこれだ。

最強アタッカー十兵衛を欠き、後衛最大火力を自ら捨て、それでDPS不足?

余りの馬鹿らしさに士気もガタ落ちだ。

私も、とっとと全滅して家に帰りたくなってきた。

そう思った時、セルゲイがとんでもない事を言い出した。


「燎、ヒーラーは、もう良い、攻撃に回れ!」


(はぁあ?ホントに馬鹿なのコイツ?)


「攻撃用の装備なんか持って来てません」

「何で持って来てないんだ?!」


(そんなのボス戦のセオリーでしょ!デスペナでロストしないように、使う予定のないアイテムは倉庫に置いてくる。当たり前の事でしょ?!)


「今日はヒーラーって聞いてました。デスペナでロストしないように、倉庫にしまってあります。貴重なアイテムもあるので」

「ふざけるな!そんな自分勝手な理由で、出し惜しみするようなヤツは俺の指揮するレイドには要らない。クランにも要らない!」


(言われなくても、あんたのクランなんて辞めてやるわよ。何で、こんな馬鹿に罵られなきゃならないのよ)


「いくらなんでも酷くね?」

「燎ちゃん可哀想」

「あんな所辞めて、ウチに来れば良いのに」

「レイドバトルの負けは指揮官の責任だろ?」


セルゲイを非難する声が、聞こえ始めた。


「何で俺の責任なんだ?!装備品をケチる自分勝手なヤツ、まともに攻撃を受け切れないタンク、バフが切れた事にも気付かないサポーター、回復の優先順位も分からないヒーラー、満足にダメージを与えられないアタッカー、こんな無能な奴らばかりで勝てる訳ねぇだろ?!」


セルゲイの責任転嫁に、完全にみんながヤル気を無くした。


「はん!ヤメだヤメ、帰ろうぜ」

「ボスバトル中はログアウト出来ないぞ」

「死ねば、終わるよ」

「それもそうか、こんな馬鹿に付き合うくらいなら、デスペナ喰らった方がましだな」


終わった。

そう思った瞬間、前線から悲鳴が聞こえた。


「うわぁぁぁああ」


後方で揉めてる間にタンクが崩れたのだ。

ミノタウルスが前線を突破して、こちらに向かって来る。


「あっ!」


私は自分がタゲられている事に気付いた。

真っ先に殺されるのは私か。


ゲームと分かっていても、攻撃される時には恐怖感がある。

私はギュッっと目を瞑った。





「取り敢えず、お前一回死んどけ」


ゲシっ!


「うわぁぁああああ、…、だ、誰だぁぁああ?!」


セルゲイの叫び声が聞こえた。


な、何が起きたの?

私は恐る恐る目を開けた。


いつの間にかセルゲイが、ミノタウルスの前に転がっていた。

ミノタウルスのタゲがセルゲイに移る。


「ヒ、ヒィイ、ま、待て、待って、…だれか、助けろ!」

「自分で何とかしろ。無能じゃないなら、10秒くらいは持ち堪えて、役に立ってみせろ」


狼狽えるセルゲイに、無慈悲な言葉が投げられた。

同じ口から、私にも言葉が掛けられた。


「今のうちです、逃げて下さい!」


その言葉に弾かれて、私は夢中でタンクが健在なエリアの後衛に逃げた。

セルゲイが立っていた場所には、刀を持ったプレイヤーが、何かを蹴った後のポーズで立っていた。


(あ、この人がセルゲイを蹴り飛ばしたのか?!)


その手に持つ刀は、生産職のトッププレイヤーが鍛えた一点物のプレイヤーズメイド。


(あの刀って、話に聞いてたアレ、だよね?)


柳生十兵衛の佩刀と伝えられる天下五名刀の一つ『 三池典太光世みいけでんたみつよ』。

そこから銘を取った、十兵衛の主要武器メインアーム典太でんた』。

深い反りが入っているその刀は、実物の 大典太光世おおでんたみつよより20cmも長いらしい。


「じゅ、十兵衛!」

「十兵衛君!」

「十兵衛だぁぁああ!」

「キタァァァアアア!!」


十兵衛の登場にレイドの雰囲気がガラリと変わる。

この人が十兵衛?!


「立て直します!誰かバフをお願いします」

「あ、私が…」


今日はヒーラーだが、バフをかけるくらいの魔法は使える。

身体強化、防御力上昇、状態異常耐性、…、何種類ものバフを十兵衛に重ね掛けする。

それにしても、セルゲイに対する言葉使いと私達に対する言葉使いが全然違う。

どっちが本当の十兵衛なんだろう?


「タンクを優先で回復とバフの掛け直しをお願いします。アタッカーは陣形を作り直して下さい」


十兵衛の指示に従って、レイドの立て直しが始まった。

ミノタウルスの前からはセルゲイの姿が消えている。

いつの間にかヤられてしまったようだ。


「俺が時間を稼ぎます。この後は、コウメイさんが指揮を執って下さい」

「任せろ!お前がいれば、幾らでもやりようがある」


指揮をコウメイさんに任せて、十兵衛がミノタウルスに突撃した。


(単騎で行くの?!無理だよ!)


ミノタウルスに突っ込んだ十兵衛に、2mはあろうか言う大刀が振り下ろさせた。


(やられる!)


そう思った瞬間に十兵衛が視界から消えた。


(どこ?)


十兵衛はミノタウルスの背後に回り、アキレス腱の辺りに典太を叩き込んだ。


「グオォォオオオ!」


ミノタウルスが悲鳴だか唸りだか分からない音を発する。

十兵衛の攻撃は、まだ終わらない。

ミノタウルスが振り向く前に、反対のアキレス腱も典太で斬りつける。

ミノタウルスが大刀を振り上げると後に跳躍して、振り下ろしの直後を狙って前に出る。


(何なの、あのスピード?)


とても生身の人間が制御できるスピードとは思えない。

呆然と十兵衛の闘いに見入る私に、1人の女性プレイヤーが声を掛けてきた。


「燎ちゃんは、十兵衛君の闘い見るの初めて?」

「えっ、アステリアさん?!」

「あら、私のこと知ってるの?」

「勿論です。『ゴエモンちゃんねる』、アステリアさんの回は必ず見てます」

「フフフ、有難う。十兵衛君の闘い、よく見ておくと良いわ。彼はこんなモノじゃないわよ。まだまだ、速くなるわよ」

「!」


(嘘でしょ?!あそこから、まだギアが上がるの?)


そこからの十兵衛は、圧巻だった。

レイドの陣形を立て直すまでの間、1人で前線を支え切った。


立て直しが完了すると、十兵衛は一旦後方に下がって、ポーションをグビグビ飲み始めた。

そこで何やらアステリさんに耳打ちしている。

アステリアさんが、満面の笑みで十兵衛の頭を撫でた。


「偉いわ十兵衛君、頑張ったわね。これで皆の士気も更に上がるわ」


アステリアさんが、一つ大きな息を吐き、前線で闘うプレイヤーに叫んだ。


「みんなぁ、十兵衛君が予選大会、優勝したわよ!」


レイドメンバーから大歓声が上がる。


「「「「「「「おおおぉぉぉおおおおおお」」」」」」」


「良くやった、十兵衛!」

「次は世界一だ!」

「格ゲーの奴ら、全員ぶっ倒せ!」

「十兵衛最強!」

「ラスベガスに行きたいか!!!」

「それ、ニューヨークだろ?」

「お前ら、古過ぎ。曾々祖父さんが子供の頃のクイズ番組だろ、それ?!」


前線にも大分余裕が出てきた。

この後は危なげなく、ミノタウルスを倒し切った。

私が十兵衛の正体を知るのは、1年近く後の話になる。


〜〜〜〜〜おまけ


あの時、助けてくれた十兵衛って流生だったんだ。

そう思うと顔中の筋肉が緩んでしまう。


(こんなダラシない顔、流生に見せられないよ)


私はベッドの上で、枕に顔を埋めた。


(もう、流生って格好良過ぎだよ)


訳もなく足をバタつかせてしまった。

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